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158 ルノリア 前編

 カウンター係りの女性の後についてタクミが一人で階段を下りていくと、そこにはいかにも貴族に仕えると言った身形の男性が待っていた。


「ドラゴンを連れた冒険者というのはあなたのことですかな? 私はこの街の領主のロスメルド伯爵家に仕えておりますデトリオと申します。もしよろしければ、当家のお嬢様に会ってお話を聞いてはいただけないでしょうか?」


 どうやらかなり名門貴族に仕える執事らしいその男性は、タクミに対して極めて丁寧な姿勢で語り掛ける。どうせ横柄な態度でドラゴンを寄越せと言ってくるのだろうと身構えていたタクミは、もしそうだったら殴り付けてお引取り願おうと思っていただけに、なんとも肩透かしを食らった格好だった。


「会うのは構わないが力を貸せるかどうかは別の問題だ。俺が屋敷に行けばいいのか?」


 伯爵の令嬢と聞いてもし鼻持ちなら無い態度で接してきたら、塩でも撒いてやると決めてタクミは会うことを認めた。


「ありがとうございます。お嬢様は私と一緒に馬車でこちらに参っておりますので、この場でお話が出来ればよろしいかと思います。ただいまお呼び致しますのでしばらくお待ちください」


 デトリオはそう言い残して一旦宿の外に出て行く。いくら頼み事とはいっても伯爵令嬢がいきなり見ず知らずの冒険者に会う訳にも行かないのだろう。執事が相手の人と成りを見て会わせて良いのか判断をしたようだ。どうやら彼の目から見てタクミは合格だったらしい。


 タクミの身近にも令嬢は居るが、果たして今度はどのような令嬢がやって来るのやらと待っている彼の前には、執事に連れられた全く意外な人物が立っていた。


「お待たせいたしました。ロスメルド伯爵家のお嬢様のルノリア様です」


「はじめまして、ルノリアと申します」


 執事の紹介に合わせて挨拶をするのは、まだ10歳前後の幼さが抜けない何とも可愛らしい令嬢だった。ルノリアは箱入り娘だけあって冒険者と接する機会など今まで全く無くて、幼心に『怖い人だったらどうしよう』というちょっとだけおずおずとした態度だった。それでもこの年で初対面の年上の男性に向かってきちんとした挨拶が出来るのだから、貴族の令嬢としての教育が為されているのだろう。だがそれを上回るのは彼女の大切な家族を何とか助けたいという縋る様な思いだったのかも知れない。


「タクミだ、話をするのはそこのテーブルでいいだろうか?」


 まだタクミがどのような人間か分からなくて執事の方を見るルノリア嬢、その両手は不安そうに組まれたままだ。


「結構でございます」


 執事の言葉でタクミが先に奥の椅子に腰掛け、ルノリアと執事はその向かい側に座る。どのような話が行われるのか大体の予想は付いているが、こうして当事者の生の声を聞くのも重要だろうと、タクミは話が切り出されるのを待っている。


「どうかお父様をお助けください」


 その場でルノリアはど真ん中のストレートをいきなり放った。その目は父親の病で幼い胸を痛めている悲しみを帯びているのがいやでもタクミに伝わってくる。だがファフニールの命が懸かっているだけにタクミはその頼みを絶対に聞く訳にはいかなかった。


「話は耳に入っている。エリクサーが必要らしいが、ドラゴンは渡せない。それに他の材料は集まっているのか?」


 タクミの言葉にルノリアは悲しそうに首を横に振る。そもそもエリクサーは伝説の秘薬でその材料すら様々な説があってはっきりとはしない。ドラゴンの肝というのは数ある説の中のひとつで、それが正解だという証拠がないのだ。物語のような伝説では何処かに隠れ住んでいる錬金術師がその製法を知っていると言われているが、それすら真実かどうかも分からないのだ。


「だが力になれないことも無い。俺たちのパーティーには聖女が居る。もしかしたらその力で何とかなるかもしれない」


 タクミの言葉に俯き掛けたルノリアの顔が真正面からタクミを捉える。


「もしかして聖女様がいらっしゃるという事は皆さんは先日王都で勇者の方々と試合をなさったパーティーですか?」


 ここは確かに王都とはそれほど離れた場所ではないが、そんな情報までもう届いているのかとタクミはやや苦々しい思いを抱く。あの件は圭子に押し切られて已む無くタクミも参加しただけに、あまり大っぴらになるのは避けたいところだった。


「あの試合を見ていたのか?」


 念のため情報の出所を探る意味でタクミはルノリアにカマをかける。彼女がこの街を離れる可能性など殆ど無いと彼には分かっていた。


「私は見ていませんが王都の魔法学校で学んでいるお兄様が手紙で素晴らしい試合だったと教えてくれたんです。お兄様は特に聖女様の素晴らしい魔法を褒めていました」


 空が試合会場で実演した結界魔法に見せかけた物は実は魔法ではないのだが、それはタクミたちパーティーの秘密に関わる重要事項なのでこの場はスルーして知らぬ振りだ。


「ではその聖女を呼んでくるから待っていてくれ」


 タクミは立ち上がって2階の女子たちの部屋に戻ると相変わらずダラけてベッドに寝転んでいる春名が緩い口調で出迎える。


「ああタクミ君、もうお話は済んだんですか?」


 1階で待っている10歳前後の令嬢の爪の垢でも飲ませてやりたい気分のタクミだが、それは置いといて空に向き直り今度は膝から崩れ落ちた。春名同様にベッドに寝転んでいる空はコレクションのホモ雑誌を熱心に鑑賞中で『誰も話しかけるなオーラ』を全開に発している所だったのだ。


「空、話があるから1階に降りて来てほしいんだが」


 タクミの呼びかけに空は知らん顔だ。その視線は雑誌に向いており、一向にそこから離れる気配がない。


「空、俺と一緒に下に来てほしいんだが」


「お姫様抱っこが最低条件」


 ここぞとばかりにタクミに要求を突きつける空、だが人を待たせている手前タクミは要求を呑むしかなかった。


「階段の所までだぞ」


 現金なものでさっさとベッドから起き上がって空はタクミの前にやって来る。廊下をお姫様抱っこで運ばれてその間彼女は右の頬をタクミの大胸筋に擦り付ける様にしてある程度満足したらしい。下に降りる階段は自らの足を使用した。


「まあ、聖女様はずいぶんお若いのですね。私とそれほど変わらないように見えます」


 ルノリアが空を見て最初に発した言葉がこれだった。確かに日本人が外国に行くと若く見られる現象は往々にしてあるが、10歳前後の女の子に『それほど変わらない』と言われた空のショックは計り知れないものがあった。確かに彼女の色々な所は未発達で大変に残念なことになっているが、それでも高校生が小学生に『同じ年かな?』と言われるのはかなりの屈辱らしい。


「これでも私は大人で色々と経験済み・・・・・・ むぐぐぐ」


 年上であることを示そうと空が教育上大変によろしくない事を口走りそうだったので、タクミがその口を右手で塞いだ。まだ10歳の女の子にはこれ以上聞かせられない。


 空が一方的に機嫌を悪くした二人の対面が何とか終わって、大人の貫禄を見せようとする空がようやく落ち着きを取り戻す。


「空、彼女が例の伯爵のお嬢さんだ。彼女のたっての頼みで伯爵の容態を見てやってほしいがどうだろう?」


 ルノリアは自分が空に対して失礼な事を言ったという自覚が全く無いまま、藁にも縋るような気持ちで両手を組んで、まるで空に折を捧げている様な姿だ。


「分かった、明日行く」


 不本意そうに彼女は了承した。まだ尾を引いているらしいが、この場で『嫌だ!』などと言おうものなら自分が子供であると宣伝するのに等しいと彼女なりに分かっていた。それにどうせこのツケは後からタクミに払ってもらうつもりだから、この場は彼に恩を売るという目的もある。


「聖女様どうかよろしくお願いいたします」


 丁寧に挨拶して二人は戻って行った。明日の午前中に伯爵家から迎えの馬車を寄越してくれるそうだ。それにしてもルノリアは最初から最後まで空を同じくらいの年だと勘違いしたままだった。今日は伯爵令嬢としてしっかりとした振る舞いを心掛けていたが、意外と中身は天然なのかもしれない。だがその天然も春名に比べれば年相応に可愛いものだ。あの令嬢の天然さ加減はいまや恐ろしいレベルに達している。ひょっとしたら彼女の職業レベルが上がるたびに天然指数も上昇しているのではないだろうか。


 空と二人で女子の部屋に戻って、どうやらこれでファフニールが命を狙われる危機が回避できそうだとメンバーに説明するタクミだった。



次回の投稿は木曜日の予定です。

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