203 盗賊王の最後
「いかにも怪しい洞窟ですね、中に入るんですか?」
空のシールドを出てきた春名がタクミの横に並んだ。さすがに上陸してからここまで凄惨な光景が連続しているので、彼女も現実の海賊退治が理解出来てきたようだ。
「そんな面倒なことをしなくても大丈夫だろう。この島の規模で深い洞窟があるはずないからな」
そう言うとタクミは腰のホルダーからブラスターガンを引き抜いて躊躇わずに5発ほど発砲した。『これからはなるべく人を傷つけないようにしよう』というあの誓いの意味はは何だったのだろう? やはり彼の気持ちの上は本当に些細な気まぐれか、若しくは単なる気休めに違いない。
「ドカーーン、ドカーーン!!」
洞窟の内部に吸い込まれた弾丸は壁にぶつかって小爆発を立て続けに引き起こして、その音が内部に反響しながらタクミたちが立っている外まで響いてくる。
「相変わらず容赦がないですね」
紀絵はその様子を見てボソッとつぶやく。さっきまでスナイパーとして入り江の崖に向かって狙撃を敢行していた人物とは思えない口調だ。確か彼女は船の上から狙撃していたはず、まだ海の上に居た彼女は『漁師』の職業故に思いっきり気が荒くなっていた。海の上では平気で人を殺すが、こうして陸に上がってしまえばこうしてまるっきり普段の紀絵に戻るのだ。そう考えると『漁師』は意外と物騒な職業かもしれない。しかし魔物が潜むこの世界の海では、このくらいでないと実際の漁師たちは遣っていけないのも事実だった。
「まだ足りないようだな。やつが燻り出されて来るまで望みのままに喰らわせてやろうか」
タクミが再び発砲しようと構えた時、洞窟の入り口に人影が現れた。憎々しげにこちらを睨み付けている修平だ。
「テメー、いい加減にしやがれ! 危うく死に掛けたぞ!」
狭い洞窟で立て続けに起こった爆発の煙がまだ漂う中から、彼はどうやら溜まりかねて出てきたようだ。タクミの容赦のない遣り方に顔を真っ赤にして苦情を述べている。
「まったくお約束をわかっていないやつはこれだから・・・・・・ タクミが絶好のパスを寄越したんだからここはチリチリ頭で出て来てほしかった。いい感じの爆発だったから期待していたのに」
空は爆発に付き物のお約束を期待していた模様だが、修平は顔がやや煤けているもののその姿に変化がない様子に『センスがない』と肩を落としている。一体誰がこの命が懸かった場面でそこまで体を張って笑いをとろうと考えるのだろうか? やはり未来人はその思考が特殊なのは確かなようだ。
「ふざけるな! これからお前たちを皆殺しにしてやるから覚悟しておけ」
激高した修平はナイフを手にしていつでも切り掛かれるように構える。こう何度もタクミたちにいいように遣られて、普段から臨界点が低い彼は怒りの限界をはるかに突破していた。
「まったくギャーギャー煩い居ヤツだな。こういうのをクレーマーと言うのか? 文句に対する返答はお前の体によく言って聞かせてやるから、好きな時に掛かってこい!」
タクミはお馴染みの右手にナイフ左手にバールという体勢で迎え撃つ気満々で修平を見ている。どうやらタクミが一人で片付けるつもりのようなので、女子たちはその場から下がった場所に空がシールドを展開してすっかり観戦モードを決め込んでいる。
美智香だけは収納からライトサーベルを散りだそうとしていたが『チッ!』という舌打ちをしてシールドの内部に引っ込んだ。自分の手で彼の手足を2,3本斬り飛ばそうと思っていただけに、タクミに先を越されて残念そうな表情だ。だが彼女を除いたここに居る女子たちは春名を筆頭にそこまで好戦的ではなかった。シールドの中でワクワクしながらタクミの戦い振りを見つめている。
10メートルの間隔を置いて対峙する二人。タクミが自分と同じような武器を取り出したのを見て、修平は目を細めてニヤリとした。それは通常の人間には絶対に持ち得ないような悪意に染まった実に嫌な笑い方だった。まるで毒蛇が口を開いて獲物を威嚇するような気味の悪い表情だ。
「予想通り得物を扱う腕もあるみたいだな。だがナイフで俺に敵うとでも思っているのか?」
圭子を相手にした時は両手にナイフを握っていた修平だが、まだ右手に1本握るだけでタクミの様子を伺っている。
「面白い冗談だな、ナイフの本当の扱い方を教えてやる」
タクミは油断なく修平を見ている。彼の注意はナイフを握っている右手よりも、何も手にしていない左手に向けられている。そしてその左手が僅かに動いたかと見えた瞬間、タクミの喉元を目掛けて黒塗りのナイフが飛んできた。
「カキン」
尋常の反射神経では投擲された瞬間すらわからないまま、その喉にナイフが突き刺さっていたはずだが、タクミの動体視力には子供が石を投げつけた程度にしか映っていなかった。左手のバールを一閃すると弾かれた投げナイフが彼方に飛び去っていく。
「つまらない小細工は無駄だ。折角こちらが飛び道具無しで相手をしてやろうと言っているのに流れがわからない薄らバカだな。やはりお前はそこいらに転がっている悪ガキに過ぎないようだ」
タクミに悪ガキ扱いされた修平は顔を真っ赤にして右手のナイフを振りかざして突っ込んでくる。対するタクミは『キレ易い若者にも程があるだろう』とヘキヘキしながらバールで迎え撃った。ぶつかる両者の得物から火花が飛び散る。
切り掛かるナイフと受け止めるバール、両者の力が拮抗して動きが止まった瞬間、修平は左のホルダーからもう1本のナイフを抜いて下からタクミの腹部に向けて突き刺そうとする。並みの冒険者だったら拮抗するナイフとバールに注意が向いて素早く抜かれたもう1本のナイフを見逃すところたが、タクミはその動きすら読んでいた。下から突き刺そうとするナイフを握っている修平の左手を膝蹴りで撥ね上げて、その振り上げた膝を起点にして前蹴りを彼の鳩尾に叩き込む。
「グワッ!」
タクミの爪先が食い込んだ腹を押さえたまま修平は後方に吹き飛ばされる。そのままゴロリと1回転して何とか立ち上がったが、体全体に満足に力が入らない様子で呼吸も苦しそうだ。もう1発まともに攻撃を受けたらそこで勝敗が決しそうな雰囲気が漂っている。
その様子を見たタクミは嵩に掛かって追撃のために自ら前進した。もう1発バールを腹に叩き込もうと左手に力を込める。
「なにっ!」
だがそのタクミを目掛けてまったく最初と変わらない勢いで低く沈み込んだ体勢から修平が再びタクミの腹部目掛けてナイフを突き出す。
「0.1G」
前掛りになっていた姿勢でこのままでは回避は不可能と判断したタクミは迷わずジャンプして上に逃げる道を選択する。彼の体は修平の頭上をはるかに飛び越えて後方に着地した。だが飛び越えようとする際にナイフの刃が掠めたのだろう、タクミの膝の辺りのズボンが斜めに5センチほど切れて、薄っすらと血が滲んでいた。
「へへへ、俺の演技力も中々のものだろう。服の下にクッションと鉄板を仕込んであったからな。おかげで大したダメージにはならなかったぜ」
「そうか、悪かったな。悪ガキは訂正だ、お前はコソ泥に昇格したぞ」
修平の技量と用意周到さにタクミは彼のデータをほんの少し上方修正した。多少甘く見過ぎていたとちょっとだけ気を引き締める。だが相変わらず生け捕りにする方針に変更はなかった。
「盗賊王に向かって大きく出やがったな! 俺のナイフで切り刻んでやる!」
「バカは何処まで行ってもバカに過ぎない。どれ、キメに掛かろうか」
そう言ったタクミの姿が修平の目の前から消えた。完全にその姿を見失って『しまった!』と思った瞬間、後頭部に強烈な衝撃を受けて彼の意識が飛ぶ。
「0.5Gくらいでいいか」
タクミはジャンプの際に一気に下げた重力を半分まで戻した。重力の足枷が今の彼は半分になっているのだった。つまり普通にそこに立っている修平よりも信じられない速さで動けるということだ。もちろん訓練していないとこのような低重力下で体のバランスを保って戦闘を行うのは不可能だ。だが元惑星調査員の彼は重力コントロールの訓練を日常から怠っていなかった。
半分の重力を生かして素早く修平の後方に回り込んだタクミは行きがけの駄賃で1.5Gまで荷重を高めて、彼の後頭部目掛けてハイキックを一閃した。体重が当社比5割り増しで乗った威力十分の蹴りを食らった修平はその場に倒れてピクリともしない。
『遣り過ぎて死なせたか?』
一瞬不安になったタクミだが、かろうじて彼の胸が上下しているのを見て胸を撫で下ろした。
「おーい、終わったぞ! 美智香、すまないがまた指輪をこいつに嵌めてくれ」
シールドから出てきた美智香は再び嫌そうな表情で指輪を嵌めていく。これで修平は反抗する意思を奪われ、美智香の言い成りになる外ない。
修平が海賊として奪って溜め込んでいた物資や財宝はきれいにタクミの収納にしまいこんで、用は済んだとばかりにガチホモ丸に乗り込む一行。船に乗ってのんびりと5時間も揺られれば王都に到着する予定だ。当然紀絵がここぞとばかりに漁師の本領を発揮したのは言うまでもない。そして彼女の背後では再び釣った魚を焼くタクミと美味しそうに釣り立ての魚を堪能する春名の姿があった。
「こいつが海賊の親玉だ」
先日と同じように商船ギルドに立ち寄ったタクミたちは、その場に待機していた王宮の係官に連れられて現在国王の執務室に居る。
「ほう、こいつがエンダルス伯爵を操っていたのか」
美智香の命令で修平はその場で自らの行状を洗いざらい吐いた。当然調書が作成されて、彼はその場で犯罪者奴隷として最も過酷な鉱山での無期限労働という厳罰に処された。死刑ならばそれで刑は終わるが、死ぬまで満足な食料も与えられないまま毎日働かせられる、いわば死刑よりも重たい刑だった。
修平には王宮の刑罰の担当者がその体に奴隷の紋章を魔法で刻み、美智香がその魔力でさらに紋章の効果を限界まで強化した。『隷属の指輪』をしたままでは意思が奪われて満足に働けないので、鉱山で頑張ってもらうために美智香からの餞別の代わりだった。彼女はこれで修平と縁が切れるとヤレヤレという表情をしている。もうこの先会うことはないだろうが『優秀な労働者としてその命が続く限りぜひ鉱山で頑張ってもらいたい』という彼女の真心が込められている。
「それで、伯爵家の扱いはどうなるんだ?」
再び国王の執務室に話しは戻って、話題は伯爵家の扱いに移っていた。
「それなんだが、実際に被害が出ているし、形式上とはいえ伯爵の署名が入った書類が出されているのは事実だから、何らかの処分は避けようがないな」
国王は眉間に皺を寄せてタクミに答える。事前の約束を反故にするようで申し訳ないという顔をしている王に対して、立場上他の貴族の手前もあって仕方がない判断だろうとだろうとタクミは理解している。
「そうか、それは陛下の立場もあるだろうから仕方がないとして、伯爵が何か手柄を上げれば処罰は帳消しに出来るだろう」
タクミはニヤリとして告げた。すでにこの件に関して伯爵と打ち合わせ済みなのだ。
「手柄といってもこの件は解決したのに今更どんな手柄を上げるというんだ?」
怪訝な表情でタクミの様子を伺う国王、対するタクミは自信たっぷりだ。
「俺たちは親玉を捕まえてきたが、海賊の本拠地にはヤツの手下がまだ残っているだろう」
すでにその本拠地もタクミたちの手によって壊滅しているのだが、その手柄を伯爵が率いる沿岸警備隊に譲ろうという彼の目論見だった。今頃は警備隊の船が島に向かっており、目と耳の機能を失って転がされている連中の身柄を確保するだけの手軽なお仕事だ。他の連中は戦闘で死んだことにすればよい。ついでに物資や財宝もこっそり沿岸警備隊に後から引き渡す予定になっている。
「なるほど、そういうことならば伯爵の名誉が回復出来るな。わかった、その線でうまく話を調整ししよう」
タクミがこれ程伯爵家の肩を持つのはひとえに岬のお願いのためだった。彼女はシロとケルベロスによって命を救い出されたシャルディーヌが不幸な目に遭わないように、夜のベッドの中でタクミに密かにお願いしていたのだった。当然タクミが岬のお願いを粗末に扱うわけがない。
「何かあれば俺たちの所に使いを出してくれ。あと1週間はこの街で新鮮な海の幸をゆっくりと味わう予定だ」
春名が太るだけのような気がするが、本当にそれでよいのだろうか?
「わかった、この街の自慢の魚介類を心行くまで味わってくれ。何かあったら冒険者ギルドを通して君たちに連絡しよう」
こうしてセイレーン王国を揺るがした海賊事件はようやく解決を迎えるのだった。
次の投稿から閑話を挟んで新しい展開に移ります。投稿は水曜日の予定です。