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122 女神たちのその後

 アルネはタクミから受け取ったレーションを一息に飲み干してから、まだ重たい体を何とか動かして歩き出す。


 彼女にはこの場にとどまる事に我慢がならなかった。


 これまで誰にも負けた経験が無い自らの誇りが岬との一戦で大きく傷ついた。そして自分たちの戦いを止めるために現れたあの白銀のパワードスーツ、あれは体調万全のアルネ自身でも真っ向からぶつかり合ったら押し潰されるという予感がしていた。その機体が発する尋常ではない恐ろしさにアルネが物心ついて初めて味わった戦慄という感覚だった。


 そして最も許せないのがあれしきの戦闘で体が動かせないほど消耗した自らの不甲斐なさだ。長い年月眠りについていたのは理解しているが、まさかこれほどまでに体が弱っているとは思わなかった。


 アルネは屈辱に塗れながらタクミたちが引き篭もったシェルターが見える場所から一刻も早く移動しようと足を引き摺るように街を目指している。


「冒険者とか言っていたな。この世界で暴れられるのであれば何でも構わない。そしていずれはあの女との決着をつけてやる」


 ギラついた目で前を睨みながら歩くアルネの姿は街の方向へと消えていった。



 ガルデレンの街は平静を取り戻したとはとても言えない状況だ。街中は相変わらず閑散としてわずかに住民が日常の生活のために細々と営まれている商店に出向いたり、中には街を捨てて逃げ出そうと荷車に家財道具を載せて門の外に向けて歩く姿が時折見かけられるだけだった。


 そんな寂れた様子の街の一軒の建物に入っていく女が居る。


「ここが冒険者ギルドか?」


 言わずと知れたアルネだ。彼女は街を目指して歩き出し、途中で野営をして何とかここに辿り着いていた。


「ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件ですか?」


 にこやかな表情の受付嬢がアルネに対して応対する。ギルドは教会や政府に対して一切中立なので、たとえ街がこのような状況であっても通常通りに営業している。


「冒険者に登録したい。手続きしてくれ」


 受付嬢は憔悴しきったアルネの様子に本当に冒険者としてやっていけるのか不安を覚えながらも、彼女の要望通りに出続きをした。


「どこかで休みたい。いい所は無いか?」


 アルネは今はひたすら体を横たえて休みたかった。無理にここまで歩いてきたがもうそれも限界が近い。


「ギルドの宿泊施設をご利用しますか? 冒険者ならばどなたでも利用出来ます。宿泊費用は討伐した魔物の買取代金から天引きされます」


「利用する」


 一にも二も無くアルネは狭い個室にベッドが置いてあるだけの部屋に案内されるなり、倒れこむようにベッドに体を横たえて意識を失った。






「ここは・・・・・・どこ?」


 はっきりとしない意識で周囲を見渡すが辺りは真っ暗で何も見えない。ただ体全体に感じる冷たい感触だけが伝わってくる。


 その冷たい感触は頭の中まで入り込んで彼女に呼びかける。


「受け入れろ」


「受け入れろ」


「受け入れろ」


 頭の中に繰り返されるその言葉は抵抗し難い圧倒的な強さで意識を飲み込もうとする。無抵抗にその冷たい感触に全てを委ねれば楽になる・・・・・・そんな気持ちになりかけるが、心のどこかに違和感を感じる。


「思い出せない。私の大切なものが思い出せない」


 自分を受け入れて優しく包んでいた存在、それが何だったのか記憶が曖昧なままだ。だがこのような冷たい感覚ではなくてもっと暖かくて全ての不安を取り払ってくれる存在が確かにあったはずだ。


「受け入れろ」


 頭の中に響くフレーズは幾度と無く繰り返される。だがその声に身を委ねてはならないという確信がある。


「それではない。もっと暖かいものだったはず!」


 口から自然に言葉が出てきた。まるでそのフレーズを打ち消すかのように。


 そして遠くの方から何かが聞こえてくる。


「岬、お前が帰ってくるのは俺の隣だ!」


 その声にハッと気がつく。


「ご主人様!」


 今度は先程よりもっとはっきりとした声が届いてくる。


「岬」


「タレちゃん」


「岬さん」


 自分を呼ぶ声が耳に届くとあの冷たい感触は急激に遠ざかっていく。


「やっと思い出した。私にはご主人様と家族であり仲間のみんなが居たんだ」


 思い出した途端に視界が明るくなりいくつかの顔が自分を見下ろして心配そうな様子で覗きこんでいるのが分かった。


「岬、良かったようやく気がついたな」


 どうしてこの声が思い出せなかったんだろうと岬は不思議に思っている。あれほど心から大好きで、自分の事を信じて待っていた存在。


「ご主人様、皆さん、ご心配おかけしました」


 ようやく意識を取り戻してまだすっかり元気というわけにはいかないが、看病している側からすればホッと一安心だ。


「タレちゃん、体の具合はどう?」


 空が患者の様子を覗き込む。彼女は岬の体を何度もスキャンして症状は把握していたが、本人が感じる症状というのも知りたかった。


「はい、まだ体が重くて起こせませんが痛みはそれほど無いです」


 空の診断によると全身の筋繊維が至る所で断裂しており、重症の肉離れが数箇所に渡って引き起こされていた。回復魔法をかけてみたが岬の体は非常に特殊なため思うような効果が得られなかった。それでも彼女が本来持っている回復力は目を見張るものがあり、すでに大部分の断裂は半分くらい回復している。


「もう少し体を休めて力が入るようになってから起き上がった方がいい」


 空のアドバイスに素直に頷く岬だった。


「タレちゃん、お願いですから早く良くなってください」


 春名が深刻な表情で岬に近づく。


「タレちゃんが居ないとご飯を作ってくれる人が居ないんです!」


 どうでもよい春名の訴えだが、実はパーティー全体にとってかなり大きなダメージだった。今まで岬が食事の準備を一手に引き受けてやっていたのが、その彼女が寝込んでしまってさあ大変!


 このパーティーに岬以外で女子が5人居るのだが、圭子と春名は食べるのが専門、美智香は調味料の分量を量るのに0.1ミリグラム単位で量らないと気が済まなくて時間がかかり過ぎ、空は作り出す料理が独創的過ぎて誰も口にしようとはしない、そして意外な事に紀絵は味覚音痴だった。


 その結果現在タクミが調理担当をしており、男の手料理がここ何食か続いている。決して不味くはないのだが、岬が作り出す様々な料理の数々に比べてレパートリーが少な過ぎてほぼ毎食同じメニューなのだ。具体的に言えばこの2日間3食全てがカレーライスで統一されていた。サラダ、スープ、サイドメニュー・・・・・・男の料理に文句をつけるな! というタクミの方針でカレーとライスのみという非常にシンプルな構成の食事の連続だった。令嬢が音をあげるのも無理はない。


「分かりました、なるべく早く元気になって美味しいお料理を作ります」


 にっこりと微笑む岬と涙目で訴える春名、この二人のお世話する側とされる側という関係はもはや夫婦よりも絆が深いのではないだろうか。


「岬、無理をしなくていいぞ。人間毎日カレーを食べていても絶対に問題ないはずだ。その証拠にインド人は毎日カレーを食べている」


「はいご主人様、私もご主人様が作ってくださったカレーが食べたいです」


 岬はこんな愉快な仲間兼家族と最愛のタクミに優しく囲まれて過ごす日常が心から大切に思えた。この幸せを守るために必要ならば武器を手にして戦う道を迷わずに選べる。今まで自分の問題で周囲から過保護にされ過ぎていたと反省して、これからはもっと積極的にトレーニングや戦闘に参加しようと決めた瞬間でもあった。



次の投稿は日曜日の予定です。

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