150 圭子の育成計画
タクミたちのパーティー名『エイリアン』を騙った5人組は本来ならば冒険者ギルドを除名になるところだったが、実害が無かった事とすでにタクミの手によって制裁を加えられたことによって、罪1等を減じられてFランクに降格となった。何とか最悪の処罰を免れた彼らだが、それに当たってタクミから一つ条件を突きつけられた。
「いいか、お前たちは『エイリアン』の名を騙ったせいで酷い目にあったと自ら触れて回れ。あのパーティーは悪魔のような連中だから絶対に関り合いになるなと話して回るんだ」
5人はその言葉に逆らえなかった。と言うよりも知り合いには絶対に関らない方が良いと忠告するつもりだった。
「わかった、絶対に知らせる。だからもうこれで勘弁してくれ」
タクミから制裁を受け、ギルドからも処分を受けた情けない姿の『ヘルハウンド』を見下ろしながら、自分たちに成り済ますと恐ろしい目に会ういい見本が現れたのだから、これを活用しない手は無いと考えて実行に移したタクミだった。その表情はまるで狡猾な悪魔のようで、例え評判が悪くなろうとも今後このような輩が出現するのをある程度防止出来るだろうという思惑が達成できたと満足していると同時に、女子たちに連れ回されてたまっていたストレスが解消出来てスッキリとした気分だ。彼らはタクミにいいように利用された気の毒な被害者でもあった。
「もう弱い者イジメはいいでしょう。時間も遅くなったし戻るわよ!」
圭子は『私はこの件には一切関係ないから』とでも言いたげな表情でさっさとギルドを出て行く。切っ掛けを作ったのも同然なのに、責任はきれいさっぱりとタクミに押し付けるその処世術は見事と言う外ない。ともあれ一件落着したので全員がギルドを出ると、外はすっかり夕闇が包む街になっていた。
馬車に乗り込んでおぼろげに道を照らす街灯を頼りに伯爵邸に戻っていく一行、その姿を見送ったギルドに居合わせた冒険者たちは『絶対に彼らの名を騙るのは止めよう』と固く心に誓うのだった。
王都では色々とあったもののラフィーヌの街には何事も無く到着して、しばらくは以前同様に伯爵邸に世話になることとなった。春名などはまるで実家に戻ったようにダラリとくつろぎまくっている。普段から殆ど力が抜けているも同然なのに、今は底が抜けたように自堕落な状態だ。
王都からここに戻ってくるまでの道中は極めて平和で、出来事といえば岬の剣技が僅かに上達したことと、タクミの階級の上昇とともにステータスが上がったことを聞いた女子たちが『ふーん』という気の無い反応をしたことくらいだった。
「紀ちゃんの装備を見に行くよ!」
翌朝、圭子の気合のこもった一言でその日の行動が決定される。王都で色々と見て回ったが、ダンジョンがあるこの街の方が実用性に優れた防具が置いてあるだろうという圭子の判断だった。全員で伯爵お勧めの防具店へ向かうと圭子の目がキラキラに光る。彼女は戦いに関することとなるとその取り組み方は尋常ではないくらいに真剣になるのだ。せめてその10分の1くらいを勉学の方に回せば、毎回必ずやって来る追試と補習の嵐から逃れられるはずなのだが、一向に彼女にその気が無い。定期試験が無いこの世界にやって来て一番喜んでいるのは彼女に間違いなさそうだ。
幸いに胸当てはミスリル製の軽くて丈夫な物が見つかったので早速購入したが、圭子が着用している『大地の篭手』レベルの拳闘士の必需品が中々見つからないのだ。それはそうだ、ダンジョンでドラゴンゾンビを倒して手に入れたレアアイテムなのだからそん所そこらに売っているわけがなかった。
「何かこれっていう決め手を感じる物が無いのよねー」
何軒もの店を訪ねてみるものの、圭子の目に適う物は見つからなかった。愛弟子のためにいい物を装備させてあげたいという圭子の思いとは裏腹に、紀絵はメンバーたちを散々自分のために引っ張り回して申し訳なさで一杯だった。
それでも圭子の強引さに引っ張られて次の店に向かう道で突然一行を呼び止める大きな声が響く。
「タクミたちじゃないか! 久しぶりだな、何処に行っていたんだよ!」
道行く人たちが全員振り返るその大声の持ち主は林勇造だった。その体格通りに声も馬鹿デカイのだ。右手を振って大分離れた場所から一行を呼び止める勇造だが、女子たちは道行く人の視線に耐え切れずに回れ右をしようとする。
だが彼女たちが動き出す前に勇造は『おーい! 待て待て!』とこれまた馬鹿デカイ声を出しながら走ってやって来た。
「勇造! あなたね、少しはデリカシーというものを持ちなさいよ! 道であんな大きな声で呼び止められたら、さすがの私でも恥ずかしいわよ」
女子であるにも拘らずデリカシーの欠片も無い圭子の口から信じられない言葉が飛び出した! その発言はその場に居合わせたパーティー全員に『圭子がデリカシーという単語を知っていた!』とか『言葉自体は知っていても本当にその意味が分かって使っているのだろうか?』などという様々な波紋を広げたが当の本人はどこ吹く風だ。だが勇造の声は実際に圭子でもドン引きするくらいの馬鹿デカイ声だったのは確かだ。
「すまんすまん、久しぶりにお前たちの姿を見かけて嬉しくなってつい声を張り上げてしまった。実は今から恵たちのパーティーと打ち合わせをするんだが、時間があったら付き合ってくれないか?」
空は勇造の口から出た『付き合ってくれないか』という言葉で妄想の世界に嵌まり込んでいる。もちろんその相手はタクミだ。彼女の中では勇造がタクミに告白したというストーリーが完全に出来上がっていた。彼女の脳内で男子2名によるボーイズラブストーリがとんでもない形で高速再生されていく。
そんな腐女子は放っておいて、勇造たちのパーティーのメンバーも追いついて来る。なんとなくその場の雰囲気に流されるように勇造たちが待ち合わせをしている店に向かう一行だった。妄想に浸って立ち竦んでいる空は岬が袖を引っ張って連行した。
「タレちゃん、久しぶりだったじゃないの! 姿が全然見えなかったけど何処かに出掛けていたの?」
先に店で待っていた恵が大の仲良しの岬の姿を見て彼女に抱きついてくる。それを受け止めながら岬はというと『地下都市に行ってそこで千年間眠っていた覚醒者と死闘を演じてきました』などとは口が裂けても答えられないので、ちょっと洞窟の街に観光で出掛けていたことにして何とか誤魔化した。
お互いの近況を報告し合い、タクミは特に差し支えない部分、王都に立ち寄って国王と和解した話や勇者パーティーと模擬戦を行った件などを話したのに対して、勇造たちは相変わらずダンジョンの攻略に励み、ついに36階層まで進んだと打ち明けた。
「それでついに俺たちも決心して最下層の攻略に挑もうと思っているんだが、具体的なアドバイスがほしいんだよ」
勇造はかなり強引にタクミたちを誘った理由を話し始める。ダンジョンの攻略者の意見を聞くのが攻略の最も近道だと彼なりに考えていたのだ。タクミたちのアドバイスは彼らにとって喉から手が出るほど必要なものだった。
もちろんタクミたちは喜んで特に40階層以降の攻略法について丁寧に教えたが、特に毒に対する対策が必要だとアドバイスするのを忘れなかった。
「・・・・・・そうか、毒を吐く魔物か」
勇造は腕を組んで考え込む。力で押してくる相手に対してはいくらでも対策を講じることが出来るが、広範囲に撒き散らされる毒となるとどう対処していいのか分からない。
「確かに毒は厄介ね」
恵も彼と同じように考え込む。タクミたちがどのように対処したのか聞きたいところだが、勇造から『冒険者の手の内を聞くのはご法度だ』と言われているので、彼らが自らそのタネを明かさない限りは聞くのは憚られた。
「何をそんなに難しい顔しているのよ! 私がいい方法を教えてあげるわ!」
その沈黙を破ったのは圭子だった。そのピカピカの笑顔を見てタクミの脳裏にはまたまた嫌な予感しかしない。
「私と紀ちゃんが一緒に潜ってあげるわ。あとは空も一緒ね!」
「わかった」
空は相変わらず脳内のリソースの大半を妄想が占めており、碌すぽ話を聞いていないで返事をしてしまった。後に彼女はその事に大きな後悔を抱く羽目になる。
「おいおい、そんな簡単に決めていいのか?」
タクミが特に呆然としている紀絵を見ながら圭子に問いかける。実際彼女はまだ自分の意思を何も表明していないのだ。
「いいのよ! 師匠が行くといったら弟子はその後を付いてくるのが当然でしょう!」
どうやら圭子にとって紀絵の意思など最初から関係ないらしい。タクミはこれ以上圭子の暴走を止める手立てを持ち合わせていなかったので、ただ紀絵の安全を心の中で祈るしか出来なかった。他の女子はわざわざ一度攻略した所に再びアタックする気はなく、唯一岬だけは一緒に行きたそうな表情だったが、伯爵との稽古と天秤にかけて残る方を選んだ。
「丁度良かったわ! 紀ちゃんの篭手を探していたんだけどダンジョンで見つければいいんだから」
圭子はただそれだけの理由で再アタックを敢行するらしい。『売っていなければ、自分で手に入れる!』という何とも彼女らしい発想だが、それに巻き込まれた紀絵と空はいい迷惑だ。
「それじゃあ、準備を整えて3日後にダンジョンの入り口に集合で!」
話の途中から圭子が殆ど自分の都合に合わせて決めていた。これは別段今に始まったわけではないのでタクミをはじめとして誰も気にしなかったが、終始紀絵の表情は不安いっぱいで誰かに助けを求めてその目は彷徨っていた。
その後細かな打ち合わせを終えて、この日はここで別れてタクミたちは伯爵邸に戻っていった。
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