二刀鋭刃
もって生まれた資質や才能だけでないことは、とうの昔にわかっている。
なぜなら、おまえが日々だれよりもおおく厳しく、みずからに鍛錬を課していることをしっているから・・・。
剣を構えておまえと対峙したとき、はじめて自身の未熟さと高慢さを存分に思いしらされた。そして、おまえの凄さは無論のこと、その力がまだまだ途上にすぎぬということを突きつけられた。
これほど愉しそうに剣を振るう者が、はたしてほかにいるであろうか?
おまえは、心底剣術を愉しんでいる。鍛錬、否、おまえにとっては、鍛錬も辛く苦しいものではなく、一種の遊戯のようなものなのであろう。
おれは剣術だけの馬鹿だと思っていたが、おまえはおれ以上に馬鹿である。間違いない。
柳生の「大太刀」から学んだ柳生新陰流の奥義と、おまえみずからが編みだした業を授けてくれた。
とはいえ、とてもすぐに遣えるわけがない。
これからそれを、鍛錬するのである。そう、ときは充分ある。たとえ何年かかっても、おまえから受け継いだ業と精神を、遣いこなせるようにしてみせる。
それが恩義に報いる唯一のことであろうから・・・。
坊、おまえはいったいなんだ?
会津が降っても抵抗をつづけるなか、おまえはおれの手下の隊士一名と、自刃し損ねた白虎隊の若侍二名を助けた。
三名とも致命傷で死んでもおかしくなかったのに、その生命をことごとく救ってやったのだ。
いったい、どうやったらかようなことができるのだ?おまえは、いったい何者なのだ?
二本松城のちかくに、うちすてられたお堂がある。そこに隠れ、負傷者が回復するのをまった。
遊撃活動は、謹慎している会津候のたっての願いとやらで中止せざるをえない。
まだまだ抵抗をつづけてもよかった。敵に、一泡でも二泡でもふかせてやりたい。たとえそれが、無益で徒労にすぎぬことであっても。
だが、その所為で会津候の処分が最悪なものへとかわることになっては、それこそ元も子もない。
悔しいが、坊の説得に応じるしかなかった。
そして、その悔しさや無念さを断ちきるつもりで、坊から柳生の真髄を継承すべく、お堂のちかくの林のなかで剣をうちふりつづけた。
その稽古は、これまでおこなってきたあらゆるそれのなかでも過酷である。
坊は、容赦なくおれを打ちのめす。剣や体術による肉体的なものだけではない。精神的にも相当な打撃を与えてくれた。
ときがない。そのお蔭で、かろうじて坊を納得させるくらいは、それらを身につけることができたようだ。
自分なりに、そう信じている。
遊撃活動中に、おれの手下の一人が敵の狙撃で倒れた。心の臓のちかくを撃ち抜かれ、あきらめかけていた。
自身も含め、十数名全員が傷だらけだ。それでもさすがに歴戦の勇士たち。得物をふるい、銃や大砲の砲火のなかを駆けつづける。
自慢の仲間、誇れる戦友たち。もっとも、かようなことを声高にいう性質ではない。
なれど、手下たちはわかってくれているはずだ。
その瀕死の一名に、坊が運んできた二名の若侍。
若侍たちは白虎隊の隊士たちで、自刃し損ねたらしい。一人は喉元を短剣で突き刺し、いま一人は腹を掻っ捌いていた。ともに、そのまま放置したらかなりの苦しみを味わいながら、失血死することになる。
てっきり、楽にしてやるつもりかと思った。が、坊はおれたちを外に追いだした。それから、三人になにか施したのである。
おれたちがお堂のなかに戻ったとき、三人ともやすらかな寝息をたてて眠っていた。三人の傷口をこっそりあらためたら、三人ともそれはほとんどふさがっていた。
かようなことは絶対にありえぬ。
その直後、坊は三人の介抱は隊士たちに頼み、おれを剣の修行に連れだした。
あまりの厳しさと激しさとで、修行の間かようなことはすっかり忘れていた。だが、それをおえてみると、おなじ疑問が頭のなかを駆けめぐる。
坊、おまえはいったいなんだ?
このあたりには、集落どころかまたぎの狩猟小屋の一つもない。
鬱蒼と茂る木々の間に、闇と静寂がひろがる。頭上に生い茂る木々の葉の間から、上弦の月と星がみえる。
暗殺者でもある土方の二振りの刃にとって、夜の闇は視覚の妨げになることはない。
一旦闇に同化してしまえば、夜目は昼間と同様につかうことができる。
二人とも、土方と新撰組の為にどれだけの人間を殺してきたことか・・・。
どこかで梟が鳴いている。それが止んだ。
梟と同化できる少年は、それが野鼠に襲いかかった映像を、はっきりと瞼の奥でみた。
二人とも軍服の上着を木の枝にひっかけ、白いシャツ姿で剣を振っている。
少年は、剣を所持しない。必要ないからである。必要なときは、相手から奪う。それは、柳生の活人剣や無刀取りによるものではなく、暗殺者としての習性である。
いまは、隊士の一人から無銘の刀を借りている。
少年は、京の疋田家の道場のときとおなじく借りた刀と同調同化した。
その刀は、天下一の名刀とみまがうほどの斬れ味と破壊力をみせつけてくれた。
剣そのものの質ではなく遣い手の技量であることを、はっきりと示す。
斎藤は、シャツの一番上のボタンを留め直すのに四苦八苦している。
いまだボタンに慣れることができぬ。
とくにいま、それをするのに集中しておらぬので余計に手間取ってしまう。
今宵、ここから去るであろうことを確信している。
土方の命を遂行するには、いまこの機しかない。
それは、斎藤を辟易とさせる。自身、説得や口論などけっして好んでするものではない。しかも、絶対に無駄なのである。
無益不毛であるがゆえに、それでなくとも重い口唇を開くことができない。
「一兄、やりましょうか?」
斎藤の間合いの外から、少年が声をかける。
斎藤は、一瞬なんのことかわからなかった。が、すぐにボタンのことだと思いいたる。
「いや、大丈夫だ。なかなか慣れぬものだ」
苦笑する。
そうこうしているうちに、ちいさな穴になんとかボタンを通すことができた。
「あなたの所為ではないですよ、一兄」
けっして間合いを侵すことはない。
暗殺者は、それを嫌う。その上、警戒心が過度である。
「どういう意味だ?」
斎藤のほうから少年にちかづく。
しかし、少年は斎藤を拒むかのように、歩をすすめるごとに後退する。
月と無数の星の光が地に降り注ぐ。
双方ともに、たがいの表情をはっきりとうかがいしることができる。
「わが主の命を、あなたは遂行した。破るのはおれであって、あなたの責ではない」
「はっ!そんなことか?」
斎藤は、鼻で笑ってしまう。もはや、かようなことはどうでもよい。
やはり、いかなる者であろうと、こいつの意志を曲げることはできぬ。
「おまえは嘘つきだな、坊?妖だ?おまえの力は、いったいなんなのだ?おまえはいったい、何者なのだ?」
生来、言の葉による意思表示は苦手である。
だが、この数日間、このちいさな剣士とおおいに語り合えた。剣を通じて。それで充分である。
やはりこいつは、土方さんに返すべきだ。こいつは、土方さんに必要だ。そして、こいつも土方さんを必要としている。
こいつが死ぬことは認めたくないが、土方さんとひき離すことは、さらに認められぬ。
悔しいが、土方さんにはこいつが絶対に必要だ。
たとえ永遠にひき離される運命であったとしても、そのときがくるまで、二人はともにあるべきだ。
「一兄・・・」
少年が、近間ぎりぎりのところからみつめている。いつものように、やわらかい笑みを浮かべて。
「人間は、妖とその対をなす存在を示されると、前者を信じます。おれは、そういう存在なのです。人間の血肉を喰らう妖。おれは、悪しき存在なのです」
隻眼が双眸を射抜く。
斎藤は、両の肩をすくめながら少年にちかづく。つぎは避けることはなく、かれを受け入れてくれる。
少年のまえに膝を折る。それから、分厚い掌で少年の頭をごしごしと撫でる。
力のこもったそれは、斎藤の精一杯の愛情表現である。
「頑固者め。土方さんに、こっぴどく叱られるな」
胸が熱い。目頭が痛い。斎藤は悟られてもいいと思いつつ、おなじ漢の為に死線を越えつづけてきたちいさな朋輩を、力いっぱい抱きしめる。
「馬鹿だよ、おまえは・・・」
声が震えている。少年の伸びてきた髪に、相貌を埋める。
京で死んだ源さんが、器用に刈っていた髪である。不思議と、そこから死の臭気も血のそれも感じられぬ。
「わかっています。近頃、頑固だ、馬鹿だといわれつづけています」
斎藤の胸のなかで呟く少年。
斎藤ともっと剣をふるいたい。
斎藤ならば託した剣の業を磨き、さらに向上させてくれる。それを、はっきりと確信する。
「主を頼みます。どうか・・・」
「ああ。案ずるな、坊・・・」
これ以上、なにをどう口唇から紡ぎだせばいいかわからぬ。
そのかわり、ちいさな体躯をさらに強く抱きしめた。
新撰組の生き残りとして後世にしられるのは、この斎藤と永倉、そして島田の三人である。




