182 タクミの苦悩
「私のことはそうだな・・・・・・ ジョンとでも呼んでほしい。まずはそこのシステムに管理者を登録するのがいいと思うがどうかな?」
自らをPNI装置の案内人と自己紹介したその擬似人格は妙に人間臭く考え込む振りなどを交えながらタクミたちに提案していく。だがその言う事はもっともだと判断したタクミたちは春名をこの場の装置の管理者として登録した。
「さて、必要な条件を満たした君たちに対して私はPNIシステムの中に存在するすべての情報を開示するよ。この世界の成り立ちでもいいし、銀河連邦の話でも構わない。知りたい事があれば聞いてほしい」
穏やかな口調で尋ねてくるジョンに対してまずはタクミがその胸の内に燻ぶっている疑問をぶつける。
「ロッテルタ政府が周辺星系を征服して住民を虐殺したという記録を開示してほしい」
タクミの依頼に合わせて空間に大きなスクリーンが作り出されて、そこには手前の部屋でメルカッテが話した通りにおよそ300の星系から知的生命体が絶滅した記録が記載されている。特にタクミが注目したのはその最後に表示されたアルナーテ星系の記録だった。
そこはタクミ自身が地球に赴任する前に短期間滞在した場所で、連邦政府軍の進駐とともに彼は立ち去った惑星だった。そしてタクミはそこで立ち去る直前に目にしていた光景を思い出す。軍の侵攻によって平和に暮らしていた住民たちがまるで虫のように殺されていった。彼の脳裏に浮かぶのは縫いぐるみを抱えたまま息絶えた幼い女の子のもう光を宿さなくなったその瞳が、まるでタクミ自身が犯した罪を非難しているように映る様子だった。
軍からもたらされた情報では、その街の住民たちはテロリストを匿っている為殲滅の対象になったという話だったが、果たしてあの少女がテロリストと何かの関わりがあったのかと問われると否定的な見解しか見出せない自分が居る。
その光景を目撃した時、果たしてこの街の住民は本当に殲滅すべき対象だったのかという疑問が湧き上るのをタクミ自身が抑え切れなかった。それ以降もタクミは指令に従ってはいたが、自らが行っている調査自体が侵略の尖兵としての役割を果たしているのではないだろうかという政府に対する不信が解けなかった。
「現在ロッテルタ政府が計画している侵略計画を全て提示してくれ」
スクリーンが切り替わって20近い星系に対する侵略の計画が表示される。その中ほどには地球という表示も存在していた。この表示は銀河標準文字で記載されているため圭子や紀絵は全く読めなかった。そのため空がそこに書いてある地球の危機を彼女たちに伝える。
「なによそれ! タクミの星が攻めてくるの?!」
圭子自身は他の惑星からの移住者の孫だが、彼女は地球が自らの故郷だと思っている。それが他の惑星からの侵略を受けるというのは絶対に許せないはずだ。紀絵も当然ながら圭子に同調している。近い将来、映画で見たような宇宙人を相手にした戦争が起きるなど、当の地球の住民にとっては真っ平ご免な事に違いない。
タクミは頭の中でアルナーテ星系の姿が近い将来地球で再現されるという未来を想像した。彼の理性は自らに問いかける。
『地球がロッテルタに対して何か害になるような行為をしただろうか? 地球だけではない、アルナーテや過去に侵略された他の星系も皆そうだ。そこに侵略されなければならない何らかの非があったのだろうか? もしそれらの星系が侵略された理由が在るとすれば、それはすべてロッテルタの一方的な理由によるものではないだろうか・・・・・・』
そこまで考えが至ったタクミの脳裏にある考えが浮かぶ。
『祖国のこれ以上の非道を止めるべきではないだろうか』
だがその一方で彼は10数年間ロッテルタで生を受けて育ってきた。その間ロッテルタが全銀河を支配するという教育を受けてきた彼はまだ幼い内からそれを当然のように受け止める思想に染まっているのも事実だ。両者の板挟みに遭ってタクミは苦悩している。
「しばらく一人で考えさせてくれ」
そういい残して彼は離れたスペースに自分のシェルターを出して引きこもってしまった。
残された女子たちはタクミの苦悩を思って敢えて一人にする方針だ。だがそこには彼と全く同じ立場の春名が居る。
「春名はどうするつもりなの?」
圭子が尋ねると彼女はケロリとした顔で答える。
「私の気持ちは最初から変わりません。どこまでもタクミ君についていきます!」
さも当たり前のことを今更聞くなと言わんばかりの表情であっさりと答える。以前からタクミに甘え切っている側面が伺えた春名だが、まさかここまでタクミに自分のある意味運命すら委ね切っているとはさすがにこの場に居る誰一人思っていなかった。ここまでくれば人に頼るその基本姿勢は見上げたものだ。
「それよりも皆さん、お腹が空いてきました。お昼ご飯はまだですか?」
どうやら春名にとっては地球や銀河の運命よりも目の前の食事の方がより重要な問題のようだ。このとことんお気楽な令嬢を誰か止められる者は居るのだろうか?
「そうですね、食事の準備に取り掛かりましょう。ご主人様も自分の考えをまとめるのにもうしばらくは時間がかかりそうですし、食事をしながら待っていましょう。紀絵ちゃんと美智香ちゃんはお手伝いをお願いします」
岬の指示で食事の準備が始まる。メニューはパスタが中心だ。このところ春名は摘み食いが目に余るので手伝いからは除外されているのだった。
「ハルハルはこっちで運動! 朝あれだけ食べたんだからみっちり汗を流してもらうよ!」
「ひー! 助けてください!」
圭子に無理やり引っ張っていかれる春名、絶対に逃がさないという表情で彼女の手を掴む右手に力をこめる圭子に逆らう術が無い春名は拉致されて消えていく。
昼食の時間が過ぎてもタクミはまだ出てこなかった。『いっぱい運動したのでこれも食べちゃいましょう!』とタクミの昼食に手を伸ばそうとした春名はその手を岬の怪力に掴まれて涙目になっていた。
春名に食べられないようにタクミの分の食事は岬が収納にしまいこんでおく。これではいくら春名が頑張っても手も足も出ない。
「うー、まだお腹がいっぱいにならないです」
情けない表情でその場にへたり込む春名はそこに捨て置かれて、女子たちはジョンの居る場所まで戻る。岬が聞いてみたいことがあったのだ。
「ジョンさん、ガルバスタ人は遺伝子操作で破壊衝動が抑えられない怪物を生み出したことが、私たちが本星を失った理由でしょうか?」
岬の問い掛けに対してジョンは少しの時間考え込む振りをする。この辺りの細かい作りは人間の行動を可能な限り再現しようとしているのか非常に芸が細かい。
「遺伝子操作による破壊衝動とガルバスタの滅亡は全く因果関係は無い。ガルバスタ星系はPNIシステムを手に入れたロッテルタの反物質ミサイルの転移による強襲を受けて惑星ごと破壊された」
ジョンの口から語られるのは現在伝わっている史実とは全く違うものだった。当時確かにガルバスタは惑星内で小競り合いは起こっていたものの、それが種族の滅亡に繋がるものには程遠かった。直接の原因はロッテルタの攻撃によるものというのが真相だ。ロッテルタ政府はPNIシステムのメインサーバーを手に入れてガルバスタに対して自ら手を下しただけでなく、都合の悪い歴史までも書き換えていた。この惑星に存在するPNIシステムは銀河中に張り巡らされているシステムの上位に位置しているので、その改竄の影響を受けないで真実がそのまま残っていたのだ。
「では遺伝子操作によって危険因子を持った者が原因ではないのですね」
「その通り、危険因子を持った者は好戦的になるが、きちんと理性を保っているだけの人格を保持していた。その後稀に発生する危険因子保持者が拘束されたのは、歴史の書き換えが発覚するのを危惧したロッテルタ政府の意向が強く働いたことが主な理由」
ジョンの話は岬にとっても寝耳に水の内容だった。空の検索でもわからないように巧妙に隠蔽された歴史の改竄が行われたのだった。もし空がその時代まで実際に時間を遡って事実関係を正確に把握すればジョンと同じような結果を導くことが出来ただろうが、あいにく彼女は今の時代よりも過去に行った経験が無いので、その情報源はあくまでも現行のPNI装置に依存していた。
「ねえ、それってタレちゃんは怪物になる心配が無いってこと?」
圭子が口を挟むが、岬は種族に残された話そのものが改竄された歴史を元に伝わっていたという事実に衝撃を受けてそれどころではなかった。
「でも私には確かに暗くて冷たい声が聞こえてきた。あれは一体何?」
まだショックから立ち直れない岬の口から呟きが漏れる。ジョンはそれを自らに対する質問と捉えた。
「それはあなたのパワードスーツに由来するもの。最高レベルを多用すると体と融合する危険があるという警告が在ったはずだ」
思わぬところから得られた回答に岬の目から急に涙が溢れてきた。彼女はタクミには強がっていたものの、その心の中では自分が怪物になるのを恐れていたのだった。それを杞憂だと知って彼女の目からは止め処無く涙が溢れてきた。
「わ、私は・・・・・・ もう恐ろしい怪物にならないのですね」
心の奥底に未だに宿っていた恐怖の影から解き放たれた岬は圭子の胸に縋って心行くまで涙を流し続けた。
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