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124 大きな変化

 2週間後すっかり元気を取り戻したアルネはガルデレンの街近郊の森にやって来ている。昨日からギルドの依頼を受けて冒険者として活動を開始したのだった。


「ホーンラビットは予定の数を捕獲したから、あとはゴブリンだな」


 彼女は訳あって同時にFランクで可能な二つの依頼を受けていた。近くの草原ですでにホーンラビットは5羽捕まえている。昨日散々苦労しただけに、それを生かして今日は割りと簡単に捕まえることが出来た。


 一体どんな苦労かというと彼女の攻撃力が強すぎるために、ホーンラビットのような小さな魔物は商品にならないほどずたずたになってしまうのだ。そこで相棒の槍で仕留めるのは諦めて角を突き出して飛び掛ってくる魔物を避けながら、その体に手刀を打ち込み仕留めるやり方を何とかマスターした。これも力の加減をセーブするのにだいぶ苦労してようやく形を留めたまま捕まえられるようになったのだった。


 その点ゴブリンは商品価値が無いのでどのような仕留め方をしても一向に構わない。要は証拠になる耳が残っていればいいのだ。


「あいつらだな」


 大木の前に3体が座り込んで耳障りな声を上げながら何かを食べている。アルネは腰のナイフを引き抜くと無造作に近付いて一番右の個体の頭に突き刺した。ナイフは豆腐に刺さったように何の手応えも感じずにズブリとめり込んでいく。痙攣をしながら倒れこむ個体には一瞥もしないで、彼女は隣の個体の喉元をナイフで真横に切りつけた。鮮血を吹き上げながら倒れこんでいくゴブリン、さらに返り血を避けながら残りの一体に狙いを定める。


 仲間が続けざまに血を流して死んでいくのを見た最後のゴブリンは慌ててその場から逃げ出そうとしたが、圧倒的にアルネの動きが早かった。正面に立って逃げ場を塞いで立ち上がりかけたゴブリンの側頭部に蹴りを放つとゴキリという音を響かせて首が折れたゴブリンは倒れていく。


 この調子で予定の数を新人にしては考えられないほどの短時間で狩り終えて、アルネはギルドに戻ってきた。


「あ、アルネさん。お帰りなさい」


 受付嬢が笑顔で出迎える。


「今日の依頼分だ」


 無造作にカウンターに収納から取り出したホーンラビットとゴブリンの耳を置く。


「ずいぶん早かったですね。アルネさんってひょっとして腕利きなんですか?」


 カウンター嬢は驚いた様子でアルネを見ている。3時間前に出て行って片道1時間の森まで行ったはずだ。そんな短時間でホーンラビットを5羽とゴブリンを10体仕留めて来ている。


「ホーンラビットは行き掛けの草原で捕まえた。ゴブリンは森に入ってすぐに見つかったから運が良かったんだろう」


 別に自分の力を隠す気も無いので、アルネは今日あったことをそのまま報告した。


「そうですか、ではホーンラビットが5羽で銀貨5枚とゴブリンが10体でこちらも銀貨5枚で合計金貨1枚ですが、宿代の借金がありますので半分はそちらの支払いとして徴収いたしますから今日の分は銀貨5枚です。でもこの分ならかなり早い時期に借金の返済は終わりそうですね」


「ああそうだな、これは今日の宿泊分だ」


 アルネは銀貨2枚を受付嬢に差し出す。これで彼女の手持ちは銀貨3枚になった。これはとんだブラック企業だ。彼女が一度に依頼を2つ受けたのはこのためだった。


「確かにお預かりします。この後はどうしますか?」


「もちろんやる!」


 アルネは自分の部屋に戻ると昨日渡された服に着替えた。昨日から始めたアルネのもうひとつの顔、飲食コーナーのウエートレスの仕事だ。夕食の賄い付きで銀貨2枚の契約で接客を始めていた。


 今の彼女は目覚めたばかりの時に圭子や岬に明らかな殺意を持って襲い掛かったのとはまるっきり別人のようだ。実はアルネは破壊衝動の危険因子を持ってはいるが、それが完全に発動していない稀有な例だった。彼女があれほど危険な存在だったのは、地下都市の住民全てから迫害されて追い詰められたせいで憎悪に染まって戦ったためだ。


 それが岬との戦いを経てギルドに辿り着いて、人間として扱われる自分に気が付いて彼女の心境に大きな変化があった。彼女自身それに付いては漠然としか感じていないが、周囲の暖かさや優しさに触れて生きていく希望を見出していた。



「おお、来たか!」


 アルネが厨房に顔を出すと、調理人の親父が気軽に声をかけてくる。彼はアルネに対して接客の基本の他に簡単な調理の手解きや冒険者としての心構えなども教えてくれた。これから冒険者として生きていく上で役に立つことばかりで、アルネは彼に対して非常に感謝をしている。


 ガルデレンの街は教会騎士団が全滅したことによって、治安を維持する者が居なくなった。そこでギルドは支部に所属する冒険者を緊急招集して、彼らに街の警備を依頼している。街の中心にある大聖堂も彼らによって現在は封鎖されており、略奪等の事件は起きていない。


 夕方になるとその警備に当たっていた冒険者たちは夜番の者と交代して支部に戻ってくるのだ。その内の半分くらいがここで食事を取るために、アルネは結構な忙しさになる。


「ディナーセット3つとエールを3つお願いします」


「あいよ!」


 初日のぎこちなさが取れてすっかり慣れた様子で注文を伝えるアルネ、そのまま出来上がったばかりの料理を奥のテーブルに運んでいく。


「お待ちどう様でした」


「おお、待っていたぜ! やっぱり若い女の子が運んでくる料理と酒は一味違うな」


 客にも好評なようだ。だが『若い女の子』という言葉が果たしてアルネに当てはまるかどうかはわからない。何しろ彼女は千年眠りについていたのだから。


 まだ笑顔を振りまく事が出来ずに相変わらず目付きが鋭いままではあるが、同僚のおばちゃんと分担しながら働くアルネの姿はまったく普通の人間だ。彼女は今までまともな扱いを受けていなかっただけで、その学習能力や適応能力は非常に高い。


 時折彼女の尻にこっそりと手を伸ばそうとする酔客が居るが、彼らは漏れなく手首を掴まれて骨が折れる寸前の痛みを感じる事になる。以前のアルネだったら容赦なくその手を握り潰していた筈なのに、有り得ないほどの寛大な処置だ。一晩で何人もの無謀な挑戦に挑む者が出るが、彼らは例外なく『痛ててー!』と大声を上げる羽目になる。おかげで『鉄壁のアルネ』という二つ名が支部に所属する冒険者たちの間で広まった。アルネ当人はそれを知るのはもう少し先になる。


 仕事が終わって遅い夕食をとり自分の部屋のベッドに寝転ぶアルネ、戦いの日々とはまったく違う疲労を感じているがそれは却って心地よさを彼女にもたらしている。


「こんな生活も悪くは無いな」


 ポソリとつぶやくその口元が僅かに緩んでいる。危険と隣り合わせの生活ではなく、人と触れ合いながらその触れ合いがもたらす何かが自分の心の中に溜まっていくような今まで経験した事が無い穏やかな感覚が体全体に広がっていく。いや、正確には幼い頃両親と過ごした日々の中でもしかしたら感じていたのかもしれないがそれは全てはるかな忘却の彼方の話だ。


「おっといけない!」


 油断するとそのまま閉じそうになる瞼の重さに気が付き、アルネは飛び起きてシャワー室に向かうのだった。 

次の投稿は土曜日の予定です。

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