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武士大神(もののふおおかみ)   作者: ぽんた


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誠旗降納

 新撰組は宇都宮城攻略をくわだてる会津・桑名勢に加勢する為、江戸で徴募した新隊士を加え下総流山に駐屯した。

 隊士たちはその地の寺に分宿し、近藤や土方は地主の長岡七郎兵衛ながおかしちろべえの屋敷に潜んだ。


 それを察知した新政府軍は、香川敬三かがわけいぞうを大軍監にすえ、大軍をもって鎮圧しようと迫っている。


 香川は、水戸藩出身の筋金入りの勤皇志士である。岩倉の尖兵として、地道に活動していた。

 真面目だけが取り柄で、相貌かおも性格も能力もすべてぱっとせぬ。

 だが、その忠誠心と忍耐強さは、岩倉の気に入るところである。


「近藤さん、すぐに出発するぞ。準備してくれ」

 長岡家の書斎で書をよみ耽っている近藤のもとへ、土方がやってきた。


 地主はよほど書物が好きらしく、古今東西の書物をさしておおきくない部屋の一室に収集している。


 近藤は、なかば隠れるように厄介になりはじめてから、食事のときですらこの部屋へ膳を運ばせ、書物をよみながら食べた。


 近藤は、勢い込んで部屋に入ってきた土方に気がつかぬようだ。

 しばしの後、ようやっと書物から相貌かおを上げ、物憂げに土方をみつめた。


 江戸に戻ってからというもの、土方をはじめ隊士たちは軍服をまとっている。

 着物袴に鎧兜などという重装備では、とうてい洋式の装備を誇る敵に対処することはできぬ。それどころか、逃げることすらままならぬのである。


 土方は、洋装も似合う。自然な着こなしで、左腰には兼定を帯びている。一方の近藤は、あくまでも着物袴でとおしている。軍服など武士の穢れ、とでもいうように。


 いまも、甲府進軍の際に立ちよった郷里で、妻のつねが仕立てた近藤家の家紋である丸の内に三つ引の入った着物を着流している。


「状況は?あまりよくないのであろう、歳?」

 近藤はよんでいる書物から相貌かおをあげ、よっこらせと呟きながら立ち上がる。


 その書物の表紙に、「三国志演義」と書かれている。


 土方の脳裏に、御所での宴の凄惨な光景がよぎる。


「正直なところ、あまりどころかかなりよくない。島田に、分宿させている隊士を率いて宇都宮に向かうようにいってある。坊もなんとか呼び戻す。あいつなら、らわれわれを追ってくる大隊の一つや二つ、軽くあしらってくれる。それまでの辛抱だ。ゆえに・・・」

「歳・・・」

 近藤は、土方の言をさえぎる。

 えらのはったおおきな相貌かおを、土方の端麗なそれへとよせる。


「もうよい。坊を呼ぶ必要はない。おまえもすぐに島田のあとを追うのだ」

 近藤は、おおきくて分厚い両の掌で土方の両の肩を掴む。


 その膂力に、土方の両の肩が悲鳴をあげる。同時に、土方の眉間に皺がよる。


 幼馴染がこれから言わんとしていることを、どことなく予見する。


「もういいんだよ、歳・・・」

 近藤は、にっこり笑う。

「おまえたちのお蔭でおれの夢はかない、いい思いをさせてもらった。歳、心から礼をいわせてもらいたい。坊には、おまえの口から伝えてくれ」

「なにをいってる、近藤・・・、かっちゃん?」

 土方も笑おうとしたが、口許がひきつるだけでうまくできぬ。


大久保大和おおくぼやまとという旗本とその郎党が、このあたりを自主的にみまわっているとでもいうさ・・・」

 近藤は、新政府軍に出頭しようというのである。


「かような子どもじみたいい訳を、どこの馬鹿が信じるものか?かっちゃん、新政府軍に降ればただではすまぬぞ」

「ならば、ここで自害するか?」

「いい加減にしてくれ。おれたちは負けちゃいない。かっちゃん、そうであろう?あいつがいれば、おれたちは・・・」


「歳っ!」

 近藤は、一喝しながら幼馴染の両の肩を強く揺さぶる。


 長岡家のちいさな庭に、一本の寒桜が咲き誇っているのが、開け放たれた窓からみえる。

 それは、近藤のに優雅に映る一方で、儚く寂しげに感じられる。


 まるであの子のように・・・。


 春のある一日、歳が連れてきたわらべ・・・。


 とても美しい相貌かおをしているのに、捨てられた子犬のごとき寂しげな表情をしている。

 そのわらべは、村を襲った賊どもをいとも簡単にねじ伏せ、むたいを繰り返す兇漢どもを蹴散らした。


 少年だった自身にとって、その力は強大無比であった。


 当時から剣術やっとうに夢中だった自身が、剣術これをきわめ武士になる決心をさせたのが、かくいうそのわらべであったのである。


 その力を、目の当たりにしてしまったからである。 


 否、わらべとそのうちにいるもう一つの存在が・・・。


 なにゆえ忘れてしまっていたのか?

 いまはそのもう一つの存在はみえぬ。それどころか、感じることすらできぬ。

 おそらく、それが壬生狼なのであろう。確信はできぬが。


 もっとはやく思いだしていれば、気がついていれば、あのわらべ、すなわち坊は死なずに済んだのであろうか?


 あのときかわした約束・・・。


 餓鬼の口約束にすぎぬ誓いをはたす為、歳もわらべも文字通り粉骨砕身働いてくれた。

 もう充分である。あのわらべが死なねばならぬ運命さだめにあり、それから逃れられぬのなら、いまの自身にできることは独りでは逝かせぬ、ということであろう。


「もう疲れたんだよ、歳・・・」

 近藤は、言の葉どおりに感じられるよう溜息を口唇の間からもらす。


「もう開放してくれ。武士もののふごっこはしまいだ・・・」


 近藤は、幼馴染の性質たちをしりつくしている。

 幼馴染は、あきれて嫌味の一つもいってくるであろう。


「なぜだ、かっちゃん?おれは、あんたを犠牲にしてまで生き残りたいとは思わぬぞ」

 だが、その近藤の性質たちをしりつくしているのも、その幼馴染である。


 近藤は苦笑する。


 おれもおまえも馬鹿者だ。

 だからこそ馬鹿な夢をみ、それを追いかけ、ついにそれをかなえた。


 近藤は土方を、餓鬼の時分ころからの友を強く抱きしめる。

 土方はそれにあらがわぬ。


「新撰組局長から、副長に最後の命をあたえる。これより、即座に逃れよ。隊士たちを頼む。総司のことも・・・。坊に、このことは伝えるな・・・」


 土方は、近藤のひろくて分厚い胸のうちでその命をきく。


 かっちゃんの夢をかなえるという想い。結局、それがかっちゃんには重荷であった。


 強くて人のよい道場主には、重すぎたにちがいない。


「歳、おまえはおれとちがい才覚がある。これからは、おまえたちがおまえたちのすすむべき道をゆくといい・・・」


 土方には返す言もない。

 土方は幼馴染の強靭な意志と体躯にしがみつき、ただ泣きじゃくった。


 四月三日、近藤は、越谷の政府軍本営に出頭した。


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