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武士大神(もののふおおかみ)   作者: ぽんた


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危急存亡

 お孝の「いやしまへん!」、という凛とした拒絶の声からはじまった。


 沖田はこの日、朝から調子が悪かった。

 床に入ったまま微動だにせず、ずっと天井をみつめてすごした。

 起き上がり、障子を開ける気力すらない。それどころか、瞼を開けるのすら億劫だ。


 瞼を閉じていると、闇のさらなる深奥にひきずりこまれそうになる。

 これまで斬ってきたおおくの志士たちが、自身らの居場所へと誘っているのであろう。


 沖田はそれが怖くて必死に瞼を開け、天井の染みをみつめつづけた。


 新撰組が伏見界隈の鎮守の為、急遽伏見奉行所へと屯所をうつすことになった。無論、すべてをうつすにはときを要する。

身ひとつで、仮の屯所たる奉行所にうつったにすぎぬ。


 近藤は、そこから二条城へと通った。


 もはや薩長との開戦は秒よみである。


 江戸では薩摩による挑発がかなり激化している。

 幕府側の脆弱きわまりない堪忍袋の緒は、いつきれてしまってもおかしくない。


 戦になっても、近藤さんの役に立つことはできぬ。それどころか、お荷物以上のなにものでもない。


 その想いが、つねに自身を支配している。


 情けなく、もどかしい。


 朝からお孝が幾度となく様子をみにきてくれた。

 そのつど、「大丈夫」と応じようとした。

 だが、声は掠れるばかりだ。声をだすことすらまともにできぬ。

 それもまた苛立たせる。


 お孝の声が響き渡ったのは、もう夕刻である。


 早朝とは違う闇に支配されるまえの独特の寒さを、わずかながら相貌かおに感じる時分ころであった。


「よしとくれやす。ここにはわたしだけどす」

 お孝のしっかりとした声音に、野太い男たちの声がかぶさった。


 同時に、殺気が屋内に流れ込んでくる。


 布団から這いだそうと試みる。

 枕頭の刀掛けに右の掌をのばそうとするも、かなたにあるかのようにとおく感じられる。


 もはや刀を振るどころか、握る力すら残されてはいない・・・。


 複数の足音、静止するお孝の声音・・・。


 廊下側の障子が、「すぱーんっ!」、と小気味よい音ともに開け放たれた。


「やはりいたな、沖田総司っ!」

 刀掛けから廊下をあおぎみる。


 布団から半身すら這いだせぬ状態である。物憂げに向けた視線のさきに、かつて同僚であった新井忠雄、佐原太郎さはらたろう、内海二郎の三人が、それぞれ抜き身を掌に立っていた。


 盟主伊東甲子太郎を亡くし、薩摩に庇護を求めた残党たち。

 かれらは、伊東の仇を討つ機をずっと狙っていたのだ。


「ふんっいい様だな、沖田」

 新井の相貌かおに、冷笑がはりついている。


「三段突きの沖田」も病には勝てぬ。「近藤四天王」の筆頭も落ちたものよ、と嘲笑した。


 いまこそ盟主の無念をはらすのだ。

 近藤や土方をはじめとした新撰組を、血祭りに上げてやる。


 三人は、まちにまったこの瞬間ときに酔いしれていた。

 ゆえに、ついいましがたまで追いすがり、わめきちらしていたお孝の姿がかききえていることにまったく気がついていない。


「死ねっ、沖田」

 かれらは無用の言は送らぬ。さっさとおわらせんが為だ。


 死ぬ、とわかっていた。

 だが、意外にも気分は悪くない。

 自身、驚いた。


 自身は、病によって殺されるより、刃によって殺されるほうがずっと相応しい。


 それをあらためて感じることができた。


 周囲に心配と迷惑をかけ、毎日情けない想いやもどかしい気持ちで身を焦がし、忍びよる死神の影に怯える・・・。

 もうたくさんだ。それならばいっそのこと、ひとおもいに斬殺されるほうが、自身にとっても周囲にとってもいいだろう。


 近藤さんや土方さんは、悲しんでくれるだろうか?

 かような子どもじみた想いが、脳裏をよぎってゆく。


 惜しむらくは、近藤さんを最後まで護りきれなかったこと・・・。


 許して下さい、近藤さん・・・。


 そのとき、三本の兇刃が襲ってきた。

 反射的に瞼を閉じてしまう。


 くぐもった悲鳴、畳を打つわずかな物音・・・。


 閉じてしまっていた瞼を開ける。


 そこは地獄ではない。近藤の別宅の自身の寝所だ。

 そして、布団から這いだそうとしていた情けない姿態・・・。


 沖田の視線のさきに、畳の上に突っ伏した佐原がいた。首根っこをおさえられ、もがいている。 新井と内海も同様だ。首根っこをおさえられ、相貌かおを畳におしつけられている。


 三名ともに、すさまじい膂力によって呼吸すらままならず、相貌かおを真っ赤にしている。


 三本の得物が畳の上に横たわっている。それを、隠れていたお孝がすばやく回収した。


「坊・・・?」

 いまおこったことは真実なのか・・・。


 沖田は、二、三度と瞬きした。


 やはり真実だ。

 ちいさな弟分は、沖田に背を向け大の男三人を二つの掌と片膝だけでおさえこんでいる。


総司兄そうじにい、大丈夫ですか?」

 少年は、昔の呼び名で沖田に尋ねた。その間にも、すさまじい膂力で大人たちをおさえつけている。


 なにゆえここに?、というのは愚問であろう。


 沖田は、ことの顛末を近藤からきかされていた。

 少年が自身の左のを眼窩よりひきずりだし、岩倉に喰わせたあたりは、「三国志演義」の一節をよみきかされているかのように衝撃的な話しであった。


 沖田は、ちいさな背をみつめた。この背が、これまで様々なことを負い、完璧にこなしてきた。そして、これからはこれまで以上におおくのものを負わねばならぬ。


 そのさきにまつのは死、なのに。


 それでも、病ごときに斃れるよりかはいいのであろう・・・。


「総司兄っ!」

 少年は、襲撃者たちをおさえつけたまま吼えた。

「いま一度、問います。生きたいですか?たとえ局長がいなくなっても、このさきいかなることになろうとも、あなたは生きたいですか?」


 ちいさな背・・・。誠にちいさな背だ。


 土方さんもこの背をみ、いつも危地に送りだしている。

 坊が死んだら、土方さんはどうなるのであろう?

 おれが死んだら、近藤さんはどうなるのであろう・・・。


「生きたい」

 沖田はついに、本心をしぼりだした。

 かすれた声音は、情けないほど耳ざわりで弱々しい。


「ならばあきらめないで下さい。死なせやしない・・・。死なせやしない絶対に・・・」

 沖田は、少年の声が途中からきこえなくなった。なぜなら、気を失ってしまったからである。そして、深い眠りについた。

 少年が暗示をかけたのだ。


 少年がお孝に頼んでいたこともあり、かのじょは慌てる様子もなく、沖田にちかづくと手際よく介抱した。


 かのじょは、誠に頼りになる。



(くそっ!してやられたか)

 少年は、襲撃者三人の心中をよんでも平静を装った。


 襲撃者三人を、外にほうりだした。

 殺しはせぬ。なぜなら、薩摩の庇護を受けているからである。



 いまだ包帯は取れていない。そして、左半身の痺れも残っている。


「朱雀、頼む。雷神に、局長を落とさず駆け抜けるよう伝えてくれ」

 冬の寒さに凍える桜の木の枝上で、大鷹が翼をひろげた。

 すでにあたりは暗くなりつつある。

 だが、大鷹は、意に介す様子もなく空へと舞う。


 少年もまた、民家の屋根へと飛翔した。屋根伝いに駆ける。


 風神と雷神は、近藤を乗せ伏見奉行所から二条城へと往復した。朝と夕刻に。

 その道中に、雑木林がある。二頭は、そこで複数の武士をみた。

 それは、屯所でみかけたことがある新撰組の隊士たちであった。


 少年は夜半の鍛錬の際、二頭からそのことをきかされた。


 それが御陵衛士の残党だと即座にわかった。

 ゆえに、近藤の別宅周辺を探った。


 薩摩の息のかかった密偵が、別宅を探っていた。


 少年は、屋根から屋根へと駆けつづけた。


 眼下では、京の町の人々がそれぞれの宵をすごしている。

 炊煙の匂い、笑声に嬌声・・・。

 日中は曇っていたが、いまは西方がわずかに赤く染まっている。


 まにあってくれ・・・。

 否、まにあわせねばならぬ。


 少年は、めずらしく焦燥感に苛まれていた。


 陽はまもなく落ちる。

 狙い撃つにはぎりぎりの刻限。これ以上暗くなれば、銃で狙い打つのは困難。だが、射撃には一日の長のある阿部や富山がいる。

 下調べや練習は、しっかりとしているであろう。


 向かうさきは例の雑木林。

 連中の潜む場所は、さきほどの三人がしっかりと語ってくれた。


 三人は、この復讐劇を支持支援した者の名も、はっきりと語ってくれた。

 すべてその心中で・・・。


 大久保一蔵・・・。


 懲りない奴である・・・。


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