118 戦女神の輪舞曲
歩き出してどのくらい経っただろうか、もう街は遠くにその影がうっすらと見えるだけだ。街から離れた海岸近くの荒れ果てた土地にその女は待っているはずだ。
「ここら辺でいいでしょう」
そうつぶやくと岬は収納を開き、教会騎士から鹵獲したパワードスーツを取り出す。無骨な作りのその金属製のボディーにはこれまで繰り返してきた戦いの歴史が刻まれているように映る。
彼女は躊躇う事無く背中のスイッチを操作し内部に体を滑り込ませて搭乗する。
「ニンショウ トウロクヲ カイシシマス」
内部では合成された音声が流れる。搭乗者の遺伝子情報を読み取ってどの程度まで機能を開放するかという確認作業が内部で開始される。
「イデンシジョウホウヲ カイセキシマシタ。 アラタナ ファイナルマスタートシテ トウロクサレマシタ」
そもそもこのパワードスーツは岬の種族が開発して物で、その種族独自の遺伝子によって各種の機能が段階的に使用できる仕組みになっている。だから教会の騎士が乗り込んで操縦しても試験モードのあのような動きしか出来なかった。
対して先祖返りで破壊衝動に関する遺伝子を極めて濃く所持している岬はファイナルマスターとして全ての機能を使用できる権限を得ていた。
「シヨウスル キノウヲ センタク シテクダサイ」
「最終段階を発動してください」
躊躇い無く岬は最も危険な機能を選択する。
「サイシュウダンカイハ ヒジョウニキケンデス。 バアイニヨッテハ コノママ ソウチガ カラダト ユウゴウスル キケンガアリマス。 ヨロシイデスカ?」
「構いません。最終段階を発動してください」
もうすでに覚悟を決めている岬は危険を承知であっさりと承認した。
「サイシュウダンカイニ ケイタイ ヘンコウシマス」
合成音とともにパワードスーツが光に包まれる。その眩いばかりの光が収まった時には黒いドレスアーマーに身を包んだ岬が立っていた。
普段身に着けているメイド服とデザインが似ているのは単なる岬の好みだ。体の主要な部分は未知の金属で覆われており、十分な防御機能を持っている。だがそれだけではなくこのドレスアーマーは彼女の身体機能を大幅に引き上げていて、その性能自体は相手の女が身に着けている黄金の鎧とまったく遜色が無い。
さらに岬はアスカロンを取り出して数回素振りをしてその感触を確かめる。
「準備は出来ました。参ります」
軽々と大剣を振るその姿は最初から出し惜しみしないで全力でぶつかる覚悟を現している。
「あれは一体どんな仕組みなんだ?」
遠くから岬の様子を見ていたタクミは無骨なパワードスーツが変形した事に驚いている。素材事態がまるっきり変化するなどタクミの惑星の科学でも理解出来ない。
「失われた過去の技術の中にはあのように行き過ぎた物が存在している。おそらく危険すぎて連邦によって製法が秘匿されて、現在は残っていない」
空は事実だけを冷静に述べている。彼女の時代には人間が搭乗するパワードスーツは存在していないので、それ自体が失われた技術だった。
「待ちかねたぞ、久しぶりの戦いが同族とだからな。今から楽しみで仕方ないんだ」
岬の前に立ちはだかっている女は遣って来た彼女を見て心から楽しそうな表情をしている。まさに戦闘狂だ。
「その前にあなたにお聞きした事があります。あの地下都市が無人になった理由を教えてください」
岬は努めて冷静に話し掛ける。
「何かと思えば下らない事を聞くんだな。あそこは私が滅ぼした。人を犯罪者扱いするやつらを全て殺してやったよ。何人かは地上に逃げたが、そいつらがどうなったかは知らない」
平然とした表情で答える女、その様子からは罪悪感など微塵も感じられない。
実は彼女にも同情すべき点があった。偶然彼女は遺伝子に破壊衝動が組み込まれて生まれ、それが分かると隔離された施設で人体実験に近いような仕打ちを受けて長い年月を過ごした。成長してそこを破壊して脱出したが、都市の住民は彼女を敵視して殺そうと警察や軍が総出で追いかけた。逃げ隠れするには余りに狭い地下都市の中で、彼女は必死に身を守るために戦った。それは安息の無い只々殺戮の日々、殺さなければ自分が殺されるそんな毎日の中で彼女の心の中には憎しみだけが募っていった。
「気の毒な方ですね。誰にも理解されなかったんですね」
岬は彼女の生い立ちに同情している。もし生まれた場所が違って自分のように周囲が理解してくれれば、彼女もまったく違う生き方が出来たのではないかと、あまりに自分と違う境遇に同情していた。ほんの些細な巡り会わせで彼女の立場が自分に降りかかったかもしれないのだ。
「知ったような口を利くな。お前に何が分かる!」
同情されていることに気がついた女は哀れみを向けられたと思い逆に怒りを露にする。愛情を受けずに育った彼女には怒りの感情しか育っていなかった。
「あなたも私のように理解してくれる人に囲まれていたらもっと違う生き方が出来たのでしょう。ですがあなたは私にとって大切な方々に手を出しました。その人たちを守るために私はあなたと戦います」
同情はしてもそれとこれは別の問題、岬はタクミをはじめとする自分の大切な人たちを守るためにこの場に立っている。
「そうか、お前を殺してから後ろにいる連中を皆殺しにしてやるよ」
女は岬の後ろでこちらを見ているタクミたちに視線を遣って岬に宣言した。
「そうは行きません、ご主人様は私の何倍も強い方です。たとえ私が倒れてもご主人様があなたを倒してくれます。ですから私は安心してあなたと戦えるのです」
岬はこの戦いで自らの死も覚悟している。相手はそんな簡単に討ち取れる存在でないことは百も承知だ。それでも敢えて自分がこの場に立つことを選んでいた。
「ならばそいつもまとめて殺すまでだ。最後に名を聞いておこう。私はアルネ・エンザリアだ。もっとも本当に親が付けた名前かどうかは定かではない」
「ミサキ・デ・エバレンス・スローベルド」
その名を聞いた女の表情が変わる。
「王族の生き残りか! 面白い、この場で私の全ての憎しみを叩き付けてやる」
「知っていたようですね。元王家の血を引く者として、あなたにはその命で同胞殺しの罪を償ってもらいます」
岬の言葉通り彼女ははるかな昔に滅びた惑星の王族の生き残りだ。彼女の祖先は自らの星が滅亡を迎えた時に偶々留学で他の惑星に滞在していた。その時点で王族としての様々な特権は剥奪されたが、それでもなお彼は自らの母星が滅びた責任を感じて子孫に『過ちは繰り返すな、絶対に食い止めろ』と硬く言い残していた。岬も当然両親からこの先祖の言葉を受け継いでおり、それが彼女をこの場に立たせている理由の一つだった。
「私をこのような怪物に生んだ責任を取ってもらうぞ」
「王家の血を引く者として、あなたの気持ちが全て受け留めましょう。大分お話が長くなりましたね、そろそろ始めましょうか」
岬の体が紫色の光に包まれていく。それは体内から発する気をドレスアーマーが受け止めて身体能力をさらに高めているために生じる光だ。アスカロンを構えて正面に立つアルネを見据える。
「いい覚悟だ。この場で死ぬがいい」
アルネも体中から真っ赤な光を放って右手に持っていた聖槍を構える。
間合いを計りながらジリジリと距離を詰める二人、両者がまとう光が接触するとバチバチと音を立ててスパークするような火花が散る。それはまるでお互いの闘気が相手を飲み込もうとするかのように。
銀河最強種族の長年に渡る遺恨の全てを晴らすべく、人の理解を超える女神の争いがここに始まりを迎えた。
次の投稿は土曜日の予定です。