184 迷宮のその後
前半と後半で話がガラリと変わります。迷宮を攻略したタクミたちのその後のお話とプラスアルファです。
タクミたちは馬車を預けた冒険者ギルドに戻ってきた。日付を見ると迷宮に入り込んでからすでに2週間以上が経過している。
「よう久しぶりだな! しばらく顔を見せなかったが何していたんだ?」
早速通されたギルドマスターの部屋で陽気な声に迎えられたタクミ、当然のように女子たちは飲食コーナーで会話の花を咲かせている。
「少し街から離れていた。それはそうと例の海賊の件について詳しく聞かせてほしい」
真実など絶対に口には出来ないタクミは適当に誤魔化しながら海賊の件を切り出す。この話を出せばギルドマスターは絶対に食い付いてくるはずだ。それにしてもギルドに馬車を預けたままで街から離れていたとは突っ込み所満載だ。
「おお! 受けてくれる気になったのか!」
タクミの予想通りの反応を見せるギルドマスター、ここでAランクの優秀な冒険者を逃してなるものかという表情だ。海運が発達した国だとは聞いていたが、海賊の被害にほとほと困っているのだろう。
「条件次第だ、俺たちに可能かどうかもまだわからないからな」
「それはそうだな、実のところこの支部に入っている情報は古いものだ。王都の支部に行かないと最新の情報が手に入らない。それでも構わないかね?」
以前聞いた話によると王都は海に面した位置に所在しているとの事だった。最新の情報が手に入らなければこれからどうせ海に向かうのだから、タクミとしては2度手間は避けたい。
「そうか、俺たちはこれから海を見に行こうと思っている。王都のギルドで話を聞いた方がいいという事だな」
「その通りだ、被害の状況や襲われやすい船のルートなどがより詳しくわかるだろう。それよりも海に向かうのは他に何か目的があるのか?」
海の方向に行くには必然的に王都に向かうことになる。ギルドマスターはタクミたちが海に何の用事があるのだろうと探りを入れた。何とかこの依頼を受けてもらうために彼も必死なのだ。
「大した用事ではない。パーティーのメンバーが新鮮な魚介類を食べたいといって煩いから行くだけだ。そのついでに可能だったら海賊退治をしようかと思っている」
本当はパワードスーツの修復に約1月掛かるのでその間の暇潰しだが、確かに春名が『あれが食べたい!』『これも食べたい!』と煩いのは事実だ。嘘は言っていない。
「なるほどな、君が言う通り王都の海の幸は美味いぞ! 絶対に行く価値があることはこの私が保証するよ! 特に魚介を煮込んで作ったスープは絶品だよ、是非食べてみるといい。特に朝市の屋台で作られている物はその店によって味に個性があるから食べ比べてみるといい」
この地方は内陸にあるとはいえ、さすが王都の事情に詳しいギルドマスターはお薦めの料理を紹介してくれた。ただし、食べ比べなんてそんな物を紹介されても喜ぶのは春名だけだろうが・・・・・・
「感謝する、王都に行ったら回ってみよう。到着したら向こうのギルドにも顔を出すから連絡をしておいてくれるか?」
「それはもちろんだ! 良い旅が続くように祈っているよ」
ギルドマスターは表情を思いっきり崩してタクミに握手を求めた。これで依頼を受けてもらえる可能性が大幅に上昇したからだ。
「一体何が起きたんだ?!」
タクミは階段を降りて飲食コーナーに足を踏み入れて目が点になった。他の女子たちは何か軽食を取った形跡があって各自の前に皿が一つ置いてあるのだが、春名の前にはそれが7段重ねになってきれいに食べ切った跡だけが残っていたのだ。
「・・・・・・ これはもしかして春名が一人で食べたのか?」
ジトーっとした目で春名を見るタクミに女子たちはきれいに揃って頷いた。春名一人がお腹を擦りながら満足そうな表情を浮かべている。タクミがギルドマスターに聞いた王都の名物料理の話を彼女に伝えるのは止めようと決心した瞬間だった。
「じゃあいくよ!」
御者台の圭子の声が響くとケルベロスが引く馬車は街中の通りをゆっくりと進みだす。一行は馬車に乗り込んでこの街を出発した・・・・・・ と言いたい所だが春名がドカ食いした代償は大きかった。彼女は馬車から放り出されてタクミや紀絵とともにその後方を走っている。
「お願いですから馬車に乗せてください!」
春名はヒーヒー言いながらやっとこさ馬車のペースにギリギリでついていっている。摘まみ食いの時は圭子の手を焼かすほど素早い動きをするくせに、まだ200メートルも走っていない内からこの体たらくだ。付き合って一緒に走っているタクミと自らの鍛錬で走っている紀絵とは雲泥の差だ。そもそもあれだけ食べておいて反省がまったくない。
「街の中はゆっくりだけど、外に出たらペースを上げるよ!」
そこに無情な圭子の声が響く。今回の春名強制ダイエット計画の発案者は彼女だった。そして共犯者の岬の手によって馬車の外に捨てられた春名は涙目で走る羽目に陥っている。手続きをして街の外に出るとさらにペースは上がって馬車は王都の方向に向かってそのまま走り去っていった。そのあとには春名の『置いていかないでくださ--い!』と言う叫び声だけが虚しく響いていた。
話はタクミたちがロズワースの迷宮に向かった直後に遡る。ここはラフィーヌの街のダンジョンの内部、アルネと一緒にアタックを開始した勇者たちは現在36階層のドラゴンゾンビと戦っている最中だった。
「いけーー! ホーリーレイン!!」
比佐斗の神聖魔法がドラゴンに向かって炸裂する。空がアンデットをことごとく調伏したように聖属性魔法は死せる魔物に対して大きな効果がある。比佐斗はドラゴンゾンビが危険な猛毒のブレスを吐き出す前に、先手必勝とばかりに最大威力で魔法を放っていた。
強力な白銀の雨が100以上まとめて敵に襲い掛かる。普通の魔法攻撃ならばドラゴンの鱗で跳ね返せるのだが、聖属性の魔法だけはたとえどこに当たっても大きな効果を発揮した。
「ギュオーーー!!」
ドラゴンゾンビの口から苦しみの咆哮が上がる。命中したホーリーアローは鱗を突き破ってその腐った肉に食い込んで焼き切っていった。
「今だ!」
アルネが一気に槍を手に前進する。彼女が手にする槍は岬のアスカロンと互角の打ち合いをしただけの事はある逸品で、彼女の種族のはるか昔の技術で作られた聖槍だった。アルネの槍はパワードスーツによって発せられる膨大な力によって鱗を簡単に突き破って心臓の辺りに深々と突き刺さる。さらに彼女は槍を力任せに突き刺さったまま横薙ぎにした。その槍の先端から1メ-トルの部分には鋭い刃が付けられている。聖槍はいとも簡単にドラゴンゾンビの体の内部を切り裂いて外に飛び出てきた。その傷口からは腐ってドロドロになった内蔵がはみ出てくる。
比佐斗とアルネの攻撃で青息吐息の敵に対して風子と茜から追撃の炎の魔法がその傷口に向けて放たれる。腐った肉が焼け爛れる嫌な臭いが立ち込めるが、比佐斗たちはそんなことに構っている余裕はなかった。
完全に弱ったドラゴンゾンビは動きが鈍って高々とかかげていた首を保てなくなってその獰猛な牙を宿した頭が下がってきた。
「俺が仕留める!」
そこに利治が渾身の気合で大上段から剣を振り下ろした。ちょうど目の前に『斬ってください』と言わんばかりにドラゴンが首を差し出したのだ。
「ガキーン!」
だがその剣は鱗によって阻まれた。彼の剣はミスリル製とはいえ何の付与魔法も掛けられていない只の剣だったのでこれは仕方がない。
「これでどうだ!」
それを見た比佐斗は空け放したままのドラゴンゾンビの口の中にホーリーアローを叩き込む。収束された光の矢は口から飛び込んで体の内側からその肉を焼きながら鱗を突き破って外に飛び出した。
「芳樹、魔法で傷が付いた場所を狙え!」
「止めだーー!」
鱗の防御がない箇所を的確に狙った芳樹の剣はドラゴンの首を絶ち斬っていく。
「ドサッ」
芳樹が剣を振り下ろすと同時に、重たい音を立ててその巨大な首が床に落ちていった。
「やったーー!」
風子と茜の歓声が上がる。ドラゴンゾンビという強敵を倒したのだから彼女たちがこうして喜ぶのも無理はなかった。
「それにしてもアルネさんはやはり凄いな! あのタイミングで飛び込んでいける度胸はまだ俺にはないよ」
「そうだな、アルネさんのあの一撃でやつの動きが一気に遅くなったからな。大したもんだ、尊敬するよ」
利治と芳樹は口を揃えてアルネを褒めている。最初の出会いから只者ではないと思っていたが、こうしてその戦い振りを見るとその思いはますます強くなってくる。
「そんなに褒められると恥ずかしくなるから止めてくれ。それに私は比佐斗が作りだしたやつの隙に乗じただけだ。」
褒められることに慣れていないアルネは少し照れながらも満更ではない表情だ。彼女は以前は絶対に見せなかったような人間らしい表情をこのパーティーメンバーにも見せるようになってきた。それは彼女がメンバーたちにずいぶん打ち解けてきた証拠に他ならない。
「いいえ、アルネさんは本当に凄いです! これから『お姉さま』と呼んでいいですか?」
これはもちろんお調子者の風子の冗談だった。一同が爆笑する様子に釣られてアルネも声を出して笑っている。
アルネという強力な助っ人が加わって勇者パーティーはここまで順調にダンジョンの攻略を重ねてきた。誤解の無いように言っておくが、これでも比佐斗たちはこの世界の人間に比べて大幅に恵まれた能力を与えられている。それでもこうして協力してパーティーが力を合わせて魔物を倒していくのが冒険者としての本来の姿なのだ。レールキャノンの一撃でドラゴンゾンビを倒して当たり前のような顔をしているタクミや、デュラハンと一騎打ちを演じて圧倒的な力を見せ付けて勝ってしまう岬が極めて異常な存在なのだ。
話を元に戻そう。ドラゴンゾンビを倒した比佐斗たちは出現した宝箱を目の前にしている。ギルドからもらった注意書きにはこの宝箱にはトラップが仕掛けてあると記されていたはずだ。
「俺が開ける。勇者はある程度毒にも強いからな」
比佐斗以外は遠くに離れてその様子を見守る。彼はその宝箱を無事に開けてその中の物をメンバーの元に持ち帰ってきた。彼が手にしているのはどうやら一振りの刀のようだった。
『聖刀ムラサメ』・・・・・・ 鑑定のスキルを持つ大賢者茜の鑑定結果だ。
「アルネさんさえよければ芳樹に装備してもらいたいがどうだろう?」
比佐斗自身はすでに聖剣『エクスカリバー』を所持しているので、これ以上新たな刀を装備する必要が無い。女子2名は刀など使えないので論外で、利治は魔法と剣を組み合わせて使うタイプなので剣が本職とは言い難い。あとはアルネさえ同意してくれれば芳樹の装備になる。
「ああ、構わない。初めて目にするものだが、私はこの槍しか使えないから刀など持っていても仕方が無い」
「本当にいいんですか? これって凄い刀ですよ!」
芳樹の声は心なしか色めきたっているように聞こえる。これだけの刀を目の前にすれば剣士ならば誰しも興奮を隠せないのは当たり前だ。それに剣道の心得がある芳樹にとっては剣よりも刀のほうが手にしっくり来る。
「いいぞ、芳樹が使ってくれ」
アルネは改めて芳樹にムラサメを譲る。
「ありがとう、この恩は絶対に返すよ!」
芳樹は深々とアルネに頭を下げる。
「止めてほしい、それに戦う者があまりそのように頭を下げるものではない」
つい日本人の癖が出てしまった芳樹にアルネは笑い掛けた。晴れて聖刀を手にすることになった芳樹も笑顔で応えるのだった。
後半は久しぶりの勇者たちのお話になりました。これからしばらくはタクミたちだけなくて同級生たちの話が頻繁に入ってくる予定です。次回の投稿は日曜日の予定です。