14 ラフィーヌのダンジョン3
タクミが唇を離すと目の前には春名がうっとりとした表情で目を閉じて、まだ唇を突き出している。
仕方ないなと思いながらも再び重なり合う二つの唇、抱きついている春名の腕が緩んだのを見て、タクミは再び体を離した。
「嬉しいです、タクミ君と10年ぶりのキスです!」
春名の声が弾んでいる。体全体がうっすらと桜色に染まって、その嬉しさのあまりか眼には涙を溜めている。すこし鼻に掛かった声でタクミに甘えながら、彼女の手はタクミの頬を撫で続けている。
幼いころの記憶・・・・・・3歳の時にタクミの家の隣に春名の一家が引っ越して以来、彼女は毎日タクミの後ろを付いて回るようにいつも一緒だった。
部屋数に余裕のある春名の家にはタクミの部屋が設けられるほどに。
12歳でタクミが惑星調査員を目指して養成学校の寮に入るまで、毎晩どちらかの家で二人は同じベッドに寝ていたのだった。
6歳の時小さな体を寄せ合うようにしてベッドに横になって寝ようとした時に春名が突然切り出した。
「私、タクミ君のお嫁さんになる! そうしたら毎日ずっと一緒にいられるもん!!」
幼い頃の二人の誓い、もちろん春名の気持ちは今も全く変わっていない。だからこそタクミを追いかけてはるばる地球までやって来たのだ。
そしてあの日初めて交わした誓いのキス。
『次にキスするときは結婚式のとき』
確かそう約束したことを破ってしまったなと思ったタクミだが、春名が嬉しそうにしているからいいかと考え直した。
「タクミ君、私はいつでもタクミ君のことが大好きですよ!」
片目をつぶって甘えながらささやく春名をタクミはそっと抱き寄せる。
「春名、俺はお前のことを家族だと思っている。好きとか嫌いとかじゃなくて、もう一緒にいるのが当たり前なんだ。だから、ここから戻ることができたら本当の家族になろう」
今度は春名の涙腺が持たなかった。涙を流しながら自らタクミの唇を求める。
そのまましばらくタクミの腕の中で嬉しさを噛みしめていた春名だが、ようやく落ち着いたようでタクミに向き直る。
「タクミ君、お願いがあります!」
これ以上一体何のお願いがあるのかわからないタクミ。
「私の事を大事にしてもらうのと同じくらい他の女の子も大事にしてください!」
とりようによっては浮気OKのように聞こえるが、これにはきちんとした理由がある。
実はタクミ達の惑星では新生児の男女比が1:4で圧倒的に女性が多いのだ。そのため男性が多数の妻を持つことが当たり前となっており、タクミや春名の父親も複数の妻を持っている。
春名は岬の気持ちを知ってそのような事を切り出したのであり、彼女のことも大切にしてほしいというのが本心だった。
「私のことを大事にするあまり、他の子に冷たくするタクミ君は嫌ですからね!」
春名は自分達の社会常識に沿ってタクミに言っている訳で、決して浮気どうこうといった事ではない。そもそもタクミ達の社会には『男の浮気』という概念がないのだ。
岬や他の女生徒の出身惑星がどうなっているかわからないが、少なくとも春名に限ってはタクミが他の子と何しようが自分も同じ事をしてもらえば構わない。
「わかった、なるべく努力する」
そう答えるのが現状精一杯のタクミ、今だけは春名のことを大事にしてやりたい気持ちは変わらない。
岬のことも頭の片隅にはあるが、彼女の裸を見ただけであれほど動揺したのに、それおを春名と同じように扱える程の甲斐性が彼にはまだ備わっていなかった。
春名は枕元の自分の端末を操作している。
「えへへ、銀河統一暦20576年6月4日・・・この日が私とタクミ君の大切な記念日です」
そう言って彼女は端末に『タクミ君にプロポーズしてもらった日』と記録した。
その様子を見ていたタクミは『この調子で行くとこれからずっと記念日が増えていくんだろうな』と思う。
すでに彼女の端末の日記帳には幼い頃から様々な記念日が記録されていて、それはそのまま二人が歩いてきたこれまでの人生でもあった。
「タクミ君、タレちゃんには私からお話しておきますから、ちゃんとしてあげてくださいね」
なかなかできた嫁である。
二人はこのままもう一度口づけをして目を閉じるのだった。
翌朝、タクミと一緒に春名が起き出す。いつもの寝坊する彼女とは今日は一味違うようだ。
服は夜のうちにシェルター備え付きの自動クリーナーに入れておけば、朝には洗い立てになっている。
タクミの前で平気な様子で着替える春名、いまさらどこを見られてもお互いに気にはしない。
そのままタクミは圭子と朝のトレーニングを始めて、春名は朝食の支度に取り掛かろうとしていた岬の手を引いてタクミのシェルターに連れ込む。
二人っきりになったところで、春名は昨夜のタクミとの話を包み隠さずに岬に語った。
『二人が結婚の約束をした』と春名が告げたときに絶望的な表情をした岬だが、タクミ達の惑星の社会の仕組みを詳しく聞くと、その表情は嘘のように明るくなった。
実は岬もタクミに対して大胆な行動に出たまではよいが、春名の気持ちを考えると申し訳なくて、一体どうしようか思い悩んでいた。それが一転して二人の間に入り込んでも問題がないことがわかって、あとは自分の気持ち次第だという事がわかったのだ。
「春名ちゃん、私すごく嬉しいです。私はご主人様と春名ちゃんとも家族になれるのですね」
岬の声が弾んでいる。春名の手をとって自分の胸に当ててから、彼女の目を見る。
「私、ご主人様を大事にするように春名ちゃんのことも家族として大事にします」
その大きな胸に当てられた手の平から伝わる敗北感とともに春名は岬の気持ちを受け入れて、二人で抱き合った。
「今はまだ仲間ですけど、将来正式に結婚したら家族です」
春名の声も弾んでいる。
二人してとてもよい表情でシェルターを出ると、タクミと春名の目が合う。
タクミは二人の表情で話がうまくまとまった事を察して、二人に頷きかけた。
「なによそ見しているー!!」
圭子の正拳がタクミの腹にめり込む。
そのまま地面に崩れ落ちたタクミに慌てて二人が駆け寄り介抱した。
その横には立ったままその様子をかなり羨ましそうに見つめる圭子がいた。