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武士大神(もののふおおかみ)   作者: ぽんた


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油小路事件

 この夜は「池田屋事件」以来の戦闘になることが予想され、出動した隊士たちも四十五名を数えた。


 永倉と原田が指揮を執った。


 すでに七条の辻には、本光寺で絶命した伊東の亡骸むくろを移動させ、放置した。

 これがつぎなる戦の囮なのだ。


 油小路一帯を管轄する番所の小者が、月慎院にいる御陵衛士たちにしらせにいった。もうまもなく、急をうけた衛士たちが、伊東の亡骸を奪い返しに駆けつけるであろう。


 新撰組の隊士たちは、通りのまんなかにうちすてられた伊東の亡骸を、家屋の物陰に隠れ息を潜めてみつめている。

 月光が、夜目に慣れた隊士たちに降り注いでいる。


 襲撃者たちを指示する二人は、用水路へとつづく小路にならんでたっていた。


 このちいさな用水路は、さきの大火をうけ、消火や被災用に急ごしらえしたものである。それでも、水路までの落差は大人の背丈くらいはあり、水が静寂のなかで心地よいせせらぎを奏でている。


「こんだけ気のおもい戦いなど、そうあるもんじゃない。なっ、そうだろう新八?」

 原田は愛用の槍をしごきながら、親友ともにむっつりと話しかけた。


 これまで、ここに藤堂もいたのだ。さんざん「三馬鹿大将」だの「三大馬鹿」などと、試衛館時代から呼ばれつづけていたが、三人とも一緒に馬鹿をするのが大好きだった。愉しかった。

 三人は、かけねなしに互いを思いやり、大切にしあっていた。


 この馬鹿っぷりは、敵と戦って死ぬまでつづくものと思っていた。

 そう信じていたのに・・・。 


 なにゆえかようなことになってしまったのか?


 残念ながら、そのこたえはだれにもだせぬ。どれだけかんがえようともわからぬ。

 なにせ、三人は馬鹿・・なのだから・・・。


「あいつは、平助は、ぜったい死なせねぇ・・・」

 永倉は、原田に、というよりかは自身にいいきかせるように幾度も呟いた。

 それは、あの池田屋で藤堂が斬られたのをまのあたりにしたときと、まったくおなじ言だ。

あのときは、屯所でまっている藤堂の兄貴分である山南に、無事藤堂を返すことを切望した。

 だが、いまはもう山南はおらぬ。それでも藤堂のことを大切に想っている者たちがいる。自身も含めて。


 その者たちの為に、ぜったいに死なせてはならぬのだ。


 永倉は、自身の得物である「播州住手柄山氏繁ばんしゅうてがらやまうじしげる」の柄頭を、しきりになでまわしていた。


 池田屋での戦闘で、自身の右掌の親指が切断しかかった。愛刀は、完全に折れ曲がってしまい、つかいものにならなくなった。

 それは無銘だったが、掌によく馴染み、刀身は厚くその上鋭かった。

 現在いまの「播州手柄山」は、池田屋の報奨金と一緒にでた刀代で手に入れたものだ。

 刀には一日いちじつちょうのある、斎藤の目利きだ。

 永倉の体格や遣い方をよくしり、それにあったものを薦めた。したがって、永倉は以前とおなじように刀を思う存分に振り、それに似合った成果をだすことができた。


 永倉は、さすがは斎藤だ、とつくづく感心した。


「わかってるな、左之?」

 永倉は、もたれていた家の壁から背をひきはがすと、原田の左の耳朶に口唇をちかづけ囁いた。

「ああ、わかってる」

 長身の原田の、女好きのする相貌が大きく縦にふられる。


 そのとき、かれらの頭上、家屋の屋根から、なにかが舞い降りた。


「壬生狼・・・」

 白き狼だ。


 むっつりとしていた原田の表情かおが、ほんのわずかやわらいだ。

 両の膝を折ると、白狼の頭部を分厚い胸板に抱え込む。


「これで準備はととのったな・・・。壬生狼、頼むぞ」

 永倉もまた両膝を折り、壬生狼の立派な背を撫でる。

 意外にも、その白い体毛は柔らかい。


 一心に撫でつづける。それがまるで贖罪になるかのように・・・。


「新八、左之、平助は逃がす。おまえら二人があいつを戦いの場からうまくだすんだ。ほかの連中に気づかれねぇようにな。あとは、壬生狼がうまくやってくれる。頼んだぞ」

 出発する直前に、土方は二人を傍に呼び、囁いた。

 土方の隣で近藤が頷いている。そして、井上もまた、すぐちかくから目礼をよこした。


 試衛館の仲間たちの切望・・・。無論、間者としての任務をおえ、いまは雲隠れしている斎藤も同様に願っているだろう。


「きたぞっ」

 永倉の耳朶に、隊士のおしころした声が飛びこんできた。


 通りの向こうから、二本差しらしき連中と駕籠屋が向かってくる。

 獲物たちは、みるまにこちらにやってきた。


 新撰組が手ぐすねひいてまちかまえるなか、御陵衛士たちは伊東の亡骸を発見した。


「先生、おいたわしや」

「新撰組め、卑怯なり」

「先生の仇を討つべし」

 いずれも、こういう場にふさわひい言ばかり。


 藤堂平助、篠原泰之進、鈴木三樹三郎、服部武雄、加納道之助、毛内有之助もうないありのすけ富山弥兵衛とみやまやへえの七名だ。


 腹心の内海と阿部は、鷹狩りの為この夜、京にいない。


 駆けつけた衛士のうちでただ一人服部だけは、鉢金や防具を着用し完全武装している。この二刀流の遣い手は、自身の手練に驕ることなく日頃から戦いにたいする心構えは万全だ。

 この夜、急報ををうけやる仲間を制し、武装するようにと勧めたが、だれもがその忠告をうけながした。


 装備するときを惜しんだのである。


 駕籠舁きは、自身らの商売道具である駕籠を放りだし、殺気と害意渦巻くこの通りから消え失せていた。


 実弟の鈴木と加納の二人が、伊東の亡骸を駕籠におしこんでいるところへ、新撰組の襲撃隊が通りに飛びだした。


 あっというまに、とりかこまれる御陵衛士たち。 


「卑怯者どもめっ!」

「先生の無念、はらさでおくべきかっ!」

 篠原と服部の咆哮が、この夜の第二幕の合図だ。


 通りは、一瞬にして争闘の修羅場と化す。

 

 藤堂は、争いの喧騒のなかにあるにもかかわらず、なにゆえか心静かだった。周囲の音や気はまったく気にならぬ。


 かれの意識は、眼前にたちはだかる二人にしか向いてはいない。

 永倉、そして原田にしか。


 言の葉など要らぬ。こうなることは、新撰組ではなく御陵衛士を、近藤ではなく伊東を選んだときにわかっていたことだ。


 雑念はない。否、かんがえるまえに、感情がおこるまえに、ただ体躯を動かすのみ。

 そうしなければならない。そうしなければ・・・。

 

「はっ!」

 みじかい気合とともに、抜き身を握る永倉にうちかかる。


 原田は、斬り結ぶ二人と戦いの中心との間に、両者をわかつようにたちはだかった。

 すぐにでも加勢するようにみえるよう、槍を構えて。 


 永倉に加勢など必要はないが・・・。

 この神道無念流の遣い手は、剣士としていまや最高の時期にある。病の床にある沖田をのぞき、新撰組随一といっても過言ではない。あまたの死闘と、それ以上の鍛錬が、この剣士を最強にまで育てあげたのだ。


 その永倉が藤堂におされている。

 北辰一刀流目録は、太刀を振り上げては振り下ろす。それはまるで、昔まだ試衛館にいた時分ころ、道場でおこなっていたかかり稽古のようだ。


 永倉は、藤堂が渾身の一撃をみまってくるたび、それをわざと自身の「播州手柄山」の鍔元ちかくでうけ、鍔迫り合いにもちこんだ。

「平助、逃れろ」

 胸元で互いの鍔をおしあいながら、永倉は囁いた。

「おれたちの為に、頼む平助」

 互いに飛び退ってはまた一撃をくりだし、鍔迫り合いになる。


 永倉は、うしろにわずかずつ動いていた。

 そこには、例の水路がある。水路で壬生狼が控えている。そこまで藤堂を誘導する計画なのだ。


 藤堂は、永倉が最初はなから斬り合うつもりなどないことがわかっていた。原田も同様だ。二人ともなにかたくらんでいる。

 それが自身を救うためのものであることを、それも最初はなからわかっていた。


「心のままに生きてください、平助兄。それがわが主の願いです・・・」


 それは、月真院で「土方二刀」と話しをした際、少年がいった言だ。それがずっとかれのなかでくすぶっている。


 山南さんは、ここでおれが死ぬことを認めないだろう。仲間たちも・・・。そう、誠の仲間とは、伊東先生や御陵衛士たちのことではない。近藤をはじめとした試衛館のみなこそが、誠の仲間なのだ。


 同門より、心からわかりあえる新撰組の仲間たちとの絆、これこそが自身にとってなにより尊い。


「さぁっ、ゆけっ!」

 何合目かのうちあいで、永倉がわざとうけそこないよろめいた。


 もう迷いはない。藤堂は、永倉の脇をすり抜けた。そのわずかの間に、永倉と視線が絡み合った。

 それだけで充分である。


「裏切り者めっ!」

 逃げ去ろうと駆けだした藤堂に、突然横あいから斬りつけた者がいた。

 永倉も原田も、藤堂に集中していてそれに気がつかなかった。


 その刃は、藤堂の背を袈裟懸けに斬り捨てた。

 藤堂が愕然として振り向くと、とどめをさそうと得物を振りかざすみしった隊士の相貌かおがあった。

 その隊士は、皮肉にも自身が率いていた八番組の組下の隊士だった。


「平助っ!」

 永倉、そして原田が駆けだすよりもはやく、よろめく藤堂になにかが体当たりした。


 藤堂は、その衝撃で水路へと転落してしまった。


 水になにかが落ちた音がきこえた。

 永倉が水路へとちかづく。

 原田は、それとは逆に藤堂を追おうとする隊士にちかづいた。水路から遠ざける為である。


 永倉が両膝を折り恐々水路を覗き込むと、藤堂を背負った壬生狼がみ上げていた。

 その白き巨獣の足許には、土方が山崎に命じて用意させた藤堂・・の遺体が転がっている。


 山崎は、二、三日まえにあった捕り物で斬り捨てられた手配人の相貌を潰し、藤堂の着物に似たものを着せ、水路に置いたのだ。

 山崎の仕事は完璧である。


 永倉がちいさく頷くと、白狼は水路を駆けだした。


(平助、無事でいろよ。生きてりゃいつかまた、一緒に馬鹿をやろう・・・)

 このさきのことはきかされてはいない。だが、土方にぬかりはないはずだ。


 土方の想い、それを実行する懐刀・・・。

 藤堂は、無事で生き抜くのだ。

 生きること・・・・・をあきらめずに・・・。


 永倉は立ち上がった。「三馬鹿」の最後の一人に合図を送る。送られた側の相貌に、安堵の表情が浮かんだであろう。槍が高々と振り上げられた。

 槍遣いは、まだつづけられている争闘の中心へと駆けていった。


 もうなにも案ずることはない。残りは、伊東のもとへと送ってやればよい。


「お主らはゆけっ!わたしが喰い止める。薩摩藩邸がちかい。逃げ込んで庇護を求めよ」

 服部の決断ははやく、妥当だ。その決断に意を唱えるものはいない。毛内は、試し斬り用の遺体のごとく斬り刻まれていた。姿のみえなくなった藤堂も、おなじ運命を辿っている筈だ。

 生き残った者は、伊東の仇を討たねばならぬ。ここで死すは、犬死以外のなにものでもない。


 残る服部にたいする感謝より、この修羅場から脱出したい、是が非でも生き残りたい、というのが服部以外の者たちの本音であろう。


「臆病ものどもめ、さぁかかってこい!」

 家屋を背にし、二刀流の遣い手らしく両の掌に得物を握り、大音声を上げる。その服部に、伊東派の残党らはだれ一人、感謝も無事を祈る気持ちも伝えることはない。

 いっせいに、脱兎のごとく薩摩藩邸に向かった。


 服部は一人奮闘した。


 新撰組の隊士のなかには、その阿修羅のごとき気合にちかよることすらできぬ者もいたという。


 だが、その勢いも宝蔵院流の槍の名手である原田のまえに費えた。


 原田のくりだす抜き突けが、服部の腹部を刺し貫いた。


 それでしまいだ。だが、ときはかせいだ。

 服部の死は、四名の仲間の生命いのちを救ったのである。


 篠原、鈴木、加納、富山は、生き残り薩摩藩に庇護された。


 もっとも、富山は薩摩藩が新撰組に放った密偵だ。だが、木乃伊取りが木乃伊になる、の譬もあるように、潜入中に伊東の思想に傾倒してしまった。この後薩摩藩に帰属するが、戊辰戦争で会津の佐川官兵衛さがわかんべえの配下になった水戸諸生党みとしょせいとうに捕まり、処刑された。

 新撰組でも御陵衛士でも、示現流をそうとはわからぬよう型を編みだし、うまく遣っていたという。

 

 江戸から上り新撰組に加入し、御陵衛士へと分離。京で活動したのは、わずか三年。


 伊東甲子太郎は、志半ばに暗殺された。

 思想や活動の為だけの理由で暗殺されたのではないことを、伊東だけが理解できていなかったのやもしれぬ・・・。


 服部、毛内、そして、藤堂の替え玉である遺体は、油小路に数日間放置された。


 これで伊東派の粛清は、終焉を迎えたかのように新撰組のだれもが思っていた。

 ついに決着けりがついたのだと・・・。


 報恩寺ほうおんじは、上京にある浄土宗の寺である。戦国時代に勇名を馳せた黒田長政くろだながまさ及び如水じょすいの位牌寺でもある。その為、この寺は福岡藩縁の寺である。


 白き狼のゆきさきは、この報恩寺であった。


 藤堂平助は、藤堂藩主御落胤ではなかった。その噂の父と称されていた津藩藩主藤堂高猷とうどうたかゆきの三男黒田長知くろだながともの乳母子だったのだ。無論、藩主が手をつけなかったとはいいきれないが、すくなくとも乳母には当時夫がいた。それは、福岡藩京屋敷で会計方の一人で、藤堂が生まれた翌年切腹していた。着服がばれてのことで、藩としてはかなりの温情をもっての処断だったのだろう。


 乳母がなにゆえ藤堂藩主の御落胤と語ったかは、本人もまた病死している為、いまとなってはわからぬままである。だが、藤堂高猷の三男が福岡藩主黒田家へ養子に入るまでの間、兄弟のように育ったのはたしかだ。

 一介の浪人風情ではとうてい所持できぬ名刀「上総介兼重」を拝領した可能性は、まったくないとはいいきれない。


 少年は、昔、福岡藩江戸屋敷に勤番する家老の依頼で仕事を請け負ったことがあった。その縁で、藤堂を福岡藩にあずけることを思いついたのだ。

 ありがたいことに、黒田長知は五歳年少のこの乳兄弟を覚えていた。潜伏することを、みぬふりしらぬふりをしてくれるという。

 福岡藩は長州贔屓だ。八月十八日の政変で長州に逃れた三条実美ら七卿をあずかってもいる。勤皇派である。

 そこに元新撰組の幹部が潜伏しているとは、だれが想像するだろう。

 

 報恩寺の一室。

 白き狼の姿から人間ひとの姿へと戻った少年は、藤堂をうつ伏せに布団に寝かせ、手当てをおこなった。

 少年は、医療の知識もあるのである。


 危険な状態だ。ここに運び込むまでに、かなりの血が失われた。寺の住職は、すべてをしらされているわけではない。消毒用の酒や晒など、少年が頼んだものだけ用意すると部屋からひきとった。


「坊・・・?おれは・・・、死ぬ・・・のか・・・?」」

 苦しい息の下、藤堂が呻くようにいった。

「平助兄・・・」

 少年は、藤堂の背の傷を消毒する掌を止め、横向きにした藤堂の相貌を覗き込んだ。掌にべっとりついた藤堂の血をすばやく晒で拭うと、かれの頬をやさしく撫でてやる。


「大丈夫だよ、平助兄。ぜったいに死なせない。すぐに元気になるよ。だから、いまはゆっくり休んだらいい・・・」

「坊・・・?」

 藤堂は、急激に眠くなってきた。それにあがらうことは、いまの自身では気力も体力もおぼつかない。深みに陥いりながら、藤堂は少年の声をかろうじてきいたような気がした。


大神カムイよ、どうかわれらの生命いのちの一部を平助兄に・・・」


 そして、なにかあたたかくてやさしいものに包まれたように感じた。


 かねてからの約束どおり、翌朝、福岡藩京屋敷勤番の藩士が小者を連れ、報恩寺にやってきた。


 住職に案内され、まち人の部屋を訪れると、そこには若者が静かな寝息をたて眠っていた。

 住職の話しでは、背に瀕死の重傷を負った若者が運び込まれたとのことだった。だが、眠っている若者の背には、一筋の刀傷の跡があるだけだ。


 福岡藩の藩士と小者は、「住職は、ずいぶんと話しを盛ったものだ」と、京屋敷までの帰途、そういって笑ったのだった。



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