188 海賊捜索開始
宿を取ってぐっすりと寝た翌日、朝から港の近くで毎日開かれている朝市に出掛けて行くタクミたち、普段は朝寝坊の春名は『食べ物の屋台がたくさん並んでいる』と聞いて早起きしただけでなく朝食も抜いて参加している。どれだけ食い意地が張っているのだろう。
シロとファフニールは同行しているが、残念ながらケルベロスは宿の馬小屋で留守番をしている。本当は大人しい霊獣だが、あの馬鹿デカイ図体と一見凶暴そうに見える外見で騒ぎを起こすことを懸念して置いてきたのだ。もっとも肉食派のケルベロスは海産物にそれほど興味を引かれている様子がないので、後でオークの肉でも与えておけば大喜びするはずだ。
「たくさんお店があってどこにしようか迷ってしまいます! こうなったら手当たり次第に売っているものを食べてみましょう!」
順調に体脂肪率が上昇中にも拘らず、一向に反省する様子が伺えない春名は匂いに釣られてふらふらと一軒の屋台に近づいていく。
「いらっしゃい、うちの魚介と野菜を煮込んだスープは絶品だよ! お腹に優しい味付けだからね、朝食にはぴったりで何杯でもいけちゃうよ!」
鍋の具材を大きなお玉で混ぜながら、日焼けした顔の愛想のいいオバちゃんが近づいた春名に声を掛ける。
「タクミ君、すごく美味しそうな香りがします! それに何杯でも食べられるそうですよ!」
このアホ令嬢はオバちゃんのセールストークを真に受けている。放って置くと必ず遣らかすのが目に見えているので、岬が彼女の前に出て監視役を買って出た。
「それでは9人分お願いします」
メンバーの人数プラスシロとファフニールの分だ。近くに置いてあるテーブルについて一行は早速そのスープを味わってみる。
シロは地面に置いた専用の器に移し替えてもらってそのスープに口をつけようとするが、どうやらまだ熱いようで冷めるのをじっと待っている。それに対してファフニールは熱いのもまったく平気で、テーブルの上に乗ってお皿に頭を突っ込んで既に夢中な様子だ。どうやら魚の味が気に入ったようで、翼をばたつかせて喜んでいる。
「これはとっても美味しいですね!」
薄味でいながら魚介の出汁がよく出ており、タマネギやニンジンにセロリらしきものがアクセントとなってよくマッチしている。白身の魚のほかにもエビやカニ、イカなどが入ってボリュームも在るのだが、春名はそれをペロリと平らげてお代わりのタイミングを計っている。だがその彼女の行動はすっかりお見通しの岬によって敢え無く阻止された。
「さあ、次の屋台に行きましょう!」
下手をするとこの場に腰を落ち着けて屋台の鍋が空になるまで食い尽くしそうな勢いを春名が見せていたのを察知して、全員が食べ終わったタイミングで彼女は春名の手をとって立ち上がっていた。
「タ、タレちゃん、せめてあともう一杯・・・・・・」
一々聞いていられないので岬は春名をグイグイ引っ張ってその場から離れていく。はじめの内は名残惜しそうにしていた春名だが、次の屋台の前に来ると再びその目が輝きだす。
「タレちゃん、今度はお魚と貝を串焼きにしています! 間違いありません、私のお腹が訴えています! 絶対に美味しいのです!」
岬はその屋台に目を遣ると、イサキによく似た40センチ近い魚とホタテやハマグリを串に刺して焼いている。後を歩くメンバーの表情を伺うと全員が同意しているようなので、彼女はここでも人数分の串焼きを購入した。
「私の予想通りです! 久しぶりの海の幸を大堪能中です!」
春名は両手に串を握り締めて心から美味しくいただいている。その姿に果たしてこれが令嬢のお行儀として、いやその前に年頃の女子として一体どうなのかという疑問をメンバー全員が呈している。ちなみにこの時焼き魚を食べ終わったファフニールは満腹になって岬の膝に乗って一休みしていた。シロは貝の串焼きには全く興味を示さなかったが、魚の方は美味しそうに食べている。
「ペットが食べ切れなかった物は飼い主として責任を持って処分します!」
こうして岬の監視もなんのその、2体が手をつけなかった貝の串焼きは結局春名のお腹に収まっていった。もうこうなった春名は手がつけられない、食欲魔人が顕現したと思って諦めるしかない。
その後も何軒か屋台巡りを楽しんだ一行はここで二手に分かれる。圭子、岬、春名の3人はそのまま宿に戻っていった。もちろんシロとファフニールも一緒だ。
これから海賊の手掛かりを探しに海に出るタクミたちに対して、圭子は船酔いが酷いのでここに残ると宣言していた。それにケルベロスが宿に残っているのでその面倒も見ないといけない。
岬は船酔いこそしないものの実は水が苦手だった。彼女は小柄な外見に似合わず体重が230キロ近くあるので、水の中では鉄の塊と同じくらいの速度で沈んでいってしまうのだ。これは彼女の体を構成している細胞が特殊な構造になっているのが原因で、春名と違って太っているわけではない。だがこれはメンバーにも内緒にしている話なので、シロとファフニールの世話を口実に船に乗るのを遠慮していた。
「私も一緒に船に乗りたいです!」
一人不満を口にする春名だが、彼女は『船の上では満足に運動が出来ない』という理由で強制的に居残りの処分が下っていた。これから圭子や岬と一緒に王都の外に出てペットたちと思いっ切り運動をしてもらうためだ。春名は海賊退治を楽しみにしていただけにその落胆振りが大きい。だがそれはあくまでも自業自得だ。このままブクブクと太っていくのがよければタクミたちについていけばよい話だが、本人は『太りたくない!』と主張しているので、泣く泣く圭子に従わざるを得なかった。
「それじゃあ、出発するよ!」
馬車を引くケルベロスと御者台の圭子の張り切った声が宿の玄関先に響く。岬はシロとファフニールと一緒に既に馬車の中に乗り込んでいる。
「私も乗せてください!」
そして春名はお約束の馬車の後ろを走る位置に放置されていた。そのまま圭子がケルベロスに合図を送るとガラガラと馬車は動き出す。
「ひーー! 待ってください!」
そしてその後を追いかけて行く春名というきわめて日常的な光景が当然のように今日も繰り返されていた。
一方、タクミをはじめとして美智香、空、紀絵の計4人は港から少し離れた人目につかない砂浜にやってきている。これから海に出て海賊の手掛かりを探すつもりだ。
「これに乗り込んでくれ」
タクミが収納から取り出したのは特殊潜航艇だった。水上で80ノット、水中では100ノットの最高速度と、水深1500メートルまで潜航可能という高性能っ振りだった。定員は8人で武装は短魚雷が20発の他、水上で使用出来るレーザー砲とレールキャノンがそれぞれ一門ずに加えて、高性能ソナーなどを各種取り揃えた優れものだ。
「タクミ、いくらなんでもこれでは怪し過ぎて近づいて来る船はいない」
美智香がその全長25メートルはある黒光りする船体を見て指摘する。それはそうだろう、ステルス戦闘機をもっと先鋭的にデザインしたようなその外見をこの世界の人間が見たら絶対に魔物だと思って近づく訳がない。
「そう言う美智香は何か持っているのか?」
「私が持っているのは一人乗りの潜行スクーター型、潜入には使えるが全員は乗れない」
タクミの問いかけに美智香が答える。両者とも惑星調査員だけあって、この世界どころか地球でも行き過ぎた装備しか持ち合わせていなかった。だがもしかしたら美智香の装備は単独での潜入には有効かもしれないとタクミは考えている。
「私に任せるとよろしい!」
その遣り取りを見ていた空が偉そうな態度で胸を張っている。さすが3000年後の未来人だ、この世界に在ってもおかしくない丁度よい装備を所持しているようだ。
「刮目せよ! これだ!」
自信たっぷりに空が収納を開いて、そこから出てきたものは・・・・・・
「バサ、バサバサッ」
地面に落ちている物体は空が現代の日本にやって来た当事、初めて手に入れたその手の数冊の本だった。当然その表紙からいきなり男同士が素っ裸で抱き合っている。タクミはその見るに耐えない本から視線を逸らして、美智香は呆れた表情を浮かべている。そして紀絵は顔を真っ赤にしながらも、なぜかその表紙から視線を外さない。
「失礼した、近くにあったものだから間違えた」
朝日が昇ってからまだ3時間しか経っていない時刻にこのような自らの趣味全開の物品を取り出した空はさすがにばつが悪そうにしている。
「空、今のはボケたんだよね!」
「いや、真面目に間違えた」
美智香はもうこの件に関して空に突っ込むのを完全に放棄した。無駄な努力とわかっていることにはこれ以上手を出したくないというのが彼女の偽らざる心境だった。
「改めて今度は慎重に取り出すとしよう」
彼女が再び収納を開くとそこには全長が30メートル近いいかにも大航海時代の帆船がデンと姿を現した。
「「「おおーー!!」」」
全員がその船体の美しい姿に目を見張っている。見た感じは年季が入った木造の船体に3本マスト、船体の前方と側面には計12門の古めかしい大砲が据え付けられている。
「でもこれをどうやって動かすんだ?」
タクミはさすがに帆船を操縦した経験などなかった。当然美智香も同じように首を捻っている。
「帆は推進力を得るためではなくて太陽光を集めて電力に変換している。その電力を元に燃料電池でスクリューを駆動する。操縦はほぼ自動で目的地の座標を設定すると最適な航路を進む」
空の話によると、帆で得た電気を元に海水を電気分解して、その水素と酸素を化合させたそのエネルギーで推進するらしい。古めかしい見掛けとは裏腹に結構高度な技術が導入されているようだ。
「なるほどそれならば何とかなりそうだが、もうひとつ問題があるぞ。この船は今砂浜の上に鎮座しているが、このままでは動かせないだろう」
「あっ!」
タクミの言う通り陸に上がった船は船としては全く機能しないことを空はすっかり忘れていたようだ。パワードスーツガあればこのまま海に押し出すことも可能だが、現在は修復中で手元にはなかった。仕方なく彼女は一旦収納に戻してから、改めてその船を少し沖合いに取り出す。
「タクミの潜航艇であそこまで送ってほしい」
空の要望にタクミは頷いた。彼の潜航艇は殆ど平らな底の部分から空気を噴出してホバークラフトのように平坦な場所ならば地上も進めるのだ。ともあれこれでようやく捜索の準備が整ったので一旦潜航艇に乗り込んでから、帆船に乗り移っていく。最初にロープを伝ってタクミが乗り込んでから縄梯子を海面まで降ろして、女子3人が何とか乗船を完了した。
デッキの中に全員が入り込んで空船長が舵の前に立つ。修道服は相変わらずだが、いつの間にか頭に船長の帽子を被っている。この辺の細かい拘りは空としても譲れないのだろうか?
「それでは帆船『ガチホモ丸』のこの世界での処女航海を開始します。私は処女ではないけど」
船の名前と朝から自分で堂々と非処女宣言をする空の言動のどちらを先に突っ込むべきか悩むタクミの姿がそこにはあった。
次回の投稿は木曜日の予定です。




