16 ラフィーヌのダンジョン5
人が一人歩けるだけの狭い通路を歩く一行。
圭子はまだ先程のショックから立ち直っていないようで、ややうつむき加減にしている。
同様にタクミの方も顔には出していないもののかなりの動揺しており、彼女にどう声をかけていいものやら途方にくれていた。
その後ろでは、春名と岬が声を潜めて話をしている。
「タレちゃん、圭子ちゃんの様子どう思います?」
圭子の災難のことなど気にした風もなく春名の瞳はキラキラ輝いている。
「圭子ちゃんの気持ち次第ですが脈はありです!」
メイド服姿で歩く岬の表情もなぜか明るい。
「私たちは圭子ちゃんが新たな家族になることに、賛成ってことでいいでしょうか?」
春名はかなり乗り気なようだ。
「圭子ちゃんなら私もこの先仲良くできそうですしいいと思います。ここだけの話ですが他お二人も大歓迎です!」
岬の言葉ににっこりと微笑む春名。
彼女も同じ意見のようだが、肝心のタクミの意見は全く無視されている。
この時タクミの背筋を冷たい物が走って、彼が原因不明の悪寒に襲われたことは言うまでもない。
通路は緩やかな下り坂で、およそ300メートルほど続いた。
その突き当たりは小さなホールのようになっており、そこに二つの魔法陣がある。
「もしかしてこれは転移の魔法陣?」
美智香の声に一同は考え込む。
「念のためこの部屋をくまなく調べてみよう」
迂闊に飛び込むことは躊躇われるので、他に何かないか壁を叩いたり床を調べたりしたが、どうやら何もないようだ。
「どっちかに飛び込まないと先に進めないのかなあ?」
圭子が魔法陣を見つめながらつぶやく。彼女の言葉につられて、全員が二つの魔法陣を見つめた。
「私は右がいいと思います!」
春名が突然切り出した。別に何の根拠がある訳ではないのだが、ただそういう気がしただけだ。
「うーん、春名の意見に従った結果今まで碌な事にならなかったような気がするが・・・・・・」
タクミの言う事はもっともだ。今まで散々彼女に振り回されてきた過去がある。春名の方はそんなタクミを見つめて『失礼です!』とプンスカしている。
春名の意見に全員が『あーでもない』『こーでもない』と自分の意見を言い出して収拾がつかなくなった時、一人その中に加わっていなかった空がポツリとつぶやいた。
「でも『令嬢』の幸運値は常に最高のはず」
その声に皆が黙り込む。
しばらく沈黙が流れてからタクミが切り出した。
「では右と左、各自がいいと思う方に並んでくれ」
その結果・・・・・・右は春名一人で、左に残りの5人が並んだ。
「皆さん、ひどくないですか! 全く私のことを信じていないじゃないですか!!」
春名はその結果に抗議をするが、他の5人の意見は変わらないようだ。
「春名ちゃんの事は信用しているよ・・・・・・常に外れる方に!」
美智香の一言が止めを刺した。
「わかりました、私もこっちにします」
渋々彼女も左側の魔法陣の前に立つ。
「ではいいか! 一斉に入るぞ!! せーの!!」
タクミの掛け声に合わせて全員が魔法陣に飛び込むように入った。
彼らの周囲に描かれている文字がひとつずつ光りだす。やがて全ての文字が輝きに包まれると、ふわっとした感覚とともに全員が先程とは全く違う場所に立っていた。
「いったいここはどこでしょう?」
春名は周囲を見渡して何か手がかりを探そうとするが、特に何も見当たらない。
そこは石造りの小さな部屋で、出口がひとつあるだけだ。
「ここにいても仕方がない。先に進もう!」
タクミの言葉に従って小部屋を出る一行。
その出口の先は体育館の2倍くらいの広いホールになっていて、その奥に首をもたげて立ち上がろうとする巨大な姿があった。
「あれやばくない!」
さすがの圭子の声も引きつっている。
「ドラゴンみたいだけど、なんか気持ち悪い」
美智香の考えが正解だった。
そこにいたのは『ドラゴンゾンビ』、死んだ竜がゾンビとなって蘇えったとんでもない強敵だった。
「私からいく」
空が聖女の魔法で白銀の光を浴びせるが、効果はあるもののドラゴンの巨体に与えたダメージは小さい。
「少しだけ時間を稼いでくれ!」
タクミはそう言ってパワードスーツの展開を開始する。
美智香はすでにウィンドウを開いて、ハリケーンカッターを発動していた。
風の刃がドラゴンに襲い掛かるが、ドラゴンも同じように風を操ってその効果を打ち消していく。
そしてドラゴンゾンビが大きく翼を開きだす。すでに皮膜は失われて骨組みだけとなったその翼が左右に開かれて、大きく息を吸い込んだと思ったときにそれはやってきた。
ドラゴンの口から猛毒のブレスがタクミ達を襲ったのだ。
紫色のブレスが彼らに迫る。
間一髪、空が展開したシェルターのおかげで女性5人は無事だった。
「タクミ君は!!」
春名の悲鳴がシェルター内に響く。彼女たちと少し離れた場所にタクミはいたはずだ。
ようやくブレスの霧が晴れて視界が戻ったとき、タクミは彼女たちに襲い掛かろうとしていたドラゴンを押し留めていた。
パワードスーツを装着した彼はドラゴンさえ真っ向からの力勝負を挑める程に能力が向上している。もちろん有害な物質や高濃度の放射線を浴びても活動できるように設計されているので、猛毒のブレス程度は全くタクミの行動を阻害しない。
彼は接近してきたドラゴンを力ずくで後ろに押し戻した。
そして素早い動きで距離をとるとレールキャノンを構える。
『ブーン』
低い作動音が響くと同時に、タクミの左手から超電磁加速された砲弾が音速の10倍の速度でドラゴンに向かった。
『ドカドカドガーーン!!』
連続した爆発音が響くとともにもうもうとした煙が上がる。
タクミがダンジョンの中ということを考慮して、威力の弱い通常火薬の砲弾を使用したためだ。
その煙が晴れるとそこにはドラゴンゾンビの残骸と思しき物しか残っていなかった。
「やったーーー!!」
シェルターの中で大喜びしている春名達にそのまま待機するように命じて、タクミは空気中の有害物質の測定を始める。収納からシアン系の毒物の中和剤を取り出して散布した。
完全に無害化をしてから、女性達に出てくるように指示を出すと同時に彼もパワードスーツを解除する。
「タクミやるじゃん!」
圭子は先程までの落ち込んだ気持ちをすっかり忘れて、いつもの彼女に戻っている。どうやら圭子にとっては慰める言葉よりもこぶしで語った方が有効なようだ。
他の面々もタクミの事を口々に褒めている。日ごろ辛口な美智香も珍しく『よくやった』と言ってくれた。
そのとき離れた所からシロの声がホールに響いた。一体どうしたのかと思いながら全員でそちらの方に向かうと、そこには立派な宝箱が置いてある。
「シロ、でかした!」
圭子が大喜びで開けようとするのを空が引き止める。
「トラップがあるかもしれない」
その言葉に一同が『なるほど』と頷いた。
念のため女子は全員空のシェルターに入って、タクミはパワードスーツを再び展開する。慎重に近づいて宝箱を開くと、先程のドラゴンが吐いた猛毒と同じ紫の煙が噴出してきた。空の意見に従ってよかったと胸を撫で下ろすタクミ。
シェルターの中では圭子が『危なかったー!』と冷や汗をかいていた。
再びタクミが中和剤を散布して無害化する。
それから宝箱の中に手を伸ばして中身を取り出すと、それは一対の篭手だった。
シェルターから出てきた空がその篭手を検索すると
『大地の篭手・・・・・・オリハルコン製の強力な破壊力を持った篭手、伝説によれば地震さえも引き起こせるらしい』
と記載されており、タクミはそれを圭子に手渡した。
「圭子しか使いこなせる者はいないだろう」
タクミから手渡された篭手を見つめて嬉しそうな圭子だが、一応他のメンバーの意見も聞かなくてはいけない。
「圭子さんが使ってください。できればタクミ様の気持ちも受け取ってくれるといいのですが」
岬の意見の後半の部分は圭子によくわからなかったが、他の皆も同じ意見で篭手は圭子の物に決まった。
改めて篭手を手にする圭子の機嫌はさらに急上昇。
「よおーし! どんな相手でも叩き潰す!! 早く次ぎ行こう!!!」
朝の事はもう彼女の中で過去の出来事になっているようだった。