仇討ち
大久保は、気前よく二挺の銃を貸してくれた。
阿部は、此度の計画の為にゲベールより命中精度の高いミニエー銃を選択した。
フランス人のミニエーが考案したこの銃は、装填がじつに楽である。ゲベール銃とくらべ、射程距離が長く、その命中精度は約十倍は上がる。
ただし、その分費用も三倍以上上がる。
長州は、この銃を坂本を介し薩摩名義で大量に仕入れていた。薩摩も同様に、大量に保持している。
無論、弾丸も準備している。
ここ数日、篠原を筆頭に、御陵衛士の残党はしっかりと下調べし、準備に余念がない。
機会は一度きり。失敗は許されぬ。だれもがそうとうの覚悟をしている。
阿部と富山が馬上の近藤を狙撃し、その直後に篠原や鈴木らが斬り込む。
近藤の供廻りは数すくない。人手不足なのである。
雑木林は、うってつけの襲撃場所である。
夕刻、そこを通りかかる者はいない。人家から距離がある為、銃声をきかれることもない。
なにより、二条城と奉行所の中間の地点にあたる。
だれかが危急をしらせにはしったとしても、助けがくるまでに逃げる間は充分にある。
全員が配置についた。
心の臓が口唇から飛びだしそうなほど、だれもが緊張している。
阿部も、幾度も銃を点検しては自身を落ち着かせようとした。
篠原や鈴木は、自身の得物の目貫や鎺を気にしていた。
「やってきたぞ」
物見にいっていた内海が戻ってきた。
さらなる緊張がはしる。
いまこそ、盟主の仇を討つのだ。
全員が、殺気の塊と化した。
「それにしても寒いな」
近藤は、馬上でだれにともなく呟いた。
二条城からの帰途、一行は雑木林にさしかかっていた。
屯所まではあと半分の道中だ。
この日も寒く、吐く息は真っ白である。
雷神の轡は、小者の久吉が握っている。
雷神も風神も、気のいいこの壮年の小者によく懐いている。
「局長、奉行所の小者から、いい小豆をいただきました」
島田は、雷神の傍をあるきながら馬上をあおぎみて告げた。
この日の近藤の護衛役は、島田と局長附の井上新左衛門である。
井上は、元一番組の隊士である。
幕臣の伊庭の道場で心形刀流を学んだことがあり、それをかなり遣う。
偶然にもおなじ名字の井上源三郎と同年齢で、しかもおなじ日野の出身だ。
性格も剣技も正反対の性質をもっているが、仲は悪くない。名字はおなじであるが、当人たちはなんの血の繋がりもない、といっている。
いずれにせよ、こちらの井上もまた古参の隊士で近藤や土方の信任が厚い。
兎に角、護衛に人数が裂けない為、実力のある者がつねに同行する。
無論、これは土方の配慮である。
「なんだって?」
近藤は、寒さに凍ったごつい相貌に笑みを浮かべた。
島田がなにをいわんとしているか、すぐにわかったからである。
「「島田汁粉」かね?もうすこし甘さをひかえてくれれば、この寒さにちょうどいい喰いものになるのだが・・・」
近藤が苦々しくいうと、「島田汁粉」をよくしる井上と久吉のそれぞれの相貌に、うんざりしたような色が浮かんだ。
「糸をひくぐらいの甘さが、ここにはいいんですよ、局長」
島田は、太い指で自身の大きな頭を叩いた。
それから、「あっ!」と声を上げた。
大鷹が、頭上で円を描きながら舞っているのをみつけたのである。
「きいっ!きいっ!」
頭上で、大鷹が鋭く鳴いた。
「いかがいたした、雷神?」
突然、雷神が長い頸を左右に振りはじめた。
それをおさえようと、久吉がとりついた。近藤も、馬上で手綱を絞る。
「なんだ、坊なのか?」
朱雀の出現に呼応し、雷神の様子がかわった。
近藤は、少年が鳥獣と会話ができることをしっている。すぐにぴんときた。
周囲に視線をはしらせる。
島田もすでに警戒し、自身の得物を抜いている。
頭上の朱雀が、また鋭く鳴いた。その刹那、大鷹は低木が生い茂る一帯に向け、急降下した。
「バーンッ!」「バーンッ!」
かわいた二発の銃声が、静かな林の空気を切り裂く。
雷神は久吉の静止をふりきり、跳躍すると駆けだした。
振り落とされぬよう、雷神の頸にしがみついた近藤の右肩に、弾丸が喰らいつく。
「くそっ、はずした!斬れっ、斬れっ!」
一発は、阿部が近藤の頭部を狙って撃った。が、騎馬が暴れた上に、馬上で近藤がふせたたことで頭部にはあたらなかった。
もう一発は、富山が近藤の心の臓を狙ったが、空から鳥が襲ってきた為にまったく違う方向に発射してしまった。
阿部は、すぐに抜刀隊に指示する。弾を装填し、駆け去ってゆく近藤の背を狙おうと茂みから飛びだし。構える。
富山もそれにつづく。
近藤の背がどんどんちいさくなってゆく。
焦りが阿部を支配する。それでも、固定した姿勢で撃つという基本を忘れはせぬ。片膝を冷たい土の上につき、上半身をしっかりと固定する。呼吸を整え、照星を合わせる。息を吐き出し、ゆっくりと吸い込む。
そのとき、頭上からなにかが降ってきた。近藤の背は、それによってみえなくなってしまった。
「童・・・」
富山が叫んだ。
かれもまた、阿部とおなじように銃を構えている。
だが、いまは二人とも銃床につけていた頬をそこからはなし、相貌を上げ、まんまと標的を逃した邪魔者をみつめた。
背後から、怒号や悲鳴がきこえてくる。
盟主の稚児だった童は、かれらの憎き標的を手の届かぬところへ逃してしまった。
異様な姿となりはてた童・・・。左半面を覆う包帯、そして、それ以上に以前とは根本的になにかが違う・・・。
童は、無表情で射撃手二人をみていたが、そのまま跳躍して二人の頭上を舞った。
尋常でない跳躍力だ。足腰のばねだけで、ゆうに五間以上は飛んだであろう。
阿部も富山も、呆けたようにその跳躍に見惚れた。
「坊っ!」
少年は、孤軍奮闘していた島田の側に舞い降りた。
小者の久吉は、なすすべもなく斬り殺された。そして、井上もまた奮戦虚しく冷たい土の上に骸と化している。
少年は隻眼を閉じ、しばしの間二人の冥福を祈った。そして、隻眼を開けると島田をみ上げ、ひくよう合図を送る。
「この痴れ者めっ!よくも兄上を誑かしてくれたな」
伊東の実弟である鈴木が叫んだ。
だれしもが心中で、「それは意味が違うのでは?」と思ったとしても、このときこの場でそれを鈴木に正す必要はないとも思った。
「ふっ!」
伊東の元稚児は、その異相の口の端を緩めた。
宵闇迫る寒さのなか、その冷笑は気温以上にみる者の背筋を凍らせる。
「大久保先生は、わたしのことを話しましたか?」
童は鈴木の非難を受け流し、まったく関係のないことを訊いた。
死んだ伊東の信奉者たちは、得物を握ったままその場に立ちすくんでいた。
童に、気を呑まれてしまっている。
「ならば薩摩藩邸に戻り、局長と沖田先生の襲撃に失敗したこと、それから、この場でわたしに殺されなかったことを大久保先生に報告なさい。そして、なにゆえわたしに殺されなかったか、どれだけ襲撃を試みようとも、けっして仇を討てない理由をおききなさい」
だれかが唾を呑み込んだ音が響くほど、この場に静寂が降りている。
童は気をおさえた。
われに返った阿部は、すばやく銃を構えた。これだけの至近距離、狙い撃ちするまでもない。
「バーンッ!」
阿部の一発目につづき、富山も発射した。
「・・・!」
御陵衛士の残党たちのおおくが維新を生き残り、かれらは明治末期ちかくまで余生を送っている。
このときみた光景は、剣巧者のかれらにとってけっして忘れられるものではない。
ミニエー銃から発射された二発の弾丸を、童は刀で両断したのである。
おそらく、そのはずだ。よくみえやしなかったが・・・。
しかもその刀は、童の一番ちかくに立っていた内海の腰から抜いた小刀であった。
篠原は悔やまれてならない。
伊東を力づくでもとどめるべきであった・・・。
あの童を一目みたときに感じた得体のしれぬものは、未知なる力であった。
それは、たとえなに者であろうと、到底太刀打ちできぬものである。否、それ以前に、新撰組にかかわることじたいが死と破滅を意味していた。
襲撃は失敗だ。
薩摩藩邸へ逃げかえりながら、御陵衛士の残党たちは失敗した悔しさや無念さ以上に、自身らが生かされたことの理由が気になった。
そして、大久保が自身らをけしかけるだけけしかけておきながら、肝心なことはなに一つ伝えてはくれなかった理由も・・・。




