163 ロズワースの迷宮
前回の投稿で曜日を間違えて金曜日に更新すると書いてしまいました。待っていた方々ごめんなさい、なんとかお知らせ通りに投稿しようと頑張ったのですがやはり無理でした。さてさてタクミたちは今回から5番目の目的地に足を踏み入れます。そこは一体どんな場所なのでしょうか。
タクミたちはロズワースの迷宮があるドレナンの街にやって来た。セイレーン王国内の旅は平和そのもので、御者台の圭子が小春日和の天候に誘われてウトウトするくらいにのんびりとした旅路が続いた。もっとも馬車を引いているケルベロスを見て、大概の魔物や盗賊はまさか襲い掛かってこようとはしないだろう。ちょっとおバカな霊獣だが、その見てくれはこれ以上ない程の弩迫力がある。3つの頭が馬車を引きながら時々その口から火を吹く光景を目撃したら、どんな向こう見ずな魔物でも怖気づいて尻尾を巻いて逃げ出すのだった。
これほどの魔除けの効果があるなら、名前を『シーサー』にすれば良かったと圭子は秘かに考えている。春名が安易に『ケルちゃん』と命名したのが今更ながらに悔やまれるが、仮に『シーサー』だとしてもやはりそれはとても安易な名前ではないだろうか。まあ『ポチ』や『コロ』よりはましかもしれないが。
門の前ではどこの街でもそうだが警戒する表情の門番に出迎えられる。セイレーン王国の入り口の街ラドルクでは割りと普通に迎えられたが、あれは特殊な例だった。よくよく聞けばその門番はケルベロスのことをよく知っており、魔物ではなくて霊獣だとわかっていた。
では魔物と霊獣の違いは何かといえば、例えばシロやファフニールは獣人たちから『犬神様』『竜神様』と崇められる存在だ。古い言い伝えによると霊獣とは神がその意思を人に伝えようと世界に遣わした者たちの子孫だと言われている。真偽のほどは定かではないが、実際に人族の中にも信仰している所もあるらしい。
警戒する門番に対して『霊獣だ』と説明するとその後はスムーズに手続きが進み、街の中に入ることができた。
「また別のダンジョンに入るのが楽しみです」
春名は戦闘力はなくとも彼女の心の中は一端の冒険者気取りだ。次々にやってくる冒険にメンバーの中で常に最も心を躍らせている。だが未だに彼女がこの世界にやって来て魔物を倒して経験は、例のラフィーヌのダンジョンで殺虫剤を振り撒いてヒャッハーしたあの時だけだった。
「春名、そうやって浮ついているといつか危険な目に遭うぞ」
タクミは忠告の意味で春名を嗜めようとするが、彼女はそんな事はまったく気に掛けていない。
「私が危なくなったらタクミ君が必ず助けてくれますから大丈夫です。それにシロちゃんとファーちゃんが付いています!」
どこまでも他人任せで人に守ってもらうのが当たり前の彼女の職業『令嬢』全開だ。体力も大分上がったというのに、一切戦おうとしないその根性はある意味見上げたものだ。職業のせいでこうなっているのか、それとも元々の春名の性格をステータスの神様がよくわかっていてこのよう難儀な職業を与えたのかそれは誰にもわからない。
「とりあえずギルドに顔を出して宿を紹介してもらうか」
タクミの提案はすぐに認められて冒険者ギルドで攻略に必要な情報を得た後に宿で移動の疲れを癒す一行。買出し等の準備があるのでダンジョンへのアタックは明後日となった。
「へー、ここがロズワースの迷宮か」
セイレーン王国唯一のダンジョンの入り口に立つ圭子がその姿を見て思わず口にした言葉だった。ロズワースの迷宮のその姿は地球でいえばマヤ文明がその地に残したピラミッドとそっくりな造りで、傾斜がつけられた階段状の10段に及ぶ構造物だった。傾斜には階段が設けられており、そこは体力さえあれば誰でも登ることが出来る。その頂上はこの街で最も見晴らしのよい場所で、観光のメッカとなっていた。
「ギルドで聞いた話によると、ここは最上階に向かって登っていくダンジョンらしい。最上階の魔物はその時によって異なるらしいが、大体Bランクの冒険者が挑んで勝てるそうだ」
攻略法の説明を聞いていたのはタクミとマッピング担当の美智香のみだった。残りの女子たちはいつものようにその役割を二人に丸投げして、飲食コーナーでつい最近ようやく大人になった紀絵を肴におしゃべりの花を咲かせていた。かなり際どい話も当然ながら飛び出して、その会話を近くの席の冒険者たちが恐ろしいほどの集中力で一言も聞き逃すものかと聞き耳を立てていた。当然圭子は気づいていたが、話を聞かれた程度で一々腹を立てることもないだろうと放置していた。
「じゃあ早速行きますか」
圭子とシロを先頭にいつもの隊形で内部に踏み込んでいく。ケルベロスは前を歩くと何も見えなくなるので最後方を進んでいる。その背中にはファフニールがチョコンと座って時折空を飛んで春名や岬に甘えにやって来る。
ギルドで最短距離が記してある地図をもらっているので、その気になればこのパーティーの実力ならば一日で踏破出来そうだが、決して攻略が目的ではないため見落としがないように脇道や分かれ道の反対方向にも敢えて進んでみる。だがそこには時折ポーションが入った宝箱が置いてあるだけで、PMIシステムに関する手掛かりとなるような物は全く見当たらなかった。
ダンジョンの内部は壁に水晶の大きな原石が嵌め込まれており、薄ボンヤリと光るその明るさで通路を照らしている。この原石をひとつ持ち帰ってもかなりの高値で売れそうだが、なぜかどんな方法でも壁から外せないそうだ。おそらくダンジョン全体の強力な魔力に守られているのだろう。やって来る冒険者たちもそれはわかっているし、そもそも灯り用の水晶を壊したりしたら通路が暗くなって自らの危険が増すので、余程の不心得者以外は誰も手を出さないそうだ。
通路に出る魔物はまだ1階層ということもあってゴブリンやコボルトといったまったくタクミたちの相手にならないような魔物ばかりだ。出て来たものは片っ端からシロがその牙で倒していく。さすがケルベロスを顎で使うだけあってシロの兄貴は頼りになる。女子たちのアイドルのファフニールはまだ生まれて間もないので戦闘どころか狩すら覚えていない。そのため春名同様に味噌っかす扱いで用心棒のケルベロスが守っている。
何事もなく1階層を探索し尽くした一行は2階層に登っていくが、そこも拍子抜けするほど何もない場所だった。この辺りはEランクの冒険者御用達なのでタクミたちの力は完全にオーバーキルだった。大概の魔物をシロに任せて先に進む。
このような調子で一辺が約100メートル程度のピラミッドの内部を探索し尽くして、タクミたちはゆっくり進んだつもりでもその日のうちに最上階まで来てしまった。最上階で彼らを待ち受けていたのはオークキングを中心とした30体ほどのオークの軍勢だった。
「なんだこりゃ?」
これにはさすがにタクミをはじめとするメンバーは全くの拍子抜けだった。だが大好物のオークたちを見て異常に闘志を燃やしているシロがケルベロスに目で合図をする。舎弟分のケルベロスを引き連れたシロはそのままオークたちの間に突っ込んでいった。
「ファーちゃん、危ないからこっちにおいで」
ケルベロスの背中に取り残されて一緒にオークたちの中に飛び込まされたファフニールが、パタパタと空を飛んで春名の胸にダイブし掛けて、急に方向を変えて岬の胸に飛び込む。やはりクッション性の問題をファフニールなりに感じ取ったのだろう。
そうこうする間に2頭は次々にオークを血祭りに上げていく。シロはオークを倒せば大好物が手に入ると学習済みだ。そのシロに命じられたケルベロスはその牙で、爪で、口から吐く炎で全くオークたちを寄せつかない。
「私たち何にもしないうちに終わっちゃいそうね」
圭子の呟きとともにその蹂躙劇は幕を下ろした。もちろん2頭の圧勝だ。シロはケルベロスに対して『お前中々やるな!』という目を向けている。対するケルベロスは『いやー、兄貴程ではないっすよ!』という感じだろうか。いずれにしてもこの2頭の力関係はかなり分かり易い。
「じゃあドロップ品を集めて戻るか」
タクミの提案で収納を持っているメンバーがオークの肉を集めようとするが、シロとケルベロスはもう我慢出来ずにドロップ品の肉をその場でむしゃむしゃと食べ始めている。まあ頑張ったご褒美だからこの場は好きにさせる春名と飼育担当の岬。
結局何の収穫もないままにその日のうちに宿に戻る一行、食事を終えてロズワースの迷宮に関する反省会が開催される。
「呆れるほど簡単なダンジョンだったわね」
圭子の言葉通りシロが一頭でダンジョンの最上階まで行ってケルベロスとの協力でオーク軍団を倒して、タクミたちはそれに付いて行ったも同然だった。しかもラスボスを倒したドロップ品はオークの肉というシロたちの一人勝ちのような収穫だった。
「せっかく新たなダンジョンを楽しみにしていたのに残念です」
春名までが落胆している。さすがに今回はただの1枚も画像に残す気は起きなかったらしい。春名的にも収穫ゼロだったので無念さを滲ませている。楽しみにしていた遊園地のアトラクションが全くの期待はずれだった時のリアクションだ。
だがそんな中でマッピングを担当していた美智香だけは端末の画面を見ながら何か考え込んでいる。ようやくその彼女が口を開いた。
「少し気になることがある。これを見てほしい」
美智香がメンバーに見せたのは端末に記録された迷宮のマップだった。
次の投稿は火曜日の予定です、間違いありません! でももしかして凄い奇跡が起こって何かの偶然が働いた時には、1日くらい早く投稿するかもしれません。




