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武士大神(もののふおおかみ)   作者: ぽんた


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龍と二匹の狼

 望月亀弥太もちづきかめやたは、小柄で年齢としの割には少年ぽさの残った笑顔の可愛い攘夷志士だ。

 土佐勤王党に属しているのは当然のことで、現在いまの本国の情勢を苦々しい思いで静観するよりほかない状況だ。

 だが、根っからの攘夷志士であるかれにとって、ただ無為に過ごすということは苦行でしかない。

 この京にあっては密かに長州をはじめとした他藩や脱藩した攘夷志士たちと交流することを怠らなかった。


 望月は、土佐藩の藩命でしばらく勝海舟の下で船の航海術を学んだこともある。


「坂本さぁ、久しぶりやき。まっこと元気そうやき。懐かしいやか」

 その日、岡田に連れられて坂本に会った望月は小柄な体躯全部を使って嬉しさを表現した。

「おんしも元気そうじゃ。なんじゃ変わっちゃーせんね」

 坂本もまた、その喜びようは望月のそれの比ではなかった。望月の小柄な体躯を抱き締めぶんぶんと振り回した。


 ひとしきり互いの近況を語り合った後、坂本は本題に入った。


「土佐勤王党は遠からず潰されるき。今のうちにどうにかしやーせんとおんしも共倒れじゃ。おれは海軍操練所というもが作ろうと勝先生と奔走しちゅう。おんしも勝先生の下で学んだことがあるんじゃ、操練所が開所したら入らーせんか?」

 坂本の誘いに、望月は少年ぽい顔を曇らせた。


「坂本さぁ見損なおった。はや土佐ばあの問題じゃーないががやか。おれはこの国を救うために攘夷を決行するがで」

 坂本の再三に渡る説得も、操練所への入所を前向きに検討するなどという選択肢はまったくないらしい。耳朶を傾けるつもりもないようだ。


 岡田といい望月といい勤王党の連中は揃いも揃ってどうしてこんなに井の中の蛙でしかも頑固なのだ?

 勤王党の首魁たる武市半平太は坂本の幼馴染である。武市は幼いころから強情で、他者ひとの言の葉はいっさい受け入れなかったが、それは現在いまもかわらぬ。

 坂本がいくら文を送ってもいっさい返事がなかった。


 坂本は、心底からその身の上を心配していた。

「仕方ないき。けんどおれがおることは忘れんようしとおせ、えいかね?」

 嘆息混じりに告げると坂本は望月と別れた。


 さらにひとつ、心配の種が増えただけだ。


 神戸に海軍操練所を設立するために有力な支援者と資金を集めることが目的だった。

 だが、この京にあっては攘夷志士やさまざまな意味での敵が多く、資金や支援者を集めるどころか生命いのちすらなくす可能性少なくなかった。


 兎に角、勝海舟というおとこにはかれに敵対する、あるいはかれをよく思っていない輩が多すぎた。


 それとは別に、坂本にもまたこの京でしたいことがあった。

 自身がついていけないときには、岡田に勝の護衛を頼んだ。だが、岡田は根っからの人斬りだ。勝がやめろという間もなく道を阻む者を斬り殺してしまう。

 これにはさすがの勝も辟易とした。いたずらに反感を買うだけだからだ。


「へー、あれが土佐の坂本龍馬らしいですよ、斎藤先生?」

 だんだら羽織を着た二人連れが通りを歩く坂本をみつめていた。総髪、着物に袴姿、異人が使う靴というもので足首から下を覆っている。じつに奇妙な格好だ。


 その靴というものがどこかの国の軍靴であることを、みている二人連れはしる由もない。


 坂本は懐手で歩いていてる。その懐中には銃があるということを、それについてはこの二人連れはしっていた。


 その二人連れは、沖田と斎藤だった。

 二人は、土方から坂本や勝のことをきかされていたのだ。


「話どおりそうとう遣うようですね」

 斎藤は、腕組みして通り過ぎてゆく坂本をみつめていた。


 たしかに沖田のいうとおりだ。そして、土方からきいていた話どおり坂本から並々ならぬ気を感じる。


 沖田にしろ斎藤にしろ、強い相手と勝負したいという欲求につねに支配され、それを満たすために日々鍛錬し備えている。それがたとえ命の遣り取りになろうとも、だ。


 突如、坂本がくるりと振り向いた。はっとする間もなく、こちらに近寄ってくる。

 軍靴に施されている留め金が、陽光を反射して光っていた。

 新撰組の凄腕二人は、この男の姿形なりを正面から見据え二人ともに奇妙な格好だ、とあらためて思った。


「おんしらは新撰組なが?」

 上からみおろされるかっこうだ。


 すでに二人にとっては間合いのうち。長身の坂本にとっては近間だ。 敵意、害意はまったく感じられない。それどころか、興味津々といったようなわらべのような笑顔でみている。

 そのは、澄み渡っていた。若干、双眸をすがめているのは近眼ちかめなのだろう。


 北辰一刀流免許皆伝。副長の山南からは、剣の腕前は江戸の三大道場である「千葉道場」でも筆頭の腕前だときいている。


 沖田も斎藤も背筋を冷や汗が伝っていた。抜きあったら二対一でもどうか・・・。だが、その反面斬り合いたい、とも思った。


 二人の沈黙がなんらかの非難かと勘違いしたのか、坂本はばりばりと頭を掻いてから素直に頭を軽く下げた。

「こりゃあ申し訳ない。礼を反しちゅう。おれは坂本龍馬やか」

「新撰組副長助勤、沖田総司」

「おなじく斎藤一。坂本先生、お噂はかねがね・・・」

「おー、おんしらが・・・。噂はききゆう。おんしらが「近藤四天王」なが。やはり只もんじゃぁないが気配だと思おった」

 人懐こい笑顔と快活な喋りに嘘はない。


 坂本の懐中が膨らんでいる。銃をもっていて、最近では剣よりも重宝しているということも二人はしっていた。


「坂本先生、お急ぎのところ引き止めてしまい申し訳ありませんでした。噂の御仁がどういう方かとわれわれもつい・・・」

 斎藤がこれだけ話すのはめずらしい。しかも、初対面の相手にだ。

 ある意味では、よほど嬉しいんだな、とその横で沖田は内心可笑しかった。


新撰組うちの中にあなたのことを気に入ってる者がいましてね。その者たちがあなたのことを良くいっていたのがいまやっとよくわかりました」

「・・・?おおっ、そうじゃっ!同門の山南さんや藤堂君が新撰組におるときいちゅう。これでおまんらともはや顔見しりになっちゅう」

 この笑顔はいったいなんだろう?こんな笑顔をする者と、この先斬り合うことになるのか?

 沖田も斎藤も、正直そんな事態になることだけは避けたいと心から思った。


「先生、この京には先生やお連れの方を狙う者が大勢います。われわれの耳朶にもそういった不穏な噂がたしかに・・・・入っております。お連れの方ともどもどうかお気を付け下さい」

 沖田の忠告に礼を述べ、坂本は去っていった。


「勝てますか、斎藤さん?」

「まともに殺り合ったらわかりませんね。だが・・・」

 斎藤は右の手刀で自らの首を斬る真似をしてみせた。

「なるほど・・・」

 斎藤のもう一つの顔である「土方二刀」の一振りとしてだったら、すなわち、寝首を掻く自信があるということか・・・。


 沖田は、あらためて朋輩の闇の部分を感じたとともに、どうかそんなことにはならないようにと祈らずにはいられなかった。だが、坂本自身は勘違いしていたがそのかれを気に入っているのはほかでもない。新撰組のなかで、唯一そういう系統の命令を下すべき立場にある土方なのだ。

 坂本が直接的にも間接的にも、新撰組や会津藩の邪魔にならなければいいだけのことだ。


 もっとも、あのおとこは、もっとなにかでかいことを、自分たちやこの京を、いや日の本そのものに影響を及ぼすような、そんななにかをしでかす予感がする。

 そうなったら、土方はどう判断するか・・・。


 大きな背中がみえなくなるまで、沖田と斎藤はそれぞれの思いにとらわれていた。


 懐手であるきながら、坂本もまた内心肝を冷やしていた。

 新撰組は、農民上がりの似非えせ武士を筆頭に、粗野で凶暴な連中だときいていた。

 だが、いまの二人は違う。かなりの遣い手だ。とくに斎藤のほうは、岡田とおなじ臭いがする。

 もっとも、その腕前は岡田など足許にも及ぶまい。


 新撰組は侮れない。いまはそうではなくても、このさきはわからない。あんな連中に命を付け狙われることになったらと思うと、正直なところぞっとしない。


 まっ、死ぬときには死ぬ。それはそれで仕方のないこと。ようはそれまでになにをなすべきか、誠心誠意、信じた道を突き進めばいいだけなのだ。

 そう思うと気が楽になった。だが、忠告は有難くうけとっておくとしよう。さしあたり、今宵勝先生は海軍操練所創設の資金援助の為に、幾人かの公卿を訪問することになっている。


 命を狙う者たちにとっては、それはいい機会となるだろう。


 待ち合わせの場所に向かうその軍靴の歩調は、無意識のうちにはやくなっていた。


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