172 デュラハン
向かってくるデュラハンに対して静かに剣を構える岬、その佇まいはパワードスーツが変形したドレスアーマーに身を包んでいる点を除けば、精神を研ぎ澄まして相手を見つめる侍のようだ。
それに対してデュラハンは馬上から自らの剣の間合いに入った瞬間、その振りかぶった剣を真下に叩き付けてくる。
「キーーン」
張り詰めた空間に剣がぶつかる甲高い音が響く。通常ならば上から振り下ろした側が圧倒的に有利なはずだ。通常ならば・・・・・・
「タレちゃんも凄いですが、あのデュラハンは画像に収める価値のある大物です!」
空が展開するシールドの中では春名が興奮した表情でシャッターを切っている。命を懸けて戦っている岬を尻目に全くのんきなものだ。だが彼女は岬が負けるなどとは露ほども思ってはいなかった。心から岬の強さを信じているのだ。
振り下ろされたデュラハンの剣は岬のアスカロンに余裕を持って受け止められていた。彼女が下から少し力を込めると徐々にその大剣はデュラハンを押し返していく。魔物とはいえ剣を扱う身ならば自らの体勢が不利なことを理解したのだろう、デュラハンはその恐るべき力を秘めた下から跳ね上げようとする岬の剣の力を斜めにズラしてやや下がって再び間合いを取る。
「今度はこちらから行きます」
岬は自分から踏み込んでデュラハンに迫っていく。身長153センチの彼女だが手にする刃渡り2.5メートルのアスカロンのおかげでそのリーチは敵の予想以上に遠くまで達する。岬の動きの速度に一瞬その防御が遅れたデュラハンは慌てて剣をかざして何とかその刃を受ける。彼女の剣はその先端を掠めて何もない首の辺りを薙ぎ払う軌道で振り抜かれた。もし首なしのデュラハンでなければ今の一撃で頭が地面に落ちていたところだ。
だが今度は岬の剣が大きく横に流れた隙を突いてデュラハンが岬の心臓を狙い済ました刺突を繰り出す。その速度は圭子の目で追えるくらいの速度も威力も申し分ない一撃だった。大抵の剣士ならばこの一撃でたとえ致命傷をかわしたとしても、胴体のどこかを突き刺されて満足に動けなくなる。
「圭子ちゃんの拳よりも遅いです!」
その攻撃が来るであろうと予測していた岬は体を捻ってその鋭い剣をかわし様にそのまま反対方向に1回転して伸びきったデュラハンの右腕にアスカロンを振り下ろしていく。そしてその剛剣はデュラハンの鎧で覆われた二の腕をきれいに絶ち斬った。『これで敵は武器を失い圧倒的に有利になった』岬がそう思った瞬間デュラハンの腕と剣が絶ち斬られる前と寸分違わずに再生する。
「これはなかなか厄介な相手です」
その様子を目撃した岬は相手が剣を持たない右側に動いてやや距離をとって考える。先日王都で真っ二つにした魔王と同じで、このデュラハンも再生能力を持っていたのだ。魔王の時はタバスコによって苦痛を与えることに成功したが、デュラハンは腕を斬られた時の反応が全く無かった点を考えるとどうやらアンデッドのようだった。もしそうだったら、苦痛すら覚えずにその魔力が果てるまで再生を繰り返す本当に厄介な魔物ということになる。
「どこか弱点があればいいですが」
岬が考えている間にデュラハンは再びその再生した腕で剣を振りかぶって岬に襲い掛かる。一瞬対応が遅れた彼女は先程よりもかなり手前でその剣を下から受けた。アスカロンの重心よりもだいぶ根元に近い位置なので今度は力を込めてもデュラハンの剣を押し返せない。止む無く彼女は体を開いて右側に避けながらその剣の力を下方向に流していく。下から支える力を失ったデュラハンの剣は地面にぶつかって火花を散らす。その隙に岬はデュラハンの左半身を下から薙ぐように斬りかかった。
この攻撃にデュラハンは慌てて馬を操って後退する。岬の剣は空を切ったが彼女には収穫があった。左側への攻撃に対して尋常ではない様子で逃げたということはそこに攻撃されては困る箇所が存在するはずだ。そしてその左手には大事そうに抱えられたその頭がある。
「どうやら大切に抱えているその頭こそが弱点のようですね」
もしこの考えがハズレだとしてもその時はまた別の場所を攻めればいいと岬は割り切って、デュラハンの左側に攻撃を集めていく。対してデュラハンの方は必死でその攻撃を受けないように自分の右方向に回り込みながら、何とか跳ね返して防御するのが精一杯に追い込まれている。
「次で決めます」
岬の体が紫色の闘気に覆われた。アルネとの対戦では最初からこの闘気を全開にして立ち回ったが、それではすぐにガス欠になってしまうことを彼女は学習していた。ここ一番決めるところで自らの最大の力を放てるようにここまで鍛錬してきたのだ。いってみればここまでの彼女はまったくその本気を出していないも同然だった。
岬はデュラハンが抱えるその頭を目掛けてアスカロンを突く。デュラハンはそうはさせまいとして上から剣を振るってそれを迎え撃つ。だがこれは岬の仕掛けた罠だった。伯爵との鍛錬で学んだ相手をこちらの思惑通りに追い込んでいくその道筋、達人から学んだその奥義が岬を一回りも二回りも成長させていた。
彼女は罠に引っかかった剣を持つその右腕を一旦アスカロンを引いて斬り飛ばす。再生までのホンの僅かな時間があれば今の彼女には十分だった。邪魔する物がなくなった彼女は剣を右に振りかぶって今度はデュラハンの左腕を斬った。
「ガシャン、コロコロン」
抱えらてれる物を失ったデュラハンの頭が地面に落ちる。その瞬間デュラハンの体はピクリと反応した。慌てて両腕を再生させて馬上から降りて剣で岬を牽制しながら自らの頭を拾おうとするが、岬が止めを刺す方が一歩も二歩も早かった。
スイカ割りのように剣を振りかぶって地面に落ちているその頭にアスカロンを叩き付ける。
「グワーーーー!!」
その頭を真っ二つにされたデュラハンはどこから出したのか分からない苦しみの声を上げて、次第に輪郭を失ってその姿が背景に溶け込むように消え去っていった。
岬が武装を解いてパワードスーツから出るのを見計らったように、一行が彼女の場所に駆けつける。
「タレちゃん、凄いです!」
春名が戦闘を終えたばかりの岬に飛びついて、彼女はにっこりと微笑んで春名の体を軽々と受け止める。春名はお気楽にも岬の戦闘中に空のシールドの中でデュラハンを画像に収めてご満悦だった。この前のサキュパスの時はタクミの介抱に追われてそれどころではなかったので、今回は思う存分画像を残したようだ。
「まだまだです、戦術を考えるのに時間が掛かり過ぎです。もっと一瞬の判断が出来るようにならないと」
岬の言葉を聞いてタクミ、圭子、美智香の3人は岬の対応がやや遅れた場面をさしているのだとすぐに理解出来た。素人目には分からないホンの僅かな差だったが岬には不満な様子だ。岬の口振りはそれだけ彼女が目指しているものが余人の想像を絶する高い所にあるという事実に他ならない。もっともその位置は圭子も当然目指している高みだ。
「これは中々良い剣、誰か使う?」
空はドロップアイテムのデュラハンが残した剣を鑑定してその結果を伝えるが、このパーティーで唯一剣を使う岬は首を振る。
「その剣は私には軽過ぎます」
長さは通常のロングソードで重さもほどほどの攻撃力が高い剣だが、このパーティーには使用する者は残念ながら誰も居なかった。かといってこの迷宮の真の姿を広めるわけにもいかないので、売ることも出来そうもない。
「仕方がない、これは収納にしまっておくしかなさそうだ。もし何かあったら俺が使うこともあるかもしれない」
タクミはその剣を自らの収納にしまいこむ。おそらくこのままならば、もうこの剣は日の目を見ることはないだろうと思いつつも・・・・・・
「よーし、この調子で次もいくよー!」
このフロアーでもうすることがなくなった一行は食事を取ってから、圭子の号令で部屋の中心に現れた魔法陣に入って次の場所に向かうのだった。
次回の投稿は木曜日の予定です。