18 ラフィーヌのダンジョン7
ブックマークありがとうございました。なお作者は皆様からの感想を待ちわびております。
当分はタクミのシェルターには、春名と岬が交替で宿泊することとなって今日は岬がタクミの横に寝ている。
彼女は自分の気持ちがタクミに伝わった事で安心したのか、この前のような無茶な事はしないで大人しく彼の横で寝息を立てている。
非常用のライトが点いている薄明かりの中で彼女を見下ろしているタクミ。なんとも幸せそうな表情で岬は無防備に寝ている。
きっと岬は何もかもタクミに許していいという気持ちでいるのだろう。だが、タクミの方でまだその決心がつかない。
そっと岬の頬に手を触れてみると、柔らかな感触が伝わる。
行動が危なっかしい春名に比べて、岬は落ち着きがあって春名とは違う安心感がある。
学校にいたころはあまり接点がなくて話す機会が少なかったが、彼女はよく気がつくとても家庭的な女の子であることは知っていた。
こうして一緒に行動して、その気持ちを打ち明けられると、彼女の存在が少しずつ自分の中で大きくなっていくことを感じている。
この先どうなるかまだ言葉にする事は出来ないが、岬のことも春名と同じように守っていかなくてはいけないと心に誓うタクミだった。
最後に彼女の口にそっと口付けをして『おやすみ』と一言つぶやいてからこの晩タクミは目を閉じた。
翌朝、朝食を終えていよいよ階層ボスへのアタックだ。
装備を整えて部屋の前に立つ一行。ただし、圭子は一番後ろにいる。
「いいか、入るぞ!」
タクミの言葉に皆が頷く、圭子の顔だけは引きつっていたが。
ボス部屋には一匹の大きなクモがいた。
『ジャイアントスパイダー』と呼ばれている魔物で、背中に捕食した人間の顔を浮かび上がらせることが特徴だ。
「ただでさえ気持ち悪いのにあれは無理!」
圭子は完全に白旗を揚げて、空の後ろに隠れている。
魔物は部屋全体に巣を張り巡らしており、こちらの行動できる範囲を狭めている。迂闊に糸に触れると身動きが取れなくなる恐れがあるので慎重に行動しなければならない。
「私から行く」
美智香がファイアーランスを放つが、身軽な動作で魔物はこれを回避する。対して魔物は口から紫の煙を噴出した。おなじみの毒の煙だ。
「退避しろ!」
タクミの言葉で全員一旦部屋の外に出る。
「圭子すまないが美智香に例のペンダントを貸してくれ」
この場合圭子は役立たずになっているので、それよりは美智香が持って魔法を放った方が有効だ。
その上でタクミはパワードスーツを展開して、美智香と二人で中に踏み込んだ。
美智香が先に魔物に向けて同じようにファイアーランスを放つ。
3メートルはある大きな体にもかかわらず身軽に避ける大グモ、だがそれはタクミの狙い通りだった。クモが避ける方向に狙いを絞ってプラスターガンを浴びせていく。
5発放ったうちの3発が大きく膨らんだ胴体に命中して魔物は大きくバランスを崩した。それと同時に背中の顔が呻き声を上がるのが不気味すぎる。
苦し紛れに魔物は尻から糸を吐き出した。粘着性のある糸でタクミ達を絡め取ろうとするが、美智香がファイアーウォールで防ぎとめる。
流れ出す血の量が多くなり、動きの鈍った魔物に美智香は止めの一撃を放った。美智香はタッチパネルのファイアーランスと無属性の『インパクト』を同時に触れる。
その左手から放たれた火属性に爆発の術式を組み込んだ『ファイアーボンバー』が速度を上げて、動きが止まったジャイアントスパイダーに向けて飛んでいく。
『ドカーーーン』
大きな爆発音とともに魔物は吹き飛んで姿を消した。
「美智香すごい!」
歓声を上げて部屋に入ってくる4人、中でも圭子は虫(彼女から見るとクモも虫のうち)がいなくなったことに大喜びをしている。
魔物が消えたことで邪魔なクモの巣も消えて、部屋の中を自由に歩くことが出来るようになった。シロはドロップアイテムの『クモの糸束』を咥えて戻ってくる。
部屋の隅にはまたしても宝箱がおいてあり、パワードスーツを着たままのタクミが開けた。今回もトラップの類はなくて、中からは反物が5着分出てきた。
「これはドレス用の生地ですか?」
春名が手に取ると非常に手触りのよい感触が伝わってくる。
「結構高級そう」
空は分析したわけではなく、見た目でそう言った。
「街に戻ったらみんなでドレスでも作ろうか!」
普段ドレスなどとはもっとも縁遠い圭子が提案すると、女子全員から『おおー!』といつもの掛け声が上がる。
「ドレス・・・・・・ウエディングドレス・・・・・・」
一人妄想の世界に浸っていた岬だけ『おおー!』の掛け声にワンテンポ遅れた。
大グモのいた部屋の奥にある階段を降りると37階層だ。
この階層はオーガが複数現れた。オーガは、タクミたちにとってはすでに手慣れた相手だった。ようやく普通の魔物が目の前に現れた。
圭子は喜色満面の表情で、オーガの前に立つ。さっきまで、大嫌いな虫に怯えていた人物とは思えない豹変ぶりだった。
「虫じゃなければこっちのもの! さあ、鬼さんこちらだよ!!」
圭子はようやく手に入れた篭手の威力が試せるとあって張り切り方が尋常ではない。押し寄せる虫の攻勢に、身を縮めて耐えていた鬱憤を、オーガにぶつける意気込みらしい。
素早く前進すると先手必勝とばかりに正拳を見舞う。その一撃でオーガの内臓が破裂したようで、苦しみながら口から血を流して倒れていく。
右の個体は回し蹴りで首の骨を折って、左の個体はバックを取ってから延髄に跳び蹴りを見舞った。オーガ達は彼女の動きに全く付いていけずにやられるままだ。
ここからしばらくの間は、圭子の独り舞台が続いて、通路に出現するオーガを次々にその拳で屠っていった。
その勢いのままに、階層ボスの5体のオーガジェネラルは、タクミが2体、圭子が3体をそれぞれ体術で倒して38階層に降りていく。
この階層は人身牛頭と人身馬頭の魔物が現れた。ミノタウロスと言うよりは、『牛頭馬頭』と呼んだほうがいいような地獄で亡者を痛めつける鬼のようなムードを漂わせる魔物だった。
手には大斧や大剣を構えて襲い掛かってくるが、圭子がこれを巧にかわして足元に攻撃を加えていく。
「寝転がせば大きさは関係ない!」
そう言って膝を破壊されて這いつくばった魔物の頭に蹴りを加える、全く容赦の無い攻撃が繰り広げられた。
「圭子、お前刃物が怖くないのか?」
彼女のあまりの無鉄砲さにタクミはさすがに危なっかしさを感じて声をかける。
「あんな遅いの当る訳無いでしょう!」
そんな心配は余計なお世話のようだ。
実はこの時圭子は上級拳闘士に昇格していて、技の切れに一層磨きが掛かっていたと同時に『見切り』のスキルを習得していた。
さすがにここまで来ると1日で3階層を突破するのが限界で、セーフティーゾーンで野営の準備に入る。
「さあ、明日もがんばるぞー!」
一人疲れ知らずの圭子だった。
読んでいただきありがとうございました。
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