116 地下都市
「この建物の地下が封印の間に繋がっておる」
案内した総主教はタクミたちを主教宮の裏にある小さな建物に連れて来る。そこは見るからに堅牢な造りだが、敢えて人目に付かない様に目立たない外見をしていた。
「これが封印の間に繋がる鍵なれば、そなたが受け取るがよい。我は神の言い付けに背く事は出来ないのでこの場から引き返す」
総主教はタクミにいくつかの鍵が付いている鍵束を手渡すと背を向けて去って行った。
「行くか」
その姿を見送ってからタクミは鍵を差し込んで重い扉を開いていく。もう長いこと開けられていなかった扉は軋んだ音を立ててゆっくりと開いていった。
建物の内部は窓が無く真っ暗だった。タクミが懐中電灯を取り出して中の様子を照らして行く。そこには何も無くて奥の壁に一枚の鉄製の頑丈そうな扉があるだけだった。
「この扉の先に地下に降りる階段があるようだな」
タクミは鍵束から鍵穴に合うひとつの鍵を差し込んで扉を開こうとするがビクともしない。木で出来ていればいつものように圭子が蹴破るのだが、生憎頑丈な鉄製で彼女の出番はなさそうだ。仕方ないのでタクミはパワードスーツを展開しようとしたところ岬が進み出る。
「私にお任せください」
彼女が扉の取っ手に手をかけて力を込めると重さ200キロ以上ありそうな鉄の扉が蝶番ごと外れた。彼女はその重い扉をヒョイッと横の壁に立てかける。
見慣れた光景ではあるがその様子に全員が引いている。岬の怪力はこれまで事あるごとに見せ付けられてはいたが、その外見とあまりに不釣合いでギャップがありすぎるのだ。
「タ、タレちゃん、何時もながら凄いですね」
春名は完全にビビリながら声を掛けるのが精一杯だ。
「このくらいしか役に立てませんから」
ケロッとした顔で重たい扉から手を離して岬は後ろに控える。彼女は自らの問題で戦闘が禁止されている事を気に病んでいた。自分が何も出来ない分他のメンバーに負担がかかっているという自己嫌悪を感じていたのだった。美智香などは魔力切れ寸前まで頑張っている。それに引き換え力があるのに何も出来ない自分の不甲斐無さと負い目を感じていた。
「岬、気にするな。お前は何時もの岬でいれば俺は満足だ」
タクミは彼女の胸の内を察して言葉を掛ける。何時もは中々気の利いた言葉を掛けられないタクミからするととんでもない大進歩だ。
「ご主人様、その言葉何よりも嬉しいです」
岬は頬を赤らめて俯いている。奥ゆかしい彼女ならではの喜びの表現だ。女子たちはその微笑ましい光景を黙ってみている。だが彼女たちの心の中にはいつか自分もタクミに優しい思い遣りのある言葉を掛けてもらいたいという欲望に満ちていた。
「とりあえず下に降りようか」
真っ先に我に返った圭子が赤い顔で提案する。彼女はタクミに優しい言葉を掛けてもらいたいと感じた自分にこっ恥ずかしい思いをしていたのだ。自分のキャラから逸脱したその思いが身悶えるほど恥ずかしかった。周囲が薄暗いので誰も彼女の顔色に気が付かなかったのは幸いだ。もし顔が赤い事を誰かに指摘されていたら咄嗟に暴力的解決を図りそうな恐ろしい予感がしていた。
彼女を先頭に扉の奥にある階段を降りていくと、そこにはお馴染みの金属製の扉とテンキー入力装置のセットが存在していた。
「どうやらビンゴだな」
タクミが端末に記憶させている数字を入力すると扉は音も無く横にスライドして行く。扉の先は通路になっており、オレンジ色の照明の光で満たされている。今までは金属の扉を抜けるとすぐそこにPMIシステムの装置が置かれていたのだがここは造りが違うらしい。そんな考えを抱きながら圭子を先頭にして通路の先に進んで行く。
そしてその通路の行き着く先はテニスコートくらい広さのホールだった。そこには遊園地の遊具を囲むような手摺にグルッと被われた昇降装置のような物がある。
「これを使って下に降りるということか?」
他に何も無い所を見るとどうやらそうらしいが、手摺の中にパネルのような物が設置してあるだけでどうやって動かすのか不明だ。
首を捻っている一同を尻目に岬は手摺の内部に入り込みそのパネルを覗き込んでいる。
「岬、うかつに手を触れるなよ」
「ご主人様、大丈夫です。皆さん手摺の中に入ってください」
タクミの注意を彼女にしては珍しく聞き流して全員を内部に誘導する岬、彼女は一体何を発見したのだろう。
全員が手摺の内部に入った事を確認すると岬は設置してあるパネルに自分の手をかざす。
「イデンシジョウホウカイセキカイシ ドウゾクトニンテイシマシタ トウソウチハジドウデサドウイタシマス」
パネルから機械による合成された音声が流れて手摺の内部がドーム上にシールドで被われていく。内部の全てが被われると装置は滑らかに下降を開始し始めた。その無骨な造りに比べて驚くほどスムーズに下降して行く。
「岬、この装置を知っていたのか?」
タクミは彼女の態度が明らかにおかしかった事に気が付いていた。その装置の存在を知っていた上に、パネルが彼女の遺伝子情報を解析した結果自動的に作動した。タクミだけではない、春名以外の全員がその事に気が付いていた。
だが岬はタクミの問い掛けに答えようとはしない。無言で下を向いて何かを考えている様子だ。思えば教会の魔装備は岬の種族が作り出した物と彼女は言っていた。そしてこの昇降装置・・・・・・どうやら此処に隠されている物は岬の種族と大いに関係があることは間違いない。ではなぜ彼女はそれを打ち明けようとはしないのだろう、そんな疑問がタクミの頭を過っている時昇降装置は停止した。
そこには再び金属製の扉があって一行の行く手を遮っている様に見えるが、横のパネルに岬が手をかざすと何の問題も無く開いた。その先には再び同じような昇降装置があって一向はそれに乗り込んで更に地下深くを目指す。
何度か同じように昇降機を乗り継いで体感的には500メートル以上潜った様な気がする。ようやく昇降機が停止するとそこは地下とは思えないような大空間に巨大な都市が存在していた。
「此処が目的地です」
岬はその光景に圧倒されている一同に向かって話し出す。その地下都市は半径30キロ以上高さ500メートル以上のドーム状の空間で地上にある街とは根本的に違う煌びやかな近代都市が広がっていた。
「この都市が我々の種族がこの地に残した幻の都市『グラン・エル・サランダ』です。約2000年前に月に移住した私たちの祖先と行動をともにしなかった人々がいました。彼らは未開拓星系に旅立ち、この地を発見して住み着いたのです。何度か月に遠距離の通信波が届き、新しい惑星で無事に生活しているという連絡がありましたが、約1000年前に突如その連絡は途絶えました」
岬が語る遥かな昔の種族の歴史、本星の滅亡という苦難を乗り越えて何とかこの地に辿り着いた人々の過酷な運命が刻み込まれている。それに彼女が言う通り連絡が途絶えたというのはその時期に何らかの原因で滅亡を向かえたのだろうと予想が付く。現にこの巨大な都市には動く者は見当たらずまったく音の無い静まり返った空間と成り果てていた。
だがこれだけの発展した文明を持ちながら一体なぜ滅亡を迎えたのかは謎のままだ。気候の変動は地下では受けにくいし、食料や資源なら地上に豊富にある。まだ都市全体が煌々と照明によって照らされているところを見ると動力炉は生きている筈だ。
疑問は尽きないがとりあえず目的の場所を探そうという事になり歩き出す一行。岬の話によるとPMIシステムはおそらく最も地下の深い部分に設置してあるらしいがはっきりとした事は彼女にもわからない。
「建物の感じからしてあそこが中央制御室みたい」
美智香は端末と見比べながら大きな建物を指差す。彼女は女子たちと一緒に道路上にあった街路図を端末に記憶させていた。残念な事に空や岬は地図が分からないタイプで、そこに書いてある文字を銀河標準言語に通訳するしか出来なくてそれを美智香に記憶させていた。
建物の中に入ると案内表示がある。元々人が住んでいたのだから当たり前だ。それを見ながら地下にPNIシステムを収納した施設の存在を確認する。一行はエレベーターで地下に降りて機械システムで厳重に警備されている区画に入り込む。
どうやら警備システム自体がまだ機能しているらしくてアラームが鳴り響くが、誰も出てくる様子が無い。文字通り無人の施設だ。簡単に通れる所はアラームを無視して通過し、扉がロックされている箇所はタクミか岬が破壊しながら奥に進んでいく。
ようやく最後の扉の前に立つ一行。此処にはテンキーが壁に設置されており、お馴染みのパスワードを打ち込むと音も無く扉は開いた。
内部にはこれまたお馴染みの各種装置やモニターが設置されているが、その中にあって見慣れない大きな機械が置いてある区画があった。
「まさか!」
全員が驚きの声を上げる。そこにはコールドスリープ装置の中で生命を維持しながら眠っている若い女性の姿があった。
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