214 ルノリア7
草原に広がって思い思いの鍛錬をしているメンバーに美智香が声を掛ける。
「ルノリアに実戦を経験させたいから協力してほしい。タクミたちはそのままでいい」
パワードスーツの起動訓練を行っている二人を除いた圭子と岬が呼び寄せられる。ついでになんだか楽しそうなことが始まりそうなので、呼ばれてもいない春名まで集まってきた。こうしてどうでもいい時だけはちゃっかりと集合するのが我がまま令嬢たる所以だ。タクミもこの性格と10年以上付き合っているのだから、中々心が広いという他ない。ちなみに禁断症状が治まる気配を見せない空はシールドから出てくる気配がなかった。
「実戦ってこれから森にでも行くの?」
この草原にはどこでも居るホーンラビットが見当たらなかった。もし魔物を相手にするのならば、獲物が少ないこの場よりも森に踏み込んだ方が手っ取り早い。
「ルノリアにはまだ森に行くのは早計。シロとケルベロスに獲物をここに追い込んでもらいたい」
2頭の霊獣を使って魔物をここで待ち受けて、ルノリアに仕留めさせようというのが美智香のプランだった。もし彼女の魔法で仕留め切れない場合に安全を確保する要員で圭子と岬にスタンバイしてもらえば万全だ。
「わかったわ、シロとケル! その辺で適当な魔物をここまで連れて来て。多少大物でも構わないから、追い込んで来ればいいからね!」
「キャン!」
シロは尻尾を振って圭子の話がわかったような顔をしている。ケルベロスは『シロの兄貴にお任せします』という態度だ。ファフニールも一緒に行きたそうにしているが、遠出になるかもしれないので岬からダメ出しされている。その代わりにおやつをもらってご機嫌な様子で翼をパタパタさせている。その後ろに春名が物欲しそうな表情で待っているのは岬によって完全に無視されていた。何のために午前中あれだけ走ったのかをもっと自覚して欲しいものだ。
2頭は草原を走って行き、あっという間にその姿が見えなくなった。獲物がやってくるまでしばらく時間が掛かりそうなので、岬が準備したお茶を飲みながらくつろぎの時間が流れる。春名だけは岬特製の謎の薬草を配合したダイエット茶でこれがまたとんでもなく苦い。春名は顔をしかめながらチビチビと啜っている。
「あの、タクミ様はゴーレムのような物に乗っていますが、あれは一体なんでしょうか?」
初めてパワードスーツを目撃したこの世界の人間が抱くもっともな感想だった。当然その白銀に輝く機体はルノリアの理解を超えている。
「あれは魔力で動く人が乗り込むゴーレム、とっても強力な武装」
美智香の説明でルノリアもなんとなくその存在を理解したようだ。確かに魔力で動いている点は合っているし、美智香が嘘を言っている訳ではない。
「それだったら私も持っていますよ!」
横で聞いていた春名が自慢げに胸を張った。だが最近は胸よりも腹の方が出ているのではないだろうか?
「春名さんも実は凄い人だったんですね! 見てみたいです!」
ルノリアの瞳がキラキラに輝いている。その憧れるような表情を見て、ふと春名は気が付いた。
(マズイ! 私が搭乗するとイヌの着ぐるみになるんだった!)
あれから全く搭乗していなかったのですっかり忘れていた春名、だが『持っている』と言ってしまった手前ルノリアに見せない訳には行かなかった。
額に一筋の汗を浮かべながら収納からパワードスーツを取り出す春名、デーンとその場に現れた鉛色の機体にルノリアの表情がさらに輝く。顔の周りに20個以上の星が煌いているのだった。
「春名さん、乗ってみてください!」
この一言で春名は完全に追い込まれた。周囲は春名に対して『早く遣れ!』という視線を向けている。もう春名に逃げ道はなかった。
「わ、わかりました(汗) 乗ればいいんでしょう! ええ、乗りますとも!」
機体の後部を開いて春名はパワードスーツに乗り込んでいく。そしてその機体が光を放つと・・・・・・
白いイヌの着ぐるみに包まれた春名が現れた。
「可愛いです!」
その姿を見たルノリアはとても子供らしい反応で、モコモコの着ぐるみに駆け寄って抱きつく。
「わー! これはフワフワしてとっても気持ちがいいです!」
春名はルノリアにもモフられている。ファフニールもパタパタと飛んできてその頭にチョコンと乗っかり気持ち良さそうにしていた。相変わらず癒しの空間を提供する春名のパワードスーツだ。果たしてこれが本来の使用方法なのか疑問の余地は残るが・・・・・・
そうこうしている内に遠くからシロが吼える声が聞こえてくる。どうやら獲物を見つけてこちらに向かっているらしい気配が伝わってきた。
「さあ、ルノリアは用意しなさい」
圭子の言葉に春名を存分にモフっていたルノリアは名残惜しそうにその身を離す。どうやらまだその感触を味わっていたかったようだ。手招きする美智香の横に並んで彼女は魔法を発動するイメージを固めていく。
「ルノリア、失敗しても私たちが居る限りどんな魔物でも心配ないから、あなたは魔法を当てることだけを考えなさい。仮に1発目が外れてもすぐに次の魔法を準備するのよ」
圭子のアドバイスに頷くルノリア、その目はシロの声が響く方向に向けられている。やがてその声がだんだん近付いて来て魔物の姿がはっきりと視界に捉えられて来た。
「ヒッ!」
ルノリアの口から怯えたような声が漏れる。真っ直ぐこちらを目指して突っ込んでこようとしているのはワイルドボアの変異種でその体は軽トラックをはるかに凌ぐサイズだった。そんな馬鹿デカイ魔物が猛スピードでこちらに向かって突っ込んでくるのだから、ベテランの冒険者でも冷静さを欠いて当たり前の状況だ。しかも2頭の霊獣に追いまくられてワイルドボアが興奮状態にあるのがはっきりとわかる。
「シロ、ケル! 離れなさい!」
圭子の指示で2頭はさっと両側に退避して魔法に巻き込まれるのを防ぐ。この辺りのコンビネーションは普段からホーンラビットやオークを狩りまくっている賜物だろう。
「それにしてもずいぶん大きな魔物ですね! ルノリアちゃん、頑張ってくださいね!」
全く人事のような無責任な応援をする春名だが、これまでパーティーの一員として数々の魔物と対峙してきた経験が豊富な分、度胸だけは据わっている。その声に全く反応できないルノリアは完全にパニックに陥っていた。いくらなんでも初心者が相対する魔物としていきなりこんな大物ではそれが当然だろう。ましてや魔物すら見たことがない10歳の女の子だ。
「ルノリア、無理だったら私たちが片付けるけどどうする?」
横に立っている美智香の冷静な声にハッとするルノリア、これほど恐ろしく目に映る魔物が相手でも自分の周囲の女子たちが全く慌てる様子が無い事に気が付いた彼女は、少しだけ混乱していた気持ちが落ち着くのを感じている。これほど頼もしい人たちに囲まれて、今更何を恐れているのだろうと自分を励ましながら気持ちを静めていく。
「私が遣ります。もし外した時はお願いします」
キッパリとした口調で言い切ったルノリアにもう迷いは無かった。パニックに陥って消え去ってしまったイメージを再び頭の中で固めていく。さっき撃ちだした稲妻がスパークするイメージを思い浮かべていく。
「雷撃!」
左手から発した稲妻が真っ直ぐにワイルドボア目掛けて飛んでいく。そして狙い通りに眉間の辺りに着弾した。
「ドーーン!」
地響きを立てて地面に倒れこむ魔物、その体は直撃を食らった電撃によってビクビクと痙攣を起こしている。体内を駆け巡った電流であちこちから黒い煙を燻らせながら魔物はついに動きを止めた。ルノリアはその初陣でBランクのパーティーがギリギリで討ち取れる手強い魔物を一撃で倒してしまったのだ。
「ふー・・・・・・」
緊張から解放されてその場に尻餅をつくルノリア、それは無理も無いことだった。生まれて初めて目前に迫った死の恐怖に直面して、それに打ち勝ったのだから。
「これなら合格ね」
評価が厳しい圭子からお墨付きをもらったルノリアは地面にペタンと座り込んだままの姿で微かな笑みを浮かべる。
「私たちと一緒に居るということは、このような戦いを数限りなく繰り返していくこと。その覚悟があるのならこれからも一緒に居ることを認めてもいい」
美智香からルノリアに向かって彼女の覚悟に対する問い掛けが為された。それはもしルノリアがこれからもタクミの側に居たいと願うならば、常にこのような戦いが付きまとうという意味だった。僅か10歳の少女に決断をさせる美智香も圭子同様に厳しいが、生半可な気持ちではこのパーティーには同行出来ないと伝えるつもりだった。
「その返事は王都に着いてからでいいですか?」
ルノリアとしても色々と考えなければならないことがある。そのためもう少しタクミたちと一緒に旅をしながら自分の気持ちを確かめたいと考えていた。この場で性急な返事をするよりももっと様々な経験を重ねたいという子供らしくない考え方だが、女子たちにはかえってその方が好ましく思える。彼女にとってはもしかすると一生を左右する問題なのだから、考えに考えを重ねて慎重に判断して欲しかった。
「それにしてもこいつはどうする?」
圭子が倒れている獲物を指差す。ルノリアが初めて一人で仕留めた記念すべき獲物だった。
「取り敢えず記念撮影をして、冒険者ギルドに持ち込みましょうか?」
岬の提案に全員が頷いた。着ぐるみ姿の春名が端末に画像を残す係りだ。ワイルドボアの前に一人で立ってVサインをするルノリアと美智香と二人で並んだ画像が収められた。
その後は時間が余ったのでルノリアは圭子と一緒にケルベロスの背中に跨って草原を一回りしたり、美智香と岬が木刀で立ち会いを開始する姿を見て『魔法使いって剣の技術も必要なんですか!』とびっくりしたりしながら過ごした。
その後も旅は順調に続いて10日でラフィーヌの街に到着する。門番の顔馴染みの騎士がタクミたちの姿を発見して声を掛けてくる。
「久しぶりだな、ようやく戻ってきたか! 伯爵様には連絡を入れておくから早目に顔を出してくれ」
その言葉通りに門の詰め所から馬で駆け出す騎士の姿があった。どうやら伯爵はタクミたちの帰還を首を長くして待っており、『姿を見せたらすぐに知らせろ』と命令を出していたらしい。
「わかった、冒険者ギルドに寄ってから伯爵の屋敷に顔を出そう。それから後ろの馬車は俺たちが護衛を依頼されたエンダルス伯爵のご令嬢だ。一緒に館に向かうからその件も連絡を頼む」
慌てて詰め所から二人目の騎士が馬を飛ばして伯爵邸に向かった。そんな要人をタクミたちが連れているとは思っていなかったのだ。
タクミは騎士に手を振って門を抜けていく。そのまま馬車は冒険者ギルドに進み、一先ずは馬車をギルドの裏の馬房に停めて、タクミ一人がギルドの内部に入っていく。
「ギルドマスターを頼む」
カウンターでカードを提示して2階に向かおうとすると受付嬢が引き止めた。
「エイリアンの皆様宛にメッセージが残されています」
タクミはその紙を受け取って何が書いてあるか目を通す。
『タクミへ、魔王に関する情報で連絡を取りたい。『食い倒れ亭』に居る。 林 勇造』
タクミはジョンから魔王城の所在地名を『イスタファン』だと聞いていた。その街が何処に在るかを突き止めるのに、王都に出現した魔王は重要な手掛かりだと睨んでいる。その魔王に関する何らかの情報を勇造が掴んだということは、彼の大きな興味を引いた。
「圭子、『食い倒れ亭』に向かってくれ!」
ギルドマスターとの情報交換もそこそこにしてタクミは馬車に戻ってきた。彼が言う『食い倒れ亭』とは勇造たちが以前から宿泊している宿屋で、とにかく食事の量が多いことで有名だった。春名程ではないにしても大食漢揃いの彼らのパーティーのためにあるような宿屋だ。勇造たちも冒険者なのでいつもそこに居るとは限らないが、もし不在ならばこちらがメッセージを残すという方法もある。
タクミたちを乗せた馬車はルノリアの馬車を引き連れて一先ずは『食い倒れ亭』に向かうのだった。
年内の投稿は今回が最後になります。一年間この小説を応援していただいてありがとうございました。新年は1月の3日か4日に投稿します。