表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/309

139 王都の夜

「スラムで変死体だと?!」


 翌朝警護団の詰め所にもたらされた報告は、スラムですっかり血の気の無くなったゴロツキの死体が5体スラムの入り口近くで発見されたという内容だった。剣で斬られた傷があるにも拘らず、まったく付近には血が流れた痕が無い事から、その原因の解明を進めようという動きが始まった。いくらスラムでの出来事とはいえ、魔族や魔物が絡んでいるかもしれない場合は警護団は対応しなければならないのだ。


 だが彼らの努力も空しくその原因を究明するには至らなかった。


 その日の夜もスラムで事件が起こった。今回は路上ではなくて、大勢のゴロツキのたまり場が襲われて、その場に居た20人以上が同じように命を落とした。当然そこには血の痕が無かったのは前の晩と同様だ。


 警護団は気味の悪い思いを抱きながらも、わざわざスラムに巡回の人員を割くほど暇ではないので放置せざるを得なかった。その上、命を落としたのが犯罪者並びにその予備軍ばかりのため、警護団にとっては都合の良い話だったのも放置された原因のひとつだった。






 タクミたちはその日の夕刻になってようやく王都に帰ってきた。女子たちの鍛錬に熱が入り過ぎて入り口の門が閉まるギリギリの時刻になってようやく滑り込んだのだった。


「ふー、何とか間に合ったわね。ところで宿は取れるかしら?」


 かなり時間が遅くになってしまい今夜の寝床の心配をする圭子、元はといえば彼女が時間を延長したのが遅くなった原因だった。


 2日間の予定で城外でのキャンプをするために、泊まっていた宿は一旦引き払っており新たな宿探しをしなくてはならない。何軒か尋ねたところ時間が遅いことも合ってどこも満室だと断られてしまった。


「仕方が無いから伯爵の屋敷に泊めてもらおう」


 宿が無い以上は伯爵の好意に縋るしかない。だが今から押しかけていくのは余りに失礼なために、せめて夕食だけはとっておこうと一軒のレストランに入って食事を取る一行。


 各自が好きなものを注文してデザートまで食べ終わった頃にはすっかり日が暮れて辺りには夜の帳が下りていた。しかも冬に差し掛かっているので寒さが意外に応える。馬車に乗り込んで魔石によってぼうっと照らされた明かりを頼りに伯爵から教えられた道を進む一行、春名などはもう瞼が落ちかけている。


「キャー!」「何者だー!」


 御者台で手綱を握る圭子の耳に大通りから外れた奥の道から数人の悲鳴が聞こえてきた。彼女は紀絵に手綱を任せてその場に駆けつけようとするがその肩をタクミが引く。


「俺も行く。空、念のためにシールドを張っておいてくれ」


 二人が小走りに声が上がった方向に駆けていくと、そこには漆黒の鎧を着た男が剣を振り上げて今にも冒険者らしき一団に斬りかろうとしているところだった。襲い掛かられた方は一人が肩に大きな傷を負って座り込んでおり、それを庇う様に一人の男が立ち塞がって盾を構えている。その後ろでは魔法使いらしき女性がポーションを取り出して慌てて傷の手当を行っている。


「大丈夫? 怪我は・・・・・・もうしているか」


 圭子の間抜けな問いかけだったが、それでも助けが来たとわかったのか、女性魔法使いの表情が明るくなる。


「俺たちがこの鎧のヤツを何とかするから、お前たちは手当てに専念しろ」


 タクミが言う通りで座り込んでいる男の出血は酷くてすぐに手当てしないと危険な状態だった。圭子が盾を持っている冒険者の横に立って彼と入れ替わると、その更に隣にタクミも並び立つ。


「ほう、貴様らとこんな所で出会えるとは思わなかったぞ。今こそ我が恨みを晴らしてやる」


 鎧の男は剣を大きく振りかぶって圭子に切りかかろうとするが、そんな事を黙って見ている彼女ではない。鎧男が剣を振り下ろす前に自分から踏み込んでそのガラ空きの胴に蹴りを叩き込む。ダンジョンの30階層の魔物を一撃で仕留める威力の蹴りを喰らった鎧男は吹き飛ばされると思いきや、2,3歩後退しただけで踏みとどまった。


 だが、そこでタクミが追撃に出る。右手にナイフ左手にバールというこの世界には無い金属で出来た凶悪な武器を手にして圭子よりも一歩先に踏み込んだ。


 圭子の蹴りによって体勢を崩しかけた鎧男はタクミの姿を見て不十分な体勢から剣を袈裟切りに振り下ろしていく。だが腕だけで振られた剣はタクミのバールで軽く受け止められて、その手首を右手に持ったナイフが襲った。


「ギャーーーー!」


 タクミが振り下ろしたナイフはあっさりとその鎧ごと男の左手の手首の辺りを切り捨てて、その痛みに鎧男は絶叫を上げる。ついでにもう一撃とばかりにタクミはバールで片手持ちになった剣を大きく跳ね返してから頭部目掛けて殺さない程度の勢いで横殴りに放った。


「グオーー!」


 この一撃はかなり効いたと見えて男は苦痛に耐えながら棒立ちとなる。その隙を圭子が見逃さずに暗くてその表情が良く見えない顔面に右ストレートを叩き込む。


 その一撃にさしもの鎧男も崩れ去って地面に倒れこむしかなかった。


「格好の割には手応えが無いわね!」


 鼻息も荒く弱い相手を見下す圭子。その口から飛び出したのは、全身を黒尽くめで覆って決めている割には呆気無く倒れた事に対する彼女の不満だ。いったいどこまで戦闘狂なのだろうか。


 完全に動きを止めた鎧男は放っておいて怪我をした冒険者の元に駆け寄る二人、だがすでにポーションが効果を発揮しておりその表情はかなり落ち着いていた。


「助けてくれてありがとうございます。私たちはDランクのパーティーの『ホークネスト』です。私はリーダーのエレノアで盾を持っているのがラヌッド、怪我をしているのがタイラーです」


 Dランクと言えば冒険者としてやっと独り立ちする程度のレベルだ。彼らにとってはそこに倒れている鎧男は手強い敵だったのだろう。命を救われたことを彼女は心から感謝している。


「私たちはエイリアンというパーティーよ。お礼なんていいわ。私たちも同じ冒険者だし、困っている時はお互い様よ」


 圭子らしい気風の良い言葉だ。彼女的には弱かったとはいえ悪いヤツを成敗出来てスッキリしているところで、機嫌も非常に宜しいらしい。


「まさか! 本当にエイリアンなのか! ならばあれだけの強さも頷けるわけだ」


 ラヌッドが驚いたような声を出す。彼の口振りからすると冒険者パーティー『エイリアン』はいつの間にか有名になっており、彼らのような者たちにとっては憧れの存在らしい。噂の出所はどうやら『大地の風』のボールド辺りのようだ。


 そこに倒れている鎧男についてはタクミたちが警護団に突き出すという事で話がまとまり後ろを振り返ったところ、誰も気が付かないうちに忽然と鎧男は姿を消していた。気配に敏感な圭子が人間が動く音を聞き逃すわけが無い。不思議な話だとその場で一行が考え込んでいるとタクミが口を開く。


「転移の魔法かもしれないな」


 以前魔族が空間から姿を現した時には空間に裂け目が出来て大掛かりな魔法という印象があったが、短い距離を転移するのならばもっと簡単に出来るのかもしれない。この辺の詳しい事情については専門家の美智香の意見を聞く必要があるだろう。


 この問題の解決は横に置いて、いつまでもこんな暗い場所にグズグズと留まっている訳にもいかない。幸いにタイラーも自力で動けるまでに回復したので、彼ら3人は自分たちの宿に戻るという。


「気をつけて帰れよ」


「本当にありがとうございました」


 別れの挨拶を交わしてそれぞれの場所に戻っていく2つのパーティーだった。



 少し寄り道をしたが、伯爵の館には無事に到着して事情を話すと大歓迎で迎えられた。この王都の館は伯爵が王都に滞在する時に使用される家で、ラフィーヌの本邸に比べれば小振りだがタクミたち一行が泊まっても十分な余裕がある。


 笑顔で出迎える伯爵にタクミは先程の一件を告げた。


「なるほど、全身真っ黒な鎧か・・・・・・ この国では余り好まれない色をわざわざ使うとは何かありそうだな」


 ローランド王国では黒は『死の色』と呼ばれて忌み嫌われている。ましてや身を守るための鎧に黒を用いるなど普通の感覚では有り得なかった。


「まさかな・・・・・・」


 自分が生まれる前の言い伝えを思い出して、そっと身震いするラフィーヌ伯爵だった。 

次回の投稿は金曜日の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ