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144 模擬戦 第4試合

「ただいまー、軽くあしらってきたよ」


 圭子は予定通りに利治を瞬殺して戻ってきた。勿論命は奪っていないが、丸一日起き上がれないほどのダメージを与えている。


「圭子はこの模擬戦で彼らに何を気付かせようとしている?」


 一足先に観覧席に戻って彼女の試合を観戦していた美智香は思うところがあるようで圭子に気になっていたことを尋ねた。


「そうね、私って昔から温室育ちのボンボンが気に入らなくってつい手を出してお祖父ちゃんに怒られていたんだよね。あいつらって城の連中に大事に育てられ過ぎじゃないかと思って、成り行きでこんな試合をすることになったけど、この試合を通して何かを掴むかは本人次第ってところかな」


 野生の肉食獣である自分の生き方を強制するつもりはないが、もっとタフにならないとこの世界で生き残ってはいけないという彼女の警告を込めた愛のムチが今回の模擬戦だった。それを勇者パーティーがどのように受け取るか迄は強制するつもりはない。


「そんなことだろうと思っていた」


 圭子をよく知る美智香は彼女の思惑をうすうす感じ取っていた。粗暴な行為が目立つ圭子ではあるが、クラスメートをいきなり叩きのめすほど凶暴な存在ではない。むしろ彼女なりにこの世界で生き残るための強さを身に着けてほしいという思いが込められていた。


「私も圭子ちゃんのおかげで少しずつ強くなってきている気がします」


 二人の遣り取りを隣で聞いていた紀絵が会話に割り込んでいく。ここ最近圭子に体術を習って一番彼女に感化されているのだ。


「紀ちゃんが強くなって圭子みたいなのが二人になったらタクミが死んじゃうと思う」


 さらにその横で空が口を挟む。彼女は怪我人でも出ない限り暇なので、ついさっきまで遮蔽のシールドを自分の周囲に展開して怪しげな本を鑑賞していたのだが、それにも飽きて会話に入ってきたのだ。



 するとそこに今回の模擬戦の審判を務めていた騎士団の者がやって来て丁寧に一礼してから用件を切り出す。


「失礼いたします、先ほどミサキ選手から皆様からお力を借りたいと申し出がありました。審判団で協議したところ試合に差し支えないだろうという判断になりましたので、恐れ入りますがミチカ殿とソラ殿は私と一緒に控え室までお越しください」


 指名された二人は『岬が力を借りたいとは一体何事だろう?』と怪訝な表情を浮かべて彼についていった。


「こちらへどうぞ」


 岬の控え室に案内された二人は中に入ると、いつもと変わらないメイド服に手には木刀1本という姿のミサキが待ち受けていた。


「実は・・・・・・」


「わかった」


「しょうがない」


 ミサキの申し出を二人は了承してその場で一緒に試合の開始を待つのだった。





  《第3試合》



   荏原 岬



   職業  戦闘メイド 覚醒者  サランドラの地下都市PMIシステム管理者 


   ステータス


 

         体力  1878

        攻撃力 5725 

        魔力    48

        魔力量   73

        防御力 3594

        敏捷性  847

        知力   164





   大倉芳樹



   職業  降魔の剣士


      ステータス


         体力   974

        攻撃力  618 

        魔力   165

        魔力量  341

        防御力  715

        敏捷性  256

        知力   151



 芳樹は剣士として非常にバランスが取れたステータスを所持している。だが岬の桁外れな数字にその知力と魔法に関する数値以外はもはや論外と断言せざるを得ない。岬はこの世界に来た当初はこれほど馬鹿げたステータスではなくただの怪力メイドだったのだが、破壊衝動に目覚めて『覚醒者』の職業を得た途端に一気に何段階もレベルアップしたのだった。実戦ではその恐ろしいばかりの攻撃力をパワードスーツで何倍にも増幅した上で、手にする聖剣『アスカロン』の強大な攻撃力まで加わるのだから本当に相手が気の毒になる。




「第4試合を開始いたします。東方、ミサキ選手の入場です」


 アナウンスの声が会場に響くと門が開いて岬が試合会場に姿を現す。メイド服に色白で可憐な顔立ち、手にはどう見ても木製の細身の剣(謎の金属の芯が入っている)を手にするその姿は闘技場にはまったく不似合いに映る。


 観衆は何故メイドが登場したのか不思議がっているが、その後ろに続いて先ほど試合を終えた美智香と修道服を着たまだ子供のような姿の空が姿を現したことに驚きの声を上げていた。


「おいおい、今度は3対1で戦おうというのか?」


「でもあの選手は午前中に試合を終えたばかりの筈だが、何でまた出てきたんだろう?」


 不思議に思う声が観客席を覆っているところにアナウンスが入った。


「ミサキ選手から『会場を覆う魔力による結界が心許ない』という申し出がありましたので、聖女のソラ殿が改めてもう一つ結界を構築いたします。皆様しばらくお待ちください」


 その声に闘技場に現れたのが『聖女』だとわかった観衆はボルテージを大幅にアップさせている。何しろ『聖女』はこの世界で『勇者』と並ぶ魔王を相手にした時の人族の切り札なのだ。その姿をこの目に出来ただけでもこの場にやって来た観衆は運がいいと思えるほどだった。その上勇者の活躍を見たいと思って来たら彼らが思わぬ苦戦をしている。だが相手が聖女のパーティーならばそれは誰もが納得出来る話だった。


 空は観衆が見守る中で魔法の結界の内側にシールドを展開していく。何の詠唱も魔力が放出された様子もないうちに、あっという間に闘技場全体を薄い膜が包むのを観衆はその目にした。


「凄いぞ! これが聖女様のお力なのか!」


 誰彼となく驚きの声が広がっていく。子供のような小さな姿だが聖女が持っている力はとんでもないものに違いないと誰もが信じ込んでいる。タネを明かせばそれは魔法でなくて3000年後の地球が生み出した科学技術なのだが。


 空には観客席から賞賛の声が浴びせられるが、彼女はこの程度は全く大したことはないという表情でごく普通に立っているだけだ。彼女は各地でその驚くべき回復魔法で人々の賞賛を浴び続けてきた。言わば賞賛慣れしているのだ。その上彼女の性格からいってこの程度で舞い上がったりはしない。タクミのこととマッチョな筋肉が絡まなければ未来人は常に冷静なのだ。


「西方、ヨシキ選手の入場です」


 聖女の力を目の当たりにして大いに沸いている中、遣りにくそうな表情で芳樹が入場してくる。彼は門の前でこれらの遣り取りを目撃していた。だが彼は聖女の役割は理解したが、その横に居る美智香の存在理由が全くわかっていなかった。


 彼が開始線までやって来た時に美智香が口を開く。


「今からあなたに身体強化と鎧の物理強化を行う。これはタレちゃんと戦う時お約束の必須事項だから拒否権はない」


 美智香は問答無用でタッチパネルを開いて芳樹に術式を放つ。身体はおよそ2倍に鎧の防御力は5倍に設定してある。その位しておかないと安全を保って岬と打ち合うのは不可能だった。


「敵に塩を送るとは一体どういうつもりだ?」


 芳樹はこの時点でプライドをズタズタにされた気分だ。目の前に木刀を手にして立っているいるのはどこから見てもごく普通の見かけでしかない『メイド』が職業の岬だ。何でここまで自分が心配されるのか彼には意味がわからなかった。


「準備は終わった。タレちゃん、あとは死なせないように急所への攻撃は避けて」


「はい、ありがとうございました」


 対戦する岬を残して空と美智香は観覧席に戻っていく。その後姿を笑顔で見送る岬、これで心置きなく戦えると感謝している。


 対する芳樹の方はこの展開に大いに戸惑っていた。この世界に転移したクラスメートの中に剣道部員は3人居る。一人は体育会パーティーに所属しており残る二人は芳樹と岬だ。部内では芳樹は押しも押されもしないレギュラーで、岬は2年生になっても万年補欠だった。技量は確実に自分のほうが上だと芳樹は思い込んでいた。


「両者、準備はよいか。それでは始め!」


 審判の声で対戦が始まる。芳樹は切れ味の鋭いミスリルで出来たロングソードを正眼に構えているのに対して、岬が手にするのは見掛けは何の変哲もないただの木刀だ。どこからどう考えても自分が圧倒的に有利と判断した芳樹はその木刀を断って早めに勝負を決めようと一気に踏み込む。


 だが岬はこちらも一刀で決めようと自ら踏み込んでいた。その動きは有段者の芳樹をはるかに上回る速度で彼に迫っていく。


「何だと!」


 突進する岬の様子に一瞬驚いた芳樹だが気を取り直して袈裟切りに剣を振るおうとする。だがその前に岬の木刀はミスリルソードの腹を叩く軌道を描いて振るわれていた。


「キーーーン」


 鋭い金属音が響き芳樹の剣が大きく弾かれる。剣を手放さなかっただけでも見事だと褒められるくらいに岬の一撃は強烈だった。それはそうだ、その怪力を秘めた腕力と200キロを超える体重(本人のみの秘密)を乗せた攻撃力5000を超える一撃が振るわれたのだから。


「うおーー!」


 吹き飛ばされそうになった芳樹はようやく美智香が身体強化を自分に掛けた意味が理解出来た。自分の力だけで今の一撃を受けていたら簡単に吹き飛ばされるか、若しくは腕を一本持って行かれていただろう。これはとんでもない相手にかち合ってしまったという思いが彼の脳裏に過ぎる。圭子との対戦を免れはしたもののもっと恐ろしい相手なのではという不安が心の中に沸き立ってくるのをどうにも押さえつけられない。剣道の試合で県大会に出た時に自分よりも格上の選手と何度も対戦したが、ここまで強烈な圧力を感じたのは初めてだった。


 芳樹から見れば岬はパワーで大幅に勝っているだけでなく、その動きでも完全に彼を上回っていた。素早い足捌きから繰り出される斬撃や突きを何とか逸らして致命傷を受けないようにするのが彼に出来る精一杯だった。それが可能なのは技量の面では芳樹に若干分があったおかげだ。それでもどの一撃でもまともに受けたら体ごと吹き飛ばされて致命的な隙を晒す事に繋がるので、彼は必死で岬の強烈な攻撃を受け流す。


 常に先手を奪っている岬は右からの横薙ぎの動きをフェイントにして反対側の下段から思い切り切り上げた。その動きについていけずに芳樹は真っ向からその攻撃を受け止めることになった。


「しまった! モロに喰らってしまう!」


 内心歯噛みする思いだがもう間に合わない。彼はその衝撃に備えるしか残された道はなかった。


「ガキン」


「うわーー!」


 下方向からやって来た斬撃を上からまともに迎え撃つ形になった芳樹はその体が宙に舞い上がったのを感じる。そしてしばしの後に落下する感覚の後に地面に打ち付けられる衝撃を味わった。


 身体強化と防具に物質強化をしてあったために命に別状はないが、軽く20メートル吹き飛ばされていたので真っ先に着地した右肩が脱臼したようで動かすことが出来ない。体中も落下の衝撃であちこち痛んでまともに動かせそうもなかった。だがまるでトラックに跳ね飛ばされたような衝撃が襲った結果にしては軽症で済んで良かったと言うべきかも知れない。


「勝者ミサキ選手!」


 勝ち名乗りを受けて頬を赤らめて退場する岬に対して観客から惜しみない拍手が降り注ぐ。その中には『さすがは聖女様のパーティーの一員だ』などと試合が始まった頃とは完全に様変わりした試合場の雰囲気があった。


 


次の投稿は水曜日の予定です。

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