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武士大神(もののふおおかみ)   作者: ぽんた


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進め!大鳥圭介

 大鳥圭介おとりけいすけは、播州赤穂の産で幕臣の一人である。

 父親が医師であった為蘭学や西洋医学を学び、その後ジョン万次郎こと中浜万次郎なかはままんじろうに英語を学んだ。西洋式兵学に工学等多岐に渡って知識を得た。

 大鳥活字と呼ばれる日本で初の合金製活版をつくり、本を出版する。

 勝の知遇を得、幕臣となってからは順調にエリートの道をあゆんでゆく。

 士官教育を受けた後に伝習隊を率い、現在は旧幕府軍の歩兵奉行として江戸を脱し、各地で転戦している。


 小柄で洒落者。いつも笑顔を絶やさず、性質たちはあけっぴろげであかるい。人望はあるが、いかんせん将としての才能は皆無。用兵学や兵法を学んではいるものの。それらをつかう術を心得ていない。 それでも、わらべ時分ころからのつねで、他者ひとには「一生懸命に努力し、頑張っている」、ようにみえるのである。


 そんな大鳥を隊長にいただく伝習隊は、フランス軍事顧問団に直接指導を受けた西洋式軍隊である。最新式の装備に、同様の技術をもっている。そう、大政奉還まえまでは・・・。


 江戸から脱走したこの隊は、装備も人数もはるかにすくなくなっている。

 新政府軍のそれと比較しても、はるかに劣っているのが実情だ。

 

 八月二十日、この日は明け方から気温が上昇し、日中はただ突っ立っているだけでも汗がとめどなく流れ落ちてくるほど蒸し暑い。


 土方は二本松で伝習隊と会津藩に協力する為、新撰組の一部を率いて駐屯していた。


 さきの宇都宮城での戦いで脚を負傷し療養していたが、ようやっと復帰し会津へ向かっている最中である。

 一刻もはやく、先発した斎藤と合流したい。

 もはや試衛館時代の仲間はだれもおらず、幼馴染ともいえる近藤の斬首以降、心身ともに疲弊しきっている。

 自身の懐刀の二振りともに、傍にいないことがよりいっそう不安にさせる。

 斎藤は兎も角、坊にいたっては自身でとおざけておきながら、おらぬことにたいして苛苛が募るばかりである。

 定期的に朱雀が暗号文を運んでくれる為、ある程度の様子や事情は把握している。無論、こちらの様子もしらせている。

 それでも不安で、それ以上に寂しい。


 いまや亡き近藤にかわり新撰組の局長として、行動をともにしている島田をはじめ隊士たちを率いている以上、そんな内心をおくびにもだせるわけもない。

 島田だけは、薄々気がついてはいるであろうが。


 それでもつねに眉間に皺をよせ、昔とおなじ「鬼の副長」を演じる。


 大鳥とは最初はなから合わなかった。すくなくとも土方は、合わぬと思っている。ゆえにつねに距離を置いている。だが、大鳥のほうではそうとは思ってはいないらしく、ことあるごとに「土方君、土方君」と気安く呼んでは、からんでこようとする。

 

 この日、どこからともなくあらわれた新政府軍と、交戦状態におちいる。

 数も装備もはるかに敵のほうがおおい状態で、会津藩は早々に遁走してしまう。

 新撰組も少数の為、逃げようと思えばすぐにでも実行にうつせる。だが、敵軍の只中に取り残された伝習隊だけが、大鳥以下健気に応戦しているではないか。


 迷った。自身らが助けにいったところで、戦況が逆転するとは到底思えぬ。


 そのとき、晴れ渡った二本松の空に一つの点があらわれ、同時に鋭い鳴き声が響き渡った。


「朱雀っ!」

 土方が歓喜の声を上げるよりもはやく、ずっと一緒に連れてきている二頭の騎馬の風神と雷神が、すでにそれ・・の気配を察して蹄で地を何度もかいては喜びを表現しだす。


 これで迷うことはない。

 土方は、島田と視線を合わせる。島田もまた、それを察している。


「市村、おまえたちはここでまってろ」

 すくなくなった小姓たちに命じる。


 日野の出身の子どもたちは、甲府進発の際に置いてきた。


 ゆえに、いまいるのは市村、田村、玉置の三名である。


「局長っ、連れてって下さい」

 すぐに反論する市村。


 こいつだけはかわらんな、と土方は苦笑する。が、命を変更するつもりはない。


「ゆくぞっ!」

 土方が風神に、島田が雷神に騎乗し、大人たちは戦闘に向かって駆けだす。


 それを、頬をふくらませみつめる市村たち。   


 三人は、入隊した時分ころよりずいぶんと背が伸びている。

 一丁前に軍服を着用している。この西洋の軍服は、三人を大人びてみせる。

 腰に得物を佩き、とおめにみると立派な軍人のようにうかがえる。


 この小高い丘の上でも、砲撃や阿鼻叫喚がはっきりきこえる。

 味方が敵に追われていることが、はっきりみえる。


 暑い、暑すぎる。

 市村は、シャツのボタンをはずす。


 この期におよび、局長はおれたちを子ども扱いしている。


「おれたちもゆこう」

 市村は提案する。


 ここでぼーっとみていると、かえって目立ってしまう。

 この丘には木の一本すらない。敵にみられたら、逃げ込む場所もない。というよりかは、みつかったら戦うしかない。


「だめだよ、鉄っちゃん」

 堅実で真面目な田村は、いまにも駆けだそうとする市村の軍服の裾を掴む。


「あっ、あれ?」

 それまでおとなしくしていた玉置が、丘の下、東方にひろがる林の方角を指差す。


 市村と田村がそちらへと視線をうつしたのと、木々の間から小隊が飛びだしてきたのが同時である。


 その小隊は、全員がミニエー銃を背負い、旗印から土佐藩であることがわかる。軽装であることから、物見でああろう。


 子どもらがみつけたのと同時に、向こうも子どもらに気がついた。


「銃をもっちゃーせんぞ。捕まえるがやきす」

 六名である。

 丘の上に向かって、一斉に駆けだす。


「鉄っちゃん、逃げよう」

 これまでもこういった接触はあった。

 そのつど、かれらはかれらなりにうまく逃げおおせてきた。

 このときも、慌てず騒がず、田村も玉置も反対方向へと駆けだそうと、心の準備をする。


「いやだ、おれは逃げない。おまえたちだけで逃げろ」

 この日の市村は、なにゆえかきかん気が強い。

 丘の上で仁王立ちになり、腰の得物に掌をかける。


 三人の刀は、亡き近藤が京にいる間に屯所ちかくの質屋で見繕ってくれたものである。

 喰うに困った浪士が、最後の手段として持ち物を売るその質屋は、ときとして掘り出し物が置いてある。

 三振りとも無銘の代物だが、こぶりのわりにはいい刀紋をもつ業物ばかり。


 市村は、そのうちの一振りを腰から抜き放つ。


「無理だよ、鉄っちゃん・・・」

 田村のいうとおり、一度も人を斬ったことのないかれらである。

 人を斬るどころか、まともに打ち合えるわけもない。

 否、それよりまえに銃で撃たれてしまうであろう。


「うるさい、おまえたちは先にいけっ!」

 頑としていうことをきかぬ市村を、一人置いてゆくわけにもいかぬ。

 田村も玉置も健気である。


 二人もまた、それぞれの得物を抜き放つ。


「なんだ、まだ子どもじゃーないがなが?やけど見逃すわけにゃいきやーせんね」

 ミニエー銃を構えながら、ゆっくりとちかづきはじめた土佐藩の物見たちのあゆみが一斉に止まる。

 それは、子どもらとの距離がわずか七、八間にまで迫ったときである。


 物見たちの表情かおはどれもひきつり、体躯は凍りついたかの如く微動だにせぬ。

 

 子どもらは、突然のなりゆきに双眸を白黒させている。

 自身らの正眼の構えは、とうてい威圧的とも思えぬ。


「市村さん、田村さん、玉置さん」

「うわっ!」「ひっ!」「ぎゃっ!」

 背後から突然背を叩かれ、三人は同時に情けない悲鳴をあげる。


「くそっ!またやられた」

 地団太踏んで悔しがる市村。だが、市村はこれまでとは違い、突如あらわれた四人目の子どものちいさな体躯を抱きしめた。


「坊っ!」

 それは、田村や玉置にしてみても同様である。

 ずいぶんと久しぶりに再会した仲間の体躯に抱きつく。


 少年は、すっかり背の伸びた三人をまえにし、ちいさすぎる自身の体躯を恥じる。

 が、こればかりは致し方なし。

 少年は両の肩をすくめると、三人にちいさな背を向ける。


 土佐兵たちは、少年の発する気に怖れをなしたのである。


「板垣先生の隊の物見とお見受けする。わが名は辰巳。一刻もはやく隊に戻り、報告されるがよろしかろう。辰巳が参る、と。辰巳が狩りをおこなう、と。それだけで、板垣先生はご理解頂けるでしょう」

 隻眼が大人たちの心奧を掴み、そのすみずみまでしっかりと揺さぶる。土佐兵たちは、肝を冷やしている。

 少年はやわらかい笑みを浮かべると、一番ちかくにいる兵卒の掌からミニエー銃を受け取る。


 だれもが動けぬ。子どもらですら。それはまるで呪文でもかけられたかのように、だれもがそれをただみている。


 少年は、ゆっくりとミニエー銃を構える。右頬を銃床に当て、構える。みえぬ左半身をまえにして。

 朱雀が上空からいっきに下降してくる。

 少年のは、朱雀のみているものがはっきりとみえている。

 

 騎乗する赤熊しゃぐまの冠物をいただく将官。急降下する朱雀は、それに衝突するまでに急上昇する。

 丘の上で、一発の銃声が轟く。

 わずかな間を置き、指揮官の赤熊の冠物が当人の頭から弾け飛ぶ。


「辰巳が狩りにゆくぞ。将官級の首級くびを根こそぎ狩りにゆくぞ」

 少年は、銃をもち主に返しながら幾度もおなじことを囁く。


 畏怖という名の暗示をかけられた物見たちは、丘を駆け下りながら一斉に叫ぶ。


「辰巳がくるぞっ!辰巳が狩りにくるぞっ!」、と。


 少年はそれをみ送ってから、くるりと振り返る。

 隻眼を眩しそうに細め、背の伸びた子どもらをみ上げる。


「ずいぶんと背が伸びましたね」

 異相に悲しげな色が浮かぶ。

「おまえも伸びるさ。たぶん、だけど・・・」

「ええ、そうだと嬉しいな」

 けっして成長せぬ少年。

 たとえかような境遇でなくとも、成長期に心身にあらゆる枷をはめている状態でおおきくなりようもない。少年自身にもわかっていることである。


 ちいさいことを気にするなどとは・・・。


 心底滑稽だと思う。馬鹿みたいだと、呆れもする。


 口の端に皮肉な笑みを浮かべたが、だれも気がつかない。


「あなたがたに、お願いがあります。ここから、大声で叫びつづけてください。辰巳が大軍を引き連れてきたぞ。砲撃隊が援護するぞ、と」

「わかった。大声なら任せておけ」

 市村、田村、玉置は同時におおきく頷き了承する。


 先程の物見たちはすでに丘を駆け下り、少年がいったとおりに戦場を駆けながら「辰巳が狩りにくるぞ」と叫んでいる。

 それは、優勢にあるはずの敵軍に瞬く間に伝染してゆく。


 これまで、大小様々な戦場で大勝に結びつく働きはせずとも、要所要所で敵軍に打撃を与えてきている。

 暗殺者としての個の力は無論のこと、隊を動かす用兵術まで披露している。

 それらは、どの隊にも「辰巳の暗躍」として、一兵卒にいたるまで畏怖として浸透しているであろう。


 敵軍に辰巳来訪の声がゆきわたった時分ころ、少年は三人の子どもたちに先程の文言を声高に叫ばせた。


 少年は深く息を吸い込むと片膝を地につけ、両の掌は大地にふれて異相を天へと向ける。

 口唇から詠唱がつむぎだされてゆく。


 森羅万象、この世のすべての自然を讃える詠唱・・・。


 大地が揺れ、みえうる範囲の木々の間から様々な鳥たちが鳴き声とともに飛び立つ。戦場いくさばを取り囲む木々は、まるで大軍がそこにいるかのようにざわざわと揺れる。


 「辰巳」という名だけで動揺する敵軍は、この鳴動と市村たちの叫び声ですっかり恐慌に陥ってしまう。

 しかも、敵軍の将官がいるあたりに向け砲撃がおこなわれたのである。

 たった二発だけであるが。


 それだけで充分である。


「退却っ!退却っ!」

 赤熊の冠物を弾き飛ばされた将官は、声を嗄らすまでそれを発しつづけた。

 進軍してきたとおなじ方向へとわれさきに逃げる敵軍。


 丘の上から、その慌てようがはっきりと伝わる。


 少年は、大地から掌をはなす。

 頭上を旋回している朱雀は、少年からの無言の命を受け、敵軍の様子を探りに飛び去る。


「すごい、いったいどうやって・・・?」

 田村と玉置は、この不可思議な現象を子ども特有の好奇心でしりたがった。すると、市村が「こいつは特別な力をもってるんだ」と、訳知り顔で説明してやる。

 

 敵軍が退いた後、戦場いくさばから土方らが戻ってきた。


 ついさきほどざわめいていた森は、すでに静けさを取り戻している。


 木々の間からなにかが飛びだし、それはあっという間に土方らを追い越し丘の上に到達した。


「きいっ!ききっ!」

 なんと、三頭のましらである。しかも、そのうちの一頭は子どもくらいのおおきさである。

 ましらたちは、脇目も振らず少年にちかづく。

 一番おおきなましらは、少年よりひとまわりほどおおきい。


「なっ、なにっ?」

 子どもらは、この闖入者に驚き少年のうしろに隠れる。


 ましらの後にやってきた土方らもまた、子どもらと似たりよったりの表情かおで動物をみつめている。


 背から人間ひとが地に降り立つのももどかしく、新撰組の二頭の騎馬風神と雷神は競うようにして少年に突進する。


頭領かしら、心から礼をいいます」

 少年は風神と雷神の鼻面を撫でてから、おおきなましらに向き直っていう。


 少年はここに到るまでに、この地を統べる土地神に協力を仰いだ。

 味方や敵の状況や地形などを把握する為である。


 このあたりは、このおおきな日本猿が長年守護している。

 少年は、猿神から状況を確認した。そして、敵軍の兵站を探りだすと、そこの守備軍を追い払った。

 置き去りにされた二砲のアームストロング砲を拝借する。


 先程の大地の鳴動は、少年自身の力によるものである。が、森にうごめく大軍は、ましらたちやこのあたりに棲まうあらゆる動物たちの仕業である。

 しかも、大砲をぶっ放したのはましらであった。

 無論、少年が点火するだけの状態にしてはいたのだが。


 少年は丘の上から将官を狙撃し、自身が細工しておいたアームストロング砲の着弾点ちかくに将官を釘づけにしたのである。


「ききっ!」

「えぇわかっていますよ、頭領かしら。森を騒がしたお詫びを申し上げます」

 大猿は、赤ら顔を少年の異相にちかづける。それから、毛むくじゃらのかいなを伸ばし、少年の額に掌をあて人間ひとの子に敬意を示した。


「きっ!」

 頭領かしらは、仲間のましらたちに声を発し、きたときとおなじように全速力で丘の下へと駆け去った。


「局長!」

 少年はましらたちをしばらく見送った後、土方の足許に片膝を地につけ礼をとる。


「遅参致し、申し訳ありませぬ」

「坊・・・」

 土方は、少年を力いっぱい抱き締めたい衝動にかられる。


 土方にとって少年は、いまや真実の甥である以上に自身の一部であるといってもけっして過言ではない。


「局長」

 刹那、異相が上がり隻眼が土方の双眸を鋭く射る。


 その一つしかないに、拒絶の色が浮かんでいる。


 土方は、われにかえる。

 自身の立場、責務、状況を優先せねばならぬということを、甥が諌めている。


 理性ではわかっている。だが、感情は違う。

 それほどまでに、近藤の死が自身をあらゆる意味で弱くしてしまったのか・・・。


「坊、報告はのちほどきく」

 鷹揚に、すくなくともそう感じられるように応じる。

 島田がその隣で、なんともいえぬ表情かおで二人を交互にみている。


 島田は、胸を痛めている。

 立場と状況が、二人の関係と心情こころを複雑なものにしているからである。


 そのようななか、ここまで付き従っている隊士たちが、少年に声をかけはじめる。


「土方君、敵はいったい・・・」

 いつの間にか、伝習隊も丘を上ってきたようだ。

 それでなくとも減っている人数が、この戦いでずいぶんとその数を減らしている。


 隊長の大鳥の軍服は、泥にまみれ、破れ、裂け、控えめにいってもぼろぼろである。

 ただ、当人はこんな悲惨な状況下にあっても笑顔である。

 ひとえに、生き残れたからよかったのであろう。


 かような笑顔をみせられれば、次の戦はもっと頑張って隊長の役に立とう、という気にさせられるであろう。

 土方は大鳥の笑顔をみつつ、苦笑する。


「大鳥さん、こいつのお蔭です」

 土方は、ぶっきらぼうに少年を指差し説明する。


「ああ、君が・・・。辰巳、君だね?噂はきいてるよ。ぼくは・・・」

 ぱんぱんと音を立てながら、両の掌で軍服の埃をはらう。もうもうと土煙があがる。


 周囲にいる新撰組の隊士や伝習隊の兵士は、思わず笑声をあげる。


「ああ、失礼」

 大鳥はおどけた表情を相貌に浮かべ、軽快な足どりで少年にちかづく。それから、右の掌を差しだす。


「大鳥先生ですね。存じております」

 少年もおなじ側の掌を差しだす。


 かたい握手をかわす。


 大鳥の掌は意外に分厚く、その握力は強い。

 人望だけの人物ではけっしてないということが、この握手とそれをとおしてみた心中でうかがいしれる。


「その噂は、いくつもの尾ひれがついていそうですね、大鳥先生」

「優勢であった敵軍を一瞬にして蹴散らすあたり、ぼくのしっている噂など、ほんの一端か、あるいは控えめなものにすぎぬようだ」

 大鳥の相貌かおから笑みが消え、おおきな双眸がすっと細められる。


 わずかな間に少年を探る、というよりかはしろうと試みようとしたのである。

 だが、少年はそれをうまく回避する。


 それは、大鳥を疑ってのことではない。

 少年と関わる者にたいして、将来おこなわれるやしれぬ新政府軍の追及に備えてのことである。


 できるだけ、自身と関わらせぬほうがいい。しらぬままのほうがいい。


 大鳥は、悪い人物ではない。主の性質たちとは合わず、あゆみよりもなさそうであるが。

 それでも、戦友としてすごすにはけっして悪くはない。


「君のお蔭で、命拾いしたよ」

「大鳥先生、これは所詮偶発的な衝突にすぎませぬ。主力は、その戦力を温存したままです。会津だけでは、そうながくはもちこたえられそうにありますまい」


 少年の言は、その場にいる者すべてに失望感を与えたであろう。


 少年は一瞬躊躇し、土方をうかがう。すると、土方が頷きさきをうながす。ゆえに、ありのままを伝えたのである。


 大鳥は、相貌かおを空に向ける。


 朱雀が戻ってきており、上空を旋回している。


「鷹か・・・」

 大鳥が呟く。


「どうやら、敵は本隊と合流し、あらためて進軍してくるようです」

 朱雀の報告を、少年が伝える。


「とりあえず、若松城にゆくしかない。会津候に会ってみよう。話しはそれからだ。これでいいかい、土方君?」

 大鳥は、笑顔で尋ねる。


 一方の土方は、眉間にくっきりと縦皺を刻む。


「ああ、承知した」

 朱雀は、土方のその返答と同時に若松城のある西の空へと飛び去る。

 

 この日、季節はずれの台風がちかづきつつあった。

 夕刻、平素であればこの母成峠からきれいな夕陽が拝めるはずが、空はあつい雲におおわれ、すぐにでも雨が降りだしそうな天候である。


 それは、この大地に嵐が巻き起こることを示唆しているかのようだ。


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