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210 ルノリア3

ついに幼女が参戦か?

 まだリハビリを経なければ歩けないが、メデューサの血によって石化した足が元に戻った伯爵と娘のルノリアは嬉しさを隠そうともしないで様子だった。特に父の病に幼い心を痛めていた彼女はこの奇跡のような治癒劇に改めて聖女の力の素晴らしさを褒めちぎっている。


 メイドが準備したお茶とお茶菓子で和やかなムードの歓談は続いたが、つと伯爵が背筋を伸ばして空を見つめる。


「聖女様、今回の私の病にその素晴らしいお力を発揮していただいたこと、心より深く感謝いたしております。折り入って聖女様にお願いがあるのですが、私には16歳になる息子が居ります。現在は王都の魔法学院で学んでおりますが、いかがでしょうか、わが息子と婚約の儀を結んでいただけないでしょうか?」


 いきなりの申し出にいつもは冷静な空でもさすがに面食らっている。この世界の貴族にとって婚姻による姻戚関係を結ぶというのは、その権力や家柄の格式を保ったり更なる高い地位を得るために当然のことだった。『聖女』というまたとない力を持つ空が自らの家系に加われば、伯爵家としては万々歳なのだ。もちろん伯爵の感謝の気持ちの表れでもある。聖女の後ろ盾になるという意思の表明でもあった。


「伯爵、すでに空は俺と婚約を交わしている。残念だがその件は諦めてくれ」


 タクミのこれ以上ないキッパリとした『お断りします!』のフレーズにガッカリと肩を落とす伯爵、先約がある以上は無理強いは出来ないと提案を引っ込めるしかなかった。だが貴族というのは転んでもタダでは起きないもの、今度は矛先をタクミに変えてきた。


「それではタクミ殿、ルノリアを娶ってはいただけませんか?」


 まさか自分に話の矛先が向かってくるとは思ってもみなかったタクミは苦り切った表情をしている。確かセイレーン王国でも盗賊王の魔手から救ったエンダルス伯爵から『どうか娘を!』と懇願された過去があった。しかも今回の相手であるルノリアはまだ10歳になったばかりだ。恋愛どうこうといった対象にもならないタクミから見るとほんの子供だった。


「タクミ様、どうかお願いいたします! お側にいさせてくださいませ」


 断ろうとした矢先にまったく予期せぬ方向から実弾が飛んでくる。タクミからしたら不意打ちも不意打ちで、咄嗟に避けようがない角度からスナイパーが心臓を狙い済まして発射した言葉の銃弾だった。


 実はルノリアは以前に空が父親を治療した際に別室でタクミから冒険譚を聞いて、まったく知らなかったおとぎ話の様な別世界の話に心を躍らせていた。その上採血の時にタクミの腕で抱きすくめられて幼いながらも乙女のハートがときめいてしまったのだった。タクミは『相手が子供だから』という軽い気持ちで彼女の恐怖を紛らわせるために親切心からしたことだったが、その行為はルノリアの中に淡い初恋という新たな別の感情を引き起こしてしまっていた。


 父親の容態が回復してからその話を親子で交わして、『もしタクミたち一行がこの街を訪れたらダメで元々で申し込んでみよう』と相談済みで、伯爵は娘の恋心を何とか叶えてやろうと一肌脱いでいた。空の件は実はどうでもよい唯の前フリに過ぎなくて、こちらこそが本命の話なのだ。


「うーん、どう返事すればいいのか・・・・・・」


 普段のタクミだったら『断るべきは断固として断る!』という態度で押し通すのだが、今回ばかりは相手が悪い。10歳の子供を不用意な言葉で傷付けるのも気が引ける。


「そうですな、あまりに話が急でタクミ殿も色々と考えなければならないでしょう。それでは皆さんが有能な冒険者と見込んで依頼があります。ルノリアを王都に居る兄の元に送り届けてはいただけないでしょうか? この子はあと2年したら魔法学院に入学したいと希望しています。学院の見学を早い内に済ませておきたいと本人が希望していましてな」


 これは娘に内緒で伯爵が考えた色よい返事がもらえそうもない時の次善の策だった。王都までの旅を最愛の娘の良き思い出にしてもらいたいという親心だ。


「お父様、私が皆さんとご一緒して王都まで行っても良いのですか!」


 父からのサプライズに頬を紅潮させるルノリア、両手を胸に当てて本当に驚いた表情をしている。そのあどけない表情はタクミと共に過ごせる王都までの旅路を思い描いて幸せいっぱいの様子だった。


「いいと思う」


 女子たちは揃ってどうしようかと迷っている微妙な表情をしている中で、空だけは真っ先に賛成を表明する。実は空は見掛けの年齢がルノリアと殆ど変わらない外見だった。隣に彼女が居れば自分が少しでも大人に見えるのではないかという完璧に自分本位の打算からの賛成だった。そんな単純な理由で空が賛成したとは知らずに、『空ちゃんがそう言うなら・・・・・・』と、女子たちの間に賛成のムードが広がっていく。まさかタクミが10歳の女の子に手を出すはずがないと彼女たちは確信しているのだった。


「俺たちは一旦ラフィーヌに立ち寄って冒険者ギルドに色々と報告しなければならない。その後に王都に送るというのだったら構わないがどうだろう?」


 王都まで直行ならば約1週間だが、タクミが言うようにラフィーヌに立ち寄るとなると行程がその3倍になる。少しでも長くタクミと一緒に居たいルノリアにとってそれは逆に大歓迎だった。


「おお、依頼を受けてくれるのかね! それは助かる、ルノリアをよろしく頼む」


「皆様、しばらくの間ご一緒します。どうかよろしくお願いします」


 伯爵親子はこれ以上ない笑顔をしている。伯爵としてはこの旅で娘がタクミの心を掴むことが出来ればそれでいいし、もしそれが叶わなくても楽しい思い出が出来れば彼女の一生の財産になると考えていた。病に倒れて娘の成長を見届けられないと一時は覚悟したのだが、こうして新たな人生を送れるとなった以上は今まで出来なかった分まで愛情を込めて娘の成長を見守っていこうと決心した伯爵の想いだった。 





 ルノリアの旅の準備があるので出発は3日後に決まって、その間タクミたちはナスルの街に滞在することが決まった。相変わらず春名は食べっ放しで運動もサボってダラダラした生活を送り、そして約束の3日後がやって来る。


「お待ちしておりました」


 馬車でやって来たタクミたちを例の執事がにこやかな表情で出迎える。彼も伯爵の病がすっかり癒えた件で空に感謝を示していた。その背後の玄関前にはすでにルノリアが乗る馬車が出発の準備を整えて待機している。


「タクミ様、皆様、お待ちしていました! 私今日が待ち遠しくて夕べは良く眠れませんでした」


 使用人からタクミたちが到着したと聞いたルノリアは開け放たれた玄関から転がり出るようにしてスカートの裾を摘みながら駆け寄ってきた。今までタクミたちの前ではドレス姿だったのだが、これからの旅路用に白い膝丈のワンピースを着て、その上に毛皮のコートを羽織っている。長く伸ばしたプラチナブロンドの髪にはお気に入りのピンクのリボンをつけて、その姿は年齢相応の可愛らしさが感じられる。そして年齢相応にまるで遠足に出掛けるのを楽しみにしていた、いかにも子供らしい様子がその言葉や態度から伝わってくる。


 走ってタクミたちの元にやって来たルノリアに大分遅れて、メイドが押す車椅子に乗った伯爵が姿を現した。


「旅に相応しい良い天気になったね。今回の旅がまたとない良い旅になることを祈っているよ。娘を頼んだ」


 伯爵の表情は一人娘をタクミに任せると言いたそうだ。むしろその将来もいっそのこと面倒見てほしいくらいだから、なんだかこれから娘を嫁に出す父親のような顔になっている。


「お父様、一足お先に王都でお待ちしています。足が動くようになったらいらしてくださいね」


 伯爵は病が癒えた報告など王都で国王や他の貴族に対する挨拶回りを歩けるようになったら行うつもりだった。それまでルノリアは兄と一緒に王都の屋敷で生活をすることになっている。その他にも父の病でお預けになっていた彼女の社交界デビューなども予定されているのだった。先々に色々と予定の詰まっているルノリアだが、彼女は今そんなことには一切興味を持っていなかった。ひたすら憧れのタクミと旅をするのが楽しみで仕方がないという想いで他のことがすっかり頭から飛んでいるのだった。


「それじゃあ出発するよ!」


 圭子の声でケルベロスが引っ張る馬車が動き始め、その後をルノリアの馬車が続く。今回の旅で彼女に付いてくるのは二人のメイドと御者だけで、警護担当の騎士の姿はまったくなかった。貴族の令嬢が王都まで旅をするには通常ならば20人から30人の護衛の騎士が馬車を守るのが普通だが、この一行にはたった一人も護衛の姿がなかった。それはそうだろう、王都を半壊させた魔王をあっさりと撃退したタクミたちが居ればどんな護衛にも勝る強力な戦力なのだ。


 伯爵邸の全員に見送られて弾む気持ちを抑えきれないルノリアを乗せた馬車はゆっくりと進み出すのだった。



次回の投稿は土曜日の予定です。

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