208 コスプレ道
気を抜いたわけではありませんが、本当にゆるい内容になってしまいました。読者の皆さん、あまりのゆるゆる振りに呆れないでください。次回からたぶん本気を出します!
「圭子ちゃんそんなに落ち込まないでください。それにしてもおかしいですね、私の時にはイメージ通りの姿にパワードスーツが変形してくれましたが・・・・・・ 一先ず私が試してみましょう」
岬はアルネと死闘を繰り広げた時に身にまとっていたドレスアーマーを思い浮かべてスタートスイッチを押した。眩い光に包まれてそこに現れたのはやはりドレスアーマーに身を包んだ岬だった。しかし、以前の姿に比べてデザインが若干異なっている。
古いタイプのドレスアーマーは黒を基調として光沢のあるビロード生地のような風合いのシックなデザインに、金色の金属で肩や胸が補強されていた物だった。膝丈の長さのスカートにショートブーツという組み合わせで、動き易さと防御力を兼ね備えた岬好みのデザインだった。
それが今回は襟元や袖に金糸で刺繍が入ったり、金属で覆われる部分が広がっていたりといった変更が行われている。その点に関しては岬は特に問題は感じていなかった。だが何故か足元がスースーする。彼女が視線を下に移すと、膝丈だったスカートが膝上20センチになっていた。それに伴って黒いニーソックスと茶色のロングブーツにデザインが大幅に変更となっている。
姿見を出して全身を映したその姿を見た岬は見る見るその顔が真っ赤に染まっていった。
「こんな短いスカートなんて捌けません! それにこの格好では気が散って戦闘に集中出来ません!」
岬は学校に通っていた頃は膝上5センチの制服のスカートを身に着けていた。恥ずかしがり屋の彼女にはこれ以上スカート丈を短くするのは絶対に無理だった。その上このような短い丈ではちょっとした動きでスカートが捲れ上がって、人前で思いっ切りパンツを晒しそうだった。それが彼女の言う戦闘に集中できない理由だ。
「タレちゃん、凄く可愛いと思いますけどどこが不満なんですか?」
「ここはタクミの意見も聞くべき」
春名の感想に続いて空が急にタクミに話を振った。急に振られた側のタクミはついその姿に見蕩れていたので、返事がしどろもどろになっている。
「お、おう・・・・・・ キャワイイと思うぞ」
思いっ切り噛んでいる。だがタクミの言葉は岬に劇的な変化を起こした。
「そ、その・・・・・・ ご主人様がそう言うのだったら私はこの姿で戦います」
なんというタクミに対する忠誠心! 恥ずかしさを押し殺してタクミのためにこの姿で頑張ると決意した岬だった。
「タレちゃん、そのスカートの下はどうなっているの?」
空があくまでも興味本位で尋ねる。ちょっとでもエロイ話には首を突っ込まずにはいられない性分なのだ。こいつは本当に未来の地球人類の希望を背負った聖女なのだろうか? だが根が素直な岬はその言葉に従って後ろ向きになって自分だけが見えるようにそっとスカートを捲り上げる。
「普通のパンツでした。ご主人様が一番お気に入りのです」
(余計なことは言わんでいい!)
タクミの心の叫びがこだまする。まさかこんなところで自分の性的な嗜好を暴露されるとは彼自身思ってもみなかった。岬には全く非は無いが、彼女が何気なく口にした言葉で精神的にクリティカルヒットを喰らったタクミはがっくりと項垂れている。特に美智香の突き刺すような視線が彼の精神をゴリゴリと削っていく。
最終的にタクミが精神的なダメージを負った所で、次の春名の順番になった。パワードスーツに乗り込もうとする彼女は自信満々の様子だ。
「二人ともまだまだですね! 私が本物のコスプレ道をお見せしますから待っていてください! 可愛らしい魔法少女の姿に期待してください!」
どうやら春名の頭の中では『パワードスーツに搭乗する=コスプレ大会』と変換されているらしい。そのお花畑の脳内では魔法少女になって笑顔を振りまく自分の姿がくっきりとイメージされているようだ。
光に包まれてそこから現れた春名は・・・・・・
「あれ、おかしいですね? ピンク色の服をイメージしたのは確かですけど、なんか全身がピンクで覆われていますよ?」
本人はまだその姿に気がついていなかったが、『ブタの着ぐるみ』姿で堂々と登場したのだった。ご丁寧なことに顔の真ん中にはブタ鼻まで付けられている。体脂肪率増加中の春名にとって『ブタ』は禁句に等しい言葉だった。
『ダメだ! こ、これはマジで笑えない!』(圭子)
『こ、これは無理! もう限界!』(美智香)
『迂闊に突っ込めない!』(タクミ)
『春名ちゃんそこまで身を削って笑いをとろうとしなくても・・・・・・』(岬)
『これを笑っちゃいけないなんて、く、苦しい・・・・・・』(紀絵)
『ふ、腹筋が崩壊する!』(空)
美智香と紀絵は後ろ向きになって、圭子と空は床に顔を埋めて体を小刻みに震わせている。彼女たちの努力にも拘らず、人間の我慢には限界があった。こみ上げて来る笑いに耐え切れずに声を押し殺して笑っているのだった。時折その口から『ククク』という声が漏れてくる。
岬がメイドとしての義務感から必死に笑いを押し殺して春名の前に姿見を置いた。そこに映された自分を見て春名は無言で顔の中央に付いていたブタ鼻を毟り取って、床に投げつけて右足で何度も踏んづけている。
「はあはあ・・・・・・ いくらなんでもブタは酷過ぎます! 壊れているんじゃないですか?!」
顔を真っ赤にして訴える春名、よほど自分のブタの着ぐるみ姿が解せないらしい。周囲は『春名に相応しい』と全く違う意味で高く評価をしているのが余計に気に食わない様子だ。
「落ち着いてください。リセットと言えば元に戻りますから」
宥める様な岬の言葉に即座に春名は変形前の姿に戻った。
「いやー、本当にハルハルはいつの間にかお笑いの腕を上げたね」
先程まで落ち込んでいた圭子が別人のように生き返っている。ブタの着ぐるみに比べればラオ○など物の数ではなかった。圭子が外角低めに僅かに外れたとしたら、春名はバッター目掛けて投げたボールが真後ろに飛んだようなものだ。どうやったらそこまで斜め上の結果を導き出すのか・・・・・・ 令嬢の底力を思い知ったような気分だ。
「まったく、みんなして私のことを思いっきり馬鹿にしてくれて、きっと初めてだったから緊張していたに決まっています! 今度こそしっかりと魔法少女になってみせます!」
目標は高く、理想の魔法少女に成るべく春名は気合を込めてスタートスイッチを押す。そして光とともにその場に現れたその姿は・・・・・・
『イモムシの着ぐるみ』だった。
さっきに比べて微妙なその姿に残念なものを見る視線が春名に向けられる。
「こ、これは・・・・・・ なんだか動き難くて立っているのがやっとです!」
微妙な姿でも春名ならばやってくれる! 動きを補助して人の力で出せないパワーを発揮するパワードスーツの常識を覆す『動き難くなるパワードスーツ』を春名は実現した。一体どこまでこの娘は突っ走るつもりなのだろう?
「こうなったらもう1回リセットです! 次が最後の挑戦にしますから皆さん期待してください!」
さすがに自信を失いかけた心を無理やり奮い立たせて、再び元に戻ってスタートスイッチを押すと・・・・・・
『犬の着ぐるみ』が現れた!
「キャン!」
その姿に反応したシロとケルベロスが春名の着ぐるみをクンクン嗅ぎ回って体を擦り付けてマーキングしている。ファフニールはパタパタ飛んで着ぐるみの頭に止まって、その感触にウットリとして目を閉じていた。ファンタジーの概念を覆す『ペットにモフられる飼い主』が誕生した瞬間だ。春名が『皆さん期待してください』と呼びかけたのは彼女のペットたちに対してのものだったに違いない。
「ハルハル、もう魔法少女は諦めなさい。こうしてペットたちが喜んでいるからこの姿で決定よ!」
どうやら春名のパワードスーツの利用法はペットたちのご機嫌取りに決定した模様だ。この機体を開発した岬のご先祖様には本当に申し訳ない。
そのあと、調子に乗った圭子と岬の間ではパワードスーツ着用のままで白熱した鍛錬が行われるという予定に無い行動が始まった。驚くことに圭子は最初からパワードスーツを全開で操って、慎重に動きを試す岬と互角以上に渡り合っている。そして岬が初めて搭乗した時のように体に掛かる負荷でダウンするようなことも無く、ケロリとした表情で機体から降りてきた。どこまでこの娘は脳筋の戦闘狂なのだろうか?
「これがあればあの女とも互角以上に戦えるわね」
圭子はアルネに一撃喰らったあの出来事を根に持っていた。いつか機会があったら仕返ししてやろうという魂胆を秘めている。
このあとに紀絵の搭乗訓練とタクミの機体チェックが行われて無事にこの日に予定していたプログラムは終了した。
「機体に不都合な点は無かったかね?」
元の部屋に戻った一同にジョンが語りかける。
「あの、どうしてイメージ通りの姿に変形しないのでしょうか?」
岬は早速先程の出来事を報告して原因の解明を修復担当者のジョンに対して求めた。
「ああ、なるほどね。そのような事態が起きる可能性は私も考えていたよ」
どうやらジョンには思い当たる節がありそうだ。
「イメージ通りに変形するには取り去った例の術式が関わっていたのだよ。あの術式で強制的にシンクロ率を上昇させていたからね。現状は機体とのシンクロ率が高いとよりイメージに近い姿になるようだね。ちなみに好戦的な性格の方がシンクロ率は高いようだ」
ジョンの説明で全てが判明した。好戦的な圭子と岬はよりイメージに近くて、性格的に戦闘に向かない春名はブタやイヌの着ぐるみだったのだ。
「そうなんですか、でも今更元には戻せないし、仕方が無いですね」
岬はこの件に関して諦めたようだ。彼女にとってはスカートが短い以外は特に大きな不満が無いのであっさりと引いた。
「ねえねえ、私たちのシンクロ率ってどのくらいなの?」
圭子が興味本位で質問する。ロボットアニメ好きにとっては『シンクロ率』というフレーズは放っては置けないのだ。
「メイドのお嬢さんが標準の100前後で、着ぐるみのお嬢さんは3だね。そして君は380くらいだ」
「暴走手前かい!」
道理で圭子が最初からパワードスーツを問題なく扱えるわけだ。このシンクロ率は言い方を変えると『暴力指数』となる。圭子の数値は岬の4倍近いことが判明したのだった。この娘はやはり只者ではない。圭子が世紀末救世主をイメージしてその結果世紀末覇者の姿になったのは、どうやらパワードスーツにとっては『こっちの方が強そうじゃねー?』的な配慮だった模様だ。圭子としては『余計なお世話だ!』と抗議したい所だが、その姿に決まってしまったものは仕方が無い。
「ああそうだ、君と着ぐるみのお嬢さんはレベルが上がったようだからチェックするといい」
ジョンに促されて圭子と春名はステータス画面を開く。
「なになに、世紀末覇者・レベル13・・・・・・ やっぱり伝承者じゃなかった」
「えーと、着ぐるみの令嬢・・・・・・ 食いしん坊・レベル5 すぐに入院を勧められるレベル。周囲の人は絶対に健康管理に気を配ってください・・・・・・ いやーーーーーーー!!」
春名の悲鳴だけがその部屋に残されるのだった。
次回の投稿は火曜日の予定です。