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武士大神(もののふおおかみ)   作者: ぽんた


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叔父貴

 眠れない一夜をすごした。


 体躯が冷えきっているだろうに、それすら感じぬ。

 自室のまえの縁側で柱にもたれ、庭の暗闇を凝視していた。


 ながかったのか、それともあっというまだったのか、ときの流れもわからぬ。空がしらじらと明けつつあり、鳥の囀りやどこかの家の鶏の鳴き声がきこえてきた。


 そこではじめて、一晩中この寒い縁側で一夜を明かしたことにきがついた。


 どうすればよいのか、皆目見当もつかぬ。それどころか、状況の詳細をのみ込めぬままである。


 ゆいいついえることは、あいつが死ぬ、ということだ。


 総司とは異なる意味で・・・。


 これまで隊の内外を問わず、血腥い環境にいるが、あいつの壮絶な行為は衝撃的かつ脅威的だった。


 新撰組おれたちごときが太刀打ちできるものではない。所詮、新撰組おれたちは組織の一つであり、動きまわっている駒にすぎぬのだ。


 あいつは、最初はなから強大なものにたいして戦いを挑んでいたのだ。たった一人で・・・。


 あぁひどい顔色をしているに違いねぇ・・・。

 

 これは・・・。気配を感じる。


 悲鳴を上げるような無様な姿を晒しはしなかったが、つかれきった相貌に、驚愕の色がでているに違いねぇ。


「侵入せし無礼、ひらにご容赦願いたい。斬られて当然であろうが、どうしても話しをしたく、こっそり参ったしだい・・・」


 眼前に、御所で会った尾張公の護衛が立っていた。近間に入られるまで気がつかなかったとは・・・。


 まったく気配を感じさせねぇ・・・。


「土方殿、わたしは柳生厳蕃。これでも一応、尾張藩主の剣術指南役をつとめていたことがある。もっとも、いまもあそこから・・・」

 小柄な壮年の武士は、よわいを感じさせぬ秀麗な相貌に苦笑を浮かべた。

 双眸を、右奥にみえる屯所の塀へと向ける。


「招かれもせずに入ってきたのだから、お主には充分怪しげにみえるであろうが・・・」

 廊下に座したまま、元尾張藩主の剣術指南役をみ上げた。相手は、それを臆することなくしっかりと受け止めた。


 相貌、雰囲気は、息子の厳周だけではない。みしったほかのだれかにもどことなく似ているような気がした。


「わたしの不用意な行動で、わが藩主や藩そのものに迷惑をかけるわけにはゆかぬ。手前勝手で新撰組そちらに申し訳ないが、これはあくまでも私事。当家の問題であることをご承知いただきたい」


 たしかに勝手すぎる。ほんらいならば、大声をだしてこの侵入者を捕縛すべきだろうが、それは得策ではないであろう。


「新撰組副長土方歳三です。坊いえ、辰巳でしたかな?いや、それもふたつ名ですか?新撰組ここでは、佐藤龍と名のらせてますが。あいつのことでしょう?」

「佐藤龍・・・。その名は、土方殿が?」「ええ、そうです。苗字は姉の嫁ぎさきのものです。隊士たちには、わたしの甥ということにしています」


 厳蕃は、整った顎を右の親指と人差し指でさすりながら合点がいったように小さく頷いた。


あの子・・・が、お主をあるじと慕う理由がよくわかった」


 おれ自身にはわからなかったが、それは問題ではない。




「土方さん、なにやってんだ?」


 そのとき、建物の向こう側から永倉、原田、斎藤、そして井上があらわれた。

原田は、槍を携えている。


早朝だというのに、四人とも日中の隊務の合間のごとくいつもどおりの格好だ。


永倉と原田は家族のもとにかえらず、四人でなにごとか話し込んでいたのだろう。


 いつもだったら呑みあかしたのかと思うところだが、井上と斎藤にかぎって羽目をはずすわけはない。

 なにより、足取りも気もしっかりしている。



 四人が物陰に隠れ、様子をうかがっていることを、厳蕃は気づいていたはずだ。

 ゆえに、さして気にするわけでもなく平然と構えている。

 そして、四人もまた気づかれていることくらい先刻承知だ。


 まるでこれまで会話をしていたかのように、斎藤が口唇を開いた。

 いつもより表情(かお)があかるい。 

 厳蕃にたいし、興味があるのだろう。


 柳生の兵法家をまえに、興奮しているのがみてとれる。

 それは斎藤だけではない。永倉も原田も、厳蕃の腕前は承知しているだろう。


「江戸と尾張は、ずっと確執がつづいているときいたことがある。さきの宴のときの様子から、坊は江戸柳生のようにみうけられたが、それをなにゆえ尾張が気にかけるのか?「柳生の大太刀」まで与えて・・・」


 さすがは日の本のあらゆる刀と流派につうじている斎藤だけのことはある。


 四人は、さりげなく厳蕃を取り囲んだ。無論、厳蕃の近間に入らない距離で。


「よくご存知だ。尾張こそが宗祖石舟斎のすべてを継いだ正統。江戸などしょせん、政に重きをおいた亜流にすぎぬ。しかも、血筋に恵まれず、柳生の剣をかじったにすぎぬ有力者から、世継を貰い受けること再三・・・」


 四人の猛者に取り囲まれても動じることもなく、それどころかまったくなんの気も発することもない

 厳蕃は、全員をみまわしてからつづけた。


 ほかのおおくの武士と違い、厳蕃に新撰組を馬鹿にするような様子はまったくみられぬ。それどころか、認めているような、あるいはたてているような、そういう雰囲気さえある。


「だが、あの子の父親である柳生俊章やぎゅうとしあきらは、柳生家の産。そして、あの子も・・・。俊章は、より強い血統を残す為、尾張の血筋とまぜることをたくらんだ」



 周囲はじょじょにあかるくなってきている。

 屯所の小者が起きだし、朝飯の仕度をしはじめたのだろう、小鳥の声にまじり、屯所のどこかからかかすかな物音がきこえはじめた。

 

 だが、土方たちは微動だにせず厳蕃の話しにきき入っていた。


 厳蕃は斎藤のほうを向いていった。


「お主は詳しいようだからしっていよう?われらが宗祖石舟斎は、大和を訪れた剣聖上泉信綱かみいずみのぶつなに一手指南を請うた。その際、じつは石舟斎の相手をしたのは、剣聖ではなく弟子の疋田景兼ひきたかげともだった・・・」

 最後にあらわれた名に、土方ははっとして厳蕃をみ上げた。斎藤もまた、口中であっと声をあげる。


 斎藤は思いだした。いつかそんな話をどこかできいた。

 それがまさか、あの疋田とおなじということか?

 しれず土方にに視線()をうつす。


「その縁で、疋田家とその流派たる疋田陰流は、柳生家と懇意の間柄となった。疋田家には、柳生家当主の剣術指南として代々つとめてもらっている。その疋田を仲介に、江戸から申しでがあった。尾張のご息女をいただきたい、と。無論、即座にことわった。尾張江戸の確執以前に、俊章には尋常でない噂が絶えなかったのでな。だが、やつは強引だった。われらの隙をつき、当時の当主の長女を攫い、手篭めにしおった」


 静かな怒り、というのはこういうものか・・・。

なんでもないことのように語る厳蕃から、五人はたとえようのない負の気を感じた。


「長女は、女だてらに剣をよく遣った。その腕は、年少の長男より上だった」

厳蕃の苦笑から、長男が厳蕃自身だとわかった。

同時に、厳蕃がなに者なのか、少年にとってなににあたるのかも。


五つのそれぞれの相貌に、驚愕の表情が浮かぶ。


「これでわたしが、あの子を気にする理由がわかったであろう?ここを訪れた理由もまた・・・。そして、いまひとつ」


 まだあるらしい。


「わたしには、疋田家に嫁いだ、これは当人同士合意のもとではあるが、妹もおる」


 土方は、開いた口がふさがらなかった。


 まさか疋田信江が、柳生の出身だったとは・・・。


 同時に、疑惑の念がわいたのは当然であろう。


 あの出会いは偶然だったのか、それとも必然だったのか?


「土方殿、誤解されぬよう。わたしも驚いている」


 少年とおなじ能力をもつあたりは、柳生の血、なのか?

 厳蕃は土方の心中をよみ、即座にそれを否定した。


「だが、あの子や疋田忠景が、お主らを互いに結びつけたのであろう・・・」


 厳蕃のいいたいことはわかる。互いのもつ気や縁が、偶然を必然にかえたのだ。


 斎藤だけでなく、ほかの三人もいまや土方の想い人のことは気がついている。

 察しがついた。


「副長、そろそろみなが起きだすだろう。実際、そこで黒い頭の鼠がひそんで盗みぎきしているし。そろそろ場所をかえた方がよいのでは?」

 井上の視線()のさきは、ついさきほどまで井上自身らが隠れていた建物の角だ。いまはそこに、寝間着の裾がみえていた。その裾のある位置から、それが子どもだとみてとれる。


「市村、いい加減にしろ」

 井上がちかづこうとすると、市村が飛びだしてきた。寝間着は乱れきっている。

 厠にいく途中で、話し声に気がついたのであろう。


「だって井上先生っ」

「だまれ、こそこそとみっともないぞ。それがおとこのすることか?」

 自身のことは棚に上げ、井上は叱りつける。


「厳蕃殿、あれがうちの最強の剣士です。唯一、あいつから面をとった・・・」


 斎藤が市村をそう紹介すると、永倉と原田が声を立てずに笑った。井上もすぐに気がついたようだ。

「ああ、たしかに。あの面はすごかった。すごい音がしたからな」、とあの夜のことを思いだしたらしい。そう呟いてから苦笑する。


「いま、あいつはここにいません。あなたの妹にあずかってもらってます。いきましょう、ここにいては隊士たちにみられてしまう」

 土方が自室から兼定を腰に帯びてでてきた。

「ほう、兼定とは・・・」

 厳蕃がめざとくいった。

 その厳藩の得物を、斎藤がめざとく指摘する。

「尾張徳川家の剣術指南役が村正、とは・・・」

 厳蕃は苦笑しただけで、なにも答えなかった。


「市村、おまえはついてこなくていい。まだはやい。もう一寝入りしてから早朝稽古に参加しろ」

 原田の指摘に、土方の眉間の皺が濃くなる。


「っていうか、おまえらもついてくるな」

 ぞろぞろとついてくる幹部たちに怒鳴る。

「なんでだよ、原田先生?」

「なんでだよ、土方さん?」

 叱られた市村、そして原田が、同時に抗議する。


「しょうがねぇ連中だ、まったく・・・」


 結局、ぞろぞろと疋田家へ向かう羽目となった。


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