136 老国王
国王の跡継ぎを巡る様々に交錯する王宮内の思惑のことなど知る由もないタクミたち一行は王都のエルリアンの街に戻って来た。城を飛び出てラフィーヌに向かった日から数えて約半年近くが経っている。
「ここに召喚されてからずいぶん色々な事があったな」
城門を前にしてタクミは感慨に浸っている。ここまでの道のりは旅から旅の連続で、まるで戦いを求めて移動するような日々だった。行く先々で出くわすトラブルに巻き込まれ、時には圭子を筆頭に積極的に首を突っ込んで暴れまわった。
「さて、ここにはどんなトラブルが待っているのか楽しみね!」
その当事者の圭子はむしろこの王都で何が待っているのかとワクワクしている。彼女の中の血がざわついているらしい。嫌な事に巻き込まれなければいいがと願うタクミに対して、彼女は今回も『売られた喧嘩は買ってやる』という態度で押し通す所存だ。
王都の入り口には入城を待つ人々が長い列を成しているが、伯爵が同行しているため貴族たち専用の大門を潜って街中に入る。護衛の騎士が騎乗したまま『ラフィーヌ伯爵の一行である』と告げただけで、何の照会もしないままに彼らは入城出来た。さすがは伯爵様の威光だ。
「俺たちは王宮には入らないで宿をとるぞ」
タクミは用心のために不用意に城に入らない方針を伯爵に伝えていた。伯爵は自分が滞在する王都の館に一緒に宿泊するように提案したが、その申し出も断っていた。ここまでは伯爵と同行したが、王都の中ではただの冒険者としての立場を堅持したいタクミの意向だった。
街一番の高級な宿に部屋を取って、案内役の伯爵の騎士に一旦別れを告げてからそれぞれの部屋に入って旅の疲れを癒すタクミたち。この宿では2人部屋を4つ取っており、タクミだけが一人で女子たちは2人一組で一部屋となっている。もちろんこの後でくじ引きが行われて、誰かが彼の部屋に訪れるのだが、それは今はまったく別のお話だ。
夕刻が近づく時間になって騎士が宿までやって来て『明日の昼の時間に昼食を共にしながら国王と非公式な会談を行いたいが都合はどうか』という打診があった。本来ならば王の権威で城に呼びつけるのが当たり前なのだが、タクミたちが城を去った事情を鑑みて機嫌を損ねないように彼らに対する配慮の跡が覗える。
翌日の昼前に宿にお迎えの立派な馬車が横付けされて、タクミたちはその中に乗り込んでいく。春名がドレスを着込んでいる以外は全員が普段よりも少しだけ上等な姿をしているだけで、動き易くて武装をわざとひけらかすような服装をしていた。何事も警戒するに越したことはない。まして今回は果たして敵か味方か判然としない相手の本丸に乗り込むのだ。
「油断するなよ、それから圭子はもっと闘気を抑えておけ」
彼女の目は敵地に向かうような輝きでギラついており危険な雰囲気を漂わせている。本人は『喧嘩を買ってやる!』と言っているが、これではまるで喧嘩を売っている態度に等しい。
それに対してまったく危機感がないのは春名だ。彼女はドレスアップしているもののまだ令嬢モードが発動しておらず、膝に乗っているファフニールを撫でながら足元にじゃれ付くシロにおやつをあげている。その横で岬がせっせと彼女の髪を纏め上げて髪飾りを付けていくなどと、何かと世話を焼くというまったくいつもの光景が展開されていた。
王宮の門を抜けて馬車は建物のエントランスに到着する。そこには派手なモールのついたお仕着せを着込んだ官吏と大勢のメイドが彼らを出迎えた。
「ようこそお出でくださいました。皆様を一旦控え室までご案内いたします」
丁重に頭を下げて年配の男がメイドたちをゾロゾロと引き連れて廊下を進み、彼らを豪華な部屋に案内した。そこは国賓級の客をもてなすための控え室で、置かれている調度品といいテーブルに用意されたティーセットといい、ひと目で豪華この上ないことが明らかだった。
「ずいぶん歓迎されているようだな」
タクミたちを何とか自分たちの味方にしたいという王国の意図が透けて見える。おそらく様々なタクミたちの活躍の情報がもたらされているのだろう。どこの国もそうだが、他国に諜報組織を送り込んでその情報を外交に活用しているはずだ。その中でタクミたちの規格外の活躍ぶりも当然王の耳に入っている。政府の立場からすると『逃した魚はあまりにも大きかった』と言うのが本音かもしれない。
メイドが準備したお茶を飲みながら待っていると先ほどの官吏が姿を現す。
「皆様、準備が整いました。まずは陛下の執務室にご案内した後に、晩餐の間でのご昼食となります」
非公式な拝謁のため、謁見の間には行かずに直接国王の待つ執務室に通される。そこにはすでにいつもと違う緊張の面持ちでソファーに腰を下ろす伯爵の姿もあった。
タクミたちが執務室に入ると、国王と伯爵は二人揃って立ち上がり彼らを出迎える。
「ようこそ、我が招きに応えてやって来てくれた。訪問に感謝する」
国王が皺深い表情からは想像もつかないほどの明るい声で歓迎の意向を口にする。その顔を見たのは殴り込みを掛けた時の一度きりだが、あの時はもっと重々しい話し方をしていたはずだ。
「お招きいただきましてありがとうございます。陛下のお呼びで私たち一同ははるばる参上いたしました」
春名が挨拶の口上を述べる。ようやく令嬢モードに切り替わってシャキッとした態度で隙の無い挨拶をした。形式は丁寧だが、何も言質を取られないように中身は全く無い言葉で語られている。春名は普段ボケッとしているが、今のこの状態ならば相手が国王でもその対応は信頼できるのだ。
「そなたたちには色々と迷惑を掛けてすまないと思っていた。今回は過去の経緯を水に流してもらえんかというワシの我が儘だ。貴重な時間を割いてもらって本当に感謝しておるのだよ」
思いの外率直な国王の言葉に『対応次第では』と構えていた一同はやや肩透かしを食らったような気分だ。
「公の場では堅苦しい人柄を演じているが陛下は話のわかる人物だ。でなければいくら陛下の要請とはいえ、俺がわざわざ貴族なんて肩が凝るものにはならないさ」
伯爵は横からフォローを入れる。確かにあれだけ仕事嫌いな暴れ○坊将軍が素直につき従っているのだからどうやら本当らしい。
「陛下の慈悲深いお言葉心より感謝申し上げます。それから私どもの望みを叶えてくださって、王都を離れて自由に活動して良いと認めてくださったのは望外の喜びにございます」
春名はまだ態度を崩してはいない。単に過去のことに対する礼を述べただけであって、どのような要求が提示されるか警戒を解かなかった。
「その件に関してはこちらの不手際があった。特にそなたには大きな迷惑を掛けたことを心から詫びよう。王太子はその件でワシが不適任と判断して廃嫡処分にした。せめてもの誠意の現われだと受け取ってほしい」
王太子の処分は後ろ盾の貴族の勢いを削ぐという理由もあったのだが、物は言い様で表向きは不祥事の責任を負わせた結果だ。
「その件に関しては俺たちがどうこう言う筋合いではないから、王宮内の出来事としか考えていない。それで、俺たちに何をしてほしいんだ?」
ここで初めてタクミが口を開いた。これまでの対応は春名に任せきりだったが、本題に入ろうとしている雰囲気を感じ取ったのだ。
「別に何も要求などせんよ。今まで通りにラフィーヌを拠点として活動して構わない。我らに手に負えない魔物でも出た場合は手を貸してほしいぐらいのものかな。その時には伯爵を通して話をする。とにかくワシとしては魔族や魔物に対する貴重な戦力と仲違いしたままでは損失に繋がると判断した。どうかその件に関しては手を貸してほしい」
「魔族や魔物に対する件はこの国に居る冒険者として手を貸そう。依頼があれば受ける用意がある」
タクミの返事に国王は手を叩いて喜んでいる。今までは王宮として力を借りたい場面でも例の件でタクミたちに対する遠慮があった。ダンジョンでの勇者救出は緊急を要した件で例外としても、表立って国からタクミたちに依頼し難い状況だったのがようやく打破された。
「国王はお前たちに今まで通りに一冒険者としてこの国にも力を貸してほしいと望んでおられる。そのお考えを聞かなかったらいくら俺でもお前たちをここには連れてこなかっただろう」
伯爵は正直に自分が国王から頼まれた用件を話した。確かに彼が言う通りでいくら懇意にしているとはいえ、タクミたちが国の無茶な要求を呑むとは考えられない。仮に『城に戻れ』などという内容だったら伯爵はこの件を断っていただろう。
「おそらく知ってはいるだろうが、俺たちはこの国だけでなく他の王国とも同じような約束をしている。国同士の利害が対立するような内容には手を出さないからそのつもりでいてくれ」
タクミの言葉で最終的に両者は納得出来る内容で和解する形となった。その後は国王に伴われて昼食を共にしてから宮殿を出た。国王は皺深い顔でわかりにくいが伯爵の話によると終始機嫌が良かったらしい。
城を出ようと馬車に乗り掛けた時に岬があることに気づく。
「そう言えば紀絵ちゃんは荷物を置きっぱなしでは無いでしょうか?」
言われた紀絵自身もすっかり忘れていたが、彼女はダンジョンから救い出されてタクミたちのパーティーに加入したので、学用品などの日本から持ってきた荷物は宛がわれた城の部屋に置きっぱなしだった。
「かばんに入ったままの教科書とかスマホとかがまだ置いてありますがずいぶん前のことだし残っているでしょうか」
「すまないが召還者たちの宿舎に向かってくれ」
タクミは御者に王宮のかなり離れた区画にある宿舎に向かうように指示をする。せっかくの機会だから彼女の荷物も回収しておこうという算段だ。
馬車は兵士たちの宿舎が並ぶ一角に進んで、ひとつの建物の前で停止した。
「荷物を取ってきます」
紀絵が一人で出て行こうとするのをタクミがその手を引いて止める。
「どこに危険が潜んでいるのかわからないから全員で行こう」
タクミたちは3日しかこの建物で過ごしていなかったので、内部の造りなどすっかり忘れており紀絵の案内で中に入っていく。2階に上がってちょうど食堂に差し掛かった時に中から声がかかった。
「剣崎君たちがどうしてここに居るの?」
ちょうど食事中の北条茜が彼らの姿を見かけて呼び止めたのだった。
次回の投稿は金曜日です。