逢瀬
この夜も時間をやりくりし、土方は信江のもとを訪れていた。
出会って二年ちかくなる。
この漢にしてはめずらしく、会うたびに女にたいしてあたらしい発見や感じるところがあり、しんせんな気持ちで接することができた。
肌を合わせることもしばしばあったが、褥での逢瀬よりもそれ以外での触れあいでも満足だと思えた。
それは土方にとって、これまでになかった形式である。
訪れる回数、滞在する時間ともに、最初の時分とは比較にならぬほど増えていた。
信江はいつも口元に掌をあて、「いっそ、お住まいになっては?」と冗談をいうほどである。
本気なのか?そのつど、土方は淡い夢と希望をもってしまう。
信江とどこか静かなところで暮らせたら・・・。
子どもたちに剣術でも教え、生計を立てればいい。否、以前のように家伝の「石田散薬」をうりあるいてもいい。土地があれば、畑を耕してもいい。
武士を捨てて?かっちゃんの夢がやっと叶ったってのに?幕臣にまで上りつめたってのに、おれは女を選び、また百姓に戻ろうとしているってのか?
夢の合間にやってくる現実。
親友の夢が叶ったのだ、ようやく。
もしかすると、おれはこれでいいと思ってるのか?
かっちゃんの夢を叶える為に、おれはいままで鬼になっていた。
それが叶ったいま、つぎは自身の夢を、ささやかな夢をみても罰は当たらないんじゃねぇのか?
あいつにもふつうの童のように暮らさせればいい・・・。いっそ養子にでもして・・・。
土方は、縁側で胡坐をかいて疋田家の暗くなってほとんどなにもみえぬ庭をぼーっと眺めていた。
「土方様、そろそろなかへお入りになられては?気温が下がっています、お風邪を召しますよ。お茶が入りました。あなたのお土産のお菓子をいただきましょう」
信江は、土方をあいかわらず土方様と呼ぶ。だが、いいたいことは歯に衣を着せずにいうし、言の葉もざっくばらんになっている。
「かんがえごとをしていました・・・」
土方は、自身のかんがえをみすかされたようで恥ずかしくなった。
女はときとして勘が鋭くなる。それは、かれの懐刀である少年の特殊な能力よりもある意味怖ろしい。
居間に入ると、ちゃぶ台には茶にこの日土方が持参した「水無月」が添えられていた。
信江が一口大に切り、それを三切れずつ小さな皿に載せてくれている。
京では、平安時代から水無月に暑気払いの意味をこめ、この菓子を食べる風習がある。
そして、この菓子は沖田の大好物でもあった。この日、疋田家にくるまえに近藤の妾宅で養生している沖田に差し入れるついでに買ったものだ。
沖田は、夏まえから容態が悪化し近藤の妾宅に移っていた。
その沖田を、近藤の妾のお考がよく面倒をみてくれている。
「沖田様の具合はいかがですか?」
土方は、紹介がてら信江を連れて沖田を見舞った。
無論、沖田は喜んだ。「豊玉宗匠」をからかう最高の材料だからだ。
さんざんからかわれたものの、土方は信江を連れていってよかったと心から思った。
さまざまな意味で・・・。
「調子のいいときは縁側に座ってぼーっとしてるようですが、さいきんは寝込んでることのほうがおおいらしいです」
「三段突きの沖田」、「近藤四天王」などという異名で怖れられた弟分は、病によっていまや昔の面影はない。
正直、病床の沖田をみるのが辛い。
「近藤さんを護る」、といまでも復帰しようと必死になっている沖田・・・。
そして、そんな沖田をみ護ることしかできぬ自身・・・。
「土方様、わたし一人で沖田様をお見舞いにいってもかまいませんか?」
信江の意外な申しでに、土方は湯呑みをちゃぶ台に置いて信江をみた。
「差し出がましいかとは思いますが、お考さんのお手伝いもできるやもしれませぬし・・・」
「信江殿・・・」
そして、土方もまた信江のことを出会ったときとおなじ呼び方で呼んでいた。
「ありがたい、総司も喜びます。お願いします。また是非見舞ってやって下さい。ただし、あいつがおれのことについて、あなたにいうことは右から左に流して下さい。とくに、あー、なんといいますか、おれが創作活動をときどきやってるっていうことは・・・」
信江は、途端にいつものようにころころと笑う。
(ああ、やはりおれが席をはずしたときに、総司のやつ発句のことをいいやがったな・・・)
信江の笑う様子で、土方はそう直感した。
信江の笑い声は、土方の心に沁みた。
沖田のことは無論のこと、これからいやでもやってくる血みどろの抗争をまえにし、その笑声は誠に温かく、しかもやさしさにあふれている。
かれは、もうまもなく暗殺の命をくださねばならぬ。
やはりいまは、自身の夢などどうでもいい。
かっちゃんのせっかく叶った夢を、いまここで壊すわけにはゆかぬのだから。
それは、現在の情勢のなか、叶えることよりもむずかしいのもやもしれぬ・・・。




