177 メデューサ
「気をつけた方がいい、もし伝説通りだったらメデューサには相手を石化する力があるはず!」
空は警告を発して即座にシールドを展開した。タクミと圭子以外のメンバーはそのシールドの範囲に入っていたが、やや離れた場所でボケッとしていた春名は取り残されていた。
「おおー! 今度はメデューサですか! これもなかなかの大物ですから、しっかり画像に収めておきましょう!」
春名は撮影のために自分の端末を取り出す。
「ピシッ!」
空の警告を全く聞いていなかった春名は画像を撮ろうと端末を構えようとした姿のままで固まって、そしてその体が足から徐々に石化していく。そして3秒もしないうちに彼女は完全な石像に成り果てた。
「春名!」
タクミはその方向を振り返って叫び声をあげるが、春名は全く反応しなかった。どうやらすでに手遅れな模様だ。
「ほほほ、そなたらをあのような石像と化してこの部屋の装飾として飾ってやろう」
メデューサは勝ち誇った表情でタクミたちを見据える。その目は次の獲物を狙うかのように怪しく光る。
「タクミ、ここで慌てるんじゃないわよ! 敵を倒してから春名は元通りに戻せばいいだけだから、今は目の前に集中して!」
タクミの隣で拳を構える圭子の声が届くとタクミは冷静さを取り戻した。それと同時に圭子の言うことは尤もだと考え直して、当面春名のことは放置する方針を固める。
「圭子、それにしてもお前は生身でメデューサを見て何で平気なんだ?」
彼の指摘通り圭子は15メートルほどの距離を置いてメデューサと対峙している。というよりも敵を逃さないようにメデューサの顔をガン見している。伝説によればその顔を見ると石に変わるといわれているが、彼女には影響が無いのだろうか?
「決まっているでしょう! 気合よ、気合! 絶対に石なんかに変わらないと思っていれば大丈夫なのよ!」
清々しいばかりの脳みそまで筋肉で出来た回答が彼女の口から放たれる。本人が平気だというのだからタクミもそれを信じるしかないだろうと覚悟を決めた。
「さすが、私の師匠です!」
シールド内でも圭子の発言に呆れた雰囲気が漂う中で、紀絵一人が感心したような声を上げている。彼女はこのところ圭子の鍛錬を受けているせいか、その考え方がかなり圭子寄りに変化してきたのだ。脳筋2号の誕生もすでに秒読み段階だ。
「さあ、受けてみよ! これが本物の石化の波動だ!」
メデューサの目から魔力が放たれる。春名が石化したのはそのあまりに低い魔法耐性力が原因で、メデューサが纏う魔力を軽く浴びただけで石に変わってしまったらしい。したがってこれが本当のメデューサの攻撃だ。
「こんなの叩き壊せば問題ない!」
タクミはそのパワードスーツが展開するシールドでことも無くその波動を跳ね除けるが、圭子は自らの拳でその恐ろしい石化の効力を持つ波動を破壊していた。この女子は一体どこまで拳ひとつで突き進むつもりなのだろうか?
敵の攻撃を凌いだら次はこちらが攻勢に出る番だ。メデューサが次の波動を放つ僅かなタイムラグを利用して圭子がその拳を構えて飛び込んでいく。その速度は同時に飛び出そうとしたタクミを完全に置き去りにしていた。
「それ、1発目!」
圭子渾身の右ストレートがまさかという表情で棒立ちになっているメデューサの顔面にめり込んで、その体を10メートル以上吹き飛ばす。当然メデューサも他の魔物と同じようにシールドを張っていたのだが、そんな物は何の役にも立たない。圭子の拳の勢いに無抵抗で血飛沫を上げながらメデューサは地べたに倒れこむ。
「偉そうにしていた割には全く手応えが無いわね。次も地面に這い蹲らせてやるから早く立ってきなさい!」
完全に相手を見下した圭子は仁王立ちで待っている。対するメデューサは屈辱に塗れた表情でその顔は先程までの余裕をかなぐり捨てた魔物としての本来の醜悪さを宿している。
「さてどこまで持つのかしら? 次行くわよ!」
立ち上がりかけたメデューサに再び圭子の豪腕が襲い掛かる。左のアッパ-気味の拳がその顎を捉えてその体をうまい具合に立ち上がらせると、右の拳がその心臓を貫く。口から大量の血を吐き出しながら地面に横たわるメデューサだが、まだその命は消えていない。
「タレちゃん、あの血を採取してほしい」
空に言われた岬はシールドを出てメデューサから吹き出る血をビンに詰めていった。一通りその作業が終わると、収納からアスカロンを取り出して倒れているメデューサの首を刎ねて止めを刺すのを忘れない。ついでに石像になった春名を抱えて空のシールドまで連れて戻る。まったくどこまで有能なメイドなのだろうか。
空がビンの中の血を春名に掛けていくとあっという間に彼女の石化は解けて元通りの姿を取り戻す。
「あれ? 私は一体どうしていたのでしょうか?」
石になっていた間の記憶は全く無いようだ。その方が春名の精神衛生上は好ましいだろう。
「メデューサの魔力に当たって石像になっていた」
「えー!! 全然気がつきませんでした!」
全くのんきなものだ。周囲はこれでも結構心配したにも拘らず本人は全く危機感を感じていないらしい。
「石像のままでいた方が太る心配が無いから元に戻る?」
美智香がイタズラっぽい表情で問い掛けるが、さすがに春名は首を横に振った。
「石になるのは嫌です! だって美味しい物が食べられないじゃないですか!」
『もういいから太ってしまえ!』という視線を春名が周囲から一斉に浴びたのはもちろんだ。自業自得もここまでくれば大したものと、周りは完全にさじを投げている。
シールド内の喧騒が一段落した頃、倒したはずのメデューサを前にしてタクミと圭子が首を捻っている。
「おかしいわね、いつもならば階層ボスを倒したら扉か魔法陣が現れるはずなのに、何も出てくる気配がないわ」
脳筋にしては鋭い意見だ。圭子はこと戦いになると決してバカではない。それに対戦相手を見据える観察眼も非常に鋭いものを持っている。
「そうだな、油断しない方が良さそうだ」
タクミもその意見に同意した。そのような遣り取りが行われている最中にメデューサの首がコロッと転がってこちらの方向を向く。
「おのれ、我がこれほどまでの屈辱を受けたのは初めてだ。この借りは高くつくぞ」
そういいながら不気味に『ククク』と笑う。その笑いは圭子に酷い嫌悪感を抱かせた。それはまるで蛇が笑っているようで生理的な嫌悪感を抱かずにはいられないそんな笑い方だったのだ。
そして首と切り離されたメデューサの体が消えると同時に、その残された首が光に包まれた。そして見る見るその光は大きくなるとその光は徐々に収まっていく。そしてその場に現れたのは頭から大蛇が数百本伸びている4メートルはあろうかという巨大なメデューサの顔だった。その顔はすっかり鱗で覆われて、蛇の本性を剥き出しにしている。その巨大さと相まって不気味なことこの上ない。
髪の代わりの大蛇が口を開いて『シャー!』という気味の悪い音を立てる。それが数百匹も居るのだからこれは気味が悪いどころの騒ぎではない。
「ああ、タクミ、これは私はパスするから後は任せるわ」
圭子はげんなりとした表情でシールドに向かって歩き出す。だが今度はシールドからやる気満々で美智香、岬、紀絵の順番に戦闘体勢を整えた女子たちが出て来た。
最初の一撃を放ったのは美智香だ。タッチパネルを操作してハリケーンカッターを発動する。巨大な顔面を中心に暴風の渦が高速で回転しながら、凶悪な真空の刃が大蛇を切り刻む。渦の中でメデューサの絶叫が響き渡り、斬り飛ばされた大蛇の首や胴体が次々に渦の外に飛び出す。その数はすでに軽く百を超えている。
ようやく美智香の魔法が収まると、今度は紀絵がボウガンから液体火薬で内部を満たしたロケット弾のごとき矢を秒速3発で撃ちだしていく。着弾と同時に大爆発を起こす矢の威力にメデューサは再び絶叫を上げて苦しがっている。紀絵はここぞとばかりにその顔の後ろに回りこんで後頭部にも同様に矢を叩き込んで大きなダメージを与えていく。
その次に岬が満を持してアスカロンを構えて躍り出る。無事な大蛇が接近する彼女を迎え撃とうと牙を剥くが、岬がその大剣を振るうたびに面白いようにその首元から刈られていく。そして接近を阻止しようと襲い掛かる大蛇をものともせずに岬はその顔の前に進むと、躊躇わずにアスカロンをメデューサの眉間に突き立てた。
「グギャーーーー!!!」
これまでに無い大きな絶叫を上げて、その頭から生えていた大蛇が一斉に力を失ってダランと持ち上げていた首を降ろす。その1本1本が次第に石に変わっていき、その石化は巨大な顔面本体に及んでメデューサは力尽きた。
「俺、ここに立っていただけで何もしていないぞ!」
メデューサをフルボッコにする女子たちの活躍を見ながら、パワードスーツの中でタクミのちょっと虚しい響きの呟きが漏れて、それを合図にするかのようにこのフロアーから出るための魔法陣が出現するのだった。
次回の投稿は木曜日の予定です。もう少ししたら毎週3話の投稿に戻せそうです。