表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
143/309

143 模擬戦 第3試合

 第2試合をあっさりと勝利した美智香は淡々とした表情でタクミたちが陣取っている観客席に戻ってきた。


「美智香ちゃんは魔法を使わなくても強くて羨ましいです」


 その颯爽とした姿に目をキラキラさせて春名が出迎える。何しろ戦闘力が無い彼女にとっては、大観衆の前で茜を子ども扱いして勝った美智香の姿がとても眩しく映っていた。『いつか自分もあのような舞台で活躍してみたい』それは日本に居た頃から魔法少女に憧れてそのアニメを繰り返し見ていた春名にとっては、この世界にやってきての心からの願いだった。


 だが周囲の彼女を見る目は本人の自己評価とはまったく違っている。仮に春名がこの世界で魔法を使えたとしてもそのキャラからいって彼女の立場は『ドジッ子魔法使い』以外には有り得ないだろうというのが大方の意見だった。


 


 早くも2勝を挙げて余裕の表情の『エイリアン』一行に対して、お通夜のようなムードが漂っているのが勇者たちの席だ。特に敗北した女子二人とこれから圭子との一戦を控えている利治の表情が冴えない。


 だが頼りないものの常に前向きな比佐斗だけは違っていた。彼は二つの試合を冷静に分析してなぜ自分たちがこうも簡単に敗北に追い込まれたかを考えて、彼なりの結論を出していた。


「実戦経験の差だと思う」


 彼はダンジョンでのタクミや圭子の戦い方をその目で目撃した。その上でタクミの口から『すでにこの世界で何千人も殺している』という言葉を聞いた。自分たちの想像を超えるはるか彼方で戦いを繰り返してきたタクミたちの多くの戦闘経験に裏打ちされた技術が、この世界にやって来て他のクラスメートたちの誰よりも恵まれた力を与えられた自分たちを簡単にあしらったのだと悟っていた。


「その証拠に彼らに鍛えられた山内さんは少ないチャンスを確実に物にして勝利を掴んでいる。俺たちは彼らに比べて圧倒的に経験が少ないんだ。だからその術中に嵌っていいように遣られるしかない立場に追い込まれている」


 彼の分析はかなり正確だった。タクミたちが地球外生命体や未来からやって来たという点を除けば、ほぼ正確に現状を把握している。


「確かにそれは言えるわ。たぶん紀絵ちゃんは私たちよりも圧倒的にスペックが劣っている筈だけど、能力の運用方法をしっかりと考えていた。今まで私たちはあまりそういう点を深く考えたことも無かったわ」


 第1試合であっさり紀絵に敗れた風子は自分の努力に足りなかった点が彼女なりに見えてきたようだ。その意見にその場の全員が頷いている。


「ということは、しっかりと考えて戦えば勝てるということか?」


 利治がやや的外れな意見を述べる。確かにその通りなのだが今から急に始めてもそれは付け焼刃に過ぎないのだ。


「お前の場合は相手が相手だから死ぬ気で戦って来い!」


 芳樹は自分が圭子よりも恐ろしい岬の相手だということを知らずに、利治に対して半ば『玉砕して来い』という意味の励ましにもならない言葉を送った。何も知らないというのは本当に幸せなことかもしれない。


「たとえこの模擬戦で負けたとしても、そのことがわかっただけでも収穫があるな」


 比佐斗の言葉を最後に係員がやって来て午後の試合の者達は控え室に向かっていった。




  《第3試合》



   桑原圭子



   職業  拳聖 ローカルアイドル 


   ステータス


        体力  4654

        攻撃力 1238 

        魔力     5

        魔力量    5

        防御力 1184

        敏捷性 1276

        知力    33





   里谷利治



   職業  異世界の英雄


      ステータス


        体力   715

        攻撃力  467 

        魔力   379

        魔力量  769

        防御力  420

        敏捷性  146

        知力   174



 もはや何も言うまい。呆れるばかりの圭子のステータスだ。魔力が殆ど無い代わりに体力をはじめとする身体スペックが恐ろしい数値になっている。ちなみに攻撃力は『大地の篭手』を装備すると約2倍に上昇する。さすが僅か半年で格闘家の最強職である『拳聖』に至った者だ。


 だが彼女はここで終わるつもりはない。かつてこの世界にこれ以上ランクが高い職業がないと空から聞いて『ならば私が作り上げてみせよう!』と宣言したのだった。ちなみに次のランクの職業名は『伝承者』にすると彼女は心の中で決めている。


 ついでに美智香同様に『ローカルアイドル』の職業のおかげで体力が2倍になっている。ここまできたらもう余計なお世話だ。ステータスの神様は一番あげてはいけない人間に体力2倍の効果を与えてしまったようだ。



 対して気の毒なのは圭子と対戦しなければならない利治の方だ。彼はその職業に相応しくこの世界の人間が持ち得ないような高いレベルでバランスが取れた能力を持っているのだが、圭子の前では全てが霞んでしまうのは止むを得ない。せめて怪我をしないことを祈るしかなさそうだ。





 会場に午後の試合の開始を告げるファンファーレが鳴り響く。和やかなムードで歓談していた観衆はそれを聞いて試合会場に一斉に注目した。


「これより第3試合を開始いたします。東方、冒険者パーティー『エイリアン』ケイコ選手の入場です」


 圭子は堂々とした態度で一歩一歩花道を進む。手には『大地の篭手』ではなくて、約束通りオープンフィンガーグローブを装着している。空がこの品を鑑定したところ『異世界の武器、使用者の手を保護するために攻撃力を30パーセント減少させる』という結果が出た。彼女が相手に与えるハンデとしては申し分ない。


「西方、勇者パーティー、トシハル選手の入場です」


 大きな拍手と期待に包まれて登場してきた利治の表情は予想通りに暗い。これから行われる試合はとんでもない苦戦が予想されるのが間違いないからだ。金属で補強された皮の鎧と見事な剣を引っさげているのだが、その態度はどこかおどおどする様子が見受けられた。


「両者準備はよいか? それでは開始!」


 審判の掛け声で試合が始まる。圭子は腕をブランとさせたままの自然体で立っているのに対して、利治は剣を正面に構えて彼女の出方を覗う姿勢だ。


「仕掛けてこないならこっちからいくわよ!」


 圭子は魔法のひとつでも飛んで来るのかと思って待っていたが、一向に動く様子を見せない利治に痺れを切らして自分から攻撃を仕掛ける。


「ふん!」


 その場から一歩も動かずに僅かに右の拳を引いて目に見えない速度で前に突き出すと、その拳が生み出した衝撃波が高音を鳴り響かせて利治に襲い掛かる。音速を超える速度で飛び出した衝撃波を避けることが出来ずに彼はまともに食らって後方に吹き飛ばされた。


「うわーー!」


 体ごと簡単に飛ばされて地面に転がって無様な姿を晒す利治、魔法でもなんでもなくただ拳を振るったその圧力だけで自分を軽く吹き飛ばした圭子を甘く見ていたことに気がつく。絶対強者に対して様子見をしようなど愚かな考えだった。


 衝撃を受けた腹の辺りと地面に打ち付けた尻に回復魔法をかけて立ち上がる。目の前に仁王立ちしている圭子の姿はなぜか試合開始時よりも彼の目には大きく映っている。ただし例外もある。彼女の胸だけはいつもの通りに彼の目にも小さく映っていた。


「自分から攻めるしかない!」

 

 利治はそう決心して魔法を放つ。


「アイスボール!」


 氷の弾丸が圭子に向かって飛んでいく。利治は自分の限界の5発のアイスボールを放っていた。


「やっとヤル気になったようね」


 自分に向かってくる氷の弾丸など歯牙にもかけずに圭子はにやりと笑う。その肉食獣のような獰猛さを秘めた笑みのまま、目の前に飛んできた氷の弾丸のすべてをその拳で迎撃して破壊し尽くした。


「本物の化け物だな、氷がだめならこれだ。ファイアーボール!」


 圭子の拳が続け様に5発のアイスボールを砕いたと見るや、利治は5発の火の玉を打ち出す。圭子が魔法に対応する間に距離をつめて剣で打ちかかろうと彼自身もダッシュを開始する。


「こんな初級魔法じゃまったく効かないよ!」


 圭子は先程と同じように拳を振るって次々にファイアーボールを破壊していく。美智香が剣で魔法のコアを斬ったと同様に、圭子はその拳でコアを破壊していった。その時には利治は剣を上段に掲げたまま突進してくる。


「やっと剣を使う気になったようね。せいぜい歓迎してやるわ」


 そうつぶやくと圭子は自分から剣の間合いに踏み込んでいく。半身の体勢で右手をやや前に出して一気にスピードを上げると、利治が振り下ろそうとした剣を握っている柄をその手で跳ね上げて、がら空きの鳩尾に左手の拳を叩き込む。


「ぐえーー」


 カエルのような情けない声を上げて利治はその場に崩れ去った。いくら圭子が攻撃力を削っていても、剣を跳ね上げられて伸び上がったその鳩尾に拳を叩き込まれては一溜まりも無い。模擬戦なので力を加減した圭子のおかげで崩れ落ちる程度で済んだが、実戦ならば内臓が破裂するほどのダメージを受けていたかもしれない。  


「勝者、ケイコ選手」


 審判の声が響いて第3試合が決した。ここまで完璧な内容で勇者パーティーに対して3連勝した『エイリアン』に対して会場からどよめきが巻き起こる。


「なんだ、あの強さは!」


「勇者パーティーが手も足も出ないではないか!」


「一体何者だ?」


 会場全体が勇者の戦い振りを見たいと期待していた様子から様変わりした雰囲気を醸し出している。目の肥えた者であれば今の戦いで真の強者は一体誰なのかわかってきたようだった。


「まあ、今日はこのくらいにしておいてあげるわ」


 軽く鍛錬でもしてやったかのような表情で出入り口に引き上げる圭子だった。

次回の投稿は日曜日の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ