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武士大神(もののふおおかみ)   作者: ぽんた


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新たな策略

「慶喜ではなく、われわれ(・・・・)がこの日の本の支配者であることを、敵味方は無論のこと諸外国の連中にもしらしめるのだ」


 小御所会議からわずか数日後、岩倉は大久保を呼びつけて居丈高にいい放った。


 会議は、慶喜の処分を決定的なものにするどころか、ただうやむやに、否、それどころか慶喜派にかえって勢いをあたえてしまった。


 このままではまずい・・・。


 江戸での工作活動も、いまだ幕府側の堪忍袋の緒をきるにいたっておらぬ。

 岩倉は、直接その緒を絶たねばならぬところまで追い詰められていた。


 いや、いっそ生命いのちそのものを絶つのも一興か・・・。


「どうだ大久保、非公式に諸外国の外交官らを招き、わが国の伝統芸能を披露するというのは?そこに慶喜らも招けば一石二鳥にも三鳥にもなるであろう?」

 大久保は、かようにうまくいくものか、と内心で浅慮を嘲笑した。無論、口唇からそれをだすわけにはゆかぬ。つかれのたまった相貌に、愛想笑いをはりつけた。


「岩倉卿、さようなことをすれば、あちら側もそれなりに準備をするのではありませぬか?」

 ひかえめに意見する。


 こちらの意図を察し、慶喜側でも暗殺者を準備するはずだ。

 すなわち、最強の暗殺者がこちらに放たれる・・・。

 絶対にふせぎようのない一矢を、報いられるわけだ。


 だが、あちらが暗殺者をこちらに放ってくれれば、それだけで開戦の口実ができる。


 十二分に大儀名分がたつというものだ。


 非公式とはいえ帝の名を冠した宴に、幕府側の暗殺者が暗躍するなど、それ以上の口実がどこにあろうか?


 しかし、こちらに口実ができるのと同時に、あちらにも与えかねぬことはたしか。諸刃の剣というわけだ。

 危険きわまりない賭けである。


 たとえうまくいったとしても、岩倉、そして自身の生命いのちや立場が代償となるやもしれぬ。


 ごめんだ。くだらぬ小細工に加担するつもりはない。


「案ずるな、大久保」

 岩倉は、思案顔で黙りこくっている大久保にいった。


 岩倉はこの夜も自邸の洋風の部屋で、大久保が持参した芋焼酎を呑んでいた。

 吐きだされた息が大久保の鼻梁をくすぐった。それは、強烈な酒精を伴っている。


 庭をみると、室内の灯りをうけ、地にも木の枝にもうっすらと雪がつもっているのがみえる。


 冷えるはずだ。南国で生まれ育った薩摩人には、京の冬は地獄にひとしい。


「小癪な邪魔者には、それ相応の饗応を準備する。まぁ愉しみにしておれ。慶喜自身も気にいってくれるであろうよ」

 岩倉は、自身の謀略にかなりの自信があるようだ。杯を上げながら、上機嫌で笑っている。


 一方、大久保には不吉な予感しかない。その宴とやらを欠席することはできぬが、西郷とともにできるだけ目立たぬよう、すごさねばならぬ。


 岩倉の存在は、いまや幕府と同様めざわりだ。

 幕府と違うのは、味方で、しかもお偉い(・・・)公卿様であることだ。ゆえに性質たちが悪い。


 後白河法皇ごしらかわほうおう平清盛たいらのきよもり足利義満あしかがよしみつ織田信長おだのぶなが・・・。

 これらの関係と同様なのであろう・・・。



「非公式の饗宴?」

 少年は徳川慶勝の寝所でその話しをきかされ、鼻で笑った。


「ご無礼をお許しください」

 そして、慌てて詫びる。

「かまわぬ。わたしとて御所でその話しを中御門なかのみかど卿からうかがい、おなじように鼻で笑ってしまったからな」

 この夜も、慶勝の寝所には写真フォトガラが無数に散らばっている。


「その傷は?大事ないのか?」

 慶勝は、少年の左頬、ついで太腿の上に置かれた左右の掌に双眸を向け。驚いてたずねた。

「たいしたことはありませぬ。本職のほうでの事故でございます」

 少年は微笑し、さもなんでもないことのように応える。

「そうか・・・。新撰組そちらも大変だな・・・」

 少年のやわらかい笑みにつられ、慶勝もこけた両頬を上げてわずかに微笑んだ。それからすぐに表情かおをあらため、つづけた。

「帝は、おぬしの舞いを所望されている」

「・・・」

 少年は、庭に面した障子のちかくに端座しており、そこから慶勝を上目遣いにみた。


「帝は、清涼殿からおぬしの舞いを御覧になる。おぬしをその宴とやらに出席させるには、おぬしの舞いをもちだすしかなかった」

 少年は、慶勝のかんがえを察した。心中をよむまでもない。


 非公式であるその饗宴には、熾仁親王たるひとしんのう彰仁親王あきひとしんのう晃親王あきらしんのうといった皇族方は臨席されない。ゆえに、近衛大将軍以上の官位をもつ者はおらぬ。


 岩倉や大久保の謀略を阻止するには、官位をもちいるべきだ。

 そして、連中にはこの機にしらしめておかねばならぬこともある・・・。


 少年は叩頭した。

「委細承知仕りました。尾張公にあらせましては、なるべくわたしとのかかわりは避けていただきたく・・・」

「辰巳、わたしもぎりぎりのところにいる。すまぬ」

 慶勝のこけた頬がわずかに歪んだ。協力したくとも、自身にできることはすくない。

 家や家臣や領民たちのことを、なににもおいてかんがえねばならぬからだ。


 それらを天秤にかけることは、許されぬことだ。


「尾張公にあらせられましても、身にあまるほどのご厚情を賜っております。それに報いるため、微力ながらこの辰巳、尽力いたします」

 これ以上いうべきことはない。


 慶勝にとって、これ以上の関与は不利益にこそなれ利益になることはけっしてない。

 

 この夜も、慶勝のもとを辞した少年にその気配がまとわりついてくる。


 それは、尾張藩前剣術指南役の厳蕃の気・・・。

 その気に敵意や害意はない。だからこそ、不気味で不可思議だ。


 いまは目前の敵に集中しろ。


 少年は、夜の闇のなかに跳躍すると姿を消した。

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