132 ラフィーヌ伯爵
伯爵に勧められるままにソファーに掛けるタクミたち、特に女子たちの間には『どうして伯爵が領地を離れてこんな場所に居るのだろう?』という疑問が沸き起こっている。
「良かったよ、君たちが案外早く見つかったからな。何組か冒険者を雇っておそらくこの街を通るであろう君たちを待っていたのさ。こんなに早く見つかったなら、彼らにとってはずいぶんと割りのいい仕事だったな」
冗談交じりの笑顔で話を始める伯爵、だがその表情とは裏腹に重要な役目を担っていた彼はタクミたちに出会えて一安心していた。
「何で俺たちをわざわざ探していたんだ? どうせあと何日かすればラフィーヌに戻っていたのに」
何か伯爵なりの事情があるのだろうと見越してタクミは彼がここに居る背景を聞き出そうとしている。
「まあその前にお前たちの事を聞かせろよ。どうせアルストラ王国で色々遣らかしてきたんだろう」
「そんなに大した事はしていない。魔女狩りなどという愚かな行為を働いていた教会を潰してきただけだ」
タクミは本来の目的を隠して表面上行った行動だけを教えた。彼にとってはPMI装置を見つける事が最も重要で、そのついでに教会の蛮行をきれいさっぱりとその組織ごと消したのだった。もっとも女子たちの中には、教会の行為にかなり憤慨して積極的にその殲滅に関わった者が複数居るのは事実だ。
「・・・・・・」
対する伯爵は無言で何の反応もしていない。しばらくして彼はようやくその口を開いた。
「何と言うか・・・・・・ 君たちは行く先々でどれだけの事を仕出かすか想像もつかないな」
彼はタクミたちがアルストラ王国に向かうと聞いた時に、一緒に居たギルドマスターとともに口が酸っぱくなるほど危険を説いた。それほどあの国は魔女狩りの狂気で危険に満ちていたのだ。それが無事に帰って来るだけならまだしも、その原因の教会を潰してくるとは想像のはるか斜め上を行く行為だった。
「それほどでもないぞ。大した手間はかからなかったし、国王も住民たちも喜んでいたからな」
ケロッとした顔で話すタクミの顔をまじまじと見つめて伯爵は『こいつらは根本的に自分とは価値基準が大きく異なっている』と実感していた。一国の社会の在り様を変革してしまう力を持った彼らの存在は為政者側の視線で見るとある意味大変に危険だ。その反面その力は利用価値が非常に高いのも事実で、友好的に接すればこれほど頼もしい存在は無い。
そして伯爵はその恐るべき力をまったく恐れてはいない側の人間だった。これまでの付き合いで伯爵なりに理解していることだが、彼らは獣人たちが奴隷にされるのを阻止しようと行動した。内乱で収拾がつかない国の戦いを終わらせた。魔女狩りで荒んだ国の大元である教会を潰した。
これらはみな社会通念上『善』とか『正義』の範疇に属する行為だ。彼らはその力を決して無闇に行使せずに、彼らなりの倫理観にしたがって行動しているのは明らかだった。それゆえに伯爵はタクミたちが信頼出来ると思っている。そして今回の難しい案件についても攻略の糸口がそこら辺に在るとわかっていた。
「なるほど、あの国の国王とも会ったのか。これで君たちはアルシュバイン王国に続いてアルストラ王国とも強い絆を築いたわけだ。この周辺の国で君たちと王家が反目しているのは我が国だけという事だな」
自嘲気味に話す伯爵の態度で、タクミには彼が何故わざわざここに居るのかその理由がおぼろげながら見えてきた。
「別に反目するつもりはない。現に王家に反抗するような振る舞いはしていないからな」
『そらお出でなさった』という気はしているが、一宿一飯の恩がある伯爵の言葉を最後まで聞いておこうと考えるタクミ。美智香や空は話の流れを理解しているようだが、圭子や春名はまったくついていけない様子で『一体何の話をしているんだろう?』という顔をしている。
「もしかしたら君たちが知らないことがあるかも知れないから一応この国の話をしておく。国王とは面識があるんだろう、老齢だがあれが中々食えない狸親父で俺はあの人におだてられて今の地位に着いた。その国王名で先日ある布告が出された。内容は王太子を廃して弟君を新たな太子に据えるというものだ」
伯爵の言葉にタクミは『ほー』と小さな声を上げて興味を示した。廃された王太子に興味を示したわけではない。あんな馬鹿は犬の餌にでもしてやった方が良いと考えている。シロは絶対に口にしないだろうが・・・・・・ それよりも彼の興味を引いたのは、そのような思い切った行動に出た国王の意図だ。
「不名誉な事なので表向きは健康上の理由になっている。だが本当のところは君たちが絡んでいる例の件だ」
伯爵がここまで説明してようやく圭子はあのボコボコにした王太子の顔を思い出した。あの怯えて王が待つ謁見の間に連行される姿を思い出すとつい笑いがこみ上げて来る。今にして思えば良くぞ殺さなかったものだと自分に感心してしまう。
対して春名はというとまだ話の流れがピンときていないようで、首を右に傾けて『?』を浮かべている。あれだけ怖い目にあったのに彼女にとってはもうすっかり忘却の彼方の話だった。今はすっかりタクミの愛情に包まれて幸せいっぱいで思い出せないくらいに小さな出来事になっている。それだけでなくこの世界は危険に満ちており、一つ一つの事件を一々気にしてはいられないという事情もあった。
「元王太子は城を出て母方の実家に身を寄せているらしい。これは俺もつい最近耳にした情報で正確ではないかもしれないが信憑性は高い」
伯爵はダンジョン都市という特殊な環境の街を統治しているために、定期的な王都への出頭を免除されていた。ただでさえ面倒な貴族たちとの関係を彼が積極的に保とうとするわけも無く、滅多に王都へ顔を出さずにラフィーヌに引き篭もっていたのだ。それが王の命令で久しぶりに謁見したところ、思いも寄らない重大な任務が与えられてわざわざこの場で待ち構えていたのだった。
「さて、ここまで話せば大体察しはついていると思うが、俺と一緒に王都に来てもらえないだろうか」
「断る!」
取り付く島もないタクミの返事は伯爵の予想通りだった。だが伯爵は知っている、このパーティーの行動の実権を握っているのは誰かという事を。
「お嬢さん方はどうだろう。もちろん行動の自由と身柄の安全は国王が保証している。王は君たちに改めて侘びた上で関係の改善を望んでいる」
タクミはこの時点で『遣られた!』と諦めていた。人のいい春名あたりがどうせ賛成に回るのは目に見えている。
「いいんじゃないでしょうか。どこの国とも仲良くするのはいいことだと思います」
予想通りの春名の意見だ。一番ひどい目にあった当事者なのにどういうわけだかケロッとしている。
「春名がいいんだったら別に反対する理由は無いわ」
圭子や他の女子も積極的ではないが賛成の意向のようだ。元のパーティーメンバーが王都に滞在する紀絵も頷いている。
「お嬢さん方は来てくれるようだが、君はどうかな?」
すでに今回の交渉は伯爵の勝ちが決まっていた。タクミに出来る事は条件闘争しか残されていない。
「仕方ない、同行しよう。ただし何かあった場合はいつでも武力に訴える用意がある。その結果として王都が滅びても責任は持たない」
無条件で付いていくのではなく、釘を刺しておくのも重要だ。
「いいだろう、その時は俺も力を貸すよ。君たちと反目するよりもこの国全体を敵に回す方が生き残れる可能性が高いからな」
元冒険者の勘だろうか、伯爵は国王に仕える身でありながらタクミたちの味方をすると公言した。公の場での発言だったら反逆行為ともとられかねないかなり思い切った発言だ。冗談ではなく目が真剣なところが彼の決意を物語っている。
「その言葉忘れないでいて欲しいな」
タクミの方も伯爵に念を押している。目が笑っていないところは彼も同様だ。
「では準備もあるだろうから、あさっての朝出発しよう。王都までは馬車で3日あれば到着するはずだ。俺も君たちとの旅をせいぜい楽しむとしよう」
最後に笑顔を取り戻して女子たちの方を見て語りかける伯爵、タクミたちは明後日に再会を約束して館を後にするのだった。
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