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武士大神(もののふおおかみ)   作者: ぽんた


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神々の約定

「風神、雷神、どうかこれまでとかわりなく新撰組の仲間たちを助けてほしい・・・」


 あいつは約束どおり翌朝早く戻ってきた。

 戻ってくるなり風神と雷神があいつに突進していった。

 

 馬たちもまた、すでにあいつがここに自分たちを置いていこうとしていることに気がついているのだろう。


 昨夜、おれは市村に命を与えた。


 おれの愛刀、写真フォトガラ等を託し、箱館に戻り次第いずれかの商船で横浜に向かい、そこから日野のおれの実家にいくようにと。


 市村は、おれのまったく予想通りの反応を示してくれた。


 その後、市村はむっつりと黙り込みおれから離れていった。


 野村や伊庭も、しばらくそっとしておいたほうがいいという。


 否、こういうことは年端の近い田村や玉置が説得するほうがいいだろう、と。


 その餓鬼どもですら、市村の頑なな態度を和らげることはできなかった。


 市村もまた、おれたちとともに死ぬつもりでいやがる。


 ここにも、馬鹿な餓鬼が一人いる


 あいつは、二頭の馬の耳朶に直接なにかを囁きつづけている。


 二頭ともしだいに落ち着いてきた。そして、あいつが最後の抱擁をするころには、馬は馬なりに覚悟を決めたようだ。


 おれと市村も、二頭に別れを告げた。


 そして、人間ひとにも。


 アイヌの長老エカシには、あいつを通じて野村たちのことを頼んだ。


 長老エカシは小さくて皺だらけの相貌でにっこり笑い、「心配するな、かれらはすでに立派なアイヌだ」といった。


 そして、さらになにかいったが、あいつはそれを訳さなかった。


 あいつ自身のことで、あいつはそれを知られたくなかったのだ。


 伊庭と、ふと視線が合った。


 隻腕の剣士「伊庭の小天狗」は、口唇を開きかけたが声を発さぬまま、それを閉じちまった。


 それもまた、あいつにちなんでのことだろう。


 玉置も同様だし、野村や大鳥さんの小姓だった高田ですらなにかを知っていて、おれに隠しているようだ。


 いったい、あいつのなにを知ってやがるんだ?


 すくなくとも、これが今生の別れとなる可能性が高いなか、だれもそのようには振舞わなかった。


 ぎこちなさのかけらすらなく、おれたちはまた気軽に立ち寄るというような気安さで、残留組やアイヌの人たちに別れを告げた。


 かえりは、おれと市村も白き狼の背に乗る。


 市村は、五頭の白狼の内で唯一の雌のラヨチに、おれは五頭の内で一番大柄のチュプに、それぞれの背にのせてもらった。


 ラヨチは虹、チュプは太陽と月を表すらしい。


 あいつだけが、まだ長老と話しをしている。


 狼たちはあいつの意を受け、おれと市村を乗せて走りだした。

 その背は思ったほど骨ばっておらず、毛も硬くなく広くて大きくて温かく、なにより力強い。


 おれも市村もそれぞれの狼の頸に腕を回し、上半身をその広い背に押し付けるようにした。


 まるでなにもないかのように、狼の躍動は強くて速い。道なき道を疾駆する様は、まさしくこの蝦夷の獣王だ。騎馬とはまったく違う乗り心地。


 おれはこれが、すっかり気に入ってしまっていた。


 そうだ、昔、同じ気持ちを味わったことがあった。


 たしかあのときは試衛館にいたころで、薬の行商をしながらこっそり道場破りを繰り返していた。


 あるとき、負かした道場の連中が、その腹いせに抜き身を持って追いかけてきやがった。


 そのとき、壬生狼が現れた。そして、おれを自身の背に放り上げると、多摩の村々をあっという間に走り抜けた。

 その大きながじつは狼で、あいつの仮の姿であると知ったときは、正直驚いた。


 だが、それもすぐに受け入れられた。


 かっちゃんや源さん、山南さんに総司、新八、左之、斎藤ですら・・・。


 おそらく、あいつがおれたちに暗示をかけていたんだろう。


 狼の姿にみせかける為に・・・。


 あいつ自身がばけものであるように思わせるために・・・。だが、いったいなんの為に?



「坊、土方さんと話しをしたほうがいい。いや、・・・」

 旧知の友の背を見送った後、伊庭は自身の生命いのちを救ってくれた恩人、否、存在に向き合った。

 だが、それは小さくて分厚い掌を胸元までさっとあげ、制した。


 伊庭自身はすでにそれと語り合い、それから様々なことを教えられ、受け継いでいるはずだ。


 それは、玉置にもいえること。


 それから与えられた生命いのちは尊く、同時につぎに繋げる使命を帯びた。


 このことについては野村や田村、そして高田とともに長老の教えを乞いながら話し合い、踏ん切りをつけたつもりだ。


 それは伊庭だけでなく、全員が同様のはずだ。


 自身らが敬愛する土方を、これからは自身らがそれに代わって護り愛するのだ。


 それが恩返しになる。土方に対しても、それに対しても・・・。


 それもまた狼の背に乗り、狼神ホロケウカムイを従え去っていった。


 それとはもう二度と、会うことはない。


 土方とは違って。


 大神カムイよ、どうか土方さんを護り給え・・・。


 坊よ、おまえの遺志はかならずや引継ぎ、護り、叶えてみせる・・・。


 だれもが泣いた。涙を拭おうともしなかった。


 坊という仲間の死に対して。


 その死を目の当りにする、土方に対して。


 アイヌの村は、この日もかわらず太陽チュプが昇り、サクの一日がゆっくり、そして穏やかに過ぎてゆく。


 五名の和人は、この蝦夷のアイヌの地で今日も明日も明後日も大いなる神の息吹を感じ、護り、護られてゆく。そういう生き方ができるようあらためて誓うのだった。


 大いなる神(カムイ)に対して、そして小さなわらべに対して・・・。


 留萌から、再び船で江差まで。


 船が岸を離れるや否や市村は、いまや近藤の形見ともなった得物を腰から抜き放ち、一心不乱に打ち振りはじめた。


 それはただ怒りや迷い、そして不安を払拭しようと試みているだけの行為にすぎぬようだ。


 もとは北前船として使われていたこの船は、払い下げられた後でも漁でずいぶんと酷使されているであろう。それでも一艘の船として、その役割を充分果たしている。酷暑、極寒、嵐の日もあれば凪の日もあるであろう。氷を掻き分け、進むときもあるはず。積荷が重かったり、巨大な鯨を相手にしたり・・・。


 乗せる人間ひとも、いろんな輩がいるであろう。荒っぽいやつ、胡散臭いやつ・・・。この船は、おおくの筋書きをみてきている。


 それが、いつまでつづくのか・・・。


 おれたちもその筋書きの一つとして、この船の歴史の一頁に刻み込まれるのであろうか?


 あいつはいきがけのときとおなじように船首に立ち、海の風を全身に受けている。まるで海の神と会話をしているかのようだ。

 その足許には狼たちが、船の周囲には海豚や鯱が集まってきている。


 おれは手すりに背をあずけ、市村とあいつを交互にみる。


 まるでできの悪い弟二人を、どうしてやろうかと思案している苦労性の兄貴のようだ。


 わかってる。二人の頑固さは、おれに似たんであろう。


「市村、これは命令だ。戻ったらすぐに出立の準備をしろ、いいな?」

 素振りをくれる市村の背に、おれはもう何度目かのおなじ文言を叩きつける。


 市村は、きこえていない振りをずっとつづけている。


 あいつが、ちらりとこちらをみた。


「市村さんっ!」

 船首から、あいつが叫ぶ。


 太陽は、頭上で燦燦と輝いている。穏やかな海上。


 ふと、大坂から江戸へ逃げ帰ったときの船旅を思す。状況はさらに悪化しているが、気分は悪くない。


 むしろ、あのときより気持ちがさっぱりしているのが、われながら不思議だ。


「あなたにしかできぬのです。局長の命を責任をもって立派にやり遂げられるのは、あなたしかおらぬのです。そして、近藤、土方両局長の意思を、誠を継げるのは、つぎに繋げられるのは、もはやあなただけなのです」


 船が水を切る音に負けず、あいつは船首から叫ぶ。


 市村は手を止め、あいつを、それからおれをみる。


 休息のときなのか、船主親子や水主かこたちが、それぞれの持ち場から甲板に現れた。


「あなたの前途を、大地の狼神ホロケウカムイと大海の海神レプンカムイが、祝福しています」


 一番大きな白狼が、四肢をしっかり踏ん張り遠吠えをはじめた。


 そのとき、まるで遠吠えにあわせるかのように、船がふわりと持ち上がった。


「きたれ、海神レプンカムイ!」


 叫ぶなり、あいつと白狼が船首から消えた。


 だれもが驚きの声を上げた。


 市村も慌てて船首に駆け寄っていく。無論、おれもだ。


 回天や甲鉄に比べれば、小さな船だ。意図的に起こされた大波が、この船を高々と空へと持ち上げる。


 手すりにつかまり、全員がそこから身を乗りだすようにして海上をみる。


「ばしゃーん」


 海の水が大きな音を立て、大きく割れる。この船からわずか三十尺程度の海中から、鯱が宙空へ跳ね上がった。

 その頭上に、あいつと白狼を戴いたまま。


 実際は、刹那のことだったかやもしれぬ。

 だが、じつにゆっくり、優雅なときに感じられた。


 陽光を吸収した水しぶきがきらきらと輝き、大きな鯱が宙を舞っている。


 白狼を従えたあいつは、その鯱の頭上、片膝ついた姿勢でおれをみている。


 市村を祝福しているのは、狼神や鯱神だけじゃねぇ。


 それらを統べるおめぇもだ。そうだろう、坊よ・・・。


 ずいぶんと涙もろくなったもんだ。その偉大で幻想的な光景を目の当たりにし、涙を流していることに気がついた。


 指先で、こっそりと拭う。


 市村をそっとみると、あいつも泣いている。


「わかったよ、わかったよ、坊・・・」

 幾度も呟いている。


 海の男たちは、その光景をまさしく海神の祝福とし、だれもが両膝を折り拝んでいる。


 この船とこの船に乗船する人間ひとも、市村の祝福にあやかり、あらゆる航海の無事を約束されたであろう。


 なんせ、三神みつがみの守護が約束されたのだから・・・。


 三神みつがみだと?


 自身の推測に、われながら呆れる。


 神?涙もろくなったばかりか、神頼みまでするようになっちゃぁ新撰組の鬼副長も落ちぶれちまった。


 なあ、そうだよな、かっちゃん?


 船は、静かに江差へと海原を駆ける。


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