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武士大神(もののふおおかみ)   作者: ぽんた


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拉致

 ひょんなことから、新撰組の餓鬼どもが毎夜剣術の稽古をしているのにでくわした。


 その浪士は、丹波の産である。


 池田屋事件の際、おおくの過激浪士たちが文字通り獅子奮迅の戦いをくりひろげるなか、この岩佐いわさという浪士は、池田屋の風呂桶のなかに隠れ、それをやりすごした。そのあとの禁門の変の際にも、天王山までくっついていったが、真木和泉まきいずみら十七名の志士たちが立派に自害し果てたなか、荒れはてた小さな祠のなかに隠れてそれをやりすごした。

 それ以前にも、有名無名の小競り合いから大規模な戦闘まで、いくつもの修羅場にいたが、そのどれもうまくやりすごし、そのつど無傷で生還した。


 自身「不死身の岩佐」と吹聴していた。


 ほかのおおくの尊皇攘夷派の志士たちとおなじく、岩佐もまた新撰組には過分なまでの恨みつらみがある。したがって、年端もゆかぬ餓鬼どもが屯所ちかくの小さな神社の境内で、ひそかに稽古をしているのをみ、これこそが天が遣わしたおおいなる機会だ、といいように解釈してしまった。


 この情報を、岩佐とおなじように新撰組に恨みをもつ権力者にうりつけでもすれば、ささやかでも酒肴代になったであろう。が、このとき岩佐は、なにゆえか世の中に自身の名をひろめるほうをとった。


 逃げ隠ればかりしている自身の人生に、心底疲れていたのである。

 そのまっとうな選択があやまっていたことをしるのは、自身が捕縛されてからだ。


 計画ははやいほうがいい。


 岩佐は、天王山から命からがら逃げかえってからは、二本差しとしてでなく町民に身をやつし、賭場にでいりしてその日暮らしをしていた。したがって、この計画にはすぐにごろつきどもがあつまった。それこそ、臑だけでなく相貌体躯いたるところに傷のあるがらの悪い連中ばかり、総勢十名ちかくがあつまった。

 なかには岩佐とおなじように、二本差しだった者もいる。

 どいつも腕に自信だけはあった。博打と喧嘩と女、というのがかれらの日常である。


 餓鬼どもをかっさらい、新撰組から身代金をとる。できれば、近藤や土方ら幹部の生命いのちも・・・。


 杜撰で大雑把な計画。それでも、岩佐をはじめこの一団は、この計画はかならずや成功するとまえむきであった。

 そして、せしめた金子と、新撰組をだし抜いたという偉業によって得た名声がもたらしてくれる将来さきのことで、すでに岩佐は満足していた。


 子どもらを監督する相馬と野村の再三にわたる注意も、稽古に燃える市村をはじめとした子どもらの気勢を殺ぐことはできぬようだ。


 子どもたちは、剣術試合で勝つことのできる「必殺技」を編みだそうと、こうして毎夜提灯や松明をもっては屯所ちかくの小さな神社にくりだし、そこで半時ほどすごした。


 その夜は月も星もでておらず、京特有の凍えるような寒い夜であった。

 子どもらは、この寒さのなかでも稽古用の道着と袴、それに素足に草履という格好で、掌に木刀や灯火をもち、いつものように神社にやってきた。


 市村を筆頭に総勢六名。そのなかには、井上の甥の泰助もくわわっていた。

 十三、十四、十五歳といった、まだ遊びたい盛りの子どもらだ。


「寒くない。寒くない」

 だれかが呟いている。

「寒いんだろ?情けないな」

「なんだと?」

 いつもこんな調子だ。


「うるさいっ!さあ、はじめるぞ。試合まであと数日だ。気合入れろ」

 市村が怒鳴った。


 いまでは放置されている小さな神社は、敷地も建物も荒れはてている。荒れ寺を訪れる者はなく、しかも目と鼻のさきに壬生浪の巣があるので、このあたりは日中であっても静寂に支配されている。


「なんだ?何者だ?」

 だれかが甲高い声で叫んだ。周囲の木々の間から、複数のおとなたちが飛びだしてきたのだ。一瞬、子どもらは、巡察当番の隊士たちと思った。だが、提灯や蝋燭のわずかな灯火のなかに照らしだされたおとなたちの相貌は、どれもしらぬものばかりであった。


「餓鬼ども、おとなしくしてりゃ生命いのちまではとりゃしねぇ」

 岩佐は、背がひくく小太りだ。いかにも世わたりがうまそうなこすからい相貌である。舌を鳴らすのが癖で、言の葉の間に幾度もそれを鳴らす為、その言はじつにききづらい。


 いつの間にか子どもらを中心にし、十名ほどのおとこたちが掌に掌に短刀どすを握り迫っていた。


 子どもらのほとんどが身を寄せ合い怯えている。だが、市村だけは木刀を正眼に構え、抵抗を試みようとした。


「全部で七名か・・・」

 岩佐が「ひい、ふう、みい・・・」と、子どもらを勘定した。


「・・・?」

 市村は、一瞬その人数にひっかかったがすぐに思いなおした。

 仲間はおれが護る、という気概に満ちていた。


「ほう?一丁前に逆らうか、えっ、餓鬼?」

 ごろつきの一人が、その市村の様子をみて笑った。おとなたちがいっせいに嘲笑する。


「なんだと?」

 短気な市村が木刀を振り上げようとした瞬間、うしろから道着の襟首を摑まれ、そのままぐいとひっぱられた。その衝撃で、市村の体躯はひっぱった者のそれにぶつかってしまった。


「市村さん、みなを頼みます。あなただけは、なにがあっても動揺してはいけません。おれを信じてください、いいですね?」

 ひっぱった者が市村の体躯をうけとめつつ、その耳朶に囁く。


「おまえ・・・」

 市村は、それが副長の甥であることに気がつき驚いた。

 秘密の練習に幾度か誘ったが、副長の甥は雑用があるから、と断りつづけていた。それがいつの間にかあらわれたのだ、驚くしかない。


「一丁前におとなに逆らおうってのか、餓鬼?」

 岩佐は、にやにやと笑いながら少年に襟首を掴まれたままの市村に迫ってきた。その掌には、ほかのおとこたちと同様に、短刀どすが握られている。


「いったいなんだってんだ?おれたちが新撰組の隊士・・だとしってて、こんなことするのか?こらしめてやるっ!」

 少年の忠告もきかず、市村は息巻いた。襟首を掴まれたまま、のけぞった格好で。


 岩佐は笑った。ほかのごろつきどもも、いっせいに笑い声をあげる。


 子どもらはその下卑た笑声にますます萎縮した。井上の甥の泰助もまた、両隣に立っている玉置良三たまきりょうぞう田村銀之助たむらぎんのすけの間で、長身痩躯をちぢめた。泰助は、岩佐やほかのおとなたちも怖かったが、それ以上に突然この危機的状況のなかにあらわれた少年のことが怖かったのである。


 泰助は、まだ七つか八つのとき、叔父に連れられ試衛館を訪れたことがあった。そのとき、道場の床を磨いている少年をみた。

 驚いた。普通の人間ひとではなかったからだ。みた目は、たしかに人間ひとの子どもだ。しかし、そのうちになにかがいるのだ。それはまだ、おさない泰助にはなんとも表現のしようもないものだったが、なんというかすごく尊いような、神々しいような・・・。

 当時、やんちゃ坊主だった泰助に、それは「悪い子だ」と罰しそうな、そんな錯覚さえ抱かせた。だからちかづくことができなかった。

 あとで叔父からきいた話しでは、「あの子は病でおとなになれない」ということだったが、そんなことは嘘だとすぐにわかった。

 そして、数年後京で再会したとき、ひょろっと背が高くなった泰助は、とおくから小さいままの少年を眺めたのだ。

 いまはもう、少年のうちにいるものがみえなくなっている。なにゆえかはわからぬが。だが、やはりちかよることはできない。そして、おさないときにみたものを、たとえ叔父であってもいえぬままでいる。


 その泰助の双眸のなかで、一人のおとこ短刀どすを振りかざし、市村に迫っている。剣術は、子どもらのなかではまだ通用する程度の腕前の泰助であっても、おとこの発する害意や敵意くらいは感じられる。おとこは、あきらかに市村を傷つけようとしている。


「やめてっ!」

 いままさに市村に振り下ろされようとした短刀どすのまえに、市村をうしろへ軽く放り投げた少年が泣きながら飛びだした。偶然にも、短刀どすは懇願しようと両の掌を合わせた少年の右腕を斬り裂いた。

 子どもらが境内に置いている提灯や松明のわずかな灯りのなか、少年の斬り裂かれた傷口から血がぼたぼたと地面に落ちてゆくのがはっきりとみえる。


 子どもらから悲鳴が上がる。少年は、叫び声と泣き声を大きくした。

「おれは新撰組の副長土方歳三の甥だぞっ!こんなことをして、叔父が許すとでも思うのか?」

 少年が涙と鼻水を啜りながら訴えると、岩佐をはじめ兇漢たちはそのがらの悪い相貌に、さらなる兇悪な表情を浮かべた。


 これはとんだ珠玉が手に入った。金子は無論のこと、土方に苦渋を存分になめさせることができる。

 おとこたちのだれもが思った。


 それがこの兇漢たちの性質たちを瞬時にして見抜いた少年の、巧妙な芝居とは気づくはずもない。


「そうかそうか・・・」

 岩佐は少年の腕を斬り裂いた短刀どすを、自身の擦り切れた着物の袖に擦り付け、そこに附着した血をぬぐった。

 にっくき敵の甥は、夜目にも美しい。それがいま、おのれの掌中にある。愉しめそうだ。衆道を好むわけではないが、かような美少年なら、しかもそれがあの土方の身内の者だったら、思う存分味わってやるのも一興であろう。


 短刀どすを鞘に納めると、いまだ泣き叫んでいる少年の襟首を掴んだ。そして、無精髭に覆われた相貌を少年の耳朶にちかづけた。

「ならば、新撰組のお偉い副長様が迎えにくるまで、たっぷりと可愛がってやる・・・」

 舌を鳴らしながら囁き、その舌を口唇からだすと、少年の右頬をべろりとなめた。美しい少年の双眸に恐怖が色濃く浮かんだ。

 それがたまらなかった。


「おいっ、このなかはなんとか暖をとれそうだぞ」

 おとこたちの一人が、荒れ果てた神社の建物からでてきた。小さなお堂と住まいが一緒になっているようだ。


「こいつらを連れてゆけ。おいおい、とくにこいつは大切にな。おまえらにも味あわせてやる」

 おとこたちのなかで一番の巨漢が、少年をその大きな肩に乱暴に担ぎ上げた。ほかの子どもらは、数人のおとこたちが建物のなかへとひったててゆく。


 少年は、巨漢の肩の上で木々の間をみた。二頭の野犬が、木々の間で四つ脚を踏ん張り、戦闘体勢をとっている。たまたま通りかかった斑の兄弟犬だ。

 一頭が素早く木々の間から飛びだした。それから、その犬は放り投げられた市村の木刀を銜えると、そのまま踵を返して木々の間へ戻った。そして、援護するかのように戦闘体勢をとっている兄弟とともに、境内とは反対の方向に向け、一斉に駆けだした。

 屯所のある方角へと。


 動物と同調できる少年の意をうけ、二頭の兄弟犬は一心不乱に夜道を駆けていった。


 当時の記憶が戻っているいま、これは少年に昔のことを鮮明に思いださせてくれた。

あのときも、自身を取り囲む高弟たちの驚愕、恐怖、さまざまな感情が入りまじったなんともいえぬ表情が、それぞれの相貌に浮かんでいた。

 少年は、それを他人事ひとごとのように眺めたような気がした。そして、それ以降の記憶が曖昧になった。

 つぎに意識がはっきりとしたのは、疋田忠景が頸を斬り落とそうとしたときである。


 いま、子どもらの相貌に浮かんでいるのは、あまりある恐怖だけだ。それを、少年は泣き叫びながらみていた。


 岩佐らは土方の甥を心身ともに傷つけた。両の掌と両の脚の甲を短刀どすで刺し貫き、左頬を深く斬り裂いた。


「その美しい顔に一生消えぬ傷がついた」

 岩佐らは、ところどころ痛んで崩れた床の上で、痛みに泣き叫びつづける土方の甥を殴り、蹴った。

 その後、おとなたちは土方の甥を真っ裸にすると順番に犯した。


 血にまみれた少年の無数の古傷や火傷の跡は、あらゆる意味で興奮に酔いしれたおとこどもの双眸を完全に濁らせみえなくしていた。

 それは、少年を犯すときも同様で、一番最初の岩佐ですら、少年に入ったときにまるで抵抗なく自身がうけ入れられたことに、まったく気がつかず気にもならなかった。


 こうなったらまるで野獣の群れのようなものだ。一人の少年を犯すさまは、まだ子どもの域にある市村たちにとって恐怖以外のなにものでもない。

 子どもらはお堂の隅にかたまって、自身らよりも年少の少年が凌辱されつづけるのをきいていた。もはや、それをみることもできない。みる勇気などかけらもない。


 おとなたちの卑猥な言、叫び、息遣い。そして、犯される少年の啜り泣く声・・・。

 これが生き死にする世界での一面であることを、みせつけるにはまだかれらはおさなすぎる。


 少年は、子どもらの様子をうかがいながら、そろそろ限界であると思った。自身の、ではなく子どもらにとって・・・。


 訓練を施され、長年この世界で生きてきた少年にとって、このくらいのことはなんでもない。強いていえば、泣き叫びつづけるという演技が、必要以上に体力を消耗することであろう。


 いまや少年は、あらゆるところから狙われている。この兇漢どもの意図を探り、そのさきにいる者に辿りつかねばならぬ。

 元凶を断たねば、おなじことが繰り返されるだけだ。


 間者として、ときにわざと捕まり拷問をうけ、拷問者がなにをしりたいのか、あるいはなにを探っているのかを逆に調べることがある。その為、どんな痛みにも耐えられるよう自身の体躯を傷つける訓練もした。鋸引のこびきという処刑に使用される拷問を、自身の体躯に試しもした。

 もっとも、他者からの拷問は数回しか経験はないが。


 自身は痛みや恥辱にたいする耐性は備わっている。だが、この子どもらにはなにも備わってはいない。 このままでは、子どもらが気狂いしてもおかしくない。


 少年は、ひととおりおとこたちをうけ入れた後、わざと気を失ったふりをした。この時機を選んだのは、ご馳走にあぶれた者が欲求を満たす為、子どもらのだれかに襲いかかることを防ぐ為だ。


 そして、すでに少年はこの連中の正体をもよんでいた。この連中は、ただたんに金子と名声とを欲しているだけだ。裏にも上にも何者も存在しない。

 少年はある意味ほっとした。自身の所為ではなかったからだ。


「まあよい。あとはやつらからいただき物を頂戴するだけだ」

 未練がましい視線を土方の甥に向けたまま、岩佐が呟いた。それから、仲間に気絶した少年を子どもらのところに連れてゆかせた。おとこの一人は、気絶した少年に着物だけひっかけ、子どもら全員を土間に追い立てた。


「酒が欲しいのう・・・」

「凍えるようだ・・・」

 お堂から、興奮から冷めた仲間らの不満げな声がきこえてくる。


「おとなしくしてろ。命が欲しくばな」

 おとこは、子どもらを舐めるようにみ回しながら忠告すると、仲間の元へと去っていった。


 市村もほかの子どもらも、おとこの言よりも土間の冷たい地面にぼろ雑巾のようにうち捨てられた少年のほうが、よほど怖ろしかった。

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