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武士大神(もののふおおかみ)   作者: ぽんた


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襲撃

「勝海舟に坂本龍馬だな?」

 まるで絵に描いたような出来事だった。


 坂本の予測は的中した。

 その夜、最後に訪れた公卿の邸宅をで、あるきはじめたところでその一団に囲まれた。


 月は下弦。淡い月光のなか、十数名いる全員がすでに抜き身を握っていた。擦り切れた着物に袴姿から、神出鬼没の攘夷志士の一部であることは歴然だ。


 勝、坂本、岡田を包囲し、徐々に間を詰めてくる。


 岡田が一歩まえにでた。

 愛刀「肥前忠広びぜんただひろ」は、すでに抜き放たれている。それは、夜気を含んだ月光をうけ、怪しいまでに鈍い光を放っている。


「人斬り以蔵・・・」

 襲撃者たちの殺気がわずかに揺らいだ。

 だが、それも一瞬のことだ。

 数にものをいわせる襲撃者たちが、優位であることにかわりはない。


 岡田は威圧的な殺気を放つと同時に、身近にいた二人を瞬時に斬り捨てた。

 さすがに、これだけの数をまえにし、勝も「殺すな」とはいわぬ。

 その勝を、坂本が邸宅の壁へと導いた。壁を背にし、坂本も懐から愛用の拳銃を取りいだした。

 S&Wモデル2アーミー32口径だ。


 この拳銃ピストールは、長州の高杉晋作たかすぎしんさくが清国を訪れたときに入手した二丁のうちの一丁である。


 威嚇で一発撃った。だが、襲撃者たちは怯むことなくますます包囲網を狭めてきた。

 岡田のほうは、さらに二人斬り捨てている。

 坂本は、つぎは一番ちかくにいる浪士の脚を狙って発砲した。


 狙われた側は、一瞬もうだめかと刀を引いて瞼を閉じた。が、轟音、兆弾の音の後もまったく変化はない。さらには、自身の体躯のどこも痛くもかゆくもない。

 おそるおそる瞼を開けた。すると、眼前の拳銃を撃った側は、それを自身の顔に近づけ頸を傾げていた。


「何をやってんだ、坂本っ!ちゃんと狙ってんのかっ!」

 勝が怒鳴った。

「こがなはずじゃないがか?拳銃ピストールの精度がわりぃんぜよ、勝先生」

「ばかやろうっ!しっかり撃ちやがれっ!」

 そんな師弟のやり取りの間にも包囲網は狭まっており、さしもの岡田も息があがりはじめていた。

 このままでは、控えめにいってもただではすまない。

 坂本は、拳銃を懐にしまった。

 不本意ながら、ここは剣を抜くしかない。


 そのとき、月光の下、一つの影が角を曲がってやってくるのがみえた。

 この公卿の邸宅は、広大だ。設えられた白壁は、じつに一町四方に及ぶ。その周囲には人家もない。すなわち、襲撃にはもってこいの場所なのだ。


 たった一つの人影は、騒動そのものにちかづいてきた。

 襲撃する側される側全員が、あらたにあらわれた者をみつめていた。

 それぞれの目的を一瞬でも忘れさせ、その掌を止めさせるに充分なだけの存在感が、その人影には備わっていた。


 それは淡い月の光の下、美しいまでの容貌のおとこだった。肩に届く総髪、着流しで腰には大小を帯びている。美しいなかにも得体のしれぬ激しさと厳しさを感じることができる。

 その美丈夫は、騒動の間近までくるとあゆみを止め、一同を一瞥した。


「なんだ、貴様っ?」

 一団のなかのなに某かが怒鳴ると、おとこは秀麗な口許に薄く笑みを浮かべた。


「新撰組副長土方歳三」

 そのたった一言が襲撃者たちに与えた影響は、いかなるものだったか?

 恐怖、憎悪、侮蔑、負の感情がほとんどだったろう。


「ここは天下の公道。黙ってみすごすわけにはいかんな」

 土方は、笑みを浮かべたまま静かに告げた。これだけの人数にんずをまえにしてもまったく動じることもない。


 坂本は、かような状況下においても冷静だった。もちまえの観察眼で、そのおとこのすべてをみてやろうと思った。


「たった一人でか?面白い、貴様も一緒に冥土に送ってやる。抜けっ!」

 どうやらこのなに某かが、この襲撃者たちの首魁らしい。


 土方は、さらに妖艶とまでいえる笑みを浮かべた。

「殺るな。勝先生の本意ではないだろう。二度とかようなことができぬようにしてやれ」

 それから、静かな口調で命じた。


「承知」

 刹那であった。

 坂本ですら感じることができぬほどのわずかな間に、襲撃者たち全員が地に倒れていた。しかも、全員が刀を取り落とし、かいなやら肩やらをおさえながら唸っている。なかには、痛みのあまり転げまわっている者もいた。


『バーン』

 かわいた銃声が夜気を引き裂いた。それが二発目三発目とつづく。そのつど、一本の刀が宙を舞った。宙を舞い、地に落ちるまでにまた舞い上がる。それを繰り返した。


 首魁が、自身が取り落とした愛刀を掴もうとしたらしい。

 合計で四発の銃声が響いた。その頃には、なに某かの刀は遠く離れたところまで弾き飛ばされていた。


「くそっ!」

 なに某かが叫んだ。そして、脇差を抜こうとした。


「・・・!」

 だが、それが抜き放たれることはなかった。小さな人影が脇差の柄頭をおさえていたからだ。その力は異常なまでに強かった。小さな人影は、俯いたままの姿勢で握っていた拳銃の銃口をなに某かの額にぴたりと当てた。

「ひいっ!」

 なに某かの口唇から、情けない悲鳴が反射的に漏れた。


 剣での駆け引きには慣れていて、それに斬られて死ぬ覚悟はできていても、この時代ころ、銃による耐性は皆無といっていい。未知なる恐怖に支配されたなに某かの戦意は、その時点で完全に潰えた。


「バーンッ!」

 小さな人影がいった。その声音は、さして大きくなく、あきらかに子どものものだった。


 なに某かは、そのまま地に倒れた。袴と地面が濡れていた。失神と失禁が同時だった。


 その光景にみとれていた坂本がはっと気が付いたときには、小さな人影がすでに自身の近間にまで入っていた。

 俯いているので、相貌はよくわからない。


「坂本先生、お借りしました。予備の弾はおもちですか?」

 小さな人影にいわれるまま、坂本が懐から予備の弾丸を取りだすと、小さな掌が伸びてそれを受け取った。

 拳銃からシリンダーを取り外し、それに装填するとまた装着する。シリンダーをまわしてちゃんと装着されているかを確認する。

 手際がかなりいい。そして、拳銃の握り手グリップを坂本に差しだした。

「お返しします、坂本先生。S&W、32口径の6連発式。精度もかなりいい。いい拳銃ピストールをおもちですね」

 小さな人影がみ上げていた。

 まだ年端もゆかぬ少年の相貌が、そこにあった。

 着古した黒色の着物に袴姿。すぐには思いだせなかった。だが、たしかにみ覚えはある。


 土方が近寄ってきた。

 少年がその足許に、片膝を地につけ控える。


 そこでやっと思いだした。


 太夫の禿。「角屋」できれいな笛の音を聴かせてくれたあの禿だ。

 そう、あのときなにゆえかわらべが禿に身をやつしていたので、気になって声をかけたのだ。


「新撰組副長の土方歳三と申します」

 地べたで痛みにうなっている連中のことなど、土方は眼中にないらしい。あらためて名乗った。

「ふんっ!壬生浪か。京で散々人を斬りまくってるっていう狂犬どもだろ?こいつらとなんらかわりねえじゃねえか、えっ!」

 小柄な勝の声音は、夜のしじまに響き渡っている。

「お前さんらのせいで、こちとら資金を集めるのに苦労してるんだ。それどころか、幕臣ってだけで白いでみられちまう。土方、いい加減にしてくれよ、えっ?」

 初対面でも勝は容赦ない。大坂や京での活動が、新撰組をよく思っていない様々な人たちによって阻まれてしまっている。文句の一つもいってやりたくなるのは当然かもしれぬ。


 いわれた側は、さして気にもとめていないようだ。最初はなから、誹謗中傷は覚悟の上なのだろう。

 はっきりとものをいう勝に対し、かえって興味をもったのかもしれぬ。


「こっちのことをずいぶんと調べてるようだな、えっ、土方?新撰組もおれやこの坂本を斬りてぇのか?」

「勝先生、われわれにあなた方を斬る理由はありませんよ。いまのところは・・・」

「はっ!脅しか?とんだくわせもんだな?けど、助けてもらった礼はいっとくぜ、土方」

「恐れ入ります」

「しかし土方、おめぇの連れはいったいなんだ?まだ餓鬼じゃねえか?こんな餓鬼に人斬りや密偵をさせてるのか?」

 坂本も岡田も少年をみた。土方の足許で控えているその姿は、まだ年端もいかぬ子どもだ。それが瞬時にして十数名の大人のかいなやら肩やらを、まるで枯れ枝でも折るかのように折ってしまった。それどころか、坂本の懐中から拳銃を抜き取り、それを撃った。

 射撃の腕はさることながら、銃そのものの扱いも手馴れている。


 坂本は、「角屋」でこの少年の掌の分厚さをみ抜いていた。

 それは、まぎれもなく剣士の掌だ。しかも、かなりの遣い掌とみてとれた。

 それにあの笛の音・・・。

 どう考えても、すべてが尋常ではない。

 この年端もいかぬ少年はいったい何者なのか?


「こいつが「角屋」で世話になったとか。こいつは甥です。坊と呼んでいます。ふだんは小姓をやらせています。どうやら甥は、勝先生方をいたく気に入ったようです」

 少年は、地に片膝をついたまま勝たちに一礼した。


「昼間、沖田君と斎藤君に会おった。きっとおまんが忠告するように寄越してくれたんやき。まさか一日のうちにおまんの二本の懐刀をみることになるとは、思いもよらんかった」

 昼間のことに合点がいったのだろう、坂本がいった。

 その言の葉に、土方はただ笑みを浮かべただけだった。


「どうかお気を付け下さい。これもなにかの縁です。この京にいらっしゃる間は、われわれがみ護りましょう」

 そう告げながら、土方は指を鳴らした。

 その足許にいたはずの少年の姿は、すでに消え失せている。


「ですが岡田先生、あなたはしばらくおとなしくされたほうがいいでしょう。あなたもわれわれとおなじ狂犬なのですから」

 土方は、薄い笑みを浮かべると軽く一礼した。

 くるりと背をむけ、あゆみだす。


「そいつらは、奉行所の役人が引き取りにきます。どうかそのままで・・・」

 振り返りもせずにそう告げると、あらわれたときとおなじように静かに去っていった。


「とんでもねぇ連中だな、えっ、坂本?」

「驚きちゅうよ、勝先生」

 坂本は、無意識のうちに懐中の拳銃をさすっていた。


「おめぇ、てめえの射撃の腕前を拳銃ピストールのせいにしやがったな」

「まいっちゅう、勝先生!」

 そんな師弟の遣り取りなど岡田の耳朶には入ってこぬ。

 

 さきほどの新撰組の副長の忠告は、不吉な予言に思えてならぬ・・・。


 しかも、あの餓鬼はいったいなんだ?この世には、まだみぬ強者がいるというのか?あの餓鬼なら、自身を瞬時に殺れるだろう。


 岡田は考えに没頭するあまり、息をすることすら忘れていた。ゴホゴホとむせ返ってしまう。


「さっさといくぞ!面倒はご免だ、はやくこい岡田っ」

 江戸っ子らしく、気のみじかい勝はすでにあるきだしていた。その後に坂本がつづく。


 嫌な予感を、頭を振って追い払う。

 岡田は、物憂げな動作で二人の後を追いかけた。


「人斬り以蔵」と恐れられた岡田以蔵は、その後京にて無宿者の盗人にまで落ちてしまった。そして、幕吏に捕らえられた。

 その後、本国に送還されて激しい拷問をうけるにいたる。


 土佐勤王党は、吉田東洋よしだとうようをはじめおおくを暗殺した。

 土佐の藩主山内容堂やまうちようどうは、安政の大獄の折に尊攘派弾圧に関与した者への粛清をおこなうなど、血で血を洗う闘争に終止符を打つため躍起になっていた。


 岡田は、拷問に耐えきれずにぺらぺらとよく囀った。その自供により、敬愛していた武市半平太を筆頭に、すでに獄中にあった土佐勤王党一味は一気に処断された。


 武市をはじめとして、そのおおくが切腹、岡田自身は打ち頸の上獄門。 

 

 土佐勤王党は壊滅した。


「天誅の名人」とまでいわれた岡田は、どんな思いで処刑されたのか・・・。


『君が為 尽くす心は 水の泡 消えにし後は 澄み渡る空』


 岡田の辞世の句である。

 君、というのが武市であることは疑いようもないだろう・・・。


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