179 パワードスーツ 前編
「気をつけろ! パワードスーツだ! 全員シールドに入れ!」
女子たちよりも約20メートル先に進んでいたタクミはそう叫ぶと同時に自らもパワードスーツを展開する。タクミたちの姿を認めたそのパワードスーツはすでに戦闘体勢に入っており素早くその左腕を持ち上げていた。
「キーーン!」
その腕に膨大な電力が収束されて、そこから金属でできた砲弾が打ち出された。その砲弾は爆裂の術式が組み込まれており、音速を超えた速度でタクミに向かっていく。
「ドーーン!」
直撃を受けたタクミは砲弾の爆発によって生じた白煙に包まれて一瞬その姿が見えなくなる。その様子はまるでタクミのレールキャノンを浴びたかつての哀れな敵の姿のようだった。
「タクミ君!」
「タクミ!」
「ご主人様!」
空のシールドに間一髪のタイミングで包まれた女子たちからタクミを心配する声が上がる。相手のパワードスーツから発射された砲弾はその爆発の余波で空のシールドさえもビリビリと震わせるような凄まじい威力だった。その光景を目の当たりにした女子たちがタクミの安否を案じて全員が両手を胸の前に組み合わせて祈るような姿になっている。
やがて煙が晴れるとタクミは無事なその姿を現す。女子たちの間にホッとした空気が流れるが、直撃を受けたタクミはそれ処ではなかった。
「何だこの威力は! シールドが何とか跳ね返したが爆発の威力で俺のパワードスーツが後ろに押されたぞ」
タクミは自分の後方に居た彼女たちに万一の事があっては不味いとその身を以って打ち出される砲弾をまともに正面から喰らっていた。その威力は自らのレールキャノンに匹敵すると感じてタクミはパワードスーツの中で冷や汗を流している。同じ攻撃を繰り返し受けるとタクミを守るシールドも破られる可能性があるのだ。現に攻撃を跳ね返したというものの、シールド自体が大きく波打ってかなりのダメージを受けたと頭部に設けられたモニターが伝えている。
「止まっていては相手が照準を合わせやすくなる。こちらから動いて再びあの攻撃を喰わないようにしながら仕留めるしかないな。それにしてもあのレールキャノンの仕組みはどうなっているんだ? 加速器も何もないのに音速をはるかに超える速度で砲弾を打ち出してきたぞ」
タクミは自らのダメージが軽微なことを確認しながら、瞬時にその脳内で敵の特性と倒すための戦術を組み立てる。その考えに基づいて彼は砲弾を発射してきた敵の左手と反対側に回り込んで加速しながら接近していく。
「今のレールキャノンはどうやら魔法の術式を組み合わせて発動している」
シールド内ではタクミの無事な姿に胸を撫で下ろした女子たちの中で、美智香だけはその目で今の一瞬に膨大な魔力が検出された事象に注目していた。敵は魔力さえも操る厄介な存在だと端末でタクミにも知らせている。
「魔法でレールキャノンを作り出せるの?」
圭子は魔法も科学もサッパリなので、その仕組みがどうなっているのか全く分かっていない。『説明してよ!』という表情で首を捻りながら美智香に尋ねた。ただしその疑問は美智香と空以外の女子全員が抱いた物だということは彼女の名誉のために付け加えておく。
「魔力で電気を大量に発生させて超強力な磁場を発生させれば理論的には可能。そのためには原子力発電所規模の電力が必要で、非現実的な事をあのパワードスーツは実際に遣っている」
タクミのレールキャノンはその内部に設置されている複雑に構成された3次元積層コイルによって強力な磁場を発生させるのでそこまで大量の電力を必要とはしないが、一般的なレールガンはそのくらいの大量の電力を必要とするのだ。その課題を克服するのが現在地球でも実用化の壁とみなされている。
「魔法でそんな事ができるんだ」
魔法に全く知識がない圭子は驚いたような口振りで声を上げる。この世界に来た当初魔法少女を目指していたとはとても思えないほど、魔法に対する無知振りを晒している。だがそれは春名や岬も同様だった。
「○○都市には超能力でレールガンを放つ第3位の女の子が居る。超能力でも出来るんだったら魔法でも可能なはず」
美智香の説明はアニメ好きな彼女たちにはとっても分かり易い例えだった。特にそのアニメが大好きな春名は大きく頷いている。この世界で魔法少女になれなかったので、今度は能力者になってレールガンを発動したくなったらしい。それよりも目の前の課題である彼女自身の食欲との戦いに勝つ方が先のような気がするが・・・・・・
その後シールドの内部ではタクミの戦闘そっちのけで、そのアニメの話で彼女たちは盛り上がっていくのだった。
美智香からの情報を受け取ったタクミは敵に向けてダッシュしながら相手を倒すための難易度が更に上昇したと考えていた。彼自身魔法に対する知識が殆ど無いに等しいので、一体どのような術式を組み合わせてレールキャノンを再現しているのか皆目見当がつかないが、容易為らざる敵だということは理解している。最初にパワードスーツを見た時一瞬『あれを鹵獲して調べればPNIシステムに関して何か分かるかもしれない』などと考えていたが、そのような余裕など今は全然無い。
タクミは速度を上げて敵に襲い掛かった。接近してしまえばレールキャノンを放つ時間を与えないはずだし、こちらの攻撃も容易になる。
「なにっ!!」
タクミがその右腕を振り上げながら襲いかかろうとした時、敵の姿が不意に彼の前から消え去った。その直後にタクミの後頭部に向かって大きな衝撃がやって来る。ダメージこそ無いもののタクミは驚愕した。シールドがダメージこそ吸収したが、一定以上の大きな衝撃はその内部に音や振動として伝わる。敵の攻撃の影響に警告を鳴らすために敢えて伝わるようにしているためだ。そうしておかないとあまりに防御に無頓着になって予想外の威力の高い攻撃を食ってしまう危険を防止する措置だ。
パワードスーツによって加速された彼の攻撃を完全にかわして、目に捉えられない速さで死角に回り込まれてまさかの反撃を喰らったのだ。そんな事が出来るのは宇宙全体を探してもタクミの知る限り彼の上官か圭子くらいのものだろう。
「接近戦も向こうに分があるようだがここで離れるわけには行かない!」
タクミは不利を承知でそのまま接近戦を挑んでいく。先ほどの一撃は完全にシールドが跳ね返したので、こうして敵に近付いていれば攻撃だけに集中できるのだ。だが次々に振るうタクミのパンチはあっさりと空を切りあざ笑われるが如くに回避されていく。まるで最近の圭子と組み手をしているような感覚にタクミは陥る。
「待てよ・・・・・・ この動きは圭子の動きそのものじゃないか?」
攻撃のかわし方や往なし方に彼女の体の遣い方の特徴が現れていることにタクミは気がついた。それよりもその打ち出してくる相手のパンチの速さが何よりも雄弁に圭子の動きそのものだと語っている。しかも的確に人体の急所を狙ってくるのだ。生身でこれを受けていたら一溜まりも無いだろうと彼は感じている。
「それにしてもこれだけの動きをしていると、もし内部に人が居て操作していたら相当な負荷がかかっているはずだが全くそのような兆候が無いな。ということはAI知能が直接操作しているのか?」
以前岬がアルネとの対戦でその直後にダウンしたように、パワードスーツで限界を超える動きを繰り返すと人間の身体が付いていけずに筋肉がズタボロになる。その兆候が全く無い上に、圭子の動きを正確にまるでプログラムされたように再現している。総合的に考えるとどうやらタクミの考えが的を得ているようだ。
接近戦によるタクミとの攻防が効果が無いと察知したのか、相手のパワードスーツの方から距離をとる。タクミはそれを追いかけて猶も接近戦を挑もうかとしたが、速度の違いで振り切られた。
「なんだと!」
距離をとって一体何をするつもりだと様子を伺っていたタクミの口から驚愕の声が漏れる。敵はその背中に装備していた大剣を手にしたのだった。剣を背負っているのはタクミにも分かっていたが、まさかそれが見覚えのある岬が手にするアスカロンを完全にコピーした大剣だとは思わなかったタクミが驚いた声を出すのも無理はない。
タクミの脳裏にはこの場所に踏み込む時に改めて見た扉に刻まれていたフレーズが思い浮かんだ。
『この扉を開く者は自らの心に改めて問い掛けるべし』
そのフレーズを『決心して扉を開け』と解釈したタクミたちだったがどうやら違ったらしい。当然そのような意味も含んでいたのかもしれないが、その隠された意味に気がついたのだ。このフレーズの『心』の部分をもう少し解釈を拡大して『能力』もしくは『心・技・体』としたならば、現在タクミが置かれている状況と話が一致する。この目の前にあるパワードスーツはタクミたちのパーティーがこの迷宮で見せてきた力を元にしてプログラムされた能力を発揮しているのだ。『心に問い掛けよ』というのは、自分たちがしてきた事を振り返った方がいいという忠告だった。
ここまで考えが至ってタクミにはこの迷宮の試練が全てこのパワードスーツをプログラムするために仕組まれたものだと気がついていた。あの味方との戦いや階層ボスとの攻略戦の全てを見ていて、それをこのパワードスーツにプログラムとして組み込んだ者が存在するのは明白だ。その存在を突き止めればこの世界に何故PNIシステムが存在するのかという疑問も解けるだろう。
そのためにはまずはこの目の前に居る厄介な敵を撃破しないことには何も始まらない。タクミは再び立ちはだかるパワードスーツに全神経を集中するのだった。
ロズワースの迷宮編がいよいよ佳境に入ってきました。なにやら色々な秘密が次第に解き明かされるようです。次回の投稿は水曜日の予定です。