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武士大神(もののふおおかみ)   作者: ぽんた


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士魂磐石

 江戸から先発した斎藤たちと合流したのは、夜半ちかくである。


 この日、猪苗代から進撃してきた川村純義かわむらすみよし率いる薩摩軍を阻止するため、十六橋じゅうろっきょうを破壊しようと先鋒総督の佐川官兵衛が出陣した。


 だが、ときすでにおそく、新政府軍の砲撃を受けて十六橋を破壊しきれずに若松城へ退却せねばならなかった。


 これにより、新政府軍の進攻を阻止するすべは完全に失われた。


 かようななかでの再会である。


 斎藤は一将としての才覚もあるようで、新撰組の隊士に会津藩の藩兵をくわえた小隊を任されていた。遊撃隊として、地味ではあるがさまざまな戦場いくさばで活躍している。


 隊士たちも藩兵たちも、泥と埃と血にまみれている。

 しかし、どの相貌かおもほかの隊のそれらにくらぶれれば、随分と気概に溢れている。


 朱雀によって土方着陣の報がもたらされたことにより、斎藤以下気合を入れ直したのであろう。


「副長、いえ、局長・・・」

 斎藤も軍服が様になっている。

 あいかわらず、右腰に得物を帯びている。

 いつも無表情のこの剣士も、このときばかりはじつに嬉しそうな表情かおで、宿舎にあらわれた土方をむかえいれた。

 

 その組長の様子を、ずっとともにいる三番組の手下てかたちは涙ぐんでみている。

 自身らの死に物狂いの戦いのまえに、つねにこの剣士の姿がある。手下てからを護り、励まし、戦い抜いてきた。


 それだけでない。閉鎖的であらゆる概念に縛られた集団のなかにあって、斎藤は自身ら新撰組の名と立場を護るべく、白刃での戦いよりも知恵を絞り、工夫を凝らし、能弁にならねばならなかった。


 これらはすべて、斎藤の得意とするところではない。それでも斎藤は、臆することも卑下することもなく、すべてをおこなってきた。


 自身は土方の代理であり、土方が到着すればすぐにでもすべてをひきつげるよう、会津藩での新撰組の立ち位置の土台をしっかりと築き上げた。


 新撰組の隊士たちはそういう経緯をしっているだけに、この無口で無愛想な剣士のことを心底から慕い、その命ずるところもてるすべての力をだしきってきた。


「斎藤・・・」

 斎藤の笑顔をみるのは、さほどおおくはない。

 土方は、その笑顔の奥に苦労と悲哀を同時にみてとった。


 隊士たちは、全員が生き残っているわけではない。ざっとみわたしただけでも十名以上のみしった相貌かおがない。


 ともに戦っている会津藩の兵士たちにしても、その数を減らしているであろう。


「よく頑張ってくれた・・・」

 それだけしかいえぬ。否、言の葉など必要ないであろう。


 土方が斎藤の肩を掴む掌にぐっと力を入れる。

 その肩は、剣の鍛錬によりがっしりしている。


 それだけで、斎藤のこれまでの働きを的確に把握し、それを正確無比に評価できる。


「近藤局長のことはしっているな・・・」

 斎藤は笑顔を消し、()をおよがせる。「朱雀が定期的に文を運んでくれましたので。会津候は近藤局長の死を心から悼まれ、この若松城下にある天寧寺てんねいじというところに菩提を弔われました。夜があけたら案内いたします」


 隊士たちも男泣きしている。


「民草は、すでに若松城下から待避しております。城内は、新政府軍の攻撃に備えております。籠城戦になるかと」

 斎藤が状況を報告する。


  斎藤たちの割り当てられた宿舎は、城下の外れの街道沿いの宿屋であったところである。その為、土方らが加わってもまだ部屋に余裕はある。


  灯火に照らしだされた屋内は、築数百年を経過しているのであろう。一見して古ぼけていることがわかる。

この会津の厳しい冬を、幾つも幾つも越したのだ。


玄関口に大きな囲炉裏が設えてある。旅塵にまみれた旅人が、ここで旅装を解きながら、あるいは会津のうまい酒肴を愉しみながら、道中の話しをしたり情報を交換したり、宿の者の昔語りをきいたりするのであろう。

もっとも、いまは夏である。そこに火は入ってはおらぬ。疲れきった隊士たちが部屋に戻るのも煩わしいのか、その周囲に思い思いの姿勢ですごしている。


「夜が明けたら、寺と城に参りましょう。それまで、どうかお休みください。連中も、いますぐには参りますまい」


 土方は頷く。


 自身のもう一振りの刃は、楽観視しておらぬ。ここにいたるまでに、物見にでてしまった。


優秀な物見である。闇のうちでも敵のすべてをみてくるであろう。


 土方には、いまのうちに伝えておきたいことがある。正確には、頼みたいことが。


「斎藤・・・」

 土方は客間であった一つに案内されると、部屋からでてゆこうとする斎藤をひきとめた。


「会津は、勝てるか?」

斎藤は、その単刀直入なまでの問いに無表情である。


蝋燭の火を燭台へとうつすと、油の燃える音が微かに室内におこる。


 斎藤にはわかっている。


会津は負ける、ということを。

おそらく、会津候は降伏する。


その将来さきは謹慎、どこかの藩にてお預け、となるであろう。


 だが、生命いのちだけは助かるだであろう。そうなるよう、あの宴で坊が大芝居をうったのである。だが、いつ降伏するのか?どの程度まで戦うのか?、まではわからぬ。


「斎藤、新撰組の隊士としてここに残り、会津候を助けてくれるか?」

 意外な命である。


 本来なら、斎藤が土方に願いでるつもりであった。

 斎藤は、会津の負けがわかっているのと同時に、土方はさらにさきへとすすむつもりでいることもわかっている。

 会津侯の為に残りたいという想い、土方についてゆきたいという想い、その二つの想いが、錯綜している。


 一方、土方もわかっている。斎藤が会津候の間者として新撰組に加入し、情報を伝え、ときに働きかけてきたことを。

 ゆえに、最後は会津候の為に働けと、暗に命じたのである。


「会津候は、おれたちによくしてくれた。もっとも、おまえと坊の存在がおおきかったのだと理解している。思えば、おれの二刀はどちらも会津候のものでもあったわけだな」

 苦笑する土方の相貌かおは、憔悴していても美しい。

 燭台の炎に照らしだされた軍服姿は、異国の軍人よりよほど映えている。


「坊も置いてゆく。おまえには、もう一つ頼みたい。会津ここでの決着がついたら、あいつには新八の様子もみにゆかせる」

 土方は少年からきいた江戸での原田と沖田、相馬や野村のことを告げる。


 斎藤は、かれらの無事を心から喜んだ。


 相馬と野村は、江戸からの脱走兵と違う道筋ルートで転戦しつつ、北上しているらしい。


 原田と沖田は、尾張で信江とともにこの戦の終結を、土方が無事帰還するのをまっているらしい。


「あいつをひきとめてほしい。おれのもとにこさせるな」

「はあ?」

 斎藤は、頓狂な声を発してしまう。


「おれに、かようなことができるはずもありません」

 土方の意図は、容易によめる。


 土方を護らせなければいい。

 だがその場合、土方自身はどうなるのか?それに、もはや土方の生命いのちの問題だけではない。それ以上に、そもそも坊の精神こころと力の両方を、どうやって止めよというのか?


「あなたの命でもあいつは従いませぬ。それを、おれがなにゆえ・・・」

 斎藤は、言を呑む。

 土方が、自身の両の二の腕を掴んできたからである。

 その膂力で、両のかいなの骨が軋む。


「土方さん・・・」

 斎藤は、試衛館時代の呼び方で呼ぶ。


「おれには、あいつを止めることはできない。あいつの決意がどれほどのものか、あんたにもわかっているはずだ。そして、近藤さんもまた、それをわかっていたから敵に捕縛されてやったのであろう?」

 

 土方は、斎藤の推測にはっとした。


 おそらく、それは正しい。土方自身もそう推測している。


 死なねばならぬのだ。最初はなから死は避けられず、そもそも、それを望んでいる。


「努力はする。しんぱっつあんも、あんたの意図をくんでひきとめるであろう。だが、無理なものは無理だ。頑固さは、柳生の血だけではなく、あんたからもひきついでいるようだから」

 斎藤は、羨ましかった。

 そしてたったいま、京で感じたあの奇妙な感覚が、悋気であったことに思いいたる。自身、衆道の気はないのだが。


 どちらかを、ではなく、どちらにも惚れ込んでいる。

 そう結論づけると、なにゆえかすっきりする。


「斎藤?」

 幾度か呼ばれていたらしい。

 無表情に浮かんだ笑みは、土方のに奇妙に映ったに違いない。


「そうだな、あいつの頑固さはおれに似たんだろうよ」


 土方は、斎藤の心中に気づくことなく、肩をすくめながら嘆息した。 


 軍議には藩主の松平容保、家老上席の西郷頼母、田中玄清、神保内蔵助、次席の萱野長かやのながはるが出席した。


 萱野は会津戦争におけるすべての責を負い、処刑されることとなる。それ以外には、梶原平馬かじわらへいまがいる。

 家老の梶原はまだ若くて才気に溢れ、此の度の戦でもつねに徹底抗戦の構えを崩さず、奥羽列藩同盟を成功させた。おなじ家老の西郷が恭順を唱えるのをよしとせず、この後それを追放してしまう。

 いかにも自身の才をひけらかす、そういう文官である。

 佐川官兵衛も、あいかわらず酒焼けした相貌かおで出席している。


 会津候の実弟である松平定敬も、自身の家老を連れて端座している。

 元桑名藩主は、かえるべき巣をなくした。それどころか、いまや追われる身である。それでも、この元桑名藩主を慕う藩士はすくなくなく、家老職にあった二名と百にも満たぬ桑名藩兵をこの若松城に入れている。

 それでなくとも細面の相貌かおはますますこけ、これまでの心労がうかがいしれる。


 伝習隊の隊長である大鳥、そして、いまでは大鳥のお目付け役のような立ち位置にいる土方は、自身の二刀を連れている。


 少年は、近藤の菩提の天寧寺にやってきた。一夜、物見だけでなく、会津領内の各地で小競り合いをつづけている白虎隊などの様子もみてきての合流だ。


 西郷の再度の恭順の勧めを、一蹴する若手の梶原。その梶原に懐柔されているのか、ほとんどの者が迫り来る敵軍を迎え撃ち、城を枕に死すべし、の構えを貫く。田中や神保は、西郷とおなじく江戸や京での経験が、いまやこのさきの戦がどれだけ不毛であるかを理解できている。

 だが、会津人特有の頑迷さと忠誠心とに凝り固まった者たちには、そういった機微に目や耳を傾ける余裕などない。


「坊」

 土方は、下座でそのきりのない口論を辛抱強くきいている。が、我慢にも限界がある。すぐうしろでひっそりと控えている懐刀に声をかけた。

 少年は主の心中を察し、無言で頷く。そして、この若松城の謁見の間で一芝居打つべく、板敷きを上座へと膝行する。


わっぱ、小姓ごときが無礼であろう?」

 刹那、それを見咎めた狐顔の梶原が叱咤した。

「無礼は貴様だ梶原、控えよ。この御方をどなたと心得る?」

 田中が怒鳴った。藩主へと膝行する少年にたいし、みずから叩頭する。


 そもそも、藩主の命でこの少年のことを調べたのが、この田中なのである。


「田中殿、お止め下さい」

 少年は田中に声をかけてから、会津候に古式に則った礼をとる。

 いまは黒装束などではなく、島田が大人用のものを坊でも着れるようにと器用に繕ってくれた軍服姿である。

 主とおなじく、少年もまたちいさいながらも軍服がよく似合っている。


「会津候ならびに桑名少将、ご健勝でなによりでございます」

 朗々と挨拶するその様は、正式な武家のものである。

 土方は、下座からみていてとても真似できないと心底感心する。


「ここに座すべきはわたしではないな、辰巳?」

 会津候の苦笑に、家臣たちのおおくが驚いたことであろう。


「おおくの情報と上様を護りきってくれた礼を、まずいわせてくれ」

 会津候の相貌かおも心労でやつれてはいるが、それでもその秀麗さを損なうことはない。


 洋装の敵軍にたいし、会津候はあくまでも一武将として、会津中将として、この会津の藩祖である保科正之の家訓を護り抜こうとしている。甲冑姿で、そのうしろには太刀もちが控えている。


「桑名のことも同様だ。あの情報がなければ、少将は不覚にも自身の家老に害されていたは必定」

 その言と同時に、桑名少将が頭を軽く下げて感謝の礼をとる。


「会津候、ときがありませぬ。敵は明日にでもこの若松城下におしよせます。そして、奥羽列藩はどこも助けてはくれませぬ。会津とともに戦い抜こうという気概は、残念ながらどの藩ももちあわせてはおりませぬ。くわえて、不作や重税に不満をもつ領民もまた、武士もののふの争いには関心がなく、それどころか敵軍の詭弁にのせられ、敵軍に味方する者まででております。各地で戦っている白虎隊や朱雀隊なども、敵の数と銃火器にただただ翻弄されております・・・」

 少年は、そこで一旦口唇を閉じた。そして、黙して旧知の武家の棟梁をみつめる。


 少年が容保と出会ったのは、土方のそれよりずいぶんと以前のことである。孝明天皇とおなじく、この容保の影武者も務めた。そのお蔭で、容保は生きて会津松平家を継いだ。そして、つぎは生きてその松平家の重責から逃さねばならぬ。


 少年は、主とおなじくこの容保も大切なのだ。


「辰巳・・・」

 会津候は、しばし瞑目する。

 辰巳がいわんとしていることは、充分理解している。だが、やはり立場というものがある。会津松平家の惣領としての立場は無論のこと、家老たちの立場も考慮せねばならぬ。


「おぬしの言はよくわかった。大鳥殿、土方、会津の為に危険をおかし、はるばる駆けつけてくれたことに心から感謝する。なれど、会津は会津だけで会津ここを護る。おぬしらはどうか、さきに進んでくれ。榎本殿が海路仙台に向かっている。急ぎ出立すれば、追いつけるやもしれぬ。桑名少将、おぬしらも同道するのだ」

「兄上っ!」

 桑名少将は、実兄の言に思わず腰を浮かせて反論しようとする。兄は、それを左の掌を上げ制する。

 それは、兄が弟にたいする精一杯の思いやりである。


 すこしでも自由に生きよ、と。


「畏れながら、われら新撰組は会津候に大恩を賜っております。いまこそその恩義に報いたいなれど、局長亡きいま、その仇を違う形で討ちたいとも願っております。ゆえに、ここにわたしの二刀と、わずかですが残留を希望しております隊士を置いてゆきます。皆、会津候の為に存分に働いてくれるはずです」

 下座からの土方の申しでに、会津候はその秀麗な相貌かおに驚きの色を一瞬浮かべた。

 斎藤は兎も角、辰巳まで置いてゆくのは、会津の為だけではないのであろう。


 土方は、よほど辰巳が大切なのだ。気持ちはよくわかる。


 ここにいても、辰巳は土方のかわりに会津候自身を敵軍の処罰から護る為、その汚名をかぶることに躍起になるだけである。

 ゆえに、この戦ははやく決着かたを、否、降伏しなければならぬ。

 すべてをなげうって戦っている家臣たちの為、そして、重税を課せられた上に戦渦に巻き込まれた領民の為にも。

 あとは、その機うかがうだけである。


 会津候の双眸と辰巳の隻眼が絡み合う。

 それだけで、たがいの意思は通じ合う。

 

 八月二十三日、若松城下に新政府軍が襲いかかった。その直前に、大鳥や土方は出立できた。が、この会津での戦はおおくの悲劇を生む。

 白虎隊などに挙げられるそのおおくは、その後、年号が幾つ変遷しても根底から払拭されることはなく、維新から百五十年以上経った現代いまでも、会津人の長州人に対する想いは複雑である。それほどまでにこの戦の与えた影響はおおきく、そして深刻である。

 もっとも、当事者たちはそこまで考えもしなかったであろうが。


 それから約一ヵ月後の九月二十二日、会津藩は降伏した。

 辰巳の暗躍と策略により、薩摩藩が藩主松平容保の助命を強く主張し、次席家老の萱野の処刑のみで容保の生命は《いのち》は助かった。


 紆余曲折があり、ときはかかったが、結局、会津のおおくのひとたちは最果ての地斗南藩に落ち着くこととなる。


 戦後、数年を経ておおくの悲劇にひきずられながら、帝と将軍とに寵愛されそれらの為に尽くしつづけた武士もののふは、慣れ親しんだ地より永久に追われた。 


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