104 圭子の怒り
お待たせいたしました。前回は拘束された被害者を救い出したタクミたちですが、今回はいよいよ悪党征伐に乗り出します。圭子の無双回です。
タクミたちは被害者の女性を家族に引き渡してから再び館に戻る。ここまで後回しにしていた、クリモフの仲間たちを探し出すためだ。
だが1階の部屋はもちろんの事2階にも誰一人姿は見えなかった。シロが警察犬並みの鼻でそこら中を嗅ぎ回ってみたが、人の気配を掴む事は出来なかった。
「どこかに隠し通路があってそこから逃げ出した可能性が高い」
美智香の意見がこの場合どうやら正しいようだ。
館の周囲は人っ子一人出られないくらい住民たちに包囲されており、誰にも気付かれずに外に出るのは不可能だった。さらに審問官たちは尋問中の女性を放りぱなしで慌ててどこかに消え失せた形跡がある。
「やつ等が逃げ出した隠し通路を探すか?」
タクミの言葉通り、隠し通路を探し当てれば彼らがどこに消えたか見当が付く。
「そんなまどろっこしい事しなくていいわよ! どうせやつ等の本丸の教会に逃げ込んだに決まっているんだから、これから押し掛けて一網打尽にするだけよ」
圭子はいつもの正面突破を主張する。だが彼女はいきなり教会に押し掛けて一体どうするつもりかは全く考えていない。とにかくぶちのめして必要な事は吐かせれば何とかなる程度の認識だ。
「圭子ちゃんにしては冴えていますね。直接乗り込んじゃいましょう!」
ここで学業的には圭子の宿命のライバルの春名が彼女のアイデアを褒めつつ賛同する。ヘタレで平和主義の春名でさえも、その目で直接見た悪行に彼女には珍しく業腹だった。
パーティー全体の流れはこの一言でほぼ決定する。相変わらずタクミに決定権も拒否権も付与されてはいない。
「仕方ないか。教会に向かうとしよう」
もし審問官たちが別の所に逃げ込んでいたら取り逃がす可能性がある事を気にしていたタクミも、その勢いには逆らえずに甚だ遺憾ながら同意する。こうなった時の女子たちの勢いは彼一人で抗う事は不可能なのだ。
手ぶらで外に出た来たタクミたちを住民は『一体どうしたことか?』という目で見ている。彼らはここで散々に悪事を働いてきた連中が引きずり出されて来るのを待っていたのだ。
「どうやら連中は逃げ出した後だった。これから一気に教会に行って、悪党どもを根こそぎ捕まえるぞ」
タクミの言葉に住民たちは再び沸き返る。
「審問官たちを捕まえろ!」
「教会に向かうぞ!」
「悪党どもを引きずり出せ!」
コブシを振り上げて口々に叫びだす住民たち、彼らの心の中にある教会とは神への信仰の場所ではなく、自分たちを苦しめる悪魔の住処のように変わり果てていた。
金持ちからは魔族との関わりを匂わせて多額の寄付を求め、繁盛して小金を持っていそうな商店主を告発して有り金を奪う。きれいな娘がいれば片っ端から疑いを晴らすための尋問と称して陵辱の限りを尽くす。
それも神の名を語る教会が率先して誰も逆らえないような社会の在り様を作り上げていた。その名の下に一体どれだけの罪のない命が奪われていったか街の住民ですらとっくに数えるのを止めた程に。ただ毎週繰り返し行われる悲惨な処刑を見させられる住民たちのその心の中にはすでに一切の神など存在していなかった。
明日は自分が告発されるのではないかという疑心暗鬼と不信が渦巻く社会に安寧など無い。ひたすら不安に怯えて暮らす毎日が20年も続いていたのだった。
その鬱屈した社会にタクミたちの出現で大きな風穴が開いた。今まで絶対に逆らえないと思い込まされていたものが真っ赤な嘘だと暴露された瞬間だった。
住民たちを束縛していた魂の鎖が一気に解けて、彼らは精神の自由を求めた。自らを縛っていた偽りの鎖が真実を突きつけられた事によって真っ赤な嘘だと知れ渡ってしまったのだ。
住民の行列はタクミたちを先頭に教会へ突き進む。それは真の自由を求める行進だった。
そしてその何千人という大集団はついに教会の正門に到着する。教会に対する怒号と非難の声は鳴り止む事が無い。それは魂の自由を取り戻すための叫びだった。
対する教会の方は今まで恐怖で支配していた箍が外れて、自分たちを取り囲む住民たちの叫び声を聞いて真っ青になっている。恐怖によるある種の洗脳状態だったからこそ好き勝手にやれていたのが、その洗脳が解けてしまっていた。
この光景を目の当たりにして教会の首脳陣は大主教を中心に何とか時間を稼いで対応策を練ろうとしていた。だがそんな時間の猶予をくれてやる気はタクミたちには更々無い。
正門の前で槍を向けて身構えている教会騎士たちを美智香の魔法で文字通り粉砕してズカズカと敷地に入り込む。住民たちから巻き上げた金でその建物の外見は壮麗を極めているが、タクミの目から見れば大勢の命を犠牲に造られた薄汚れた建物に過ぎない。
「さあ、大掃除の開始よ!」
圭子が先程のようにひと蹴りで立派な彫刻が刻まれた重厚なドアを蹴破る。彼女にはドアを手で開けるという発想はどうやら無縁のようだ。
そこは信者が祈りを捧げる礼拝堂になっており、豪勢な祭壇の奥には女神の像が置かれているが、祈りを捧げている者は誰も見当たらない。
「こんな所には居ないだろう。もっと奥の居住区や執務室の方に行くぞ」
祭壇横の扉から奥に進むと奇麗に磨きこまれた廊下が続く。そこを全く遠慮する事無く土足で歩いていく一行。彼らを止めようとする教会騎士の散発的な抵抗が時折見られるが、そんな事は全く意に介せずに奥へ奥へと進む。
廊下の突き当たりにドアがひとつだけあってそこも圭子は蹴破る。本当にこの女はドアは手で開けるものという事を知らないのだろうか?
「ようやく来たか、待っていたぜ」
そこには10人の騎士に囲まれて神父の姿をした男が立っていた。だが、どこからどう見てもその男は神に仕える存在には見えない。何よりもその濁り切った目が彼が何者なのかを雄弁に物語っていた。
「まったくお前たちのせいで俺の楽しみが邪魔されていい迷惑だ。だが、随分沢山女がやって来たな。俺の楽しみの邪魔をした償いはその体で受けてもらうのが神の思し召しっていうヤツだな。全員足を広げてその○○○に色々と突っ込んでやるぜ」
気味の悪い笑みを浮かべて女子たちの品定めを始める男の表情は根っからのサディストの表情をしている。女性が苦しめば苦しむ程悦楽を感じるのだろう。その男を見て女子たちは嫌悪と言うのも生易しいまるでおぞましい物を見るような目をする。
そして男の言葉で、あの女性たちの精神まで壊すような酷い仕打ちを誰が実行したのかという事がはっきりとした。
その気味の悪い男に対してタクミが前に出ようとするのを圭子が制す。
「コツは私の獲物よ、楽には死なせない」
圭子の目が完全に据わっている。そしてなぜか彼女は両手に装備している大地の篭手を外して、ポケットから取り出した黒い革の手袋をはめた。
「一応名前を聞いてあげるわ」
男に正対する圭子は怒りを完全に封じて努めて冷静な声を出す。
「俺は審問官のグラジールだ。何だお前、素手で俺と遣り合おうって言うのか! おもちゃにしてはちょいと物足りねえな」
彼は手にモーニングスターと呼ばれる鉄の棒の先に丸い球が取り付けられて、そこから鋭利な棘が20本程四方に伸びている凶悪な武器を手にしている。後ろに控えている騎士たちにはどうやら手を出させないつもりのようだ。何しろ自分の楽しみが減ってしまう。
相手の隙を伺うようにしてジリジリとにじり寄る圭子、彼女は意識して呼吸の回数を減らしながら雑念を払って無の境地に近づいている。
先に動いたのはグラジールの方だ。凶悪な武器を振りかざして圭子の機先を制しようとする。だがその軌道を見切っていた彼女はすれすれで身をかわして通り過ぎたモーニングスターの柄の部分を手刀で叩く。圭子の手刀によって振り下ろされる勢いが付き過ぎたグラジールの武器は止めようと思った場所を通り過ぎて床にその棘を突き刺してしまう。
「桑原流奥義一の陣『流力玄掌』!」
床に刺さって動かなくなったモーニングスターを引き抜こうとするグラジールの右側に流れるような動きで回りこんだ圭子は相手の上腕部に軽い掌打を放つ。彼女の祖父が編み出した奥義その一は、相手を殺さずに無力化する事を目的としている。
彼女が軽く放ったように見えた掌打は浸透経に近い作用があり、打撃の威力よりもその振動によって筋組織や血管を破壊していく。
「ぐわーー!」
グラジールは軽い衝撃を感じた直後に襲った上腕部の痛みに悲鳴を上げる。その腕は見る見る赤黒く変色していき、すでに木の枝1本すら持ち上げられない程に力が奪われていた。ダラリと垂れ下がった右腕を庇いながら、左手1本で何とか武器を引き戻して圭子に対して構えるが、利き腕を壊されているためにその動きはぎこちない。
「二の陣『幻体烈斬』!」
圭子が次に繰り出す奥義は自らの実体に似せた殺気を放って敵の目を欺いて反対方向に動きながら手刀の一閃によって全てを断ち切るというかなりの大技だ。どうしても痛めた右腕に注意が向いてしまうグラジールは圭子の殺気に反応して武器をそちらに向けて振るう。
そしてその伸び切った左腕を圭子の手刀が襲った。
「バシュッ!」「ドサッ!」
連続した音が響いて何かが床に落ちる。
「ギャーー!」
先程までの残虐なその口調は一体何処に行ったのかと思うほどの情けない叫び声が響く。もちろん床に落ちたのは彼の武器だった。グラジールは肩口から血を噴出しながらなおも悲鳴を上げ続けている。後方の騎士たちは圭子の眼光に圧倒されて動くことすら出来ない。
「あら! まだ私の奥義のホンの入り口しか見せていないのに随分と情けない姿になっているわね」
圭子はすでに普段の状態に戻っている。彼女にしても奥義を繰り出す時には特別な精神集中が必要で、その研ぎ澄まされた精神によってこれ程の切れ味鋭い技が出せるのだ。
今まではとかく力任せに敵を仕留めてきた圭子だが、その流れるような動きと研ぎ澄まされた鋭い技はタクミが舌を巻くほどだった。さすが祖父直伝の奥義だけの事はある。
一方両手が使えなくなって抵抗する術を失ったグラジールの方はとてもそんな余裕は無い。何とか逃げ出そうと背を向けるが、それを見過ごすような甘い圭子ではない。
「ふん!」
動き出そうとした足に自分の左足を引っ掛けてグラジールを派手に転倒させる。うつぶせのさらに情けない姿で何とか立ち上がろうともがくが、手が使えないために立ち上がる事も儘成らない。
「足の骨を折っていた女の子が居たわよね」
「グシャ! グシャ!」
彼女が左右の足首にその踵を落とすとグラジールの両足首は立て続けに砕けた。
「ギャーーーー!」
悲鳴を上げてなおも逃れようともがくが、その体は一向に前に進まない。
「頼む、助けてくれ」
圭子に顔を向けて命乞いをするが、彼女はまったく聞く耳を持っていない。
「何言ってるの? よく聞こえないわ」
自分に向けられたグラジールの顔を蹴飛ばす。歯が飛び散って鼻が陥没してもなおボロ雑巾のような扱いを続ける圭子。
「紀ちゃん、こいつに軽く回復魔法かけてやって! この程度で死ぬなんてまだまだ甘いっていう事を分からせてやるんだから」
「はい、任せてください」
紀絵は出血のひどい左腕の止血だけして他の傷に関しては完全に放置した。グラジールは顔面を蹴られたショックで気を失っている。
「さあて、チャッチャと雑魚の始末もしておかなくちゃ!」
今度はその場で硬直している騎士たちに殺意を向ける圭子だった。
読んでいただきありがとうございました。次回は教会のさらに内部にタクミたちが踏み込むことになりそうです。感想、評価、ブックマークお待ちしています。次回の投稿は金曜日の予定です。




