211 ルノリア4
2台の馬車は揃って街の門を抜けて外に出て行く。出入りする人々で賑わう門の周辺を過ぎて、街道が続く草原が視界いっぱいに広がった時に、不意に前を行くタクミたちの馬車が停まった。
「こんな所で停まるなんて一体どうしたのでしょうか?」
後ろの馬車に乗っているルノリアはちょっと興味をそそられて小さく窓を開いて前方を見た。そして彼女は目撃してしまった。タクミたちの馬車から尻尾を振った白い犬と小さなドラゴンが降りてきて、それに続いてメイドに抱えられた女性が草原に放り出されている。彼女は馬車に取り縋って何かを訴えているようだったが、硬く扉を閉じた馬車の中からは何の反応もなかった。
そして外に降り立ったメイドがルノリアの馬車に歩み寄って、ドアを『コンコン』とノックする。
「ルノリアさん、座席がひとつ空きましたのでよろしかったら私たちの馬車でご一緒しませんか?」
そのメイド服姿の女性とはもちろん岬のことだった。ルノリアは空とタクミ以外のパーティーメンバーとは先日初めて顔を合わせただけでそれほど話をした訳ではないので、彼女のことをタクミたちの世話をする本物のメイドだと思い込んでいた。もちろん岬はメイドが職業なので本物のメイドと言っても差し支えないのだが、普通のメイドには有り得ない『戦闘メイド』とか『覚醒者』といった物騒な肩書きがついている。
「ご一緒してよろしいのですか! ぜひお願いします!」
綻んだ様な笑顔を見せて岬に手を引かれてタクミたちの馬車に向かうルノリア、その途中でメイド服の裾を掴んで春名が馬車に乗せてくれるように懇願するが、岬によって強制的に排除された。
「あの方はこれからどうなるのですか?」
春名の哀れな姿を見かねたルノリアが岬に尋ねる。タクミたちのパーティーの常識外の行動がわかっていない分、そのまま放って置いて大丈夫なのか心配なのだ。
「今のは見なかったことにしてください。それよりもご主人様の隣の席が空きましたよ」
懇願する春名は岬によってなかったことにされてしまったようだ。そしてルノリアもタクミの隣に座れると聞いてすっかり春名のことは忘れ去った。
「皆さん、ルノリアさんをお連れしましたよ!」
馬車の中に岬の声が響くと女子の歓声が沸き起こる。
「キャー! カワイイ!」(圭子)
「お人形さんみたい!」(美智香)
「ようこそいらっしゃいました!」(紀絵)
「どこかのアホ令嬢とはずいぶん違う!」(空)
その反響にルノリアは若干引き気味だった。その上周囲を年上の女子に囲まれてどうやら気後れしている。
「皆さん、あまり騒がないでください。ルノリアさんが怯えています!」
岬の声でひとまず車内が落ち着く。このパーティーの実質的な最高権力者には誰も逆らえないのだ。
「さあ、ご主人様の隣にどうぞ」
その声に促されてルノリアがタクミの隣の席に腰掛けると馬車は動き出す。それを追いかけるように春名が後方を走るお馴染みの光景が繰り広げられる。ヒーヒー言いながら外を走る春名は完全に放置されて、車内では改めて自己紹介などが行われて少しずつ場が暖まってきた。
「それでルノリアちゃんは何でタクミのことが好きになったの?」
御者台から圭子のあっけらかんとした質問が飛び出した。その考えなしの剛速球にタクミは完全に撃沈するし、ルノリアは顔を真っ赤にして下を向いたままだ。
「そ、その・・・・・・」
まったくなんと答えてよいか見当もつかないルノリア、このままでは埒が明かないので岬が助け舟を出す。
「ルノリアさん、ここに居る全員があなたがご主人様を慕っていると承知していますから、そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ。それにここに居る全員がご主人様のことが大好きですから、ルノリアさんも同じお仲間です」
岬はチラリと美智香の顔を見る。その視線に気が付いたのか彼女は岬からスッと視線を逸らした。果たしてそれが何を意味するのか数瞬考える岬。だがその回答が弾き出される前にルノリアの声が響く。
「そ、そうなんですか! 皆さんも私のようにタクミ様を慕っていらっしゃるのですか?」
ようやくルノリアの顔が上を向いた。どうやら岬の手によって彼女にも仲間意識が植え付けられたらしい。このメイドはタクミのハーレム作りに関して一体どこまで突き進むつもりなのだろうか?
「タクミとの関係だったら私の方が先輩! 何しろ夜になると、ムグムグ・・・・・・」
空が危険な発言をしそうだったので岬が咄嗟にその口を左手で塞ぐ。僅か10歳の世間知らずの少女に聞かせて良い内容である筈はなかった。当分は空の趣味のガチホモ本も封印しなくてはならない。教育上非常によろしくない内容が盛りだくさん過ぎて、品行方正な令嬢には絶対に見せられない代物だ。
「そ、その・・・・・・ 冒険のお話を聞いて格好良いなと思っていたら、そのあとにギュッと抱きしめられて・・・・・・」
ルノリアのとんでもない発言を聞いた女子たちの視線にレーザービームやフォノンメーザーが混じる。タクミを貫かんばかりの勢いのその視線に耐えかねて彼は抗議の声を上げざるを得なかった。
「ちょっと待ってくれ! ルノリア、今の発言は思いっきり説明不足だろう。それからそこで俺を睨んでいる空! お前もその場に居合わせたはずなのに何でしらばっくれているんだ!」
タクミの抗議が受け入れられてややトーンダウンした女子たちが目から怪光線を放射するのを一旦止めた。だが美智香だけはいまだにケダモノを見るような目でタクミを見ている。
「あれは伯爵の治療のためにルノリアの血が必要だったから、その採血用の注射器を怖がらないように視界を塞いだだけだ!」
なんだ面白くないという表情の女子たちとは対照的にルノリアは少々おかんむりだ。
「目を塞いだだけなんて酷いです! 男の人からあんなことをされたのは初めてだったのに!」
今にも泣き出してしまいそうな表情でプイッと横を向いてしまった。ルノリアの中では採血のためという背景が矮小化されて、ギュッと抱きしめられた事実のみが美しい記憶として残されたのだった。
「いや、そんなつもりで言ったんじゃないから拗ねないでくれ! 理由はどうあれルノリアを抱きしめたのは事実だ」
子供を泣かせたくない一身でタクミは彼女の主張をある意味認めた。それを聞いて急にルノリアは機嫌を直してニコッとする。
(この子手強い!)
その場の女子全員の共通認識が『幼女』という武器を最大限に利用するルノリアに対して出来上がる。彼女たちの脳裏にはルノリアの手の平の上でコロコロと転がされるタクミの姿がイメージとして完成していた。ルノリア=フォン=ロスメルド、僅か10歳にして天然の小悪魔のような別の顔を隠し持っている。
夕方になって野営をするために3基のシェルターが2台の馬車を取り囲むように設置されて夕食が始まる。当然空がシールドを張っているので魔物に襲われる心配もない。ルノリアに付いて来たメイドや御者にも岬の手料理が振舞われて、ルノリアを含めて初めてその料理を口にした面々はその味に舌鼓を打っていた。
就寝までの時間は3基のシェルターの行き来は自由で、誰もが出入り出来るようになっている。
「タクミ様と少しだけお話をしてきます」
ルノリアは御者やメイドが用意した天幕から出てタクミのシェルターに向かった。今夜は春名が一緒と聞いていて、3人でおしゃべりをするのを楽しみにしていたのだ。
「お邪魔します」
入り口を入って内部を見渡すルノリア、その造りは何度見てもびっくりするほど精密で機能的なデザインだった。それが銀河連邦の技術で作られているなどという事実はまったく理解の範疇を超えているルノリアにとっては『きれいで小さな家』という感想しか持っていない。
内部は明るい証明で照らされており、寝室兼居住空間に入るとベッドの上で春名がすでに夢の世界に入り込んでいる。
「春名さん、起きてください。タクミ様と3人でお話をする約束でしたよ」
何度も春名の体を揺すってもまったく起きる様子がない。春名は今日一日フルマラソンに近い距離を走らされた上に、夕食をたらふく食べてグッスリと寝込んでいたのだった。
「春名さん一人しか居ませんがタクミ様はどこに行ったのでしょうか?」
ルノリアは部屋を見渡したが、ワンルームマンションほどの広さしかないのでタクミが隠れるような場所もなかった。
「さてはこのドアの向こうですね!」
木製のドアを開くとその先にガラス製の扉があって、その奥から水が流れるような音が聞こえてくる。ルノリアはその奥にタクミが居ると思って扉を思いっきり開いた。
「春名か、どうしたんだ?」
ちょうどシャワーを浴びている最中だったタクミはてっきり春名だと思って素っ裸のまま振り向いて、そしてその場に立ち尽くしているルノリアと思いっ切り目が合う。
「た、た、タクミ様が裸で・・・・・・」
まさかシャワーを浴びているとは思っても見なかったルノリアは口に手を当てたままでその場にへたり込んで『うーん』という声を上げて目を回して倒れた。唐突にその目にしたタクミの全裸は10歳の女の子の脳が処理し切れる容量を遥かにオーバーしていた。
「何でルノリアがここに居るんだ??????」
端から見たら絶対に誤解を招く完全無欠のシチュエーションの中でどうしたらよいか途方に暮れるタクミだった。
次回の投稿は火曜日の予定です。