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171 ドラゴンの意地

 ファフニールに頑張ってもらうという事に話はまとまったが、問題はどうやって崖下の開閉装置がある場所まで連れて行くかということだった。当然ファフニールが一人で装置の所まで飛んで行って、自力で装置の操作を行うなどというのは無理な注文だからだ。


 相談をしていた女子たちの視線は当然のように通路で大の字になっているタクミに注がれる。バンジーを立て続けに10回遣らされて精根尽き果てたその姿に同情の目を向ける者は岬しか居なかった。


「ファーちゃん、タクミ君と一緒に下まで降りてレバーを動かして、またここに飛んで戻ってきてもらえますか?」


「ピー!」


 春名の問い掛けにファフニールは元気な声を出して翼をバタつかせて応える。幼いながらもドラゴンのプライドにかけて遣り遂げようとするその目は煌々と燃えていた。その遣り取りを寝ながら聞いていたタクミはその重たい体を何とか起き上がらせる。


「やっぱり俺が連れて行くのか?」


「タクミ君、頑張ってください!」


 力のないタクミの声に対して『お手軽なお仕事ですよ!』と言わんばかりの春名の気楽な答えが返ってきた。その向こう側に立っている圭子をはじめとした女子たちも、すっかりタクミに丸投げを決め込んだ表情だ。


 仕方がないというすっかり諦め切った表情で立ち上がったタクミ、その両肩に春名がファフニールをチョコンと乗せる。前足でタクミの頭を抱えてしがみ付く格好だ。


 そのままの姿でタクミは最初に降りた崖を下り始める。ファフニールが居るので重力は下げずにそのままで降りているので先程よりも大幅に時間をかけて開閉装置の場所まで何とか辿り着いた。


「いいかファフニール、春名の合図があったらこのレバーを思いっきり引っ張るんだ。それから上まで飛んで戻ってきてくれ」


「ピー!」


 タクミの話を聞いて『任せろ!』と自信ありげな返事をするファフニール。装置のレバーはそれほど重くないのでファフニールが頑張れば何とか動かせる。


「合図があるまで一人でここに居るんだぞ」


 タクミは念押しして幼いドラゴンを残したままで崖を登り始める。ちらりと目を遣るとファフニールは開閉装置の箱の上に乗って、レバーに手をかけてやる気満々な様子だ。この場は任せるしかないと判断して大急ぎで回廊に戻っていく。


「ファーちゃん、今です! 思いっきり引っ張ってください!」


「ピイイイイイーーーーー!」


 その合図とともに渾身の力でファフニールはレバーを引く。すると徐々にそのレバーは動き始めて、通路を閉ざしていた扉は音を立てて開き始めた。


「ピーーーッ、ピーー!」


 最後にもう一度力を込めてレバーを完全に引き下げたファフニール、短い時間でその体力をすべて使い果たしたように装置の箱に座り込んでいる。


「ファーちゃん、戻って来てくださーい!」


 春名の声が断崖に響いてファフニールはその顔を上げる。上を見上げると春名がこちらを見下ろして盛んに手を振っている光景が目に飛び込んできた。彼女は高い場所に対する恐怖も忘れてファフニールに必死で手を振っていた。


「ピー!」


 疲れた体に鞭打ってファフニールは飛び上がる。翼をその力の限り羽ばたかせて上に上にと上昇していく。自分を迎えてくれる春名の姿が少しずつ大きくなってもう一頑張りで手の届く所だ。だがファフニールはこれまで50メートルの高さまで空を舞い上がった経験がなかった。翼を何回か羽ばたかせてそのまま風に任せて空を飛ぶのは得意だが、50メートルもの高さまで上昇するほど連続で羽ばたいた経験がなかったのだ。


 それでも自分の帰りを待って手を振る春名の姿を目掛けて懸命に翼を動かしていく。『あと少し、もうホンの少し』と自分を励ましながらパタパタと上昇していく。


 だがもう少しで手が届くという所でファフニールの翼の動きが急に鈍くなった。高度はギリギリで維持しているものの、これ以上上昇できないほどその小さな体の体力の有りっ丈を使い切っていた。


「ファーちゃん、頑張って! あと少し!」


 春名が回廊から伸ばす手が見えるが、もうどんなに力の限り羽ばたいてもあとホンの僅かな距離が届かない。


「ピー・・・・・・」


 弱々しい声で一鳴きすると、その翼は徐々にその動きを止めた。


「ファーちゃん!」


 春名の悲鳴が断崖に響く。少しずつ高度が下がるファフニールの姿に手を差し伸べてもどうする事も出来ない。


「キャン!」


 その時回廊から飛び出す白い影が春名の視界の横を掠めた。シロがファフニールを救おうと果敢に通路から跳びだしていく。


「シロちゃん、危ない!」


 春名の叫びが再びこだまするが、シロはファフニールに向かって一直線に向かっていった。そしてその白い影に続いて青い巨体が通路から半分身を乗り出すように続く。それはシロの尻尾を真ん中の頭ががっしりと咥えたケルベロスだった。


 シロの顎がもう飛ぶ力のないファフニールの首元をガッシリと咥える。


「タレちゃん、今よ!」


 圭子の合図に合わせて岬はその怪力でケルベロスの半分以上通路からはみ出した巨体を強引に通路に引き戻す。シロは力を使い切って目を閉じているファフニールをしっかりと咥えたままで通路に戻ってきた。


「ファーちゃん、シロちゃん、ケルちゃん、みんな・・・・・・」


 春名は流れる涙でそれ以上の言葉を続けられない。両膝を付いてシロとファフニールを抱きしめながら彼女は頬ずりを繰り返す。気を失っているファフニールはまだ動かないが、シロはその顔をペロペロと舐めて彼女を安心させるかのようだった。


「ファフニールの頑張りを無駄にしないように中に入るわよ!」


 圭子の言葉にこの救出劇に気を取られていた女子たちはハッとする。タクミもファフニールの無事を確認してからいつでも扉の内部に飛び込めるように待機していた。


 タクミを先頭にしてその内部に踏み込んでいく。春名はようやく涙が止まったようで、その胸にしっかりと意識を失ったファフニールを抱きしめている。



 薄暗い内部にようやく目が慣れて周囲を見渡すとその場所はまたしても階層ボスの登場に相応しそうな体育館くらいのがらんとしたホールだった。そして目を凝らすとそこには確かに居る!


 ゆっくりとタクミたちに向かって前進してくるその存在は、今まで彼らが感じたことがない圧倒的な存在感を放っている。首のない馬に跨って自らの首をその左手で抱える首なしの騎士、その手にする剣と身を包む鎧からは強烈な殺気が視認出来るほどの勢いで吹き上がっている。


「私にやらせてください!」


 圭子がその姿に向かって踏み込もうとした直前に岬が前に出る。彼女はあのアルネとの死闘以来、自らを鍛え上げてその剣術も伯爵に教えを請うたおかげで、確実にレベルアップしていた。その剣技を試す相手としてはまたとない好敵手が現れたのだ。


「任せた」


 前進しようとした圭子は岬の決意の程を見て彼女に相手を譲ることにした。タクミをはじめとして残ったメンバーも岬の意向を尊重しようといった表情だ。


「ありがとうございます」


 岬は一礼すると収納から例のパワードスーツを取り出してその内部に体を潜り込ませる。機体が起動して彼女は迷うことなく最終段階の機能を選択する。光に包まれてその機体が変化して、あの死闘の時と同じ黒いドレスアーマーに包まれた岬がその姿を現した。


「私の本気を受け止める力があるのか見定めて差し上げましょう。いざ勝負です!」


 岬はアスカロンを構えてゆっくりと前進していく。一歩一歩パワードスーツのその独自の特性に体を慣らしていくような様子だ。彼女の表情には『もうあの時のような無様な真似はしない』と固い決心が伺える。それはタクミの指導の下で来る日も来る日も何度も繰り返したパワードスーツの基礎からの起動訓練を経て、今では十分にその機能を扱えるところまで技量が向上した自信から来るものだった。


「岬の本気というのはどんなものか楽しみだな」


 素の岬の攻撃力は5000を軽く超えている。それがパワードスーツでさらに増幅されて、聖剣アスカロンの攻撃力まで加わるのだから、一体その数値がいくつになっているのか最早見当がつかない。岬の攻撃の余波を喰らってダメージを負わないようにタクミを含めて全員が空のシールドの中から戦況を見つめている。



 次第に距離が詰まってくる両者、馬上から剣を振りかぶるデュラハンに対して岬は敵を見据えたまま動く様子はない。緊迫した空気が流れる中でその対決が静かに始まろうとしていた。

次の投稿は月曜日の予定です。

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