178 回廊の終焉
メデューサに殆ど何もさせずに一方的に下したタクミたちだが、彼の頭の中には一遍の考えが過ぎる。
『確かにそのネームバリューはラスボス級だが、あまりに弱過ぎないだろうか?』
このメデューサにしてもデュラハンにしても殆ど一方的な展開で打ち破った。あのゼリーオクトパスには多少手古摺ったが、それでも明確な弱点を発見してからはザコ同然だった。サキュパスに至っては空のガチホモ本を見せただけで無抵抗のまま消え去っていった。
敵が弱いのか自分たちが強くなり過ぎたのかそれは相対的な問題なので判然とはしないが、なんともタクミの胸の内には釈然としないものが残っている。だが彼の耳にはその胸の内を吹き飛ばす甲高い叫び声が届く。
「えーーー! これは大変なことが起こりました!」
それはこっそりと自分の体重を確認しようとステータス画面を広げた春名が上げた叫び声だった。
「どうしたの?」
心配して駆け付ける圭子に春名はステータス画面のある部分を指差す。そこには『彫像の令嬢』『食いしん坊レベル2』という記載があった。再び令嬢のレベルが上がったようで、体力をはじめとした数値が2倍になっている。
「なんだろうな? 何かダメージを受けるとレベルが上がるのか?」
不思議そうにタクミもその画面を覗き込む。だが春名が訴えたかったのはそちらではなくて『食いしん坊』のレベルもつられる様に上昇した点だった。
「そんな令嬢のレベルなんてどうでもいいんです! 問題は食いしん坊の方ですよ! 一体これは何ですか、勝手に上がって迷惑この上ないです!」
自分のステータスにプンスカ怒っている春名だが、相変わらずこの令嬢という職業は大きな謎に包まれている。一体何を切欠にして上昇するのかという明確な基準が曖昧過ぎるのだ。
「食いしん坊レベル2・・・・・・ ますます食欲が昂進する。太り過ぎにより注意が必要」
空が検索した結果を伝えると春名がガックリと両手を地面につけた。
「終わった・・・・・・ このままでは絶対に太ってしまう・・・・・・」
その口からは力ない響きの言葉が切れ切れに漏れるだけだった。どうやら彼女は食欲と戦うよりも、食欲に負けてしまうことを前提にして考えているようだ。確かに吹けば飛ぶような彼女の意志では、苦戦は免れないことは明白ではあるが。
「ハルハル、食べてもいいけどその分体を動かすんだよ。そうすればたぶん・・・・・・」
「何で『たぶん』の先を言ってくれないんですか!」
圭子の励まし(?)はどうやら逆効果だった模様だ。春名は更に絶望の深みに嵌っている。
「そんなことよりもいつまでもここに居る訳にはいかないから先に進むぞ」
タクミの呼び掛けに対して春名はキッとした表情で彼を見る。
「タクミ君、これは私にとってとっても大きな問題なんです! それを『そんなこと』なんて失礼です。それよりも皆さん、お腹が空いてきました」
全員一致で残念なものを見る目が春名に向けられた。対する春名は何で自分に視線が集まっているのかその理由に全く心当たりが無さそうな表情でキョロキョロと皆の顔を見ている。
「仕方が無い、ちょっと早いがここで昼食にしよう」
すぐに岬が調理器具を取り出して準備を開始する。美智香と空が彼女を手伝うが、春名は用も無くその周辺をうろついて隙有らばつまみ食いをしようと狙っている。圭子がそのたびに確保に乗り出すが、レベルが上がった効果なのかその素早さが増しており一筋縄ではいかなくなっていた。春名もようやくここに来てその身体能力が目に見えて向上してきたらしい。何しろ体力値は720に上っている。後は彼女のヤル気さえあれば十分に戦力になるのだが、相変わらず戦おうという気は全く無いようだ。
周囲が呆れるほどの量を平らげて満足そうにしている春名だが、脂肪という敵は彼女の体を確実に蝕んでいく。1食2食ならばそれほど目に見えてその影響は出ないだろうが、この食習慣を続けると確実にオデブになるのは明白だ。それでも自らの食欲に勝てないのはもう諦めてもらう外無いだろう。
「じゃあいくぞ」
タクミの言葉を合図に一行は出発をする。部屋に出現した魔法陣を抜けるとそこは再びあの回廊だった。
「お腹が苦しいです! 少しゆっくり進んでください!」
春名の訴えは黙殺されて普段と変わりないペースで進むパーティー。その後2回ほど階層ボスに出会ったが、簡単に撃破した。最初の敵は石で出来た巨人『タイタン』で、これは頭のコアをタクミのレールキャノンが一撃で破壊して倒した。次に現れたのは巨大な鎌を振り回す死神で、これは圭子が一人で容赦の無いパンチとキックの雨を降らせて無慈悲に惨殺した。
そして再び彼らは回廊を歩いている。だがこの回廊は今までと全く違っていた。それは特に仕掛けがあるわけではないのだが、上に地面があって下に空があるのだ。つまり今まで歩いていた回廊の裏側を歩いているかのようになっている。
「なんか気持ち悪いわね」
「私も段々お腹が減ってきて気持ちが悪くなりそうです」
「そういう気持ち悪さじゃない!」
圭子と春名の会話は食いしん坊のせいで根本的な部分で噛み合っていなかった。
「確かに上下がひっくり返った感じがしてあまりいいものではないな」
「そうよ、私もそれが言いたかったのよ!」
圭子は春名の天然ボケに水を差された自分の意見をタクミに代弁してもらえたのが嬉しそうだ。『さすが私の言いたいことが分かっている』と心の中で拍手をしている。以前の意彼女だったら絶対にこのような気持ちにはならなかっただろう。人間は変わるものだ。
「通路の状況が今までと変わったということは、もしかしたらこの通路の終わりが近づいているということ?」
美智香の発言に空が同調する。
「確かに反転したこの回廊には意味がありそう」
そのような話をしているうちに回廊の突き当りが見えてきて、そこには今までと同じように魔法陣が存在している。それぞれが目で合図をしてその中に入っていく。そして転送された先は教室ほどの広さで重々しい扉が一つあるだけの部屋だった。
「扉に文字が書いてある」
美智香が発見したその文字を空が解読していく。
「この扉を開く者は自らの心に改めて問い掛けるべし」
その文字の解読結果だ。色々な意味に取れるが、どうやら覚悟して扉を開くようにとの注意のようだとタクミたちは判断した。
「ここまでだいぶ歩いたから、一旦ここで休んでから踏み込もう」
タクミの意見でこの場で宿泊して明日扉の奥に乗り込むこととなった。扉にこのようなことが書かれていると慎重に為らざるを得ないのだ。『いっぱい歩きましたから食べても大丈夫ですよね』と言いながら春名は再び呆れる量を平らげていたのは言うまでも無かった。そしてその晩『タクミ君、約束通り今までの3倍でお願いします!』と言う春名の声がタクミのシェルターに響き渡る。まったくワガママ放題の令嬢だ。
翌日、ツヤツヤとした表情の春名とやや足取りがふらついているタクミがメンバーの前にいつもよりも遅れてその姿を現すと、『ボス部屋攻略の前に一体何をやっているんだ!』という視線が一斉に二人に向けられる。タクミの目に下には隈まで出来ていた。一体昨夜はどれだけ春名に搾り取られたのだろう。
さすがにこのままではボス部屋には踏み込めないだろうということで、昼食後まで延期してこの場でタクミの回復を待つこととなった。春名はその間圭子に散々に扱かれて、ツヤツヤしていた顔が一気にゲッソリと変化している。春名は元々戦力外なので、タクミと違っていくら疲れても関係が無いのだ。
昼食をとってようやく復活したタクミを先頭に扉を開く。そしてそこにあった物を見てタクミの口から思わず大きな声が出た。
「あれはパワードスーツ!」
彼の言葉通り、その場には白銀の光を放つこの世界には有り得ない物体が静かに佇んでいた。
次回の投稿は日曜日の予定です。