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162 美智香の戸惑い

 王都近くの森の深い場所に朽ち果てそうな木の根元に出来た洞がある。まったく人の目に付かないこの場所で鎧に包まれた体を横たえて眠っている男が居る。ドルナンド廃太子の体を乗っ取り王都を半壊させた後にタクミたちによってフルボッコにされて命からがら転移して逃げた魔王だ。


 魔力ですぐに再生する体と違ってへこんだり曲がったりした鎧の修復は魔王にとっても困難を極めた。剣で切断された時はその部分を接着するだけですんだのだが、変形した堅い鎧を魔力で元に戻すのは時間がかかる。体中を駆け巡る激痛と戦いながら、ミリ単位で元の形に戻していくという気の遠くなるような作業を終えてようやく安堵しながら魔王はしばしの眠りについていた。タクミたちとの戦闘で受けたダメージを回復するには、せっかく多くの人間の血と魂を集めて得た魔力を全て放出するだけでは足らず、日々回復する僅かな量の魔力も全て費やさねばならないほど深刻なものだった。


 体は自動的に再生するので、それが潰れた鎧に妨げられて新たな苦痛を生み出すという果てしない繰り返しは、さすがの魔王の魂そのものを大きく消耗させていたのだった。目が覚めてもまだ起き上がる気力が沸かないままで、少しでも魔力の回復を図ろうとする魔王。


「おのれ、我を再びこのような目に合わせるとは神のやつめ許し難し。それにしてもこの体は仮初の物としてもあまりに脆弱過ぎる。もっと強固な体を手に入れたいものだが、今しばらくはこの場に留まりその後に更に多くの魂を集めてより強大な力を得ねばならない」


 そう呟くと再び目を閉じて回復に専念する。しばらくはこのままじっとしている外無いが、動けるようになったら再び人間の血と魂を集めて憎き神に復讐をするつもりだ。そのままの姿勢で身動きひとつせずにひたすら回復を待つ魔王だった。






 タクミたちは冒険者ギルドを出て必要な買い物を済ませてから宿に向かって現在夕食前のくつろぎの時間を過ごしている。女子の部屋に全員が集まって、話題はもっぱらギルドで聞いた海賊の話しだ。岬が丁寧に入れた紅茶と軽く焼かれたクッキーを摘みながら気を休められるひと時が過ぎていく。


「そういえば空に聞きたいことがあったのを忘れていた」


 タクミが別の話題を切り出す。さすがに会話の主導権までは取り上げられてはいなかった。


「エロい話題は大歓迎する!」


 さすが腐った聖女様は前振り無しに年頃の女子としては如何な物かという言葉を平気で口にする。昼間は真面目なメイドの岬が『空ちゃん、女の子なんですから』と母親のような注意をするが、空は現在興味関心の大部分をエロい事とムキムキのガチガチで占められておりまったく聞く耳を持っていない。他のメンバーからもさすがに『もう少し分別というものを・・・・・・』という白い目で見られている。


「残念ながら違う話だ。この前王都で対峙した魔王の件だ。やつが俺のパワードスーツを見て『神』と呼んだんだ。どうもやつの話し振りからすると、大昔にこの星に銀河連邦に所属する者が居たということになるが、空は何か知っている話は無いか?」


 タクミはこの件を別に忘れていた訳ではない。それほど急ぐ話ではないのでただ単に後回しにしていただけだ。だが、期待した内容と丸っきり違った話題に空はあからさまにガッカリとした表情をする。それほど彼女は覚えたての甘い誘惑に夢中なのだ。別の言い方をすると『お猿さん状態』とも言う。


「はー、そんな話とはタクミにはまったくガッツキが足りない。心から落胆した」


 大きなため息を吐き出した彼女は仕方無しに真剣な顔に戻ってデータベースの検索を開始する。空から落胆されたタクミの方といえば『何で夕食前にエロい話題をわざわざ振る必要があるんだ』といった納得がいかない表情だ。


「まったく空ちゃんは仕方がありませんね。今日は私の番ですが、またご一緒しましょう」


 相変わらず岬がおっとりと我が子を宥める母親のような口調でタクミにとっては恐ろしいことを言い出す。空は俄然やる気を出したようだがタクミの方は大慌てだ。


「待て岬、もう少し冷静になろう! 今はそんな話をしているわけではない!」


 慌てるタクミの意見などどこ吹く風で軽く受け流す岬、伯爵との鍛錬で剣技の向上とともにその受け流しの技量も大幅にレベルを上げているようだ。


「空ちゃんだけでなくほかの方もご希望があればどうぞご一緒に」


 タクミからすればとんでもない岬の提案に女子の一人が反応した。おずおずと躊躇いがちに手を挙げたのは紀絵だった。


「それでは紀絵ちゃんも今晩は一緒にご案内です!」


 弾んだ岬の声にタクミは頭を抱える。戦闘の時と同じで暴走する岬を止めるのは彼には不可能だった。残った3人の女子はその光景を生暖かい眼で見ている。彼女たちの脳内には3人掛りであれやこれやと凄い事をするタクミの姿が妄想として描かれているのはいうまでも無い。


「結果が出た」


 まだ何もしていないうちから顔がツヤツヤになっている空が告げる。その瞳は今夜のお楽しみでキラキラに輝いていた。今日は雑誌のバックナンバーで発見したムフフな事を早速実行するつもりのようだ。


「銀河連邦にはやはりこの星に誰かが降り立ったという記録は無い。私たちが転移するまではこの惑星自体のデータが全く無い。逆にこの星自体の過去の記録では神と魔王の戦いがあったという話が残されているが、その内容はどこにもあるような神話に過ぎない」


 空の検索結果はタクミの予想通りだった。何らかの記録が残っていれば惑星調査機構のデータベースにも記録が残るはずだ。それが全く無いという事はそこに何らかの事実が知られずに存在しているのか、または隠されているという事だ。


「すまない、空。それから今晩の件はぜひとも考え直さないか?」


「断じて断る!」


 この遣り取りで夕食の時間となって、タクミ以外は明るい表情で1階に降りていく。




 その晩、足音を忍ばせてそっとドアを開く二つの影がある。二人とも完璧に気配を消してそっと隣の部屋のドアに耳を当てて中の物音を探る。


「紀絵ちゃん、あと一息です! そのまま頑張ってください!」


「うー…… もうちょっと頑張ります」


「ふふふ、次はタクミが攻める番!」


 このような会話が室内から聞こえてくるが、ドアに耳を当てている二人は全く身じろぎしないでその遣り取りに聞き入っている。他人の行為を盗み聞きする背徳感に、圭子と美智香の表情が上気している。だが、次の瞬間……



「ジェンガをやっているときに、紛らわしい言葉を使うんじゃない!」


 ドアの前で盗み聞きしている二人が、華麗にこけた。見事に揃ったリアクションだ。



「アホらしいから、戻ろうか」


 期待を裏切られた二つの影は、すごすごと自分の部屋の戻っていく。




『想像とは全然違ったけど、なんだか楽しそう……』


 美智香は、自分のベッドに寝転んで寝返りを打ちながら、タクミとごく自然に接している他の女子たちを羨ましく思っている。自分の気持ちに整理がつかない様子で、悶々とした表情を浮かべているかのようだった。


 そんな美智香に、隣のベッドに居る圭子が声を掛けてくる。


「好きなようにやればいいんじゃないの!」


「圭子にアドバイスされるのは、私にとって一生モノの屈辱!」


 美智香の反論に、敢えて圭子は何も答えなかったが、お互いにそこそこ付き合いは長い。何を言おうとしているのか察しはつく。美智香自身もう自分の心をこれ以上誤魔化すのに限界を感じているのだ。いつこの気持ちが言葉になって溢れ出すか自分でもわからない。もしそんな場面が来たら勝手に口からその言葉が出そうで胸が苦しい。


 なかなか寝付けない夜を過ごす美智香が反対側に寝返りを打つとそこには春名が幸せそうに寝息を立てている。彼女のように素直に自分の心を表に出せる性格が羨ましいと思いながらそっと目を閉じる美智香だった。 



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