10 メイドの決意
現在タクミたち一行は王都から北にある街ラフィーヌを目指して街道を歩いている。春名の体力が半分になっている事が判明したのでペースは遅めだ。
彼女の横にはシロもくっ付いて来ている。今やパーティーの一員だ。
彼らは新人狩りのゴロツキを捕まえて事でEランクに、ワイバーン討伐でCランクに昇格していた。
もちろん、ギルドから報奨金や買取代金を受け取って城を出るときにもらった支度金も合わせると、全員が5年は楽に暮らせる金貨を持っている。
にもかかわらず、彼らはダンジョンがあるラフィーヌを目指している。その理由は・・・・・・
「そこにダンジョンがあるから!」(圭子)
だそうだ。
都合がいい事にCランク以上は制限無しで深い階層まで潜れるそうで、この事が女子達の闘志にさらに火をつけた。こうして彼らは食料などの補給を整えてから王都を出発した次第だ。
春名が疲れてきたようなので街道の脇で休憩を取る。
「馬車でも借りたほうがよかったか?」
そうタクミが切り出す。
「誰も馬車なんか操縦できないし、御者にタクミや美智香の戦いを見せるわけにはいかないでしょう。それより誰か乗り物持ってないの?」
圭子がもっともな事を言うが、タクミが一人乗りのバイクを収納にしまっているだけだった。
「時空を越えてお取り寄せできるけど、自動操縦で衛星からのナビがないと動かない」
空が残念がる。
「私は大丈夫ですから気にしないでください。この通りシロちゃんも頑張ってますよ」
春名が健気に答えると、シロも『キャン!』と一声吠えた。
一休みしたところで再び出発すると、少し歩いたところで圭子が森の中に気配を感じた。
「なにかいる、こっちに向かってきてる!」
彼女が顔を向けている方向からかなり大きな足音が複数聞こえてくる。
「俺がやる。少し本気を試したかったんだ。全員シールドに入れ!」
圭子は『本当に大丈夫?』といった顔をしていたが、素直に指示に従った。
タクミが端末を操作すると彼を包み込むようにパワードスーツが展開を始め、約2秒で装着が完了した。
見た感じは『○ターウォーズ』の帝国兵をシルバーメタリックにしたような感じだ。その背中にパワーユニットを背負って、右手にはプラスターガンを握り、左手はレールキャノンと一体化している。
美智香以外はその様子を見て『ほえーー』と言う顔をしている。惑星調査員のフル装備を間近で見る機会などあまりないからだ。
美智香は父親がほほ同じ仕様の物を、彼女自身は廉価モデルを所持している。残念ながらメンテナンス中で地球においてきているが。
空は逆に人が戦闘に参加していた時代のパワードスーツを見て驚いていた。彼女の時代になると戦闘はフルオートのロボットが行うようになっているらしい。
そんな一行の前に現れたのは5体のオーガだった。
「赤鬼さんが出てきましたよ!」
春名がその姿を見て指を指す。確かに日本風に言えばそうかもしれない。
オーガは目の目にいる銀色の存在に訝しそうな表情をしたが、その後ろに女が5人固まっている事を発見してニンマリした。
前にいた2体が左右から手にした棍棒を振り上げてタクミに襲い掛かるが、彼は無造作に振り下ろしかけた棍棒ごと左のオーガを殴りつけた。
圧倒的な馬力を持つパワードスーツに殴られた棍棒はオーガの腕ごと彼方に飛んで、その後ろにあったはずのオーガの頭はパンチを受けて千切れて吹き飛んだ。
右から迫ってきたオーガにはブラスターガンで腹に大穴を空けてやる。
遅れてきた3体には左手のレールキャノンを向けた。
『ブーン』
低い音が発生する。
空気を切り裂く『シュー』という音を発しながら、真ん中のオーガに砲弾が命中して炸裂した。
『ズダーーーン』
大きな炸裂音と共に3体のオーガは姿を消した。周囲には肉片などが散らばっているが、まさに消滅だ。
タクミが武装を解くと圭子が駆け寄ってくる。
「この馬鹿タクミ! これじゃあ売れないでしょう!!」
「あっ!」
完全にオーバーキルだった。
他のメンバーも次々にやってくる。
「タクミ、ちょっとやり過ぎ」(美智香)
「タクミ君、格好いいです!」(春名)
「びっくりしました。(ポッ)」(岬)
「これでは筋肉が見えない(怒り)」(空)
評価はまちまちだ。
「ダンジョンでこんなの使えないし、これはしばらく封印だな」
タクミがそうつぶやくと圭子が意見する。
「でも面倒くさい時にタクミにこの格好で通路の魔物を掃除させれば楽かも」
「俺はブルドーザーじゃない!」
だが女子達からは『頑張って!』という声が圧倒的に多かった。
彼女達は楽しい所だけを担当して、疲れたり面倒な所はタクミに丸投げらしい。
夕方になって野営に適当な場所を見つけて食事を取る。
食事は岬が持っていた調理キットに材料を入れて、メニューを選べば自動的に用意される。
和やかな雰囲気で夕食が終わってから、くじ引きの時間だ。
いったい何のくじかというと、宿泊できる非常用シェルターを持っているのが、タクミ、美智香、空の三人で残りの誰がどのシェルターに寝るかをくじで決めるのだ。
最初の頃はタクミのシェルターには春名が寝ていたのだがいつの間にかくじ引きで決める事が定着してしまった。春名は非常に不本意そうだが、大勢の意見には逆らえなかった。
そして今日は、タクミと岬、美智香と圭子、空と春名の組み合わせになった。
『お休み』と声を掛け合ってそれぞれのシェルターに入っていく。
「タ、タクミ君・・・・・・お先にシャワーどうぞ」
岬が声をかける。彼女がタクミと一緒に寝るのは初めてではないが、今日はどことなく様子が変だ。
「じゃあ先に入ってくる」
そう言ってタクミはシャワールームに入っていく。
このシェルターはワンルームマンション程度の広さがあって、生活に必要なものはすべて整っており、持ち運びが出来る自分の部屋といったほうが正しいかもしれない。
「よし!」
彼が消えてから思いつめたような表情をしていた岬が、シャワーの音が聞こえてから決心したような声を出した。
そのまま彼女は服を脱いで、シャワールームの扉を開こうと思ったが、さすがにやりすぎだろうと思い直して、体にバスタオルを巻き付ける。浴室の扉を開くと、やや緊張した表情でその中に入っていく。
「タ、タクミ君・・・お背中流します!」
『一体なんだ?』と思ってタクミがそちらを振り返ると、バスタオル姿のの岬がそこに立っていた。
慌てて目を逸らすが、タクミの喉は何かに絡め取られたように、引きつった声しか搾り出さない。
「い、一体どうしたんだ、もう少し待てば俺は出るから!」
そんなタクミに構う事無く彼の後ろに膝をつく岬。その表情は、バスルームに入った瞬間に、強い決心に包まれているかのようであった。
「スポンジを貸してください、お背中を流します」
ほとんどひったくる様にタクミの手からスポンジを取って、無心で彼の背中を擦り出す。
実は岬は元からタクミに密かな思いを寄せえており、それが彼女がパーティーを移った理由だった。そして、今日の彼の本気の戦闘を目撃した彼女の中で、変なスイッチが入ってしまった。その結果として、お思いもよらぬ大胆行動に走っているのだった。
「ご主人様のお背中を流すのは、メイドの務めです」
そう言いながら丁寧にタクミの背中を擦っていく。これは、岬自身の気持ちを胡麻化そうとする、せめてもの言い訳であった。
対するタクミはどうしていいかわからずに、されるがままだ。
満足いくまで彼の背中を擦り、シャワーで泡を流しながら岬は口を開いた。
「二人っきりでいる時は『ご主人様』って呼んでいいですか?」
甘くて優しい声がタクミの耳元でささやかれる。この強力な魔力にタクミは逆らえなかった。
黙って頷くタクミにの様子に、岬の表情が緩む。
「ご主人様、私幸せです!」
今度は嬉しそうな声でささやく。
「今日は一緒に寝てもいいですか?」
シャワーが流れる音に交じって、大胆なセリフがタクミの耳元で聞こえてくる。
またもや無言で頷くタクミ。彼は今、岬に押されまくって、無抵抗にされるがままになっている。
そのまま岬によって、体中をくまなく洗われたタクミは、逃げるように浴室を飛び出していった。
体を乾かしてから、魂が抜け落ちてしまったかのような表情でベッドに寝転ぶ。
(これはきっと夢に違いない!)
つい先ほどまでの出来事を心の中で否定しつつ、そのまま少しウトウト仕掛けたとき、耳元でささやく声が聞こえた。
「お待たせしました、ご主人様。今日はお好きになさってよろしいんですよ!」
薄いTシャツ1枚羽織っただけの岬が、部屋を照らす明かりの下に、立っているのだった。