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191 少女の事情

 岬は少女に毛布を重ね掛けして体が冷えないようにしてから馬車を出る。そろそろ昼食の準備をしないと食いしん坊の令嬢が痺れを切らす時間だった。


 外のテーブルでは令嬢がすでに席についており、その隣にはシロとケルベロスが並んでお座りをしている。約束のご褒美を期待して岬の姿を見た2頭は尻尾をブンブンと振っている。もし春名にも尻尾が付いていたらおそらく振り切れんばかりの勢いで左右に振っていることだろう。


「みんなもう少し待っていてくださいね。今準備をしますからね」


 笑顔で話しかける岬を2頭と一人が期待を込めた目で見つめている。ついでにファフニールも昼食を楽しみにしている模様で、テーブルの上で翼をバタバタしている。


 岬は昼食のパスタを手早く用意すると春名の前に山盛りで差し出す。


「さすがタレちゃん、私の気持ちを本当によくわかってくれて嬉しいです!」


 食いしん坊の令嬢の相手はそこそこにしてシロとケルベロスには大好物のオークの肉の塊を与えてから、岬は食事もとらずに馬車の中の少女の様子を見に来た。


 彼女は落ち着いた様子でどうやらよく寝ているらしく、そのやや小さめの胸が規則正しく上下している。空が居れば体全体をスキャンして症状がわかるのだが、今はこうして安静に寝かせておくしか手段はなかった。


「女の子はどうだった?」


 馬車から戻ってきた岬に圭子が尋ねる。彼女も少女のことが気になっていたのだ。その横で春名は黙々と大量のパスタを平らげていく。


「まだ目を覚まさないようです。午後の鍛錬は切り上げて街に戻りましょう」


 岬の提案に圭子は頷いた。人の命が懸かっているので鍛錬は後回しだ。だがこれに春名が反応する。


「やりました! これで午後はのんびりと出来ます!」


 本当にどこまでも怠け者の令嬢だ。


「それは無理ね! 今食べた分だけまた街まで走ってもらうからいいわね!」


 圭子の宣告に春名の目は死んだ魚のようになっているが、その口だけは動いてパスタを食べている。これだけの食べ物に対する情熱を他の面に振り向ければ、おそらく彼女は人類の進歩に大きく貢献できるような偉大な人間に為れるのではないだろうか?


 


「じゃあ戻るよ!」


 馬車の御者台から元気のいい圭子の声が草原に響き渡る。


「私も馬車に乗せてください!」


 春名の訴えはまるっと無視されて馬車は動き出す。サイゼリ○のラージパスタ3皿分に匹敵する量を食べたのだから当然の措置だ。


「待ってくださ--い!」


 伴走するシロとともに仕方なく走り出す春名の声を草原に残して馬車は王都に引き返すのだった。





「大分落ち着いているようです」


 宿に戻って少女をベッドに寝かせた岬は濡らしたタオルで顔や腕を拭きながらその様子を見守っている。部屋に運び込む時に彼女は一旦目を覚まして、岬から受け取ったホットミルクを自力で飲み干していた。おそらく今は疲労や張り詰めていた緊張の糸が途切れたせいで眠りについているのだろう。


 少女と同じように春名も疲労で自分のベッドにダウンしている。こちらは放って置いても問題はない。しばらくしたら『お腹が空きました』といって起き出すに決まっているからだ。


 圭子は中庭を借りて体を動かしている。草原では春名に付き合ったせいで満足な鍛錬が出来なかった埋め合わせだ。彼女がその拳を振るうたびに、窓がビリビリと音を立てて振動しているのが伝わってくる。一体どこまで強くなっていくつもりなのだろうか。



 しばらくそのまま静かな時間が過ぎ去っていったが、廊下から『大漁でしたね!』という弾んだ声が聞こえてくる。どうやらタクミたちが戻ってきたようだ。


「ただいま戻りました!」


 紀絵が先頭を切って部屋のドアを開けて中に入ってくる。釣りを楽しんだだけではなくシーサーペントの討伐まで行ってきたので、彼女にしてはやたらにテンションが高かった。ちなみにギルドに立ち寄ってシ-サーペントは金貨500枚で引き取られた。これほどの大物は2年振りの水揚げだそうで、ギルドマスターは大喜びだった。


「お帰りなさい、何か手掛かりは掴めましたか?」


 岬の問いかけに答える前に部屋に入ってきた4人はベッドに寝かされている少女の姿に気が付いた。起こさないように小さな声でタクミが尋ねる。


「その子はどうしたんだ?」


 岬は草原の出来事を説明して、空に彼女の容態を見てもらう。


「小さな傷と疲労で眠っている。簡単に回復魔法を掛けておく」


 空の魔法で手足についていた傷はきれいに姿を消して、少女の体を包んでいた疲労は跡形もなく消えうせた。その影響か眠っていた少女の目蓋がピクリと動いて、ゆっくりとその目が開いていく。


「ここはどこですか?」


 ようやく意識がはっきりとして、自分を取り囲む環境に気を配る余裕が出てきたのだろう。見知らぬ部屋の中で自分を見下ろしている人間に囲まれて不安そうな表情で少女は声を出した。


「心配しないでも大丈夫ですよ。ここは私たちが宿泊している王都の宿屋です。今回復魔法を掛けたからもう体は大丈夫ですよ」


 岬の言葉に少女は小さく頷く。そして起き上がろうとしたが、岬の怪力によってそれは止められた。


「まだもう少し寝ていた方がいいです。心配しないでここに居てくださいね」


「はい、ありがとうございます」


 そう答えると同時に少女のお腹が『グー』と可愛い音を立てた。その隣のベッドからは『タレちゃん、ご飯はまだですか?』というアホ令嬢の寝言も同時に聞こえてくる。


 空きっ腹の令嬢はどうでもよいが、少女は何か栄養が付くものを食べさせた方が良さそうだ。当の本人は恥ずかしさのせいで頭から毛布をかぶって布団の中に顔を隠している。


「そろそろ夕暮れですし晩ご飯にしましょう。この子は着替えをしますからご主人様は先に下に降りてください」


 タクミを先頭に海に行ったメンバーは階段を降りて1階の食堂に席を取って待っている。その間に岬は起き出した少女に手早く春名の服を着せていく。サイズがちょうど彼女と同じくらいだったのだ。


 冒険者風の服に改めた少女は岬とともに階段を降りてタクミたちが陣取っている席に着いた。この時春名はすっかり忘れ去られて、いまだに部屋でグーグー寝ていたのだった。


「皆さん、助けていただいてありがとうございました。私はシ、シャーリーと申します」


「俺たちは冒険者のパーティーで俺はタクミだ。聞くところによるとずいぶん危なかったみたいだが何か事情があるのか?」


 タクミが自己紹介をしながら話を聞きだそうとすると、シャーリーの表情が急に変わる。


「皆さんは冒険者だったのですか! あの・・・・・・ 今はお金がないんですが必ず支払います! どうか私の力になってください!」


 必死な様子で頼み込む彼女の姿に一同は何事かと驚いた。自分たちよりも年下の少女がこれほど思い詰めているのには、冒険者の力を頼りにしなければならないよほど困難な事態に巻き込まれている何らかの理由があるのだろう。


「そんな大事な話はここでするべきではないな。誰が聞いているかもわからないから、部屋に戻ってからゆっくり聞かせてくれ」


「はい、わかりました」


 シャーリーは小さく頷いた。お金の持ち合わせもないのに話を聞いてもらえるだけでも今の彼女にはありがたいことだったのだ。そしてちょうどその時、階段をドタドタと音を響かせて降りてくる足音が響く。


「皆さん、食事の時間に私を置いてきぼりにするなんて酷いです! この鬱憤は食事で晴らします!」


 メンバーに指を突きつけて訴える春名だったが、ベッドでだらしなく寝ている彼女の存在を一同は完全に忘れていたのだった。ともあれ騒々しい春名も交えて食事を開始する。


 シャーリーは『助けてもらった上に食事までご馳走になって申し訳ないです』としきりに恐縮していたが、空腹には勝てずに出された物をきれいに完食していた。その横で令嬢は3人前を食べ切って、更にお代わりをしようとしてメイドに強制的に退出させられていた。寝起きでよくここまで入るものだ。




「実は先程シャーリーと申しましたが、本名はシャルディーヌ=デ=エンダルスと申します」


 部屋に戻って、シャーリーと名乗った少女は話を切り出した。いかにも育ちの良さそうな話し方で、身形の良さそうな服を着ていたことなどと合わせて、どこかのお嬢様だろうと見当をつけていたタクミだが、その口から出た『エンダルス』という姓に心当たりがあった。


「伯爵家と関係があるのか?」


「はい、末の娘です」


 ギルドマスターとの話で海賊と何らかの関わりがあると睨んだエンダルス伯爵家、その娘が何かから逃げるように森で岬たちに保護された。今まで漠然としていた海賊を巡る背後関係が、ある点と別の点を結んで一つの線になった瞬間だった。



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