129 二つのパーティー3
「今日は街の外で魔法の訓練をします」
恵を先頭に彼女たちのお目付け役の騎士に断って宿を出る一行、昨日かなり遅くまで様々なアイデアを出し合った女子たち3人の目が赤い。
だが、そんな彼女たちの姿はまだましなほうだった。昨日の昼過ぎに勇造たちに拉致されて、手荒い歓迎を受けた男子2名は歩くのも侭ならずに引きずられるようにして宿舎に帰って来た。かなり鍛えてあるとはいえ、体力お化けの勇造たちに敵う訳も無く心身ともにボロボロになって這うようにして戻ってきたのだ。
そして本日もその2名の表情は暗いを通り越して死刑台に連れて行かれる者のようになっている。一体どんな目にあったというのだろう。だが彼らにとっては拷問に等しい鍛錬であっても、おそらく圭子ならば喜んで参加するのではないだろうか。そしてきっと涼しい顔で帰って来るに違いない。
「よう、待っていたぜ!」
街の門の前で勇造たちが準備を整えてこちらに手を振っている。男子2名にとっては死ぬ思いの鍛錬でも毎日こなしている彼らにとってはどうという事はない。
「付き合ってもらって悪いわね。女子だけで人の居ない所に出掛けるのはさすがに不安だったのよ」
魔法の練習は街から外れた所で行うつもりなので、勇造たちはその護衛とついでにその場で鍛錬を行う予定だ。彼らにとっても広々とした所で思いっ切り体を動かしたほうがより充実した結果を残せる。
「なに、ちょっとしたピクニックのようなもんだ。自然の中で体を動かしたほうが気分がいいしな」
豪快に笑い飛ばす勇造、それに対してこれから酷い目にあう男子2名の表情は相変わらず暗い。昨日ボロボロにされて回復魔法で体の傷は元に戻ったが、精神的な傷は大きく残されたままだった。
「だらしないわね、もっとシャンとしなさい! 死ぬ一歩手前ならば回復魔法でいつでも元通りにするから安心して死んできなさい」
恵の言っている事は無茶苦茶だ。だがこの二人が戦力に成るか成らないかは合同パーティー全体の動きに大きく関わってくる。彼らに最後尾を安心して任せられれば、余裕を持って勇造たちが前進できるのだ。
しばらく街道を進んでから道を逸れて広々とした草原に出る。一面の緑の絨毯と言いたいが、あいにく冬がそこまで迫っており枯れた草が点在するだけのかなり寂しい場所だった。
「ここなら見晴らしもいいし魔物も少ない。俺たちが順番に見張りに付くから心置きなくやってくれ」
勇造の言葉で2名の男子が後ろに連れて行かれる。その直後から情けない声の悲鳴が遠くに聞こえるが、今更気にする必要はない。女子3人が魔法をぶっ放す間は彼女たちが並ぶ両脇を屈強な男二人が固めて警護する。
勇造たちのパーティー唯一の魔法使いでサッカー部の『フィールドの魔術師』西脇 大吾も女子たちに並んで魔法の訓練に参加していた。
「じゃあまずは基本のファイアーボ-ルからよ! 周囲の酸素を集めるイメージで燃焼効率を上げていってね」
手始めに蘭が頭の中でイメージをしながら10センチほどの火の玉を打ち出そうと構えた。
「ファイアーボール!」
「ゴーー!」
物凄い音を響かせて高温で燃焼する50センチの火の玉が飛び出していく。
「「「「えっ!」」」」
その思いもよらない効果に全員の目が点になった。
「何今の?」
「ファイアーボールだよね」
「凄い威力!」
「確かに桁外れだな」
並んだ4人がそろって感想を漏らす。それは初級魔法にして中級魔法を超える威力を発揮していた。
その間に高威力で飛び出した火球が地面に着地してその地点の枯れ草に一気に燃え広がる。
「大変、火事になっちゃう! 全員でウオーターボール! 空気中の水蒸気を集める感じで!」
恵の声に合わせて4人がウオーターボールを放つと、それは1つが湯船くらいの大きさになって『バシャン』と大きな音を立てて火に襲い掛かった。
あっという間に鎮火した火を声も無く見つめる一同。
「「「「・・・・・・」」」」」
その沈黙を破ったのは見張り役で横に立っていた勇造だった。
「この季節は火の回りが速いから火の魔法は禁止な」
勇造にはまったく魔法の知識が無い。ただ彼は安全面に配慮して注意を促しただけで、まったくその魔法の威力については理解していなかった。正反対にその声でようやく我に返った魔法使いたち、その表情は驚きを通り越している。
「これヤバくない?」
「ダンジョンとかで使ったらこっちまで被害がでそう」
「何とか威力を調整できるようにしないと危険だよな」
「うんうん」
こうして4人はしばらく威力をうまく調整することに時間を費やした。それも何とか目途が立ってほぼ思い通りに加減が出来るようになった頃に大吾が口を開く。
「試したい事があるから下がってくれ」
全員が一斉に後ろに下がったのを見届けてから彼は頭の中でイメージを開始する。
『前方の空気を大きく撹乱! そのエネルギーを収束! 前に打ち出す!』
そのイメージがはっきりと具現化した感触が彼に伝わり、イオン化した空気の臭いが彼の鼻に届く。
「いけー! 雷撃!」
「ドーーーン!」
耳をつんざく音が草原に響き渡る。彼がその右手を前に延ばした瞬間にその撹乱された空気中の静電気が一気に収束されて稲妻となって前方に突き進んだ。その通った道には地面が黒く焼け焦げた跡がくっきりと残されている。
「何今の? カミナリ?」
後ろの女子たちはポカンとした表情でその光景を見つめているだけだ。まさかの雷魔法の最上級クラスが簡単に実現されてしまった。
「大吾、お前の必殺技になりそうだな」
中々人を褒めない勇造が珍しく手放しでその魔法の威力を認めている。
「これならかなりレベルが高い魔物でも一撃で倒せそうだよ」
サムアップして大吾は全員のほうを振り向いた。その表情は遣り遂げた自信に溢れている。雷魔法は実在するがその時の気象条件によって威力にバラつきがあって実用性が低いとされてきた。だが撹乱する空気の体積を変えればその威力は自在に制御が可能だ。美智香はすでにこの魔法の特性に気が付いて得意にしており、ようやく彼らもその優れた魔法理論に追いついた形だ。
大吾は女子3人にその遣り方を説明する。彼女たちは威力は小さいものの簡単に発動することが出来た。
「なるほど、空気を混ぜっ返すようなイメ-ジか」
恵はそのイメージの仕方がとても分かり易くすぐに自分のものに出来た。他の女子も似たようなものだ。
「なんだお前たちだけそんな必殺技に成功して、俺だけが取り残されたようで悔しいな」
勇造はその光景を見て内心忸怩たる思いだった。だが彼には圭子同様にまったく魔力が無いので今更魔法は使えない。
「すまんがちょっと思いついたことがあるから離れていてくれ」
勇造は魔法使いたちを残して前に出る。
『イメージか・・・・・・ そんな事を考えもしなかったな。どれやってみようか。俺の場合は空気を切り裂いて突き進むイメージだな』
勇造は強くなるために今までひたすら自らの肉体を鍛えることに努めてきた。だが、今目の前で見せ付けられた出来事にその考えは間違っていたのではないかと考えを改めている。彼は生まれて初めて頭の中にその光景を思い浮かべて拳を握った。体からは一切の無駄な力が抜けてただ一つの事に集中している。
「ふん!」
その気合を乗せて突き出された拳から音速を超えて生み出された衝撃波が『キーーン』という音を発して突き進む。それが通ったあとには地面に深さ20センチの溝が遠くまで刻み込まれていた。
「出来たな」
勇造が放った拳が生み出した恐るべき衝撃波は物理的な破壊が可能なレベルだった。さすがに岬の大剣から発せられるものよりかはまだ威力は劣るが圭子とはほぼ同レベルだ。
こうして草原での有意義な魔法の練習は続いていった。誰もが魔法の威力にばかり関心が集まってすっかりその存在を忘れていたが、その間も少し離れた場所では男子2名の悲鳴がずっと響き渡っていた。
次回の投稿は水曜日の予定です。