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153 魔王降臨

 ダンジョンの下層階を進む合同パーティーは、現れる階層ボスを次々に撃破しながら下に向かって降りていた。


「なあ、ダンジョンを進むのってこんなに簡単だったか?」


 勇造が後ろを振り返って恵に問いかける。それは彼らにとって大変に実感の篭もったセリフだった。なんかもっと必死になって戦っていたような気がするのだが『エイリアン』から3人が加わって戦いの次元が変わっている。


 もっとも圭子はここまでバックアップに徹しており空はアンデッド以外には全く手を出していない。変わった点は紀絵が攻撃に参加している点なのだが、その効果が余りにも大き過ぎて彼らは面食らっているのだ。


 それはそうだ、彼女が手にするボウガンみたいな物はタクミのレールキャノンに近い代物で、さらに左右の手に装着している篭手から発せられる魔力を込めた一撃は38階層の牛頭と馬頭の怪物を風魔法を込めた一撃で切り刻んでいた。その威力はまるで美智香の『ハリケーンカッター』に匹敵する恐ろしさだ。


 この遠近両方に突出した攻撃力を持つ彼女の加入で初撃で魔物に大きなダメージを与えるので、その後の戦いがぐっと楽になっているのだった。


 だが実はそれだけではない。この牛頭と馬頭が落としたドロップアイテムは剣と盾で、岬しか手に出来ないような巨大サイズではなくて体格のいい人間ならば取り回せるサイズだった。それらはラグビー部の一人と剣道部の手に渡り、前衛の武器が大幅に強化されたのだった。


 だがそれでも40階層以降は魔物のレベルが跳ね上がり一行は再び手を焼くことになる。1階層を抜けるのに丸一日を費やすのもしばしばでその前進は思いのほか停滞して日数がかかっていた。




 合同パーティーがダンジョンにもぐり始めてから10日が過ぎた日のこと、血相を変えた伯爵がタクミたちを応接室に呼び出した。彼の表情からするとどうも良くない事態が発生した模様だとタクミは嫌な予感がする。


「間も無くトーマスもやって来るから話はそれまで待ってくれ」


 眉間に皺を寄せて難しい表情をする伯爵に対してタクミたちは出されたお茶を飲んで待つしかなかった。30分ほど経ってドアをノックする音が聞こえてくると、冬も近いのに汗まみれの姿でトーマスが転がり込んでくる。


「王都の様子はどうだ?」


「大変危険な状態だ。騎士たちも必死に応戦しているが持ち堪えられないかも知れない」


 そんな二人の遣り取りから王都で異変が起きたと察知するタクミ、いや春名以外は気がついているが、彼女は相変わらずのほほんとした表情でシロとファフニールを構っている。シロはだいぶ大きくなってもう膝に乗せるには重た過ぎるので足元にじゃれ付かせて、ファフニールを縫いぐるみのように抱きかかえて全くのんきなものだ。


「さて、君たちも薄々は分かっていると思うが、今王都が大変な事態になっている。魔王を名乗る者が街中で暴れまわって大勢の犠牲が出ている。その力は本物の魔王を思わせるほど強大で騎士団は全く歯が立たないそうだ。そこで君たちにそやつの討伐を依頼したいのだがどうだろうか?」


 確かにその話は以前トーマスから聞いており、圭子たちがダンジョンから戻ってきてからということで合意していたが、どうやら事態が大幅に変わったようだ。


「問題が二つある。俺たちのメンバーが揃っていない点と、ここから王都まで時間が掛かり過ぎてその事態に間に合う保障が無い」


 タクミは合理的に物を考える現実主義者だ。『王都に行きました、でもすでに王都は滅びていました』という事態も予想される以上、今から王都に向かうのは有効な対策なのかという疑問を感じているのだ。場合によっては王都を諦めてどこかの場所でその魔王を名乗る者を待ち受けた方が効果としては高いのではないかと考えている。


「メンバーの事に関してはどうか曲げて頼みたい。時間の問題については解決策があるから大丈夫だ」


 伯爵の返事を聞いてタクミはどうしたものかと考え込むが、その横から口を挟んだのはボケッとしていた春名だ。


「タクミ君! 異世界といえば魔王ですよ! ナマで魔王を見られるチャンスなんて滅多に無いのですから絶対に行きましょう!」


 思えば春名はマルコルヌスの火山に行く時もドラゴン見たさの完全な物見遊山だった。彼女は端末に記録したドラゴンの写メを見ては一人で悦に浸っていたのだ。そして今回も魔王の写メを撮ろうと思っているに違いない。


「魔王ね、腕験しにはちょうどいいかもしれない」


 美智香までが賛成に回る。彼女はこのところ力を入れている剣の腕を試したいらしい。岬は何も言わないがその表情からすると闘争本能が疼いているのが手に取るように分かる。これで3対1、大勢は決した。このパーティーが常に荒っぽい方向に突き進むのは圭子だけの責任ではないことがこの場ではっきりと判明した瞬間だった。


「分かった、今から行こう。それで方法は?」


 諦め顔で答えるタクミに対してホッとした表情の伯爵、両者は全くの好対照だ。


「装備などの準備はいいかね?」


 伯爵の問い掛けに一同が頷く。春名まで頷いたがペットを除くと彼女が収納している物はマンガ本やフィギュアに縫いぐるみなどといった戦いに全く役に立たない物ばかりだ。


「では私に付いてきてくれ」


 伯爵の案内で一同は館の地下に降りていく。その最も奥の部屋に入ると薄暗い明かりに照らされたその床には魔法陣が描かれていた。


「これは転移の魔法陣」


 美智香はその陣を見て一目で意味するところを指摘する。魔法に関しては最高峰を極めた彼女の目を誤魔化すことは不可能だ。


「その通りだ。これは王宮の最高の魔法使いが描いたもので、これに乗れば一っ飛びで王都まで転移出来る。俺が貴族になったのは何かあった場合に王都を守るためなんだよ。そのために役立つのがこの魔法陣さ。でもまだ俺が一度も使った事が無い内に君たちに先を越されるとは思ってもみなかったよ」


 伯爵はため息をつきながら事情を打ち明ける。彼はその剣の腕を買われて貴族になったので、一旦王都に事あらばすぐに駆けつけるという約束を国王と交わしていた。もちろん現在もその約束は有効で、彼もタクミたちと共に王都に乗り込むつもりだ。ここに来るまでの間にミスター執事が装備一式を用意して傍らに立っている。


「分かった、では行こう」


 タクミは余り積極的にはなれないが、ヤレヤレという気分で魔法陣に入った。彼に続いて残りのメンバーと伯爵が魔法陣の上に立つ。すると自動的に魔力が流れてフワッとした感覚が伝わり、全員が気がついた時には見慣れない部屋に立っていた。





「怯むな! 何としても持ちこたえろ!」


 騎士団の団長が声を枯らして士気を鼓舞する。それに合わせて騎士たちは必死に矢を放つが、敵はそれを腕の一振りで簡単に薙ぎ払って前進を続ける。すでに王都の街の半分が瓦礫に変わり、住民たちに多くの死者が出ていた。彼らは平和だった王都にまさか魔王が復活するとは思わず、その身の不幸を呪うか嘆くしか出来ないままに死んでいった。


 逃げ惑う人々をその恐怖に塗れた力で切り刻み、その血と魂を吸収してさらに強大になって行く魔王がそこに顕現している。


「わはははは、体中に力が漲っておるぞ! 我は完全に復活したのだ! さあもっと多くのその命を差し出せ!」


 すでに多くの防衛ラインが破られて、騎士団が守るのは最終ラインだ。ここを破られると王宮までもはや魔王を阻む者は居ない。


 だが、その抵抗も僅かほども魔王の前進を阻むことは出来なかった。騎士たちの誰もがもうだめだと諦めた時にその声は周囲に響き渡った。


「やっと見つけたぜ、三下の分際でずいぶん派手にやらかしたな! どんな死に方がいいか選ばしてやってもいいぞ」


 魔王を相手に完全に見下した言葉を投げかけるタクミ、彼の後ろには3人の女子が付いている。その内の春名は自分の端末でシェルターを展開して、安全な場所から魔王の写メを取り捲っていた。


「おおー! さすがラスボスナンバーワンの存在だけあって迫力満点です!」


 本物の魔王を目にしても危機感の無さは相変わらずの模様だ。


「私から行く」


 珍しく美智香が積極性を見せる。すでにいつものようにタッチパネルを展開していつでも魔法を放てる状態だ。それだけではなくて、その左手にはライトサーベルを持っており魔王に剣で挑むつもりのようだ。


「なんだ汝らは! まあよい、その血と魂を差し出すが良かろう」


 美智香を歯牙にも掛けない様子で魔法を放ち切り刻もうとする魔王だが、その魔法はあっさりと跳ね返される。


「どうやら遥かな昔に存在していた魔法のよう、解析にはしばらく時間が掛かりそう」


 美智香も当然春名同様にシールドを展開して魔法を跳ね返しながら、術式を端末に読み取らせていた。せっかくの機会なので失われた太古の魔法も覚えておこうという貪欲さだ。


「ほう、我の魔法を跳ね返すとは汝は面白き存在なり。ならばこの剣の錆にしてくれよう」


 魔王はその腰の魔剣を引き抜いて美智香に向ける。それに対して美智香はライトサーベルのスイッチを入れた。ブーンという低周波の振動音が周囲に響き渡る。


 正面から剣を向けて敵に挑む両者、互いに踏み込んで相手の機先を制しようとするがその勝負は呆気無い形でついた。美智香のライトサーベルが魔王の剣ごとその体を両断したのだ。


「こんなものか」


 美智香のつぶやきに周囲でその勝敗の行方を固唾を呑んで見守っていた騎士たちはほうっと肺から空気を搾り出す。自分たちがあれほど歯が立たなかった敵を僅か一太刀で切り捨てた少女がそこに立っているのだ。


 だが、彼らのホッとした表情は次の瞬間脆くも崩れ去った。


「わはははは、我を両断するとは中々面白き者なり。次は我が汝を両断してくれる」


 そう言うと切断されて地面に落ちていた魔王の上半身が腕の力で立ち上がって、まだ二本の足で立っている下半身の上に飛び乗る。こうして瞬く間に魔王が再生を果たした。


「くだらない手品を見ているよう。非常に不愉快」


 美智香はそれを見て再びライトサーベルを振るってその首を切り落とす。そして彼女にしては珍しく悪戯っ毛のある表情で収納から何かを取り出した。その左手に握り締めているのは緑色のチューブでその表面には『本おろし生わさび』と印刷してある。


 そしてあろう事か美智香は首の切断面にそれをたっぷり1本塗りつけてタクミたちの所に戻っていった。


「期待した程の相手ではない。タレちゃん選手交代」


 美智香と岬がハイタッチで交代をしているその時、周辺に響き渡る絶叫が轟いた。


「ギィヤーーー!! 汝は我に一体何をした! なんだこの体を突き上げるようなおぞましい感覚は! いかん、寒気が止まらぬ! これは一体どうしたことだ!」


 それは首を切られてそこにワサビを塗りたくられては、大概の魔王はこうなるだろう。へんに再生力などあるものだから、素直に死ねずに首を中心に体中を駆け回るワサビの成分が魔王を地獄に突き落としていた。


 そして次の岬の手にはすでにタバスコのビンが握られているのは言うまでも無い。


「成敗!」


 体中の激痛に表情を歪めて苦しむ魔王を岬はアスカロンで縦に真っ二つにした。そしてその切り口にドバドバとタバスコの中身を空けていく。


 ようやくワサビの成分を体外に排出して再び再生を果たした魔王は今度はタバスコの激痛にのた打ち回っていた。それはワサビの比較にならない程の苦しみようだった。先程まで魔王の脅威に晒されてすでに命は無いものと覚悟を決めていた騎士たちは魔王に対して残念な物を見る目になっている。


 女子二人によって屈辱的な笑い者となった魔王はようやく立ち直ってその思い出すもおぞましい仕打ちをしでかした両者を睨み付けているが、そこでタクミが前に出る。


「お前、元の王太子だろう。まあ魔王だろうがどうでもいいか。体は再生してもどうやら苦痛は感じるみたいだから、今からたっぷりと地獄を味あわせてやるよ」


 そう言うなりタクミはパワードスーツを展開する。白銀も眩しいその機体が姿を現すと、それを見た魔王の表情が憎しみに歪んだ。


「なぜここに神が存在するのだ! おのれ、我が体を滅ぼした憎っき相手なり。長年の宿願を今ここに果たそうぞ」


 先程までのた打ち回っていた様子は影を潜めて、宿敵に偶然巡り会えた喜びに打ち震えている魔王の姿がそこにある。


「神だと、残念だが俺はそんなお人好しではない。敵に対しては容赦の無い悪魔が相応しい」


 タクミは無造作に魔王に接近するとその頭を右手で掴む。そのまま重機のような握力で頭を鎧ごと握り潰した。


「ギヤ”&%’?##-----!!」


 魔王の口から再び絶叫が響くが最後の方はもう声になっていなかった。続いて彼は魔王の両手両足を鎧ごと90度に圧し折って、最後に心臓目掛けて鎧が大きく凹む程度に加減したパンチを入れた。


 果たしてその状態で魔王はどうなるかと見ていると、その体は再生をしようとするが鎧が大きく変形しているために再生すればするほど地獄の苦しみを味わう羽目に陥っている。声も上げられずに体を痙攣させるばかりの魔王に王都を半壊させた面影は最早全く無い。

 

 だがそれでもしぶといのが魔王の最大の取り柄だ。おそらく本当の危機に際して発動するように術式を構築していたのだろう、突然その体が消え失せてなくなった。裏道でその姿が消えた時と全く同じだ。


「ご主人様、お見事です!」


 喜色満面で駆け寄ってくる岬、彼女も相当に今回エグイ事をしたがそれでもタクミの無慈悲な仕打ちに比べればかなりましな方だ。それは美智香にも言える事だが、最初にワザビを取り出したのは彼女である点を差し引いても残酷さではタクミに軍配が上がるだろう。何しろ魔王が本当に生命の危機を感じて逃げ出すくらいなのだから。


「いっぱい写メが取れて満足です!」


 春名だけは相変わらずマイペースを貫いていたのが今回は僅かばかりの救いかもしれない。



 

 


  


  


 

次回の投稿は火曜日の予定です。

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