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130 王宮の動き

目次の話数がズレていました。126話以降修正しておきました。ご迷惑をおかけしてすみません。

 ラフィーヌの街で恵たちがダンジョンのアタックを開始していた頃、勇者たちが戻ったローランド王国の王宮の中で憎々しげに表情を歪めて酒を煽る男が居た。


 彼の名はドルナント廃太子、以前召喚されたばかりの春名を部屋に連れ込んで乱暴を働こうとした元王太子だ。あの一件でせっかく召喚した者たちの一部が城を離れた責任を問われて、貴族たちの猛反発を受けた国王の判断によって、王太子の座を取り上げられた挙句に現在王宮内で飼い殺しの憂き目に会っていた。


 王太子の頃は身の回りの世話を焼く供の者たちが大勢付いていたが、今はその数が目に見えて減っている。女官の多くは新たな王太子の傍付きに配置換えになり、信頼していた部下たちは次々と彼を見限って違う部署に移動願いを出して離れていった。目端の利く者から真っ先に消えてゆくので残ったのは年老いた文官や少数の騎士ばかりで今や見る影も無い有様だ。


「こうなっては仕方が無い。叔父上の元に身を寄せるぞ」


 王太子として相応しくないと判断されたその身は非常に危うい立場に立たされていた。老齢の現国王が健在な内はまだしも、新たに王太子の地位に付いた弟が即位した場合、彼は良くて王族の身分を取り上げられた上で地方の貴族に任命、最悪の場合は幽閉かこっそりと処刑という未来しか待っていなかったのだ。


 何とかこの危機を乗り越えて自分の立場を回復するためには、母方の家系の伯父であるアンクライエット公爵を頼って落ち延びて、そこで捲土重来を図る必要があると彼なりに考えていた。


 公爵は以前は王太子の伯父という立場を最大限に生かして宮廷内で大きな権力を握っていた。だが現在はその血縁関係が仇となって次第に権力の中枢から外されて焦りを覚えているという話だ。春名の件に対する貴族たちの反発の半分以上は公爵への反感に由来すると噂されるほどに彼は周囲の貴族たちから疎まれていた。


 ちなみにドルナントにとっては現王太子は異母兄弟にあたり、その母親は異国の王族から嫁いで来ていたので国内の貴族にとっては中立的な立場で妙なしがらみが少ないと歓迎されている。貴族たちも国王の外戚が権力を握るのはもう懲り懲りのようだ。


 外堀を完全に埋められてこれほど追い詰められた状況でも、廃太子からすれば自分の血筋と公爵の力が合体すれば巻き返しは可能だと考えている。公爵としてもこのような追い詰められた状況を打開するためにはドルナンドの復権しか残された道はないと腹を括っていた。


 すでに公爵からは『歓迎する』という内々の返事を受け取っており、後は病気の療養などと理由をつけて王都から出るだけだ。


 ドルナンドにとっては残されたわずかな希望だが、それ自体が最早負け犬同士が組んで悪足掻きをするように周囲からは映っている事など、彼の浅はかな頭脳では想像すら出来ない話だった。



 翌日国王に『療養のため王都を出る』と願い出たところ、すんなりとその届けは了承された。国王としても厄介払いが出来て好都合だったのだろう。


 その日の午前中には豪勢な馬車を仕立てて僅かな供の者たちを引き連れた廃太子が城門を出て行く。


「一旦は城を去るが、俺は絶対にここに戻ってきて王として君臨してやる」


 彼の口から出た呟きは、一緒に乗っている従者の耳にも届かないほどの小さな声だった。








「ご報告いたします。ドルナント様が城を出ました」


 側近の知らせを執務室で受けた年老いた国王は僅かにその顔を縦に振る。深い皺が刻み込まれたその表情は側近の者でも中々その考えを読み取ることが出来ない。


 公式にはドルナンドはいまだ王子の地位にあるが、国王の立場からすると『廃嫡=王族の地位を失う』事に当たるので、彼の敬称にはすでに王子の文字は付けられていなかった。


『愚かな事よ、どうせ行き先は母親の実家であろう。公爵家と結託して自らの地位を取り返す算段でもするのであろうな』


 さすが長年国王として多くの陰謀渦巻く宮廷に君臨してきた人物だ。ましてや自らの息子の行動などとっくに見通している。彼はこの機会を最大限に利用していくつもりだ。


「かの者を王都に呼び出すように」


 どうやら前々から予定されていた策があったようで、国王は側近に打ち合わせ通りに実行するように命じた。


「承知いたしました。予てよりの手筈通りに取り計らいます」


 側近は王の意向に従って事を進めるために執務室から出て行く。


『これでこの国も大きく動くことになろう。果て、どのような結果になるのか楽しみなことだ』


 皺深い表情でその内心を隠したままで国王は一人で物思いにふけるのだった。






「てやーー!」


 草原に気合のこもった声が響いている。現在圭子が岬の相手をしながら彼女の剣技の強化を図っているところだ。岬が振るう剣を軽々と避けて圭子がその目にも留まらぬ速度で拳を突き出す。岬はとっさに体勢を半身にして左肘を突き出してその拳を迎撃してから、逆に圭子に向けて大上段から大剣を振るっていく。態勢が悪いと判断した圭子はスッと身を引いてその剣の軌道の外に出て距離を保つ。


 このような攻防が延々と続くが、両者とも汗ひとつかかないで高度な技の攻防を繰り広げていく。


「いやー、タレちゃん凄いわ」


 一通りの訓練が終わってから圭子と岬はお互いの動きを振り返る。動きを確かめて今後に生かすのも重要なことだ。


 圭子は剣を持つ者が最も対処し難い薙ぎ払いの直後に拳を放ったが、岬は剣で対処するのではなくその肘で圭子の自慢の拳を受けた。圭子の拳を迎撃してのけるなどタクミでも3回に1回は失敗する難しい技術だが、さすが銀河最強の種族事も無くやってのけた。その戦闘に関するセンスに圭子すら脱帽している。


「圭子ちゃんだって凄いですよ。何とか打ち込まれないように防御するのが精一杯ですから」


 岬は本心からそう言っている。圭子の動きはおそらくこの世界でも最速に違いない。その攻撃に見事に対応しているように見えるが、彼女も限界に近いところでギリギリ捌いているに過ぎない。


「二人とも技術だけなら俺をとっくに上回っているな」


 タクミは呆れたように感想を口にする。これも彼の偽らざる本心だ。


「だが岬の相手は槍を持っている。武器を持った相手とも訓練しておいた方がいいんだが、生憎このパーティーでは武器を使う者は居ないしな」


 タクミはナイフを手にすることはあるが、強敵との戦いにおいてはパワードスーツ頼みの点がある。そもそもナイフでは岬が手にするダンジョンに居た巨人がドロップした大剣の相手は務まらない。どうしようかと考えていた時に傍で見ていた意外な人物が名乗りをあげた。


「私が相手をする」


 その声はなんと魔法専門職と誰もが考えていた美智香だった。


「ムーちゃん、剣なんて使えるの?!」 


 圭子が驚いたような声を上げる。美智香は日本でもこの世界でも体力系の活動をやっている場面に出くわしたことが無かったから付き合いが長い圭子が最も驚いていた。


「ある程度の訓練はやっている。こんな武器も持っている」


 彼女が収納から取り出したのは細長い円筒形の金属の筒だ。長さは40センチくらいで一同はその物体を目を凝らして見つめている。


「少し離れていてほしい」


 全員が下がって様子を見ていると美智香がその金属の筒のスイッチを入れる。


「ブーン」


「ライトサーベル!」


 筒の先端からは青い光が伸びてそれが微細な振動をしているようで低周波の音が響く。その見た感じは某宇宙を舞台にしたあの映画に用いられている騎士の武器にそっくりだ。


「何で今まで隠していたんだ?」


 美智香がまさか近接戦闘も出来るとは思っていなかったタクミがその理由を尋ねる。


「近接戦闘は圭子がいれば問題ないし、魔法の方がこの世界では効率がいい」


 なるほど彼女が言う通りだ。わざわざ剣を振るうよりもタッチパネルの操作ひとつで魔法が放てるのだからどちらの効率がいいかは明らかだ。


「そりゃーそうだよね、私も魔法が使えればこの拳を使わないで魔法に頼っちゃうだろうし」


 圭子の言葉に全員が心の中で『それは無い!』と突っ込んだ。仮に魔法が使えても圭子は絶対に殴る事を止める筈が無いとその場に居る者は分かっていた。


「タレちゃんは木刀持ってる?」


「はい、収納に入っています」


 常に木刀を持ち歩いている女子高生というのは傍から見て一体どうなんだろう。だが岬の場合は剣道部員だからという言い訳がギリギリで成立する。ただし彼女が所持している木刀は芯に謎の金属が入った重さ20キロという完全なる凶器だ。


 美智香も自らの収納から木刀を取り出して、自分とその木刀に強化魔法をかけて打ち合いを始める。そうしておかないと岬のパワーに押し負けるし、第一木刀が持たない。岬が剣術に慣れているのは当たり前にしても、美智香は彼女と互角以上の腕前を披露して白熱した攻防が続く。その話によるとメンテナンスで本星に送ってある彼女のパワードスーツのメイン武装は刀だそうだ。


 その訓練を通り越した次元の高い攻防はそれだけで人の目を引き付ける。いつの間にかその近くにはテーブルについて暇にしていた春名たちも顔を揃えている。


 打ち合いを終えて両者が戻ってくる。こちらに来る間もお互いにその腕を誉め合っている様子が伝わってくる。


 一通り落ち着いたところで紀絵が口を開いた。


「あのー、私も何か役に立つ武器とかないでしょうか?」


 彼女は支援魔法の使い手で実戦では前に出ない。それでももっとパーティーの役に立ちたいと常々考えていた。圭子に体術の手解きを受けたがこの世界での職業が『魔法使い』なので適正があるとは言い難く、何か他の方法を模索していた。彼女は美智香のライトセーバーを目撃して、自分にも向いた装備がないかと全員に初めて聞いてみたのだ。


「こんなのがいいかもしれない」


 空が取り出したのは、謎の技術で作り出されたボウガンだ。何しろ3000年後の世界で作られた物だけに材質からしてよく分からない。


 軽量で絶対に壊れない上に、いざとなったら盾の代わりにもなるそうだ。この世界の剣だったら楽勝で跳ね返せるらしい。


「ありがとうございます、これから練習します」


「取り扱いは簡単で誰でも1日で当たるようになるはず」


 空の声に紀絵の表情が明るい。これでようやく自分も戦いの中に参加出来るかもしれないと思うと彼女の心は弾んだ。


「あのー、私にも何かいい武器はありますか?」


 春名が恐る恐ると尋ねる。その表情はまったく自信が無さそうだ。彼女はこの前ダンジョンで殺虫剤を撒きながら昆虫型の魔物を倒したが、それ以外の戦闘経験は一切無い。


「春名ちゃんはこれです!」


 岬はにっこりと微笑んで彼女にティーポットを手渡した。これで美味しいお茶のひとつでも入れる練習をしろという意味だ。当然彼女が考える春名の花嫁修業の一環の意味も込められている。


「やっぱりそうなっちゃいますか!」


 草原には春名のガッカリとした声が響いていた。



 

つきの投稿は金曜日の予定です。

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