135 エレノーア王女
今回はタクミたち一行は登場しません。ローランド王国内のちょっとドロドロとした話になります。
ローランド王国には代々受け継がれてきた国宝とも呼べる装備があった。その内の一つが勇者比左斗が現在身に着けている『白金の装備』だ。剣と鎧兜のこの装備は神聖魔法と極めて相性が良く、勇者が装備する物としては一級品の価値を持っている。
そしてもう一つ『白金の装備』と対をなし長い歴史の間に封印されてきた品が存在する。王家に伝わる絶対に身に付けてはならない品として厳重に保管されてきた『黒金の装備』だ。
だがこの封印された装備一式は50年前、国を二分する王家の跡継ぎ争いのドサクサで誰かの手によって持ち出されて行方知れずとなっていた。一説によると『魔族が作った物』とか『災いをもたらす物』などと呼ばれていたらしいがその真偽のほどは今となっては定かではない。
だがアンクライエット公爵家の地下の厳重に鍵が掛けられた一室には、漆黒の鎧兜と剣が長い年月日の目を見ることなく眠っていた。
そして今夜、その部屋の鍵が外されて装備の一式を前に二人の男が佇んでいる。
「ドルナンド様、如何ですかな。この装備を身に付けられれば勇者以上の力を得られますぞ」
ヒッヒッヒッと嫌な笑い方をしながらサルザルは装備の周辺に掛けられていた魔法による封印を解除する。
「俺が勇者を超える力を持つのか!」
サルザルによって掛けられていた精神魔法はドルナンドがこの部屋に入ってからすぐに解除されており、現在彼は一応その頭で正常に物事を考える力を取り戻していた。
サルザルの目的は廃太子をこの部屋まで連れてくることで、装備については彼の意志で身に付けてもらわなければならないためだ。長年この装備の研究に没頭した彼は誰かに強制されて身に付けてもその者の命が無駄に奪われるだけで役に立たないことを突き止めていた。強靭な意志を持つ者が身に付けて装備の呪いを乗り越えねばならないのだ。
その点ドルナンドは打って付けの人材だった。彼の中に淀むように沈殿している復讐の炎は常人では考えられないほど強固で彼ならば呪いを打ち破れる、いや呪いと同化すら出来るほどの暗い感情に包まれていた。
その証拠に部屋に入ってドルナンドの目は先程から鎮座している装備に釘付けとなっている。彼の感情が装備が持つ闇と共鳴しているかのように彼自身が感じている。
「この鎧も兜も剣も全てが俺のために在る物のようだ。俺はこいつらに呼ばれてここへやって来たに違いない」
甘やかされて育った彼は自意識が強くて思い込みが激しい。挫折を知らなくてここまできてしまったために、他人を思いやるとか誰かのために事を成すといった経験が無縁であった。何もかもが自分の思いの儘になると信じきって成人になっていたために、初めて知った挫折で自制心や理性といったものまで吹き飛んでいた。
ただ自らの権力を復讐のために欲するだけの危険この上ない存在に成り果てているといった彼の姿を一目見ただけで、身内の公爵すら彼を見放してその命を有効に利用しようと企むに至った。自身で蒔いた種とはいえ何も知らずにドルナンドはその思惑に乗っていくだけの運命しか残されてはいなかった。
「われらが王都までお送りいたしましょう。その先はご自分で運命を切り開くのが良いでしょう」
サルザルの言葉が心地よく胸に響く。『自分で運命を切り開く』とは、なんと甘美な満足感でこの身が満たされるのだろうか! これ程の心地良さを感じたのはこれまで彼の人生で一度も無かったことだ。
「うむ、そうしてほしい。今すぐに発つので伯父上にはよろしく伝えてくれ」
態のいい厄介払いをされているなどとは気付かずに、彼はサルザルの部下が箱に入れて外に運び出した装備と一緒に王都への道を戻っていった。
ローランド王国の国王アルザーノ7世には4人の妃と6人の子供がいた。一番上の子供は男子で王が最も期待を寄せていたが、彼はドルナンドが生まれてすぐに原因不明の病で18歳の若さで亡くなった。一説には先代の公爵が毒殺を図ったのではないかという噂も流れたが、明確な証拠が無く真相は闇の中だ。その下の二人はいずれも女子でとっくに他国に嫁にいっており、現在彼の手元に居るのは王太子になった末っ子のエルナール太子とその姉のエレノーア王女だけだ。
エレノーアは元々野心家で何れは男の兄弟を押しのけて自分が女王としてこの国に君臨する未来を描いてきた。そのための手柄がほしい焦りから必要でもなかった勇者の召喚を行い、タクミたちをこの世界に招く原因を作り出した人物だ。
彼女は勇者比左斗がダンジョンから戻ってきてから彼の部屋に入り浸って歓心を買おうと努力している。
「勇者様、またダンジョンのお話をしてくださいませ」
しきりに願う王女だが、比左斗にとってダンジョンは苦い思いしか残っていないので、あまり積極的に話をしたがらない。そんな彼の態度を見かねた王女は話題を切り替える。
「勇者様、新しく王太子になった私の弟は勇者様の目から見てどのように映りますか?」
いかにも国の行く末を案じるような口振りで訪ねる王女、その本心を見抜くほど比左斗はまだ大人ではなかった。
「王太子様にはほんの僅かな時間しかお目にかかっていないのでなんとも言えませんが、まだ成人していないしこれから色々と学んで大人になるのではないでしょうか」
比左斗は当たり障りの無い言葉を選んで答えた。だが、その返答に王女は『待ってました!』とばかりに食いつく。
「そうなんです、あの子はまだ小さくて姉の私の目から見てもとても頼りなくて。勇者様、ぜひあの子を支えてやってくださいませ」
彼女は弟思いの良い姉を演じているつもりだった。だが根が真面目な比左斗はその言葉を額面通りに受け取る。
「わかりました、王太子様を支えていきますよ。僕がどれだけ力になるかわからないけど」
堅物の比左斗らしい答えだ。次々に女子たちに攻略されているどこかの誰かに聞かせてやりたいものだ。だが、王女の方はその答えを聞いて内心『しまった!』と思った。これでは比左斗の気持ちを自分に向けるどころか弟の方に向けてしまう。
「でも私のことも支えてくださいましね。何かあった時は私は勇者様に守っていただきたいと思っていますのよ」
勇者にしなだれかかるように、それでいて優雅に言葉を紡ぎ出す王女、その仕草はとても17歳だとは思えない。まるで指名No1のキャバ嬢のようだ。
「もちろんです、王女様のことも必ず守って見せます」
比左斗はそう口にして今度は彼が内心『しまった!』と感じた。魔族たちに対して手も足も出なかった自分が果たして本当に王女を守れるのだろうかという疑問が胸に去来したためだ。自分の力などはるかに及ばない高みに立つタクミの姿を思い出して再び苦い物が込み上げてくる。
「でも今はまだ僕は弱くてとても王女様を守ることなど出来ません。もっと強くなってきっとこの国を守ります」
比左斗は自分の言葉をフォローするつもりでその決意を言葉にした。どうすれば強くなれるのかは今の時点ではわからないが、絶対にタクミ以上にの強者となって人々を守りたいと願っている。それが勇者に選ばれた自分に課せられた使命であるかのように思い込んで。
「私も今よりもずっとお強くなられた勇者様を見るのが楽しみですわ。協力は惜しみませんから何でも申し付けてくださいませ」
にっこりと微笑む王女、その表情で見つめられたら大半の男は恋に落ちてしまうだろう。だが今の比左斗の心の大半は使命感と圧倒的な力を持ったタクミの存在で埋め尽くされていた。
「ありがとうございます、何かあったら王女様に相談します。それでは午後の訓練に戻ります」
そう言い残して彼は部屋を出て行くのだった。
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